弓削島
愛媛県、上島諸島にある島 ウィキペディアから
愛媛県、上島諸島にある島 ウィキペディアから
愛媛県と広島県との県境、芸予諸島の中でも上島諸島と呼ばれる島しょ群に属するが、人口も多くその中心といえる。東と南は燧灘と備後灘に面し、開けている。北に因島、西に生名島や佐島(弓削佐島と呼ばれることもある)に対している。属島として、佐島のほか、東に百貫島、北に京ノ小島があるが、佐島(弓削佐島)を除き無人島である。
島は南北に細長い形状をしており、中央部はひょうたん形にくびれ、くびれた部分に集落があり、公共施設も集中している。島の北側と南側とで地形は異なり、北には比較的高い山が多く、島の最高点はやや北寄りの三山(みつやま、325m)で、その南に古法皇山(279m)、さらにやや南に下り石灰山(せっかいやま、219m)と呼ばれる山がある。石灰山はその形状から島のランドマークともなっており、南東側には石灰石切り出し跡が残っている。対照的に「ひょうたん」の南側は低い山や丘陵地が続き、こちらの最高点は久司山の142mである。[1]
大半は花崗岩質であり、平地に乏しい地形であり、植生には恵まれない。東岸には松原海岸と呼ばれる砂浜や法王ヶ原と呼ばれる松原があり、瀬戸内海国立公園域に含まれている。[1]
古い名であり、諸説ある。
の3説がある。
弓削町が成立した当時は、島内に大字は2(上弓削、下弓削)であった[注釈 1]。昭和40年代末頃から分化し、以下の14地区からなる。
合併して上島町になってからは、地名表記として「弓削」を付す。(例)越智郡弓削町太田 → 越智郡上島町弓削太田
うち、ひょうたん形にくびれた位置の下弓削と上弓削が大きな集落で、下弓削には島々を結ぶフェリー発着港、役場、小中学校、高校、商船高専などがある。上弓削には因島の家老渡とのフェリー発着港がある。
1889年(明治22年)12月15日から1952年(昭和27年)までは弓削村に属した。2004年(平成16年)10月1日に上島諸島の4か町村で合併し、現在は越智郡上島町に属する。
本島に上島町役場と町議会があり、町政の中心地である。弓削町の頃から運営している町営のCATVがある。
離島振興法(昭和28年法律第七十二号)上の指定島しょ。上島諸島のうち同法適用対象とされている5島(弓削島・佐島・生名島・岩城島・赤穂根島)の一つ[3]。
2599人(2020年(令和2年)国勢調査)[3]
この節には内容がありません。 (2024年7月) |
弓削島を含む上島地域の交通の結節点は因島(広島県)で、定期船は主に因島の港へ寄港する。
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