アメリカザリガニ科に属する甲殻類 ウィキペディアから
アメリカザリガニ(亜米利加蝲蛄(蜊蛄・躄蟹)、学名:Procambarus clarkii)は、エビ目(十脚目)ザリガニ下目アメリカザリガニ科に分類されるザリガニの一種。学名は Scapulicambarus clarkii とされることもある。アメリカ合衆国原産で世界各地へ分布を広げる。
アメリカザリガニ | |||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
分類 | |||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||
学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Procambarus(Scapulicambarus) clarkii (Girard, 1852) | |||||||||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||||||||
アメリカザリガニ | |||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||
Red swamp crayfish |
古来、日本において本来「ザリガニ」といえば、北日本に分布する固有種のニホンザリガニ(Cambaroides japonicus)を指しており、図鑑などで「ザリガニ」が和名として通用もしていた。
しかし本種が移入され定着したことにより、産地を冠した和名として「ニホンザリガニ」「アメリカザリガニ」と呼び分けられるようになり、昭和期以降では、より身近になったアメリカザリガニの方を「ザリガニ」と称する場合が多くなった。特に西日本において単に「ザリガニ」といえば本種のことをいう。
また、元々関東地方以西にはザリガニ下目そのものが全く生息していなかったため、エビのような身体構造とカニのような大きな鋏を持つ特徴をもって、本種を特に「エビガニ」と呼ぶ場合がある[1]。
体長は大きなもので12cmほどで、稀に20cm近い大きさの個体もいる。体色は赤色か褐色の2色である。アメリカザリガニは体色が赤いことからマッカチンという別名もあるが、色素変異などが原因により青色や白色をしている個体もいる。
頭胸甲の背面は左右の隆起線によって中央部分(Areola)が閉じて、"Y"の字で区切られている。他のアメリカザリガニ科(これらも全て特定外来生物指定種)では、多少とも開いている[2]。
5対の歩脚のうち、第1脚は大きな鋏脚になっていて、特にオスの鋏脚は大きく発達する。また、第2脚と第3脚にも小さなはさみがある。
胃にはクチクラ繊維が角化し、炭酸カルシウム等が沈着した胃歯が存在する[3]。臼歯と形態が似ているが、外胚葉性の分泌物がなぜ臼歯と似た形態になるのかは判明していない[3]。
平衡器官として小触角の付け根に平衡胞を持つ[4]。平衡胞は内側に感覚毛が並ぶ袋状の器官であり、外界と通じており、胞内には重みで感覚毛を刺激する役割を持つ平衡石を含む。平衡石は脱皮のたびに抜け落ちるが、砂浴び行動によって砂が平衡石として再び取り込まれる。
ザリガニ共通の特徴として、えらが濡れていれば空気中からも酸素を取り入れられる[5]。これにより水中から揚がってもしばらくは呼吸ができ、また浅い水量の飼育下などで水中の酸素が不足すると、横になって水面から酸素を取り入れる[6]。
腹肢は雌雄とも5対であるが、メスの第一腹肢は極めて小さく見づらくときには全くない。一方オスでは棒状の生殖器となり目立つ[2]。性成熟したオスの第3,第4歩脚の座節内側には1-3mmの小さな鍵爪状をした突起がある[2][7]。
ミシシッピ川流域を中心としたアメリカ合衆国南部を原産地とする[8]。
アメリカ合衆国(南部以外)、メキシコ、ドミニカ[要曖昧さ回避]、日本(北海道から沖縄本島)、フランス、スペイン[8]、ドイツ[9]などに外来種として移入分布する
平野部の水田、用水路、池など、水深が浅くて流れの緩い泥底の環境に多く生息し、流れの速い川には生息しない。湿地に穴を掘って生息し、夜になると出歩いて餌を探す。雨天では日中もしばしば活動し、岸辺に上陸して動き回る姿も見られる。冬は穴に潜んで冬眠する。水質汚染にも比較的強い。
食性は雑食性で、藻類、水草、落葉、小魚、オタマジャクシ、水生昆虫、動物の死骸など何でも食べる。飼育下では共食いをすることで知られる他、長期間サバなどのカロチンを含まない食品を与えると体色が青くなる[10]。
このように食べる餌に偏りがある場合や周囲の環境などによっては、体色が青色や緑色、橙色等になったりするが、自然界でこのようなアメリカザリガニを見ることはあまり無い。
天敵はサギ類などの鳥類、コイ、ナマズ、ウナギ、イタチなど[11]。日本において同じく外来種であるオオクチバスやカミツキガメ、ウシガエル、アライグマなども天敵となる。餌が少ない場合や個体密度が高い場合、脱皮中の個体と他個体が遭遇した場合等には共食いもする。
交尾を終えたメスは直径2mmほどの大粒の卵を数百個産卵し、腹肢に抱えて保護する。卵は初めのうちは紫色をしているが、やがて褐色になる。孵化した幼生は体長4mmほどで、半透明の褐色だが、他の多くのエビ類と違って既に親と同じ形(“稚ザリ)をしている。稚ザリは孵化後もしばらくはメスの腹肢につかまって過ごすが、最初のうちは餌をとらず、体内に蓄えた卵黄で成長する。体長8mmほどになると親から離れ、藻類や水垢、小動物を食べて大きくなり、2年後には体長6cmほどとなって繁殖を始める。寿命は5年ほどである。
日本では水田、ドブ川や農業用水といった不衛生な場所に棲むイメージがあり、食用にしていない。しかし、アメリカ合衆国や中華人民共和国では美味とされ、ザリガニ料理は人気がある。
日本でも料理店でザリガニ料理がみられるが、日本にはザリガニ漁業者も市場もないため、中国からの輸入品を使用している。サイズに対して可食部が少ないため歩留まりが悪く、市場価格では海産のエビ類と比較しても高価な部類である。
ザリガニの食味は淡白で癖が無く、食感はシャコに似ている。泥くささを消すため一定期間、浄水で泥抜きをしたり、強いスパイスで臭いを消したりする。原産地のアメリカ合衆国南部、特にルイジアナ州の郷土料理、ケイジャン料理やクレオール料理では、ガンボやジャンバラヤの食材として頻繁に使われる。さらにザリガニをジャガイモ、トウモロコシなどと一緒に、スパイスを効かせた大鍋で茹でたボイルド・クロウフィッシュ(茹でザリガニ)は、春から夏にかけての名物料理である。
脱皮直後のアメリカザリガニ(ソフトシェルクロウフィッシュ)は、食用油で揚げると殻ごと食することができ、非常に美味である。またオーストラリアでも日常的に家庭で調理され、フランス料理のエクルビスには、アメリカザリガニ、ウチダザリガニなどが使用される。
中華料理では小龍蝦(拼音: )と呼ばれ人気の高い食材である。中国本土では21世紀に入ってザリガニ料理ブームが起きている[12]。中国湖北省潜江市は水田の雑草駆除と兼ねて養殖しており、生産量は全国一、二位を争い「小龍蝦之郷」(ザリガニの郷)と呼ばれる[13]。潜江のザリガニ料理レシピは128にも達し、ザリガニ博物館も設けられている[13]。ザリガニ博物館によると、中国には1930年代、日本から江蘇省に持ち込まれ、各地へ広がった[13]。ザリガニは中国政府による侵入外来種のリストに含まれており、かつては食べる人が少なかったが、1990年代以降に養殖技術や調理法が発達し、中国全土で食されるようになった[13]。
中国水産学会『ザリガニ産業発展報告』(2017年)によると、中華人民共和国は世界最大のアメリカザリガニ生産国となっている。飲食店なども含めたザリガニ産業の2016年の総生産額は1,466億元(約2兆4,000億円)、産業全体の就労者は500万人近く、南京ではザリガニ料理が全飲食業の売り上げの20~25%を占めている。湖南省ではザリガニ養殖を貧困脱却の重要手段と位置づけるなど、多くの地方政府はザリガニ産業の発展を奨励・指導している[14]。
アメリカザリガニは肺吸虫の中間宿主となることが知られている。中華料理では食感を保つため「爆炒(さっと炒める)」料理にされることも多いが、専門家は短時間の加熱で寄生虫を完全に死滅させることは困難と指摘する。アメリカザリガニの場合、全体を摂氏100度の温度に10分間さらす必要があるとした[12]。
一方、水田では畦に穴を開け、イネの根を食い荒らすため、農業害虫として防除対象である。また、アメリカザリガニが侵入し繁殖した水域では、水草や小動物が食害を受け、個体数のバランスに変化が生じている。
水辺に生息する身近な水棲動物で、鋏で外敵に対して威嚇するなどの習性から子どもたちの水辺での遊び相手である。丈夫で飼育も簡単なので、学校などでもよく飼育されており、青色や白色の体色変異個体も観賞用に珍重される。
食用以外にも、釣りや延縄の餌として使うこともある。釣具店では通称ザリガニとして販売され、スズキ、チヌ、カレイ、マダイ等の大型肉食魚を漁獲するのに用いられる。特にスズキ狙い等での投げ釣りでは、外殻が軟弱なスナモグリ(ボケ)よりも針外れしにくいため、遠投に適している。
2023年6月より条件付特定外来生物に指定され、野外への放出、販売目的の飼養、輸入等が禁止されている。ただしペットとして個人で飼育したり、知り合いに無償で譲り渡すことは禁止されていない[15]。
日本に移入されたのは1927年(昭和2年)5月12日[16]で、ウシガエルの餌用として神奈川県鎌倉郡岩瀬の鎌倉食用蛙養殖場(現:岩瀬下関防災公園)に20匹持ち込まれた[17]。その後、養殖池から逃げ出した個体が、1960年頃には九州まで分布域を広げた。ウシガエルも養殖池から逃げ出す(あるいは、故意に捨てられる)例が続出して、アメリカザリガニ同様に全国各地に分布を広げた。日本では全国各地に分布するが、人の手によって日本に持ち込まれ分布を広げた動物だけに、分布地は都市近郊に点在する。
水草を切断して、水草を棲み家にする水生昆虫や、産卵場所にする魚などの生存を危うくし[18]、水生昆虫を捕食したりするなど陸水生態系に影響を与えており[17]、実際にゲンゴロウ[19]やシャープゲンゴロウモドキなどは本種の生息地侵入が激減の一因となっている[20]。繁殖力も強く、急増した池では、水が濁ることがあり、水生昆虫の研究者らから「ザリ色の水」とも呼ばれる[18]。また、ザリガニカビ病を媒介して、在来種のニホンザリガニを脅かす恐れが指摘されている[8]。
こうした悪影響から日本生態学会によって、日本の侵略的外来種ワースト100に選定されている[21]。
特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律によって要注意外来生物に指定されていたが、2015年に生態系被害防止外来種リストの作成に伴って要注意外来生物リストは廃止された[22][21]。アメリカザリガニは生態系被害防止外来種リストの緊急対策外来種(対策の緊急性が高く、積極的に防除を行う必要がある外来種)に選定された[23][24]。
2020年6月に開催された、環境省の第12回特定外来生物等専門家会合[25]の結果、同年8月から9月に新規指定される特定外来生物への指定は見送られた。これについて議事録には「現行法下において指定した場合、飼育個体の大量遺棄が懸念されるなど、社会的な混乱を引き起こすことが懸念されるため、今回の指定は見送ることとされた」と記載されている[26]。この判断に対して、在来種の保全を重視する研究者や自然保護活動家からは、アメリカザリガニの飼育が市民権を得つつある現状を危惧し、指定して対策すべきだとの批判もあった[27]。なお、アメリカザリガニを除く外来ザリガニは特定外来生物に指定された[28]。
このようにアメリカザリガニの特定外来生物への指定については慎重な姿勢が維持されてきたが、2021年7月、環境省の専門家会合でアメリカザリガニとアカミミガメ(ミドリガメ)を規制する必要性などを盛り込んだ提言案が示され、環境省は特定外来生物に指定し、野外で繁殖しないよう規制する方向で検討を始めた。前述の通り慎重派の意見もあり、個別のケースについては今後詰めるとしていた。その後2022年の通常国会で成立した「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律の一部を改正する法律」により、2023年6月1日から、野外への放出、輸入、販売、購入、頒布等を許可なしに行うことが禁止された。尚、愛玩目的での飼育、捕獲、無償での譲渡は禁止とはならず、特別な許可等も必要とされない[29][30]。
「ザリガニ」「マッカチン」「マッカーサー」「アッカン」など。英名でも Red swamp crawfish (crayfish), Louisiana crawfishなどの呼び名がある。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.