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尾道造船株式会社(おのみちぞうせん、Onomichi Dockyard Co., Ltd.)は日本の造船メーカー。
種類 | 株式会社 |
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市場情報 | 非上場 |
本社所在地 |
日本 〒650-0033 神戸市中央区江戸町104番地 |
設立 | 1943年4月1日 |
業種 | 輸送用機器 |
法人番号 | 1140001006741 |
事業内容 | 船舶の建造・修繕 他 |
代表者 | 代表取締役社長 中部 隆 |
資本金 | 1億円 |
売上高 |
515億円 (2012年度実績) |
純利益 |
50億8,400万円 (2024年3月期)[1] |
純資産 |
276億1,100万円 (2024年3月期)[1] |
総資産 |
530億5,700万円 (2024年3月期)[1] |
従業員数 | 438名(2013年4月1日現在) |
決算期 | 毎年3月31日 |
主要子会社 |
佐伯重工業株式会社 Colombo Dockyard Ltd. ジャパン・スチールス株式会社 コスモシップサービス株式会社 あさひエンジニアリング株式会社ほか |
外部リンク | http://www.onozo.co.jp/ |
独立系の中堅造船メーカー。一般社団法人日本造船工業会の会員。商号に尾道と言う地名が入っているが本社は兵庫県神戸市にある。
プロダクト/ケミカル・タンカー、バラ積み船の建造を主力とし、広島県尾道市に造船所を有する。また、傘下の佐伯重工業株式会社、Colombo Dockyard Ltd.(スリランカ)でも船舶の建造、修繕を行っている。
また、フェリーの建造も行っており、日中国際航路で運航されている燕京、新鑑真、同社が株式を保有する琉球海運向けにRO-RO船の建造実績を有する。
創業者の初代浜根岸太郎(1861-1925、北海道平民浜根忠吉の長男)は、愛媛県の弓削島(現・上島町)で生まれ、函館市で奉公ののち、1899年に海産物委託販売の「濱根商店」を開く[2][3]。製塩販売を生業とし、1905年の専売法施行以降は函館塩販売所を営み、函館造船所取締役、函館商業会議所議員なども務める[4]。1910年より海運業を開始し、1917年に同店を株式会社化、1918年に向島船渠を創立し、1921年に念願の1万トン船主となり、1923年濱根商店を神戸へ移転[3]。1924年に養子の山田忠蔵(北海道・山田房吉の四男、1887年生)が跡を継ぎ、二代目浜根岸太郎を襲名[2][3]。二代目岸太郎は、浜根商店、向島船渠の社長を継ぎ、1935年に浜根汽船を創業、1943年に向島船渠が日立造船に吸収合併され同社取締役に就任、木造船の造船所として尾道造船を創業し社長に就任[3]。その後1959年に二代目岸太郎の長女・初江の婿・浜根康夫(武井悌四郞の四男)が社長を継いだ[3]。二代目岸太郎の養子で副社長を務めた浜根隆正は西郷隆盛の孫(西郷寅太郎七男)。康夫の娘婿に中部銀次郎、浜根義和(乾豊彦三男)がいる。
国内及び海外の関連会社も含め、記述する。
主な船型を記述する。
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