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多摩平団地(たまだいらだんち)は、日本住宅公団が東京都日野市に造成した大規模公団住宅。所在地は日野市多摩平4丁目6ほか[1]。1958年(昭和33年)竣工。同年より入居開始された[2][3]。
1997年(平成9年)から住棟の老朽化を理由として建て替えが行われ、2002年(平成14年)春からは新築棟への入居も順次開始された[2]。現在は都市再生機構の団地を中心とした再開発地域「多摩平の森」へと全面的に建て替えられている。
住棟配置の設計は津端修一。津端は「明るく開放的で緑にあふれた団地」というテーマに沿ってこの団地を設計した。そのため、敷地内に元々あった植生をそのまま残した上、多数の植樹が行われて豊富な緑があった。そうした自然環境を反映し、入居者募集当時のパンフレットには「富士の見えるニュータウン・40万坪の緑の街」と謳われていた。また当団地には、プレキャストコンクリートパネルを組み立てる「ティルトアップ工法」によって造られた、初めてのテラスハウスがあった。
竣工・入居開始した1958年(昭和33年)当時はまだ旧日野町で、町の人口は3万人程度であった[2]。団地建設後の1963年(昭和38年)11月3日に市制施行して日野市となった[2]。団地の建設用地は、元は畑が広がる台地であった[2]。
まだ多摩地域では上下水道下水道の普及率が低く、井戸水や汲取式トイレに頼っていた1950年代に、団地内には専用の下水処理場を備え、テラスハウスには洋式水洗トイレが完備されていた[2]。最寄り駅の国電豊田駅前には、伊勢丹、丸井、髙島屋ストアーほか百貨店などが立ち並び[2]、まだ農村地帯であった当地の住民からは、近代的な団地は憧れの的となった[2]。
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