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王子軽便鉄道(おうじけいべんてつどう)[1]は、北海道苫小牧市の王子製紙苫小牧工場から千歳市烏柵舞(うさくまい)の千歳川上流に設けられた自社工場向け水力発電所や支笏湖畔とを結び、発電所の建設資材や支笏湖周辺の森林資源を運搬する目的で敷設された軽便規格の専用鉄道である。貨物輸送のための鉄道であったが、後に一般客扱いも行った。
1904年(明治37年)9月、経営不振に陥っていた王子製紙は業績浮上を新工場に求め、これを設立する最適地を苫小牧村に定めた[2]。工場のための発電所の建設地へ建設資材を運搬するにあたり、当初は馬車軌道を敷設したが、発電機などの大型機械類運搬に対応できないため、直後に蒸気機関車運転に変更した[3]。その後、支笏湖周辺や樽前山麓の御料林からの木材運搬にも使用されて、1935年(昭和10年)には年間20万石以上の輸送量を記録している[3]。また発電所の建設にあわせ、千歳川下流へと終点駅は移動した。旅客扱いは関係者やその家族等に限り当初より行われていたが、1922年(大正11年)からは支笏湖観光の気運を受けて一般乗客を受け入れ、修学旅行などにも使用された[3]。また、1936年(昭和11年)頃からは支笏湖対岸の美笛(びふえ)から、湖上運搬船を経由した千歳鉱山(美笛鉱山・千徳鉱山)の金鉱石運搬も行っていたが[3]、第二次世界大戦後、市内から支笏湖湖畔に向け道路が整備されるにつれ、トラックや苫小牧市営バスなどの自動車の通行が始まると、苫小牧から支笏湖までの所要時間が軽便鉄道で1時間45分に対し、バスやトラックは約45分と1時間もの時間短縮が見られたため[3]、旅客も貨物輸送も急速に自動車に移行し、道路の整備からさほど間を開けずに廃止に至った[3]。なお廃止に当たっては当鉄道に従事していた人員を自社バスの運行要員に転換している[3]。苫小牧市民は海側に敷設された苫小牧軽便鉄道(後の日高線、現在の日高本線)を通称「浜線」、山側に敷設されたこの専用線を通称「山線」と呼んで親しんでいた[3]。
2020年1月、支笏湖畔に王子軽便鉄道「山線湖畔驛」が開館した[4]。
1970年代に、山線の路盤を自転車道として改造し、現在も供用している。苫小牧支笏湖サイクリングロード(苫小牧緑ヶ丘-丸山間 約19km)および北海道道872号支笏湖公園自転車道線(千歳市街千歳橋-丸山-モラップ・支笏湖畔間 約26km)である。
当専用鉄道の苫小牧駅は「山線苫小牧駅」[3]あるいは単に「山線駅」と呼ばれ、国鉄(当時)苫小牧駅の駅裏室蘭寄りにあった[3]。
市街地の北側を斜めに抜けて「オテーネ」と呼ばれた台地へ向けてカーブを切り、北海道大学演習林を右手に見ながら高丘と呼ばれる傾斜地を登り切る辺りが六哩地点で、ここには無人駅があったが、ここまでの勾配が全線で一番急なため、後に輸送量の増加に伴い、機関車への補給のために交換設備が設けられた[10]。ここより十二哩までは、苫小牧川と勇払川支流の勇振川(夕振川)に挟まれた緩やかな上り勾配の台地で、左手に樽前山を望む鬱蒼とした帝室林野局の御料林(戦後は国有林)の中を真っ直ぐに敷かれていた。十三哩地点には御料林管理小屋(帝室林野局廠舎)があり、周囲には何軒かの集落があった[14][注 7]。分岐点で発電所へ向かう本線から湖畔へ向かう支線が分かれるが、支線と本線を結ぶ連絡線によってデルタ線を形成していた。
千歳川第一発電所は支笏湖の流出河川である千歳川への流出口近くに堰堤を設け、そこから取水した川水を導管で発電所へ送っていたが、直接送らずに発電所手前に調整池を設けて水量変化に対応していた。この調整池を「水溜」と称し、その東側には発電所関係者の住宅地が作られていた。ここから発電所が建てられている千歳川河床まで100m以上の渓谷[15]になっているが、その川添にも住宅が立ち並んでいた。
分岐点から湖畔へは千歳川沿いに敷かれていて、第一の滝(ネッソウの滝)とその上流の発電所取水用堰堤との間に滝ノ上という無人駅が設けられて、ここには後に翠明橋が架けられている。
湖畔駅は当初千歳川流出口近くに掛けられたトラス橋[注 8]を渡って現在の支笏湖温泉街側に設けられていたが、昭和時代初期に橋を渡らずそのまま湖岸に沿った位置に変更されている[10]。既に1907年(明治40年)に支笏湖周囲御料林の伐採許可を受けていた[16]王子製紙は、筏による湖面輸送(対岸の美笛からは8時間以上かかった[17]。)で旧駅側に設けた荷揚げ場に集積し、貨車に積み込んだ[10]。また後には新駅側に千歳鉱山の専用埠頭も設けられ、側線が敷かれていた[10]。この沖合に防波堤が設けられていた[10]が、現在では水面下に没している[注 9]。
駅名 | 駅間キロ | 累計キロ | 接続路線 | 所在地 | 地図 |
---|---|---|---|---|---|
山線苫小牧駅 | - | 0.0 | 日本国有鉄道:室蘭本線 | 苫小牧市 | (北緯42度38分21.48秒 東経141度35分31.38秒) |
高丘(六哩)駅 | 9.6 | 9.6 | (北緯42度41分40.90秒 東経141度32分12.31秒) | ||
十哩(勇振[注 11])駅 | 6.5? | 16.1? | (北緯42度43分39.38秒 東経141度28分25.27秒) | ||
夕振(十二哩)駅 | 3.2? | 19.3 | (北緯42度44分45.4秒 東経141度27分7.4秒) | ||
丸山(十三哩)駅 | 1.6 | 20.9 | (北緯42度45分24.45秒 東経141度26分24.15秒) | ||
分岐点駅[注 12] | 0.9 | 21.8 | 千歳町(当時) | (北緯42度45分52.10秒 東経141度26分7.33秒) | |
水溜(第一[注 11])駅 | 2.7 | 24.5 | (北緯42度47分8.82秒 東経141度26分27.10秒) | ||
第二発電所駅 | 1.9 | 26.4 | (北緯42度47分14.1秒 東経141度27分46.2秒) | ||
牛ノ沢(第三発電所)駅 | ? | ? | (北緯42度47分39.17秒 東経141度30分18.42秒) | ||
第四発電所駅 | ? | 34.6 | (北緯42度48分3.20秒 東経141度33分7.79秒) | ||
上千歳駅[注 13] | ? | ? |
駅名 | 駅間キロ | 累計キロ | 接続路線 | 所在地 | 地図 |
---|---|---|---|---|---|
分岐点駅 | - | 0.0 | 千歳町(当時) | ||
滝ノ上駅 | ? | ? | (北緯42度46分3.17秒 東経141度24分53.09秒) | ||
湖畔駅 | ? | 3.2 | 千歳鉱山 支笏湖上運搬船 | (北緯42度46分9.68秒 東経141度24分9.62秒) |
山線鉄橋は支笏湖から千歳川が流出する地点にかかる歩道橋で、北海道で現存する現役最古の鉄橋である。英国製200ftピン構造ダブルワーレン橋で、1899年(明治32年)に北海道官設鉄道上川線(現在の函館本線)の砂川駅 - 滝川駅間の空知川に第一空知川橋梁として架けられたが、1923年(大正12年)頃に架け替えられた際に王子製紙に払い下げられ、1924年(大正13年)に王子軽便鉄道の橋として支笏湖畔に移された[12]。鉄道廃止後の1967年(昭和42年)に王子製紙より千歳市に寄贈された。1995年(平成7年)から解体修復工事が行われ、1997年(平成9年)から歩道橋として利用されている。千歳市指定有形文化財。
2018年には、土木学会選奨土木遺産に認定されている[28]。
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