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腰掛けて座るための家具 ウィキペディアから
椅子(いす)とは、座るため(座姿勢)に使用する道具の総称[1]。
椅子は、こしかけるために作られたものや、こしかけるために使われているもの[2]。こしかけるための家具(の総称)である[3][4]。「腰掛け(こしかけ)」とも言う。日本の特許庁の意匠登録の定義では「室内外で人が腰を掛け座る際に体を支えるために用いる器具[5]」としている。
人が日常生活のなかでとるおもな姿勢は、「立つ」・「座る」・「寝る」の3つであり[3]、このなかの「座る」に対応する道具が椅子である[3][注 1]。多くの人が人生の約3分の1は椅子で過ごしており、人体に適合していることが強く求められているので、椅子は「家具」というよりは「体具」とでも呼ぶほうが実態に近い[3]。なお、立った姿勢、座った姿勢、寝た姿勢をそれぞれ「立位(りつい)」「座位(ざい)」「臥位(がい)」と言うが、「座位」の中でも、特に椅子などに腰掛けた姿勢は「椅座(いざ)」と言う。[注 2]
椅子は座るための道具であることから構造的に全ての椅子は「座面」を持っている。典型的な椅子ではこの座面を支えるため「脚」をもっており、さらに「背もたれ」や「肘掛け」が付いているものもある[注 3]。
椅子は、形態、用途、機構、材料、加工技術などの観点から分類することが可能である[3]。椅子は(腰かける人数、という観点からは)、「一人掛け」と二人以上で腰掛けられる「複数掛け」(座部が複数あるいは座部が長い等(ソファー))に分けられる[6]。 #分類と種類
構造的に座面や脚部を折り畳めるものもある[6]。また、劇場等では座面をはね上げることができるものもある[6]。このほかテーブル、収納部や音響装置や足乗せ台が付加されているものもある[6]。
日本では「いす、腰掛け及び座いす」として家庭用品品質表示法の適用対象となっており雑貨工業品品質表示規程に定めがある[7]。
形態・用途・機構・材料・加工法などによって分類することが可能である[3]。
椅子は用途によって、パソコン用、一般事務学校用、会議・談話・食事用、休息・安楽用、寝椅子用に分類される[9]。パソコン用、一般事務学校用、会議・談話・食事用は、通常は机やテーブルとともに使用される椅子である[9]。
座面にはクッション材や張り材が用いられることもあり、クッション材の種類としてはスポンジゴム、ウレタンフォーム、鋼製ばねなどがあり[7]、張り材の種類としては皮革や合成皮革などがある[7]。
椅子の構造部材には、天然木、合板、パーティクルボード、竹、籐(とう)、ステンレス鋼、アルミニウム、天然石、陶磁器、金などがある[7]。
公共機関の椅子は、耐久性や清掃のしやすさが優先されることもある。屋外に設置される椅子には、耐雨性・耐光性なども求められる場合がある。
椅子は意匠に重点がおかれる場合と機能に重点がおかれる場合がある[9]。
中世では王侯貴族などが権威を誇示するための椅子の意匠が発達した。中世キリスト教装飾に影響を受けた様式となっている。ゴシック、ルネサンス、バロック、ロココ、ディレクトワール様式(fr)などである。
近代では実用性と芸術性を追求した機能的なデザインが発達する。伝統的には北欧やイタリアが有名であり、戦後ではイームズなどのアメリカ・モダンも有名である。
座面の高さは姿勢と作業性に最も大きな影響を及ぼす。例えば浴室の椅子などは座面が低いほど体全体が安定し、手先に力を入れやすくなる。ただし立位への移行が難しく、背中が丸まってしまうため長時間の使用は体に負担がかかる。一方座面が高い場合、上体の姿勢は良くなる。しかし下肢への負担は多くなる。作業性は高く、ほぼ立位なので、歩行への移行もスムーズである。また、座面の角度や柔らかさ、奥行きも重要な要因である。
事務などの業務作業で長時間使う椅子は、背や下肢の負担を軽減でき、立ち作業を中心とする業務においても併用することで疲労対策や作業効率が改善する。作業環境によっては背もたれが必須である。背もたれ付きの場合、背もたれの角度や高さ、背もたれと座面の間の角度が考慮される。
椅子と人間の身体との関係の科学的解明は1950年代から始まったが、1970年代末からのオフィスのOA化などの環境変化で視力低下や腕の疲れといった新しい職業病も指摘されるようになり、新たな環境に対応した椅子やデスクなどの家具、照明方法や環境調整の方法が開発されるようになった[1]。最も顕著なものとして、座面が従来のものより前傾できるような機構にして前傾作業姿勢を可能にしたものや(前傾化)、椅子の部分を可動にしたもの(可動化)がある[1]。
休息・安楽用椅子は長時間の着座に適応した椅子で、劇場や乗物の座席にも利用されている[9]。休息・安楽用椅子の椅子の支持面の要素には、座角度、座面奥行、座面高、背もたれ角度、腰部支持高などがある[9]。
バランスチェアは、立位と正座の中間姿勢を取る椅子である。座面が前傾し、前にずり落ちようとする動きを膝で支える、奇妙な外観を持つ。発明者が子ども時代に、学校の椅子の座面を前傾させて座る遊びをしていたことから生まれた。また、Hans Christian Mengshoelがヨーガの姿勢からヒントを得たともいわれる[15]。体重が尻と膝に分散されるとともに、座れば自然に背筋が理想的なS字カーブを描いてまっすぐ立つため、腰肩首への負担が劇的に改善される。太ももの圧迫も少なくなるため、血行が妨げられて足が痺れたりむくみやすくなる問題も劇的に軽減される。事務作業向きの椅子といえる。人間の骨格は背骨と大腿骨を90度に曲げて長時間保持できる構造になっておらず、座面が水平の椅子に座ると、腰への負担を軽減するために必ず背骨を丸めた猫背の姿勢を取ろうとする点に着目して作られた、人間工学的にきわめて優れた設計になっている。しかし、構造上の関係から前後の幅広いスペースを必要とするといった欠点もある。
サドルチェアは乗馬の姿勢で座る、鞍型をした、疲労を軽減できる椅子である。北欧の歯科医の90%が採用しており、長時間座ったまま動き回る職人仕事に適している。バランスチェア同様、無理なく自然に背筋を立てる座り方が可能であり、通常の座面の椅子と比較して、体重によって血行を妨げられる要素や、腰などへの負担が劇的に改善される。
マッサージ機能がついた椅子の総称。電動モーターにより指圧球が上下し、筋肉のこった部分を揉みほぐす機能がある。近年では背筋を揉み解すだけでなく、立ち作業による足のむくみをほぐすための機能なども加わり、プログラム化されたマッサージメニューが選択できる。家電メーカーによっては心臓の心拍数に合わせて制御する機能を備えたものもある。
椅子は、古代エジプトの玉座や中世教会の司教の椅子など地位や役職を象徴する性質を持つ(椅子の象徴性)[1]。
玉座は王が用いる椅子である。また「玉座」と言った場合、それに座るであろう者が得るであろう権限や権威を暗喩していることもある。ローマ・カトリック教会では、司教になった人が、司教の公式の任務を果たす時に腰かける座席は「司教座」と言う。そして司教座が設置されている(一般の教会堂よりも格の高い)教会堂(聖堂)を特に「司教座聖堂」と言い、フランス語では「cathédrale カテドラル」、英語では「cathedral キャシードラル」と言う。もともと座席を意味する古代ギリシア語は「kathedra カテドラ」であり、(ローマ・カトリックの公用語の)ラテン語ではそれをcathedraと表記したが、それが「cathédrale」や「cathedral」の語源となっているのであり、特定の役職の座席が設置されているということが重要な意味を持っているわけである。なお正教会でも英語表現は「cathedral」で同一だが、日本の正教会ではそのような座席を「主教座」と(ローマ・カトリック教会とは若干異なる漢字表現で)呼び、そうした座席が設置されている聖堂は「主教座聖堂」と呼んでいる。
現代でもオフィス事務用椅子にはグレード分類があり椅子の記号的性格を反映している[1]。
椅子は時代ごとの人間の立ち居振る舞いや衣装など密接な関連を持つ(椅子の時代性)[1]。現代では、座っていることが健康に悪いことが科学的に証明されており、体をよく動かすアスリートでも、座っている時間の長さは健康の悪化に相関している。このため、毎週2回の椅子を使った運動も推奨されている[16]。
近代建築の空間と椅子との関係は、椅子の形態の決定に重要と考えられるようになった(椅子の空間性)[1]。
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人間が座るためのものは、かつては石や切株などの自然物が転用され、さらに椅子が座るための道具として利用されてきた[1]。椅子の歴史は古代エジプトに遡る[3]。古代エジプトでは椅子は権威の象徴として用いられた[3]。
ルネサンス期には宮廷婦人の間で裾が拡がったスカートが流行し、椅子もその影響を受けて座面の前を広く扇型にしたカクトワール(おしゃべり椅子)が広く用いられた[1]。宮廷の作法や衣服に影響を受けた椅子としてほかに、17世紀前期のファージンゲイルチェアや17世紀後期のイギリス宮廷のペリウィッグチェア(かつら椅子)などがある[1]。
西欧同様に中国は「イス文化」の歴史を持つ。中国では北方遊牧民の北魏の風俗から椅子の普及が始まり、宋の時代に一般階層まで行き渡った。一方、日本や朝鮮では椅子をあまり用いない生活様式をしてきた歴史がある。
日本では、椅子はもともと「倚子(いし)」と呼ばれ、「椅子の埴輪」の存在から6~7世紀には大陸から伝来したと考えられる。奈良時代には、四角の脚付きの座面に左右に勾欄(こうらん)と呼ばれるひじ掛けをつけ、背面に鳥居型の背もたれをつけた腰かけ「倚子」の使用が正倉院の遺例でみられた。 平安時代に身分によって「倚子(いし)」、床子などが用いられることがあったが、広く継続・普及しなかった。鎌倉時代には禅僧の間で使用されるようになり、このとき「椅子(いす)」の表記と「いす」という唐音での読みが一般化した[17]。
屋外では、戦場などで折りたたみ椅子(「床几(しょうぎ)」)や、露天の茶店などでベンチに相当する椅子(「縁台(えんだい)」)は用いられた。ただしこれらは一時的に腰を掛けるものであり、普段は畳に直接座る生活習慣を持っていた。また、仏教寺院では曲彔が用いられる事もあった。邦楽の世界では合曳(あいびき)と呼ばれる現代の正座椅子に酷似した形状の指物の椅子が長く使われてきた。江戸時代以前でも西洋と交流・交易のあった場所や、教会や洋館などでは用いられていた。
ロシアの使節プチャーチンの秘書ゴンチャロフは、1853年(嘉永6年)12月8日、長崎を訪れた際に見た日本人がいかに椅子に不慣れであるかを彼の著書『日本渡航記』(1857年)に書き記している。これによると、ロシアの使節団と幕府の要人との間でまず両代表による会見時の座り方をどのようにするかが話し合われたが、ロシア人が畳の上に5分も座っていられなかったのと同様、日本人も椅子の上に座ることができなかったという。日本人は椅子に座ることに「慣れないために足が痺れるのである」と書かれている[18]。このように、江戸時代までは椅子は一般には普及しておらず、そのため椅子に座るという生活習慣もなかった。
明治に入って文明開化を経ると、学校や役場などでは椅子が用いられるようになったが、一般家庭に普及するにはまだ時間がかかった。和室・畳文化の生活習慣の中では座布団などが椅子の役目を担っており、椅子を用いる必然性が低かったためである。その後、西洋文化の影響で洋間が取り入れられるようになると、一般家庭でも椅子が用いられるようになった。現代では学校や一般家庭を始め、多くの場所で用いられている。
日本での椅子の受容が進まなかった原因のひとつとして、矢田部英正は日本の服飾と椅子との相性に原因があると主張している[19]。日本の服飾は直線的に裁ち落とした布を内袷にして帯で締める呉服が基礎になっており、着崩れ防止と姿勢補助としての機能を持つ帯締めの和服と、背もたれの付いた椅子とは相性が悪く、江戸時代以前に作られた現存する和製の椅子の背もたれは、上体を支えて寛ぐことは考えられていない[19]。
椅子の脚と床面の摩擦が起こす騒音(移動音)は、嫌悪されることがある(特にフローリングの場合)。椅子にゴムやフェルトが元々付いていることや、使用者側が付けるという場合もある[20]。日本の小学校では近年、騒音緩和対策として、使用済みテニスボールを椅子の脚に嵌める動きもある。しかし、「微量の化学物質放散による健康被害」を指摘する声もある[21]。
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