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レバノンのイスラム教シーア派武装組織 ウィキペディアから
ヒズボラ(アラビア語: حزب الله, 翻字: Ḥizb Allāh, 文語アラビア語簡略発音:ヒズブッラー、主な口語アラビア語発音:ヒズバッラ(ー)、ヒズボッラ(ー)等)は、レバノンのシーア派イスラム主義の政治組織、武装組織。1982年に結成された。
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ヒズボラ (神の党) | |
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حزب الله レバノン内戦、レバノン侵攻 (2006年)、シリア内戦、2023年パレスチナ・イスラエル戦争、2023年イスラエルとヒズボラの紛争に参加 | |
活動期間 | 1982年[1]- 現在 |
活動目的 |
レバノンでのイスラム共和制の樹立 イスラム国家主義 汎イスラム主義 ホメイニズム 宗派主義 反帝国主義 反西洋主義 反ユダヤ主義 反シオニズム アラブ民族主義 反LGBT |
指導者 |
スブヒ・アッ=トゥファイリ(1989年〜1991年) アッバース・アル=ムーサーウィ(1991年〜1992年) † ハサン・ナスララ(1992年〜2024年) † ナイーム・カーセム(2024年〜)[1] |
本部 | レバノン ベイルート県ベイルート |
活動地域 | |
関連勢力 | |
敵対勢力 |
イランとシリアの政治支援を受け、その軍事部門はアラブ世界、イスラム世界の大半で、イスラエルや欧米に対する抵抗運動の組織と見なされている。欧州連合(EU)、米国、オランダ[2][3][4][5]、バーレーン[6][7]、エジプト[8]、英国、豪州、カナダ、イスラエルは、ヒズボラの全体または一部をテロ組織に指定している[9][10][11]。
アラビア語で「神の党」「アッラーの党」を意味する複合名で、حِزْب(ḥizb, ヒズブ, 「集団、徒党;政党」の意)とイスラームなどのセム系三大宗教の唯一神のアラビア語名称 الله(Allāh, 実際の発音:ʾallāh, アッラー)の2語から成る。
イスラム教(イスラーム)の聖典クルアーン(コーラン)に登場する表現で、唯一神アッラーフ(アラー)を信じ、その教えを守る信徒たちの徒党・一団・集団を指す[12][13]。
アラビア語の発音では
など。またヒズビッラー(Hizbillah)、ヒズビッラ系の口語的表記も見られる。
日本で多用されているヒズボラは口語発音のヒズボッラーないしはヒズボッラが元になっており、日本の報道機関では「ヒズボラ」と表記される事が一般的である。
また日本語ネット記事ではペルシア語風発音に基づいたヘズボッラー(Hezbollah)とのカタカナ表記も見られる。
レバノンを中心に活動している急進的シーア派イスラム主義組織で、イラン型のイスラム共和制をレバノンに建国し、非イスラム的影響をその地域から除くことを運動の中心とする。反欧米の立場を取り、イスラエルの殲滅を掲げている。
ヒズボラはレバノン内戦の最中の1982年、イスラエル国防軍によるレバノンでの軍事作戦への抵抗を契機に生まれた[15]。イスラエルの軍事作戦は南レバノンのテロ・グループによるテロ攻撃と、シュロモ・アルゴフ駐英国イスラエル大使への暗殺未遂事件に対する反撃として遂行された[16][17][18][19]。
ヒズボラ指導部は、イラン革命を主導したルーホッラー・ホメイニーの薫陶を受け、その部隊はイラン革命防衛隊から訓練を受けて組織された[20]。
ヒズボラの1985年の宣言は4つの目的として、「イスラエル抹殺の準備段階としてイスラエルをレバノンから最終的に撤退させる」こと「レバノンからあらゆる帝国主義勢力を追放する」こと、キリスト教マロン派系の極右政党・民兵組織であるファランヘ党を「正義の支配」の下に置き、その犯罪行為を裁判にかけること、「完全な自由の下で、希望する統治体制」を選択する機会をレバノン国民に与えることを挙げる一方で、イスラム支配への傾倒を隠そうとはしなかった[21]。
ヒズボラ指導部はまたイスラエル国家を「シオニスト政体(الكيان الصهيوني, al-kiyān al-ṣahyūnī, アル=キヤーン・アッ=サフユーニー)」と呼び、その破壊を求める数々の声明を出してきた[21]。
イランとシリアが組織を支援していると言われており、特にイランは組織設立時の関与や武器供給などヒズボラと密接に結びつき、一部の活動はイランの指示によるものとされている[22] 。スンナ派ムスリムが多いサウジアラビア、ヨルダン、エジプトなどはヒズボラの行動を批判している。シリアは主として、後方補給拠点や訓練施設、要人の自宅などを提供しており、イランから空路で到着した物資や人員はダマスカス=ベイルート街道を陸路で通り、レバノン国境を経てヒズボラに供給されていると言われる。
1980年代以降、レバノン国内外にある欧米やイスラエルの関連施設への攻撃を相次ぎ起こした(後述の「軍事行動」参照)。1983年には首都ベイルートで4月に米大使館、10月に米仏海兵隊兵舎を自爆攻撃し、米仏軍を撤退に追い込んだ。
翌1984年には米国中央情報局(CIA)支局長en:William_Francis_Buckleyを誘拐し、9月に米大使館へ再度の自爆攻撃を行った。CIA支局長の誘拐計画について、イスラエル参謀本部諜報局(アマン)はヒズボラに潜入させたスパイを通じて察知し警告した。だが当時の中東では過激派でもあっても米国アメリカやソビエト連邦の機関への攻撃はタブー視しており、米国は深刻に受け止めなかったという[23]。
1992年以来、ヒズボラはハサン・ナスララ(ナスラッラーと表記されることも多い)が率いてきた。ナスララは2024年9月27日、イスラエル空軍の爆撃を受けてベイルートで死亡した[24]。
2000年にイスラエルがレバノンから撤退した後も、イスラエルへの攻撃を繰り返している。2006年7月にイスラエル軍部隊と交戦した際、投降した兵2名を捕虜にした。この結果、イスラエルのレバノン再侵攻を招き、全面衝突となったが、同年8月14日に停戦が成立し、現在に至っている。
一説には2006年侵攻劇はレバノンにおけるヒズボラの政治的地位確保のための行動とも言われる。レバノン国軍に勝る軍事力を持ち、レバノン政府から施設運営費を得ていくために必要だったとされるが、その動機などは追及されていない。なお、ヒズボラ自身は、2006年の対イスラエル戦について「歴史的勝利」と主張している[25]。
2006年8月11日の国際連合安全保障理事会決議1701で、国連安保理は、イスラエルがレバノンから撤退すること、その撤退した地域に(ヒズボラではなく)レバノン政府軍と国連軍UNIFILが駐留すること、武装集団(ヒズボラなど)の武装解除をすることを要求している。しかし、ヒズボラは武装解除していない。また、安保理は過去にも、2004年9月2日の国際連合安全保障理事会決議1559や、2006年5月17日の国際連合安全保障理事会決議1680で、レバノンの民兵組織の解散と武装解除、レバノン政府がレバノン全土を統治する(ヒズボラにレバノン南部を統治させない)ことを要求している。
2018年、イスラエルは、ヒズボラがレバノンからイスラエル領内に向けて地下トンネルを掘っており、その破壊作戦を実施すると発表した[26]。同年9月27日の国連総会において、イスラエルの首相ベンヤミン・ネタニヤフは、イランの指揮下で、ヒズボラは低精度のミサイルを命中精度10m以内の高精度のミサイルに作り変える転換工場を、ベイルート国際空港の周辺3箇所に設けていると、衛星写真のパネルを提示して説明し、「ヒズボラに告ぐ。イスラエルはおまえたちが何を、何処でやっているのか、全て知っている。イスラエルはおまえたちの好きなようにはさせない。」と名指しで非難する演説を行っている [27] [28]。
少数の民兵組織から始まったヒズボラは、レバノン議会に議席を有し、ラジオ・衛星テレビ局を持ち、社会開発計画を実施する組織へと発展を遂げた[29]。ヒズボラはレバノンのイスラム教シーア派住民からの強固な支持を受け、数十万人規模のデモを組織する能力を持つ[30]。
ヒズボラは2006年 - 2008年、他の政治勢力と協力し、当時のフアード・シニオラ首相の政府を相手取り抗議行動を開始した[31]。ヒズボラによる通信ネットワークの保有をめぐるその後の論争は衝突に発展し、ヒズボラ率いる抵抗勢力はシニオラ首相に忠誠を誓う政党「未来運動」の民兵組織が支配する西ベイルートの複数の地域を制圧した。これらの地域はレバノン軍に引き渡された[32]。
2008年には挙国一致政府が成立し、ヒズボラを含む野党勢力は、全閣僚ポスト30のうちの11に対する影響力を確保し、事実上の拒否権を手にした[33]。2018年の総選挙では同じシーア派のアマルやキリスト教勢力との連携派閥がレバノン議会の過半数以上を確保し、政治的な影響力は更に強まっている[34]。
ヒズボラはイランから軍事訓練、武器、財政支援を受け、シリアからは政治支援を受けている。2000年にイスラエル軍が南レバノンの駐留を終結させたことを受けてヒズボラの軍事力は顕著に増大した[35][36]。
2000年6月、国連安保理がイスラエル軍のレバノン領からの完全撤退を認定したにもかかわらず[37]、2008年8月、レバノン新内閣は、ヒズボラが軍事組織として存続することを認め[要検証]、「レバノンの人々、軍隊、レジスタンスが、イスラエルが占領したシバア農場、Kafar Shuba Hills、Ghajar村のレバノン人地区を解放し、あらゆる合法かつ可能な手段を用いて国を防衛する権利」を認めた[38]。国連安保理がイスラエルに撤退を求めた範囲(実質的にレバノン領土と認めた範囲)には、シバア農場は含まれていない。レバノンはこれらの地域を、シリア領の一部(をイスラエルが占領している状態)ではなく、レバノン領だと主張している[39]。
1990年代から軍事部門と政治部門の分離が進められ、1992年に軍事部門「レバノン・イスラムの抵抗」は形式上ヒズボラとは無関係な独立機構に分離された。
その他 ムハンマド・フナイシュ 前水資源・エネルギー相
日本の公安調査庁は、平時の戦闘員は最大4万5000人で、そのうち2万1000人が常勤で約5000人がシリアで活動しているとされる。 非常時には2万5000人程度を動員可能と見ている[40]。『毎日新聞』の報道によると、戦闘員は1000人弱(戦時動員で2万人以上)で、対イスラエル攻撃用のミサイル / ロケットを約15万発保有している[23]。
ヒズボラは一般に過激派組織と見なされているが、パレスチナの過激派ハマースのように選挙に参加している政治組織である。独自の議会会派「レジスタンスへの忠誠」を結成して、議会選挙では1992年8議席、1996年7議席、2000年12議席と議席を毎回獲得し、2005年7月には連立内閣に参加した。近年の議会選挙では、2018年に71議席を獲得したが2022年には(128議席中)62議席程度にとどまり過半数割れしている[41]。
また、貧困層への教育・福祉ネットワークをつくっており、2002年のデータで、学校9校、病院3か所、診療所13か所を運営している。それ故に貧困層からの支持は厚い。
2007年のイスラエルとの戦いの際にも、被害を受けた人々の直接的な援助を行っている。
インターネット上に複数のウェブサイトを開設しており、テレビ局「アル=マナール(المنار, al-Manār, 「灯台;光塔、ミナレット」の意)」、ラジオ局「アン=ヌール(النور, al-Nūr, 「光」の意)」、週刊紙・ニュースサイト『アル=アフド(العهد, al-ʿAhd, 「誓約、誓い」の意)も運営している。
2005年2月14日、レバノンでラフィーク・ハリーリー元首相などを乗せた車列がベイルート市内を走行中に道路脇に仕掛けられた爆弾が爆発し、同氏を含む22人が殺害された。ハリーリーは1992年 - 1998年、2000年 - 2004年にレバノン首相を務めた。
2009年、ハリーリーの暗殺事件を審理する国連特別法廷が、ヒズボラが殺害に関与した証拠を発見したと報道された[51]。
2011年6月30日、ハリリ殺害事件捜査のため設置されたレバノン特別法廷は、ヒズボラ幹部4人に逮捕状を出した[52]。同年7月3日、ヒズボラ最高指導者のハサン・ナスララは起訴事実を否認し、同法廷をヒズボラに対する陰謀であると糾弾し、逮捕状が出された幹部は絶対に逮捕させないと言明した[53]。
2020年8月18日、国連特別法廷は、被告人不在のまま、4人の内1人に殺人やテロ行為などの罪で有罪判決を言い渡した。残り3人は証拠不十分で無罪とし、ヒズボラの組織的関与についても「ハリーリーを排除する動機はあったかもしれないが殺害に関与した証拠はない」とした[54]。
ヒズボラは長期にわたってアサド家率いるシリアの政権与党バアス党の同盟勢力であった。ヒズボラはシリア内戦で同国政府による反体制派の弾圧に協力してきたとされている[55]。
2012年8月、国連はヒズボラが同内戦に関与したとして制裁を加えた。最高指導者のナスララは、ヒズボラがシリア政府の側について戦った事実を否定し、同年10月12日の演説で「当初からシリア反体制派はマスメディアに向けてヒズボラが3000人の戦闘員をシリアに派遣したと主張してきたがヒズボラは否定した」と語った[56]。しかしレバノン紙「デイリー・スター」によるとナスララは同じ演説の中で、「レバノン国籍のシーア派住民居住地である(シリア国内の)23の戦略的に重要な村の支配をシリア政府が維持する」ことにヒズボラ戦闘員が協力したと語った[57]。ナスララはヒズボラ戦闘員がシリアで「聖戦の義務」を果たして死亡したとも語った[57]。
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