サイコ (1960年の映画)
アルフレッド・ヒッチコック監督のアメリカの映画(1960年) ウィキペディアから
『サイコ』(原題:Psycho)は、アルフレッド・ヒッチコックが製作・監督した1960年のアメリカのホラー映画。原作はロバート・ブロックによる1959年の同名小説。主演のアンソニー・パーキンスほか、ジャネット・リー、ヴェラ・マイルズ、ジョン・ギャヴィン、マーティン・バルサムらが出演する。本作は大きく前後半に分かれており、郊外のモーテルを軸に、前半は恋人のために大金を横領した女性の逃亡と焦燥を描き、後半ではその失踪した彼女の行方を探す恋人や探偵らが描かれる。
サイコ | |
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Psycho | |
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監督 | アルフレッド・ヒッチコック |
脚本 | ジョセフ・ステファノ |
原作 | ロバート・ブロック |
製作 | アルフレッド・ヒッチコック |
出演者 |
アンソニー・パーキンス ヴェラ・マイルズ ジョン・ギャヴィン マーティン・バルサム ジョン・マッキンタイア ジャネット・リー |
音楽 | バーナード・ハーマン |
撮影 | ジョン・L・ラッセル |
編集 | ジョージ・トマシーニ |
製作会社 | シャムリー・プロダクションズ |
配給 | パラマウント映画 |
公開 |
1960年6月16日 1960年9月4日 |
上映時間 | 109分 |
製作国 | アメリカ合衆国 |
言語 | 英語 |
製作費 | $806,947[1] |
興行収入 | $50,000,000[2] |
配給収入 | 1億512万円[3] |
次作 | サイコ2 |
本作はヒッチコックの代表作の1つであり、同じく代表作として知られる前年の『北北西に進路を取れ』(1959年)とは一線を画すと評される。本作はテレビドラマシリーズ『ヒッチコック劇場』のスタッフを用いて低予算のモノクロ映画として撮影された。当初はその主題などから批評家からの評判は悪かったが、公開後の観客評価や興行成績の良さから評価が大きく反転した。同年度のアカデミー賞では4部門でノミネートされ、そのうち、監督賞と助演女優賞を受賞した。1992年に「文化的、歴史的、美学的に重要な作品」としてアメリカ国立フィルム登録簿に登録[4]された。
プロット
要約
視点

アリゾナ州フェニックスの不動産屋で働くマリオンには恋人のサムがいるが、彼の経済的理由から2人は結婚に至れない。ある金曜の午後、マリオンは客からの代金4万ドルを銀行に運ぶよう命じられるが、そのまま魔が差して持ち逃げする。車を運転し、サムのいるカリフォルニアへ向かうが、途中では警官や中古車店の店主に不審の目を向けられ、また既に横領が発覚して騒動になっていることなどを想像し、彼女は焦燥する。
日が落ち、土砂降りで視界も悪い中、マリオンはポツンと立つ郊外のモーテルを見つける。そのベイツ・モーテルは12部屋ほどの平屋建てで隣接した小高い丘には2階建ての屋敷がある。マリオンは屋敷の2階の窓に女性の影を見るが、建物から出てきたのはノーマンという名のハンサムな青年であった。マリオンは偽名で宿泊の手続きをし、応接室で夕食を取り、ノーマンと会話をする。ノーマンによれば、このモーテルと屋敷には彼と彼の老いた母しかおらず、その面倒を見る必要から、自分はここに縛られていると自嘲気味に話す。実際、マリオンが部屋に一人で残されている時には、部屋の外からノーマンと老いた女性の会話が聞こえていた。
部屋に戻ったマリオンがシャワーを浴びていると、間もなくシャワーカーテン越しに人影が現れる。その侵入者は刃物を振り上げると、マリオンに襲い掛かり、彼女を滅多刺しにする。侵入者が去った後、「母さん、血塗れじゃないか」というノーマンの声が聞こえ、彼が部屋入ってくる。彼は血痕を綺麗に掃除すると、死体や4万ドルを含めた所持品を彼女の車で近くの沼地へと運び、そのまま車ごと底なし沼に沈め、完全に隠滅する。
数日後、サムの金物店にマリオンの妹ライラと、彼女を尾行していた私立探偵のアーボガストが現れる。2人はマリオンの行方を探しており、そこでサムは彼女の横領のことを初めて知り驚く。アーボガストは不動産会社に雇われており、金さえ戻ってくれば警察沙汰にしない意向だと伝え、サムたちを安心させる。アーボガストは最初はサムとライラを疑うが、本当に2人は知らないと知り、それらしい場所で聞き込みを行う。やがてアーボガストはベイツ・モーテルにも行き着き、その宿帳にマリオンの偽名らしき署名に目を止める。アーボガストは彼女の写真を見せてノーマンに問い、彼女が宿泊したことは認めるものの、その後は知らないと答える。またアーボガストは屋敷にいる母親にも話を聞きたいと頼むが、ノーマンはこれを拒絶する。アーボガストはノーマンの態度に怪しいものを感じるが、いったん退き、調査の途中経過を公衆電話からライラに伝える。そしてアーボガストは再びモーテルに戻ると屋敷の2階へ向かうが、突然、2階の部屋から出てきた何者かにナイフで襲われ、そのまま殺される。
アーボガストから追加の連絡がないため、サムとライラはモーテルを訪れるが、ノーマンは沼におり建物には誰もいなかった。2人はそのまま夜遅くに副保安官の家に向かい、事情を話す。保安官は渋々モーテルに電話を掛け、ノーマンから私立探偵が訪れたことを確かめる。ただ、保安官によればノーマンの母は10年前に愛人と無理心中を起こして服毒死したはずであり、母に会いに行ったという私立探偵を怪しむ。一方、ノーマンは自分に捜査の手が迫っていると考える。屋敷の2階から地下室への移動を嫌がる声とそれを説得する会話が聞こえた後、ノーマンが両腕に何かを抱え、地下室へと向かう様子が描かれる。
サムとライラは2人でモーテルを捜索することを決心し、カップルの振りをしてモーテルに泊まる。サムはノーマンが見落としたマリオンが書いたメモの切れ端を発見し、彼女がここにいたと確信する。サムがノーマンを引き留めている間にライラは屋敷を探索するが2階の豪華な部屋には誰もいない。やがてサムらの狙いに気づいたノーマンは、彼を殴り倒すと急いで屋敷へと向かう。それに気づいたライラに地下室に逃げ込むが、そこで椅子に座らされ着飾った女性のミイラ化遺体を発見する。さらに謎の人物がナイフを振り上げて彼女を殺そうとするが、サムが背後から取り押さえる。その人物のカツラや衣装がズレると、それはノーマン自身であった。
エピローグ、警察署の署長室にて、精神科医がノーマンの診察結果を関係者に説明する。5歳の時に父親を亡くしたノーマンは以降、支配的でヒステリックな母親に単身で育てられた結果、母への歪んだ依存心を植え付けられた。10年前に母が起こしたとされた無理心中事件も、母に捨てられることを危惧したノーマンが2人を毒殺したのが事実であった。ところが、今度はその母殺しのストレスに強く晒されるようになり、回避行動として母親の遺体を掘り出してミイラ化し、まだ生きているように扱い始めた。さらに多重人格も宿し、自分の別人格が母親を演じることで母親はまだ生きていると思い込むようになっていた。マリオンを襲ったのは母親の人格であり、ノーマンが彼女に惹かれたことに嫉妬したためであった。
最後に拘置所で毛布をまとって椅子に座るノーマンの姿が映される。彼は母の声色で、事件は息子がやったことであり、自分はハエも殺せない無害な人物だ(だから無罪だ)と独白するシーンで物語は終わる。
キャスト
役名 | 俳優 | 日本語吹替 | |||
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東京12ch版 | フジテレビ版 | TBS版 | ソフト版 | ||
ノーマン・ベイツ | アンソニー・パーキンス | 西沢利明 | 辻谷耕史 | ||
マリオン・クレイン | ジャネット・リー | 山東昭子 | 武藤礼子 | 佐々木優子 | |
ライラ・クレイン(マリオンの妹) | ヴェラ・マイルズ | 幸田弘子 | 鈴木弘子 | 相沢恵子 | |
サム・ルーミス(マリオンの恋人) | ジョン・ギャヴィン | 広川太一郎 | 川合伸旺 | 神谷和夫 | 小山力也 |
ミルトン・アーボガスト(私立探偵) | マーティン・バルサム | 島宇志夫 | 渡部猛 | 有本欽隆 | |
アル・チェンバース(保安官) | ジョン・マッキンタイア | 雨森雅司 | 八奈見乗児 | 飯塚昭三 | |
フレッド・リッチモンド(精神科医) | サイモン・オークランド | 岡部政明 | 加藤正之 | 稲葉実 | |
トム・キャシディ(金持ちの経営者) | フランク・アルバートソン | 雨森雅司 | |||
チェンバース(保安官)夫人 | ルリーン・タトル | 鈴木れい子 | 好村俊子 | 火野カチコ | |
キャロライン(マリオンの同僚) | パット・ヒッチコック | 吉田理保子 | 榊原良子 | ||
ジョージ・ロウリー(不動産会社の社長) | ヴォーン・テイラー | 北村弘一 | 西川幾雄 | ||
チャーリー(中古車店の店主) | ジョン・アンダーソン | 村松康雄 | 屋良有作 | 掛川裕彦 | |
ハイウェイパトロールの警官 | モート・ミルズ | 木原正二郎 | 郷里大輔 | ||
ノーマ・ベイツ(ノーマンの母親)の声 | バージニア・グレッグ ポール・ジャスミン ジャネット・ノーラン | 京田尚子 | 大方斐紗子 | 磯辺万沙子 | |
日本語版スタッフ | |||||
演出 | 山田悦司 | 岩浪美和 | |||
翻訳 | 榎あきら | 森みさ | 前田美由紀 | ||
効果 | 赤塚不二夫 | ||||
調整 | 栗林秀年 | ||||
制作 | グロービジョン | 東北新社 | ACクリエイト | ||
解説 | N/A | N/A | |||
初回放送 | 1968年5月9日 『木曜洋画劇場』 | 1975年9月5日 『ゴールデン洋画劇場』[5] | 1983年6月16日 『名作洋画ノーカット10週』 | N/A |
受賞・ノミネート歴
受賞
- 第18回ゴールデングローブ賞 助演女優賞:ジャネット・リー
- エドガー賞 映画脚本部門 1961年最優秀賞:ジョセフ・ステファノ
ノミネート
- 第33回アカデミー賞(1960年) 4部門
- 全米監督協会賞:アルフレッド・ヒッチコック
製作エピソード
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- ヒッチコックは、原作の映画化権をわずか9,000ドルで匿名で買い取った。また事前に内容が知られるのを防ぐため、スタッフは市場に出回っていた原作を可能な限り買い占めた。もっともロバート・ブロックの原作は既に広く読まれていて、当時すでに日本語訳も出ていた。
- ヒッチコックが原作に惹かれた個所は、「シャワー中の美女がナイフで斬殺される唐突さ」の1点のみであった[6]。
- ベイツ・モーテルのデザインモデルは、カリフォルニア・ゴシック様式で建てられた個人住宅で、21世紀の現在でも現存している。ヒッチコックは画家のエドワード・ホッパーが描いた『線路脇の家』を観て、題材となった住宅を特定して、モデルに使用した[7]。
- ベイツ・モーテルは、アンソニー・パーキンスが大きく見えるよう、一般的な大きさより少し小さめに作った。
- シャワー・シーンで流れたのは、赤くないチョコレートソースだった。
- 寝室のジャネット・リーを覗くアンソニー・パーキンスの目の大写しでは、眼の検診で使用する医学用ライトが用いられた。
- 殺された人間が頭から階段を転がり落ちるカットでは、俳優と階段を別に撮影し合成した。
- ヒッチコックは、マリオンが事務所に出勤した際、事務所の外でウェスタンハットをかぶっている通行人としてカメオ出演した。
評価
映画の前半では、マリオンの犯した横領をめぐる心理的葛藤を描くクライム・サスペンスの様相を呈し、「車を購入する際の不自然な挙動」や「それを不審に思う警官」など、不安定な心理状態と緊迫感が丁寧に演出される。ところが、彼女は何の前ぶれもなく刺殺される(『シャワー・シーン』)。モノクロでも凄惨な映像と音楽は、後に多くの他の映画作品において模倣やパロディーが繰り返された。細かなカットについて、タイトル・シーケンスも手がけたソール・バスは、「自分が絵コンテを描いた」と主張している。
後半では、マリオンの妹と探偵らによるマリオン探しが主眼になり、謎とサスペンスは次第にベイツ・モーテルへと集中していく。探偵殺害シーンでは“カメラが人物の背後からはるか頭上へ1カットで急速に移動する”など、多くの映像テクニックが駆使されている。最後にマザーコンプレックスのノーマンがかばう母親の正体が明らかになり、物語は「この世にいないはずの人物によるモノローグ」という大胆かつ実験的な終結を迎える。
本作は同時期に公開された映画『血を吸うカメラ』と、異常殺人というモチーフの重なりや、その主題へのアプローチの差異などで比較されることもある。[要出典]
公開当時のキネマ旬報ベスト10では35位だった。
備考
- ヒッチコック自身が本編の部分は使わず、舞台を案内する予告編があった。DVDなどの付録になっていることがあるが、北島明弘『クラシック名画のトリビア的楽しみ方』(近代映画社)には「前代未聞の驚くべき予告編」という項目によれば、「ヒッチコックがカーテンを開けると叫ぶ女性は、リーがいなかったのでライラを演じたヴェラ・マイルズが代演している」という。
- 公開当時、ヒッチコックの「途中入場の禁止」「ストーリーの口外禁止」を観客に訴える録音メッセージが劇場で流された[8]。途中入場を禁止したのは、途中入場した観客が「主役(ジャネット・リー)が出演していない」と騒ぐ可能性があったためである[9]。
- 声ばかりが聞こえ、最後に少しだけ顔を見せる「母親」の名前はノーマ。ライラに襲い掛かる場面で「私がノーマ・ベイツ」と名乗っているが日本版ビデオでは字幕が出ないため判りにくい。声はヴァージニア・グレッグ、ポール・ジャスミン、ジャネット・ノーランという3人の女優が担当した。
- 続編の劇場映画2本(『サイコ2』『サイコ3/怨霊の囁き』)とテレビ映画1本(『サイコ4』)、および同タイトルのリメイク作品が製作されている。なお、小説にも続編があるが、映画とは全く別の物語である。
- 脚本のジョセフ・ステファノは、その後テレビシリーズ『アウター・リミッツ』の脚本家・プロデューサーとなった。
- 映画の中でトイレが出てくる(しかも水まで流している)のはこの映画が初である[10]。
- マリオンの同僚キャロライン役を演じている女性はパトリシア・ヒッチコック(ヒッチコック監督の娘)で、父親から直々にキャスティングされた[11]。
- 有名なシャワーシーンの撮影にはジャネット・リーの全撮影日数3週間のうちの3分の1を占める7日間を要した。また、ヌードシーンではヌードモデルのマルリ・レンフロが起用されている。また、ナイフが刺さる音はメロンにナイフを突き刺す音を使用している[12]。
- 登場する自動車はすべてフォード・モーター製である。これは同社がTVシリーズ『ヒッチコック劇場』の主要スポンサーであったためである[13]。
- モーテル内の剥製や壁掛けの絵など「鳥」が象徴的に登場するが、実は町(フェニックス)や登場人物(マリオン・クレインのクレイン=鶴)の名前にも鳥が隠されている。ヒッチコック作品の中では「鳥」が登場するシーンはいつも大きな変化の予兆として描かれている[13]。
- 劇中でノーマンは5歳の時に父親を亡くしたという設定だが、ノーマン役を演じたアンソニー・パーキンスも実際に5歳の時に父親を亡くしている[14]。
脚注
関連作品
外部リンク
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