≪結成にあたっての声明≫
周知の如く、教育の進歩は社会の進歩からはるかに追い越されてしまった。今やその距離が学校の基本的任務である社会的機能を無力たらしめている。そこに教育内容の改善が、教育界の内部からではなく社会の諸情勢の動きの一つとして表面化されてきた根拠が発見される。かかる教育の実情および社会の情勢に対する実践的解決、すなわち教育内容の根本的建直しのために教育の科学的再建をめざした研究会が成立したのである。しかしこれは今までに自然発生的にもたれた各科研究会が新たに再吟味され、教育活動の基本的線にそって再編成されたものである。教育科学研究会を構成する各部研究会はつぎの五部会である。
1 言語教育研究部会
2 科学教育研究部会
3 技術教育研究部会
4 生活教育研究部会
5 教育科学研究部会
以上各研究部会当面の課題は、現在最も必要に迫られている、社会進歩の諸情勢に即応する教育内容改善の第一着手としてのカリキュラムの再編成と教材の再選択とであろう。
人間の生存欲求は、自然の中に衣、食、住の資料を求めて、それを探検し、探索し、探究して資源開発のために努力してきた。そのために人間はみずから道具をつくり、その使用から技術を発達せしめ、またみずからの歴史的社会を形成してきた。人間生活の機構は、これらの技術、科学、社会の基本的要素から有機的に成立している。またそれらは人間生活を将来においてますます発展せしめ得る根本機能をもつものである。人間生活のかかる歴史的発達にそって不即不離の関係にあるのが言語である。発生的には手の言語、身振の言語として発達してきた言語は、さらに人間の経験を媒介、拡充して科学や社会の進歩を促進してきた。教育科学研究部会は、以上の各部会における研究を教育の実際に具現するための方法的研究を主要課題とするものである。さきの技術教育、科学教育、生活教育の三基本部会に言語教育、教育科学の両部会を加えて、五部会がここに成立したわけである。
教育の事実が現在の具体的実状から一層進歩した次代の具体的状態に高められていった
コメニウスや
ペスタロッチ等の事績を、彼等の時代との聯関において省察するならば、第一に彼等の教育改革は社会生活の新しい変化に応答するものとして起っていることである。第二に、かかる社会生活の要求に即した教育上の変化が、単なる思想運動からではなく、新社会生活をつくりあげてきた具体的事物を、教育内容として積極的に摂取したことによって決定的にされているという教育発達史上の事実である。コメニウスは当時、勃興してきた商業資本社会の生活から新教科課程を編成して近代教育のカリキュラム問題の基礎を築き、ペスタロッチは彼の時代における社会の中心問題であった貧民教育の経験からポリテクニカルな労作教育を発展せしめた。常に役立つ計画ならば、それは必ず実現の可能性をもっている。ただその場合の不可欠の条件は、その社会において何を要求しているかという実状を知悉しておくことである。
本研究会は敍上の如き希望にむかって教育実際家とそれぞれの専門家との望ましき協同研究により、われわれの当面している根本問題を忠実に果していくであろう。熱意ある誌友諸君の支援と相互の研究上の交通とによって、われわれ共同の課題である全般的教育改革の実現を助成されんことを希望するものである。
—「教育科学研究会の成立」、『教育』第5巻第5号岩波書店、1937年5月