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三島由紀夫の戯曲 ウィキペディアから
『喜びの琴』(よろこびのこと)は、三島由紀夫の戯曲。全3幕から成る。同じ思想を共有し、信頼していたはずの上司に裏切られる若い公安巡査の悲劇を描いた作品。第1幕が反共思想、第2幕がそのアンチテーゼ、第3幕第1場がそのジュンテーゼとしてのニヒリズム(これによって主人公は、修羅の地獄へ叩き込まれる)、第3幕第2場が救済の主題の昂揚、という色彩となっている[1]。
『喜びの琴』は当初、文学座により1964年(昭和39年)正月公演として上演される予定で、前年1963年(昭和38年)10月24日に脱稿され、11月15日から稽古に入っていたが、ソ連・欧州から帰国した同座長・杉村春子を迎えての11月20日の緊急総会の決議の流れから、思想上の理由による上演中止が作者・三島へ申し入れられた。これをきっかけに三島とそれに同調する10数名の座員による脱退事件が起きた(詳細は「喜びの琴事件」を参照)。三島は、「いろんな事情で、この芝居ぐらゐ作者の私を苦しめ、又、多くの人を苦しめた作品はめずらしい」と述べている[1]。
1964年(昭和39年)、文芸雑誌『文藝』2月号に掲載され、同年2月25日に新潮社より『喜びの琴 附・美濃子』として単行本刊行された[2][3]。初演は同年5月7日に日生劇場で上演された[4][5]。
三島由紀夫は、公安活動という〈地味で、扱ひにくい題材を用ひて、観客をアッといはせるやうなスリルに富んだ、面白い芝居を書いてやれ〉という意気込みだったとし、素材が地味だから、背景の事件を派手にしたと述べている[6]。
また三島は、『喜びの琴』の主人公の若い巡査・片桐を〈一面気の毒な存在であるが、一面幸福な人間である〉とし、彼が受ける裏切りと、作品主題について以下のように解説している[1]。
彼はその純粋な生一本な心情によつて、誰からも愛されてゐる。同僚から愛され、上司から愛されてゐる。しかし彼は、もつとも信頼する上司から裏切られて、見るも無残な目に会ひながら、なほその裏切りの彼方から自分が愛されてゐることに気づかない。それはもつとも厳しい、もつとも苦い愛であるが、彼は知らずに(怒り憎みながら)、この愛のなかを通りぬける。片桐ばかりではない。われわれはしじゆう体を貫いてゐる宇宙線に気づかぬやうに、この種の愛、この種の恩寵に気づかないのである。片桐はこの愛によつて、一旦、すべての目的と理想を失つた地獄へ叩き込まれる。そして川添巡査の琴の音の力で、地獄から這ひ上るとき、はじめて彼は自覚的な人間になるのである。この琴の音が何であるかについては、私はわざと注解を加へない。 — 三島由紀夫「『喜びの琴』について」[1]
なお、三島は1963年(昭和38年)2月に評論『林房雄論』を発表しているが、同時期に発表された他の作品との関連について、〈僕の考えを批評の形で出したのが『林房雄諭』だし、小説にしたのが『午後の曳航』や『剣』で、『喜びの琴』はその戯曲といふことになります〉と述べている[8]。
第1幕 - 近い未来の1月18日朝から19日午後
第2幕 - 1月21日朝から22日朝
第3幕 - 1月22日夜から23日朝
『喜びの琴』の評価は賛否両論に分かれ、否定的なものとしては、三島戯曲の中で「芸術的な鮮度の高い作品ではない」と尾崎宏次が評し[9]、野村喬は、「主題と題材との間」に調和を欠いていると述べている[10]。肯定的なものとしては、奥野健男が、「反共劇どころか、革命讃美劇のように見える」とし、その反俗性を評価している[11]。
磯田光一は、三島の『林房雄論』で語られた「〈純潔を誇示する者の徹底的な否定、青空と雲とによる地上の否定〉[12]の情念こそ、かつてのマルクス主義運動を支え、また戦時下のナショナリズムをも支えていた日本的な心情」という要旨が、『喜びの琴』にも通底し、その主題は、「人間は生きるために如何に〈生を意味づける超越原理〉を必要とするかという認識」でもあり、「戦後の進歩主義の盲点は、このような戦争の二重構造に対して全く盲目だった」と断じている[13]。
そして磯田は、戦後の進歩主義者やヒューマニストらが、戦時下の青年たちを単に「だまされた」という語で還元してしまうことの浅薄さを指摘しながら、「人間は本質的にファシズムを渇望し、〈美しい死〉にあこがれるという事実を、なぜ直視しようとしないのか」と述べ、本質的原初的な〈日本人のこころ〉という意味では、保田与重郎の心情も小林多喜二の心情も同じだと論じている[13]。また、片桐の「〈信頼〉の悲劇」は現代社会の悲劇であるが、彼はドン・キホーテにすぎないとし、その素朴な信仰者の片桐が、松村という凶悪なニヒリストに糾弾され、〈清純さの罪、若さの罪、この世できれいな心が負はなければならん罪〉を告発される場面は、「現代の包蔵している背理をすさまじい迫力をもってえぐり出している」と解説している[13]。
松本鶴雄は、二転三転するどんでん返しが「実に巧妙」で、「松村と片桐の対立は凄絶な心理劇の定石通り緊迫して進行する」と高評価しながら、「本当の美は悪魔的状況の中に、あるいは人間不信と絶望の背徳の中から花開くという、三島文学の一貫したテーマがここにもいかんなく描かれている」と解説している[14]。
村松剛は、三島が次の戯曲『恋の帆影』の解説の中で、ヒロインが嵐の一夜の後に、〈実存的な目ざめ〉をし、〈それまで彼女を縛めてゐた「純潔」の観念が、実は真の実存からの逃避であつたこと、生の「本来的な憂慮(ゾルゲ)の様相」の拒否であつたことを、つひに彼女は知るにいたる。(この点では、「恋の帆影」の女主人公の純潔は、「喜びの琴」の主人公の純潔と、まるでちがつたもののやうに見えながら、実は相照応してゐる)〉[15]と述べていることを鑑みて、『喜びの琴』の琴の音には、ヘルダーリンの詩『帰郷』に現れる故郷への回帰がもたらす喜びの「絃の弾奏」の影響をあるのではないかと推察している[16][注釈 1]。
大久保典夫は、敗戦後2年目に書かれた太宰治の短編『トカトントン』と、安保騒動の3年後に書かれた『喜びの琴』が共に、「きわめてアクチュアルな作品」であり、「トカトントン」という金槌の音と同じく、「コロリンシャン」という琴の音も、「いっさいの信頼や情熱そのものを空無化する作用」を果たしているとし[17]、太宰の『トカトントン』が、「ミリタリズムの幻影の剥落した敗戦直後」と対応しているのと同様に、三島の『喜びの琴』は、「戦後革命の幻想の崩壊した60年安保後の現実」を捉えていると考察している[17]。
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