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AIDSを発症させるウイルス、略称HIV ウィキペディアから
ヒト免疫不全ウイルス(ヒトめんえきふぜんウイルス、英語: human immunodeficiency virus, HIV)は、ヒトの免疫細胞に感染してこれを破壊し、最終的に後天性免疫不全症候群 (AIDS)を発症させるウイルス。1983年に分離された。日本では1985年に感染者が認知された[1]。
ヒト免疫不全ウイルス | |||||||||||||||||||||
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リンパ球に結合するHIV-1 | |||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||
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種 | |||||||||||||||||||||
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本項では主にHIVに関して解説する。HIVが引き起こす感染症に関しては上記「AIDS」の項を参照。
1983年に、パスツール研究所のリュック・モンタニエとフランソワーズ・バレシヌシらによってエイズ患者から発見され「LAV」[注釈 1]と命名された。1984年に、アメリカ国立衛生研究所(NIH)のロバート・ギャロらも分離に成功しており、「HTLV-III」[注釈 2]と命名した。続いて、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のレヴィらも分離に成功し、「ARV」[注釈 3]と命名した。LAV、HTLV-IIIおよびARVは、のちにいずれも同じウイルスであることが明らかとなりHIV-1と改称され、1985年には、モンタニエらが、エイズ患者から新たな原因ウイルスを分離し、「LAV-2」[注釈 4]と命名し、LAV-2はその後HIV-2と改称された。
最初の発見者をめぐって、モンタニエとギャロの仏米の研究チームが長年にわたって対立し、1994年に両者がともに最初であるとして決着したが、長期の対立はエイズ治療薬の特許が絡むもので、治療薬の発売を遅らせないための政治的決着であった。2008年10月6日、フランスのモンタニエとバレシヌシの2人がウイルスの発見者として、2008年のノーベル生理学・医学賞を授与された。
カリフォルニア大学バークレー校教授のピーター・デュースバーグなどのようにAIDSの原因がHIVであると認めないエイズ否認主義者もいるが、この考え方は科学界で否定されている[2]。
ウイルスの分類上は、エンベロープを持つプラス鎖の一本鎖RNAウイルスであるレトロウイルス科レンチウイルス属に属する。以下の2つが存在する。
霊長類を自然宿主とするサル免疫不全ウイルス(SIV[注釈 7])が、突然変異によってヒトへの感染性を獲得したと考えられている。ウイルスの塩基配列を比較すると、「HIV-1」はチンパンジーから分離されたSIVcpzに近く、「HIV-2」はマカクやマンガベーなどのサルから分離されたウイルスSIVmacやSIVsmmに近い。以上から、SIVに感染したサルからヒトへと感染し、HIVに進化したと考えられている。「HIV-1」と「HIV-2」の基本的な遺伝子の構造はほぼ同じであるが、塩基配列の類似性は低く60%ほどであり、もっとも大きな遺伝子の相違として、「HIV-1」には vpu が、「HIV-2」には vpx がそれぞれに存在し、この相違はSIVcpzとSIVsmmの間にもみられることから、「HIV-1」と「HIV-2」はそれぞれ独立した祖先から、人間に感染する能力を持ったウイルスに進化したものと考えられている。
HIV-1は、塩基配列により以下の4つのグループに分類される。
HIV-2感染は地域性があり、西アフリカ地域に集中的に認められ、ほかの地域での感染は低く、日本でも報告されている感染者はまだ数名である。A - Gの7のサブタイプに分類される。また構造的にNNRTIに耐性である。
成熟したウイルスの形状は球状の粒子であり、直径は約100 nmである。球形の膜に囲まれた中心に、ウイルス遺伝子RNAとGagタンパク質からなる核様体がある。核様体はGagタンパク質のマトリックス(MA)、カプシド(CA)、ヌクレオカプシド(NC)、2本のRNA、プロテアーゼ(PR)、逆転写酵素(RT)、RNaseH(p15)、インテグラーゼ(IN)などのウイルス酵素群からなる、正二十面体の結晶構造をしている。ウイルスの表面はエンベロープタンパク質(Ev)であるgp120およびgp41と、宿主細胞膜由来の膜タンパク質が主成分である。
非常に変異しやすいウイルスであり、ウイルスの表面抗原がそれぞれ違うといえるほど多種多様な型がある。そのため、ワクチンを作成することは困難である。特定の抗原に対して抗体を作ることができるワクチンを作成することに成功したとしても、すぐに変異ウイルスが出現してしまい、臨床で実用することができない。
ウイルス粒子中のRNAはプラス一本鎖のRNAであるため、宿主内ではmRNAの構造となる。RNAは5'末端にキャップ構造を持ち、3'末端にポリAを持つ。RNA全長はおよそ9000塩基対であり、9個の遺伝子と、両端にウイルスの転写およびその制御を行う配列を持つ。ウイルスRNAは逆転写酵素(RT)によって二本鎖DNAに変換され、インテグラーゼによって宿主DNAに組み込みプロウイルスを形成する。
HIVは、まずヘルパーT細胞に侵入し、逆転写酵素を使ってRNAからHIVのDNAを合成してT細胞のDNAに組み込み、潜伏する。しばらくしてヘルパーT細胞が活性化すると、HIVのDNAが発現し新たなHIVが作られる。その際、ヘルパーT細胞の膜がそのまま新たなHIVの膜に使われるため、ヘルパーT細胞は細胞膜が破壊されて死ぬ。
HIVは免疫機能の発動に必要なCD4+T細胞というリンパ球などに感染し、比較的長い潜伏期のあとに活性化してCD4+T細胞を破壊してしまう。HIV感染症は大きく分けて、急性感染期、無症候期、AIDS期の3段階に分かれ、無症候期が10年程度続くが、その間にCD4陽性T細胞数は徐々に減少していき、200/μL 以下になると日和見感染症、日和見腫瘍が発生しAIDSとなる。
HIV感染症では様々な神経症状が報告されている。脳炎、脊髄炎、髄膜炎、脳神経麻痺、神経炎などが知られている。稀であるが小脳性運動失調症も報告されている。
HIV感染症関連の顔面神経麻痺はベル麻痺に似ているという研究がある[3]。
HIV感染者のおける小脳性運動失調症は稀であるが報告されている。原因としてはHIV脳症やHIV感染症に伴う二次性脳症が考えられる。HIV脳症はHIV感染による直接的な脳障害とHIV感染細胞が産出するサイトカインなどによる間接的な障害が関与している[4][5][6]。HIV脳症にはHAART療法前に発症するものとHAART療法後に発生するものがある[7]。HAART療法後のHIV脳症で小脳の萎縮[8]や小脳と脳幹の萎縮を示した報告がある[9]。
小脳病変を起こす二次性脳症には進行性多巣性白質脳症(PML)、HSV脳炎、EBV脳炎、CMV脳炎、トキソプラズマ症、クリプトコッカス症、結核症、非定型抗酸菌症、悪性リンパ腫などがあげられる。JCV関連疾患としてはPML以外にJCV顆粒細胞神経障害(JC virus granule cell neuronopathy、GCN)というものがありJCVが小脳顆粒細胞に限局して感染し小脳性運動失調症を示す[10][11][12][13]。
エイズの主要感染経路は、「性行為による感染」「(肛門性交による裂傷原因を含む)血液を介しての感染」「母親から乳児への母子感染」の3つである[14]。血液を介しての感染はかつては血液製剤によるものがあったが[15]、麻薬常習者などでの注射針の打ちまわしによるものが確認されている[16][17]。件数自体は男女の性交渉での感染割合が多いが、異性愛者の人数が圧倒的に同性愛者・両性愛者数よりも多いからである。男性同性愛者の間だけで感染が止まらない背景には、両性愛者の男性が女性との性行為で移すことが異性愛者の男性に移す通り道になっている。厚生労働省の調査では、男性の場合、男性との性的経験を持たない男性と比較すると、同性愛者や両性愛者で感染している人の割合が高く、HIVで約140倍、エイズで約50倍である。実際にアフリカ全体の調査でも、国ごとの感染率はさまざまだったが、研究されていた国々の大半で、異性愛者よりも同性愛者の男性の感染率が著しく高く、西アフリカの一部の地域では、男性同性愛者の感染率が10倍高かった。両者とも関係を持ったすべての異性が、異性間性交しかしていない場合、エイズ感染の可能性は生まれた際の「母親から乳児への母子感染」によるものであることが多い。ただしすべての性行為相手の全員が、アナルセックスなど出血を伴いやすい性行為をしていないかを確認することは不可能であり、異性間しか性行為しない男性/女性であっても、感染の注意が必要ではある[18][19]。
同ウイルスの研究や治療、その感染の対策は現在も続けられている。
2019年5月3日、同ウイルスを抑制する抗レトロウイルス療法(ART)により、コンドームを使用しない性交渉でもウイルスが「感染不可能」になることを示した研究結果が英医学誌のランセットに発表されている。研究論文の共同執筆者であるユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのアリソン・ロジャー[注釈 22]は「われわれの研究結果は、抑制的ARTにより男性同性愛者のHIV感染の危険がゼロになるとの決定的証拠だ」と指摘している[24]。
一方で同大学の研究チームはこれにおいていくつかの制約についても指摘しており、その一つとして研究の対象となったHIV陰性の男性の平均年齢が38歳であることを挙げている。また、ARTを受けている人は生涯にわたりほぼ毎日の投薬が必要で、さまざまな理由で治療が中断されがちであるとの問題点も出ている[25]。
2017年12月末、病院の採用面接で人事側にHIVに感染している事実を告げずにソーシャルワーカーの内定を得た社会福祉士の男性が、過去に同病院で受診した診療録にHIV感染の記録があったことから、病院は内定を取り消した。感染の有無を面接で告げる必要がないのに、不法に就職内定を取り消されたとし、また、本来の目的を超えてカルテが使われプライバシーが侵害されたとして、男性は病院を運営する社会福祉法人に対し、慰謝料の支払いを求めた損害賠償請求訴訟を起こした[26][27]。
2019年9月17日に札幌地方裁判所で判決があり、男性側の主張を全面的に認め「HIVが日常生活によって感染するのは、きわめて例外的だ」と指摘、社会福祉法人に165万円の賠償を命じた[26]。裁判長は、採用の際応募者にHIV感染を確認することは「特段の事情がない限り許されない」とも述べた[28]。
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