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偶蹄目ナガスクジラ科の動物 ウィキペディアから
ナガスクジラ(長須鯨、長鬚鯨、Balaenoptera physalus)は、哺乳綱偶蹄目[注釈 2]ナガスクジラ科ナガスクジラ属に属するヒゲクジラである。
ナガスクジラ | |||||||||||||||||||||||||||
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ナガスクジラ Balaenoptera physalus | |||||||||||||||||||||||||||
保全状況評価[1][2][3] | |||||||||||||||||||||||||||
VULNERABLE (IUCN Red List Ver.3.1 (2001)) ワシントン条約附属書I | |||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Balaenoptera physalus (Linnaeus, 1758)[4] | |||||||||||||||||||||||||||
シノニム[4] | |||||||||||||||||||||||||||
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和名 | |||||||||||||||||||||||||||
ナガスクジラ[5] | |||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||
Fin whale[4][5] | |||||||||||||||||||||||||||
ナガスクジラの分布図[注釈 1] |
日本では、シロナガスクジラにも「長須鯨」という呼称が使われる場合が散見されたため、両種が混同されてきた事例が目立つ[6]。本種を指す別称は、とくに捕鯨時代に国内でいくつか見られ、「ノソ」「ノソクジラ」「ノウソウ」「ナガソ」「スインホークジラ」などが記録されている[7]。
英語では少なくとも5つの呼称が存在し[注釈 3]、遊泳の速さから「海のグレイハウンド[注釈 4]」という異名がある[8]。
中国語では、「长须鲸」や「剃刀鲸」など英名や和名に準拠した呼称になっている。
韓国語ではセミクジラと呼称が混同される場合が非常に多かったが、2015年にセミクジラが41年ぶりに韓国国内にて確認されたことなどをきっかけに複数の鯨類福祉の向上政策[注釈 5]が始動し、それらの一つとしてナガスクジラとセミクジラの呼称の細分化をはじめとする鯨類全体の呼称の調整が行われた[13]。
ナガスクジラ属の模式種[4]。遺伝子に基づく系統では、別属とされるザトウクジラと特に近縁である[14]。
少なくとも2つの異なった亜種が存在し、北半球亜種(B. p. physalus)と南半球亜種(B. p. quoyi)に分類されている[4]。
また、北太平洋に棲息する個体群を亜種B. p. veliferaとする事を支持する声もある[15][16]。南半球のうち小型の個体群を亜種B. p. patachonicaとする説もあるが、分子系統解析ではB. p. quoyiと区別されないという結果が得られている[17]。
以下の分類・英名は、Committee on Taxonomy (2023) に従う[17]。
北半球・南半球ともに緯度20度から70 - 80度にかけて[5]。北半球では、地中海やコルテス海やオホーツク海や日本海や黄海・渤海等の付属海にも分布する[5]。
極地などを除く世界中の海に生息するが、熱帯海域ではあまり見られない。そのため、南半球の個体群と北太平洋、北大西洋の個体群は地理的に隔絶されている。
概して外洋性である場合が目立つとされるが、陸上から観察される事もあるなど沿岸部に寄る事も珍しくなく、海峡や水路を利用したり[注釈 6]、地中海やカリフォルニア湾の様な陸地に囲まれた海域にも分布する。現在の地中海とジブラルタル海峡に通常分布する唯一のヒゲクジラ類でもある。過去には日本列島の瀬戸内海を利用していた可能性も指摘されている[19]。
地中海とコルテス海には定住群または半定住群が存在し、大きさや形態や行動様式などにも外洋性の個体群と若干の違いが見られる。たとえば、ランペドゥーザ島(イタリア)の様に、中・低緯度海域における冬季の採餌場も存在する事が判明している[20]。また、地中海においては定住群と北大西洋からジブラルタル海峡を通過して回遊してくる個体が共存している[21]。
また、東アジアにはかつて複数の地方定住群または半定住群が存在していたとされ、回遊のサイクルなどの生態面だけでなく、大きさや形態に若干の違いがあった可能性がある。黄海・渤海、東シナ海、北海道から三陸沿岸、日本海北部、より広域の日本海などにその様な地方個体群が存在した可能性が存在するが、これらは(後述の通り、実質的に日本(大日本帝国)に由来する)捕鯨によって消滅(絶滅)したり、仮に生存しているとしても激減したと思わしい[7][22][19]。
体長20-26メートル、体重30-80トン。最大全長はオスが25メートル、メスが27メートル[5]であり、現生ではシロナガスクジラに次ぐ体長とピグミーシロナガスクジラやセミクジラ科に次ぐ体重を持つ。
溝(畝)は臍まで達し、数は50 - 60本[5]。背面や側面は黒褐色で、腹面は畝も含めて白い[5]。
体はスマートで細長く、吻端から噴気孔にかけて隆起線が走るが、ごく僅かであるがニタリクジラの様に更に二本の副隆起線を持つものも存在する。背中にも背びれから尾びれにかけて隆起部が存在する。上顎は細長く、先端が尖る[5]。クジラヒゲは髭板も剛毛も青黒色だが、右側の髭の前面だけは乳白色[5]。背鰭は高く三日月形だが、胴体の後方に位置する[5]。背びれの形態は小さく鎌状。一般には先端が尖るが変異も多く、丸い個体も存在する。
体色と背面は濃いグレー、あるいは茶系の黒で腹部は白色。腹部から続く白色の模様が顎の右側まで回り込んでおり、色分けは左右非対称である。また、鯨髭も右側前方のみ白色部がある。
概して、小・中型の個体は同じナガスクジラ科に属するイワシクジラ、ニタリクジラ、カツオクジラ、ライスクジラ(英語版)、ツノシマクジラ等と誤認しやすい。とくにツノシマクジラは、体表の模様に類似性があり、頭部に副隆起線を基本的に持たないなど、ナガスクジラとの外見上の類似性が比較的に強い。
主に亜熱帯から寒帯にかけての外洋に生息する[5]。夏季は、採食のために高緯度地方へ回遊する[5]。
単独または数頭の群を作る。また、他のヒゲクジラと同様に、定住群を除き、1年の3分の1の期間のみ、極地で餌を捕食して繁殖のために温帯へ回遊している。
北半球ではサンマ・シシャモ・ニシン・イワシ類・サバ類などの魚類を、南半球ではオキアミ類を主に食べる[5]。群れた獲物に突進して海水ごと口内に含み、海水を鯨髭の隙間から排水しつつ鯨髭で獲物を濾し取って食べる[5]。
ナガスクジラの摂食様式は突進採餌[注釈 8]と呼ばれている。これは海水中を高速で泳ぎ、海水に含まれる小魚やプランクトンを濾し取る濾過摂食の一種である[23]。
ナガスクジラの尿の生成量は一日に974リットル程度と推算されている。これは海水を大量に飲んでいるわけではなく、排出される水分の大部分は餌であるオキアミ等に由来する[24]。
繁殖様式は胎生。主に冬季[注釈 9]に交尾を行う[5]。妊娠期間は11か月[5]。授乳期間は6 - 7か月[5]。
「ブリーチング(英語版)」を行う事は稀だが、シロナガスクジラとは対照的に全身を大きく海面から露出したり連続して行う場合が散見される。また、地中海の個体群は北大西洋の個体群と交流する一方で異なる進化史を経ており、地中海では他の海域に比べてブリーチングを行う頻度が高い傾向にあるが、この背景には人為的な要因も考えられる一方で厳密な理由は判明していない[25]。
厳密な寿命は不明だが、2010年にデンマークに座礁した個体は推定で140歳だとされている[26]。
1999年1月に科学雑誌ネイチャーにハーバード研究チームの論文が掲載され、その論文のなかで「日本でシロナガスクジラの肉が売られている」と報告された。その根拠になったのは、大阪で販売されていた鯨肉から絶滅寸前のシロナガスクジラの遺伝子が検出されたことであった。この報告により、国際学会は騒然となった。この個体は後にナガスクジラとシロナガスクジラとの交雑個体であった事が判明する[注釈 10][27]。
また、各種の個体数の激減によってナガスクジラとシロナガスクジラの生存数のバランスが崩れたり、互いに本来の同種同士の繁殖相手が(本来の状態よりも)見つかりにくく、両種の交配の増加による両種とくにより数が少ないシロナガスクジラへの圧迫が懸念されている[28][29]。類似した問題はセミクジラとホッキョククジラの間にも存在する[30]。
古くは遊泳速度が速く死骸が沈むことから、散発的に捕獲されることはあっても、主要な捕獲対象とはされていなかった[5]。また、日本列島でも鯨類と人間の関係には捕鯨だけでなく、クジラを神聖視して捕鯨を禁止する風潮も強かったとされている。
19世紀にポンプランスなどを用いた近代式の捕鯨方法が開発されたことと、セミクジラやホッキョククジラやザトウクジラやコククジラなどの沿岸性の種類が激減したこともあり、ナガスクジラやシロナガスクジラやイワシクジラなどの泳ぎが速い種類も主要な捕鯨の対象とされるようになった[5]。
捕鯨時代の以前には、南極海には約40万頭のナガスクジラが生息していたと推測されている[34]。南極海では1904年から捕鯨が開始された[5]。
他の大型鯨類と同様に、「捕鯨オリンピック」をふくむ20世紀までの世界中における乱獲と(とくに日本とソビエト連邦による)大規模な規約違反と密猟[35][36][37]によって絶滅の危機に陥ったとされており、1976年から北太平洋と南半球にて、1986年から全世界で捕獲が禁止された。
その後、1990年以降は北大西洋では一部の原住民による生存捕鯨とアイスランドによる(主に日本への食肉やペットフードの材料としての輸出用の)商業捕鯨が継続されており[38]、日本も南極海における調査捕鯨の捕獲対象としていたこともある[注釈 12]。しかし、アイスランド国内では鯨肉の消費の需要の減少、捕鯨業者の減少、アニマルライツの観点やホエールウォッチングの需要の増加などから、2023年には捕鯨の撤廃も討議も行われるなどの動きが見られている[39]。
これらの捕鯨の結果、世界中の個体群が大打撃を受けたとされ、近年に行われた捕獲の影響の再考においても従来の想定よりもはるかに深刻なダメージを受けていたと判明している[40][41]。
2005年に、日本は南極海において「調査」との名目で本種とザトウクジラを50頭ずつ捕獲することを宣言したが、これにより国際的に大きな批判を浴び、シーシェパードの抗議行動の激化などの反捕鯨運動が拡大する要因の一つになったともされている[42]。
2024年5月に日本政府がナガスクジラの商業捕鯨の再開を宣言した[43]が、台湾も含めた各国の自然保護団体からの抗議声明が出されただけでなく[44]、シーシェパードの元船長であったポール・ワトソンも反応した[45]。日本国内の識者も懸念を示しており[46]、絶滅危惧種を捕獲対象とすることのリスクだけでなく需要の低下と商業性の脆弱さも指摘されており[47]、2001年にミンククジラを「海のゴキブリ」と評して「鯨害獣論(鯨食害論)[注釈 13]」の拡散と捕鯨論争の拡大に関与した小松正之も[49]、捕鯨推進派としての経歴を持ちながらも今回のナガスクジラの捕獲対象種への追加の科学的正当性への疑念を呈している[45][47]。また、今回の捕獲対象種への指定によって日本国内のホエールウォッチング業に悪影響が発生する可能性も存在する[50]。
同年7月、水産庁は、商業捕鯨の対象にナガスクジラを新たに追加することを正式決定したと発表した。2019年にIWCを脱退してから対象の追加は初めてで、捕獲対象とされる鯨種は計4種となった。2024年の捕獲枠は59頭。対象追加に際して実施したパブリックコメントにおいては、「ナガスクジラは国際自然保護連合(IUCN)の評価で絶滅危惧種だ」との反対意見に対し、水産庁は「IWCと連携して積み重ねた調査で、北太平洋の資源量が豊富だと確認した」と説明した[51]。一方で、日本側が提示した捕獲対象の目安とする個体数の計算方法などの不透明さや国際的な非難の増加などの懸念要素も指摘されている[52][53]。今回のナガスクジラの捕獲決定に際して、海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)の加盟国である日本は海獣の保護への協力義務があり、国境を越えた影響評価を実施せずに、他の北太平洋沿いの各国や各委員会へ相談をせずに決定したためにUNCLOSに条約違反した可能性も指摘されている[54]。
2023年現在では、(あくまでも世界全体で見れば)直接の捕獲そのものは本種に対する大きな脅威ではなくなり、生息数は増加傾向にあると考えられている[3]。しかし、比較的回復が進んでいる南半球においても本種、シロナガスクジラ、ミナミセミクジラは各々が本来の生息数の50%未満に回復するのは西暦2100年ごろと推測されている[55]。
しかし一方で、上記の通り激減したり消滅したと思わしい個体群も少なくなく、一部の国々では捕鯨も継続されており、船舶との衝突、漁業による混獲、ゴミの誤飲、「混獲」と称した意図的な捕獲[56]、密猟[注釈 14]、地球温暖化や人間による廃棄物などによる生息環境の悪化、さらには上記の通りシロナガスクジラとの交配の増加[28]などの影響が懸念されている[3]。しかし、上記の通り、アイスランドでは捕鯨の需要が著しく低下しており、捕鯨産業の撤廃も考慮され始めている[39]。
現在では地中海やコルテス海やセントローレンス川を含む世界各地でホエールウォッチングの対象になっており、ニューヨークなどの大都市の沿岸での確認も増えている[注釈 15][59]。
ロシアや東アジアにおいては、かつては太平洋側・日本海側を問わない日本列島の各沿岸部[注釈 16]や黄海・渤海などを含め沿岸にも普遍的に見られ、上記の通り複数の特徴的な個体群も存在していた[22]。商業捕鯨時代以降は長らく記録が限定されており[7]、目撃はおろか、座礁や混獲なども非常に少なかった[注釈 17][注釈 18][61]。
しかし、2000年代以降は主にオホーツク海での目撃が増加に転じ始め、日本列島におけるホエールウォッチングでもオホーツク海に面する北海道の知床半島[注釈 19]と網走[注釈 20]では観察できる機会が増えつつある。観光ツアー中における本種の発見の確率では、網走の方が知床よりも大幅に上回る[66][67]が、知床半島の方が(海底地形の影響からか)鯨類の多様性に富み、これまでに他の鯨類[注釈 21]と共に遊泳する光景が観察されたり[62][68][69]、シャチと共に行動する観察例も複数回観察されている[注釈 22][69][71][72]。
また、将来的に生息数が回復すれば、たとえば日本列島の北太平洋側や日本海側の各沿岸部や瀬戸内海など、分布が破壊されたり激減した海域にも他の海域から流入して分布が復活する可能性がある[19]。近年では、北海道の南東部(釧路市や十勝)や三陸や房総半島の沖合が、どの程度の個体数が利用しているのかは不明であるが、本種の回遊経路になっていると判明している[73]。
韓国や中国や台湾やフィリピンなどの他のアジア各地でも長らく目撃情報が途絶えていたが、2020年前後以降から韓国でごく僅かな目撃記録が記録されはじめ、2024年に発表された調査結果では、朝鮮半島の周辺が現在でも少数ではあるが本種に利用されていることが判明した[74][75]。
しかし、とくに対馬や壱岐の周辺の対馬海峡では、韓国と日本を結ぶ高速船の航路と本種の回遊経路が混在しているため、絶滅危惧の個体群が船舶との衝突の危険性に直面している[76]。
また、2024年にナガスクジラを商業捕鯨の対象に指定したことによる国内のホエールウォッチング業への悪影響を憂慮する声もある[50]。
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