秩父別駅
北海道雨竜郡秩父別町にある北海道旅客鉄道の駅 ウィキペディアから
北海道雨竜郡秩父別町にある北海道旅客鉄道の駅 ウィキペディアから
秩父別駅(ちっぷべつえき)は、北海道(空知総合振興局)雨竜郡秩父別町字秩父別[2]にある北海道旅客鉄道(JR北海道)留萌本線の駅である。電報略号はチツ。事務管理コードは▲121502[2]。
早朝の下り列車1本は当駅を通過する。
当駅の所在する地名(町名(当時は村名))より。アイヌ語に由来するが諸説ある[9]。
旧駅名の「筑紫」も、町名の語源の一つとされる「チクㇱペッ(ci-kus-pet)」(我ら・通る・川=通路のある川)からとられたもので[10][11]、村名に合わせる形で改称された。
単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは線路の西側(石狩沼田方面に向かって左手側、旧1番線)に存在する[10]。転轍機を持たない棒線駅となっている[10]。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった[5]。当時は互いのホームは駅舎側ホーム中央部分と対向側ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡した[5]。駅舎側(西側)が下りの1番線、対向側ホームが上りの2番線となっていた[5]。そのほか1983年(昭和58年)4月時点では1番線の石狩沼田方と2番線の深川方を結ぶ渡り線を1線[5]、1番線の石狩沼田方から分岐し駅舎北側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた[5]。交換設備運用廃止後は1993年(平成5年)3月までに線路は撤去されたが、ホーム前後の線路は転轍機の名残で湾曲していた[10]。
深川駅管理の無人駅となっている。駅舎は構内の西側に位置しホーム中央部分に接している[10]。木造駅舎は開業当初から数度の改修を経ていると思われる[12]、1971年(昭和46年)改築[5]の有人駅時代からの駅舎が残っている。木製の外壁には劣化が見られる[12]。駅舎とは別棟で、駅前に山小屋風のトイレ棟を有する[12]。ホームは砂利敷きとなっている[12]。1983年(昭和58年)4月時点では駅舎とホームの間に松や白樺を配した池があった[5]。
1935年(昭和10年)の時点で「米で名高い秩父別」と記載され、鍬と銃を持ったヒゲの兵隊と米俵の置かれた田のイラスト入りの駅スタンプ(当時は筑紫駅)が設置されていた[13]。これは当駅初の駅スタンプであった[13]。
乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。
年度 | 乗車人員 | 出典 | 備考 | ||
---|---|---|---|---|---|
年間 | 1日平均 | JR調査 | |||
1981年(昭和56年) | (75.5) | [5] | 1日乗降:151人 | ||
1992年(平成 | 4年)(98.0) | [10] | 1日乗降:196人 | ||
2016年(平成28年) | 58.0 | [JR北 1] | 同年度中に留萌駅 - 増毛駅間廃止 | ||
2017年(平成29年) | 53.6 | [JR北 2] | |||
2018年(平成30年) | 48.4 | [JR北 3] | |||
2019年(令和元年) | 39.2 | [JR北 4] | |||
2020年(令和 | 2年)33.6 | [JR北 5] | |||
2021年(令和 | 3年)27.0 | [JR北 6] | |||
2022年(令和 | 4年)21.8 | [JR北 7] | 同年度末で石狩沼田駅 - 留萌駅間廃止 | ||
2023年(令和 | 5年)20.6 | [JR北 8] |
秩父別町の中心駅である。周辺は米どころであり、農業用の倉庫や米穀工場が並ぶ[10]。
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