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かつて存在した日本のアニメ制作会社 ウィキペディアから
スタジオ九魔(スタジオくま)は、かつて存在した日本のアニメ制作会社。正式な商号は有限会社九魔(くま)。練馬アニメーション会員であった。
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1977年12月6日、スタジオディーンの社員で仕上と特殊効果を行っていた隈部昌二が仕上げ専門スタジオとして設立した。社名の由来は、設立時の社員が9人だったことと隈部が九州出身であることによる。
設立当初は、サンライズやシンエイ動画の仕上げ作業の請負が中心だったが、1984年に『巨神ゴーグ』をきっかけに作画部門を設けた後、演出スタッフも参加する。1990年代前後に入ってからは制作スタッフを立ち上げグロス請けを開始した。幾つかの会社のグロス請けを経て2000年に制作した18禁OVAである『回春』シリーズより元請制作を開始した後も他社からの下請を担当しつつ、18禁OVAの制作を主とした。
18禁OVAについては一部の例外を除き、メディアバンクやアニメアンテナ委員会の発注を受けて「STUDIO9MAiami」名義で制作していた。
2003年に初の一般向け作品である『銀河鉄道物語』を制作して以降、『なるたる』等といったテレビシリーズの制作および制作協力を行っている。
2017年12月に社長の隈部が死去し、更に翌2018年6月に関連会社の「アジアアニメーションパートナーズ(AAP)」が東京地裁から破産開始決定を受けた[1]のを機に、九魔が事業停止になった事実が公表された。AAPも含めたアニメーション制作関連事業は新たに独立設立された「株式会社戯画プロダクション」(ぎがプロダクション)に譲渡され、『デュエル・マスターズ』の制作グロスを引き継いだ。また、作画部門の一部は「ちぃーむハラダ」として独立した。
開始年 | 放送期間 | タイトル | 監督 | 備考 |
---|---|---|---|---|
2003年 | 10月 - 2004年4月 | 銀河鉄道物語 | 西本由紀夫 | |
2005年 | 1月 - 7月 | 魔豆奇伝パンダリアン | 大庭秀昭 | 日台合作作品 |
4月 - 6月 | IZUMO -猛き剣の閃記- | 冨永恒雄 | 共同制作:トライネットエンタテインメント | |
2006年 | 10月 - 2007年3月 | 銀河鉄道物語 〜永遠への分岐点〜 | ||
2008年 | — | 金牌熊猫 Sports Panda | — | 日台合作作品、日本未放映 |
発売年 | タイトル | 監督 |
---|---|---|
2003年 | HAPPY★LESSON(第5巻) | 誌村宏明 |
2007年 | 銀河鉄道物語 〜忘れられた時の惑星〜 | 大庭秀昭 |
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