Loading AI tools
災害が発生したり、その危機にあるために人々が逃げる緊急の行動 ウィキペディアから
避難(ひなん、Evacuate)とは、災難を避けること[1]。災害を避けて、(住んでいる場所や滞在している場所から)安全な場所へ立ちのくこと[1]。退避もほぼ同義語として用いられる[2]。
主なものとして、自然災害では
他のものでは、
などが挙げられる。
法律では、自治体(市町村・都道府県など)や国は災害から住民の生命・身体・財産を保護する責務があると規定されており、避難指示などを発令する権限が付与されている。これは国際的にも共通する認識である(cf.#避難民の権利)。一方で、人権尊重の立場から、その場から立ち退く避難を強制することはできないというのも、同じく共通認識である。そのため、一人ひとりの命を守る責任は最終的には個人にあり(自己責任)、避難指示などは強制力を持たない形式になっている。前述した市町村や国の責務は、ハード対策やソフト対策を通した災害への対処とともに、一人ひとりの避難行動を支援する知識や情報の提供などの形で実行されている。そして、それぞれの住民は、自治体や国の機関が出す情報を参考にしつつ、避難行動を自ら判断して実行しなければならないというのが、基本的な考え方である[3]。
ただし、警報や避難指示などは、個人に対して発令されるものではなく、市町村や地区と言ったある程度大きな範囲に対して発令されるという性質がある。このギャップを埋める為には、それぞれの土地の地形や地質、建物の構造、家族構成などの特性に応じた適切な避難の方法・時期を判断する必要がある。そして適切な判断のためには、それぞれの住民がこうした特性や災害の知識を身につけることや、自治体・国や専門家がこうした取り組みを支援することが求められる[3]。
なお、自力避難が難しい高齢者、障害者、子供、妊婦などの避難行動要支援者(災害時要援護者)については、周囲や行政が避難を援助する必要があり、法律でも規定されている[4]。
避難行動は、その場の状況により2種類に分けられる。屋外の安全な場所へと移る立ち退き避難と、屋外への避難がかえって危険な時に行う緊急的な屋内での安全確保である。日本では長らく市町村が発令する避難指示などは立ち退き避難を指していたが、それがかえって危険な場合もあることから、2013年に屋内での安全確保を含めるよう定義の変更が行われた。立ち退き避難には「水平避難」、屋内での安全確保には「待避」や「垂直避難」という呼び方もある[5]。
考え方としては、避難の基本は「立ち退き避難」であり、なおかつ一定の安全が確保されている指定緊急避難場所(避難場所)への移動が基本となる。しかし、避難場所への移動がかえって危険な場合は、公園や親戚・友人の家といった屋外の安全な場所、または近隣の高い建物や頑丈な建物などへ移動することが望ましい。さらに、外出すら危険な場合は、屋内でもより安全な場所、例えば浸水の危険性がより低い2階や、がけ崩れがより及びにくいがけから遠い部屋などに移動する「屋内での安全確保」が適切である。そして、こうした判断には、避難の危険性を評価する状況判断と、浸水のしやすさといった災害の事前知識が効果を発揮する[5]。
避難行動は、そのタイミングにより2種類に分けられる。危険が及ぶ前にそれを避けて別の場所へ移っておく事前避難と、既に身近に危険が及んでいるときにとっさの回避行動として別の場所へ移る緊急避難である[6]。津波の例を挙げると、揺れを感じた時点で避難したり、津波警報や避難指示を見聞きして避難した場合は事前避難になる一方、津波の水や破壊される家などを目にしてから避難した場合は緊急避難になる。津波警報などを聞いていて危険を認識していても、準備などをしていて行動が遅れたため津波を目にしてから避難した場合は、これも緊急避難である。危険を認識してから逃げる火災の場合は全て緊急避難となる。
事前避難と緊急避難が異なるのは、事前避難においては#避難のプロセスに示したような避難方法や避難中の安全を考える時間が長いことに対し、緊急避難ではその時間が短い、つまり避難を決断するまでの猶予がほとんどないことである[6]。
これ以外の型の避難もある。例えば、大災害が過ぎた後に、住居の損壊やライフライン・生活サービスの未復旧のために仮の滞在場所に移ることなどが挙げられる。しかし、これらは厳密には「避難」と呼ばない場合がある[6]。具体的には、大地震で住居を失った被災者が収容避難場所に滞在したり、仮設住宅に入居したりする場合が挙げられる。
また、市町村の避難指示などを受けて行う避難に対して、その対象外の人が自主的に避難することを自主避難と呼んで区別する。
人間が危険を知って避難を行うに至るまでの行動や心理面のプロセスは、資料や研究者により異なるが、一例を示せば以下のようになる[6][7]。
3.の危険性の評価は、住民各自が持っている過去の経験に基づいて主観的に予想するものであり、経験のない人は「自分なら大丈夫」「今回は大丈夫」などと考えて危険性を過小評価する傾向にあるといわれている。これを正常性バイアスという。また、間近に迫っている危険を実際に見聞きしているかどうか、警報や避難情報などが出されているかどうかといった点も、評価に影響を与える。ここで、同じような災害において、警報が出されても大きな被害が出ない(報じられない)事態、つまり空振りと認識される事が続くと、その効果が次第に低下してしまう現象が起きる[6][8]。
5.の避難の実行可能性の評価は、災害が進展すればするほど可能性を低く評価してしまう。例えば、大雨や暴風雨がすでに激しくなってしまっている状況では、避難時の危険を考えて自宅に留まるというように避難をしない判断に至る場合が多くなる[6]。
3.の災害の危険性と、5.の避難の安全性は、共に避難行動を左右するにもかかわらず相反する関係にある。例えば、暴風雨がすでに激しくなっている段階では目前にある災害に対して強い実感を持つが危険性は高い。一方、暴風雨が予想されているがまだ穏やかな状態では、避難の危険性は低いが災害の危険の実感は涌きにくい。警報や避難情報を出すときには、この両者のバランスがとれた「避難のゴールデンタイム(Golden Time)」に出すと最も効果が高くなると考えられている。ただし、避難に時間がかかる要援護者の場合や、避難所までの所要時間が長い地域、周辺より災害が起きやすいところ(例えば浸水しやすい低地など)などでは、避難のゴールデンタイムを他よりも早めにしなければならない。このように、警報や避難情報を出すタイミングは個人差や地域差も考慮する必要がある[8]。
東日本大震災の死者・行方不明者は1万8千人に上り、その9割は津波によるものである。多くの死者が出た原因として、従来の科学的想定を超える「想定外」の規模だっただけではなく、三陸が津波の常襲地帯であるにもかかわらず多くの人が避難しなかったことが挙げられる。ただし、その理由は、必ずしも災害に対する意識が低かったのではなく、以下に挙げるような人間誰しもが持つ様々な心理的要因が作用したと考えられる[9]。
また、避難については以下のような傾向が見られる。
片田敏孝らは、岩手県釜石市の小中学校で2003年から津波防災教育に助力した。そこでは、自然災害や避難に対する考え方として、以下の3原則を教えている。なお、子供への防災教育は、親や地域に波及する効果も期待される。一方で、親や地域住民の防災姿勢がその教育と整合していなければ実行性が低下するため、学校と家庭・地域の連携も求められる。また、ここでは「津波の恐ろしさ」を最初に伝えることは避け、海の恵みというメリットを享受している半面、数十年に一度津波というデメリットを受けざるを得ないということを前置きし、常日頃から災害に怯えたり恐れたりするのではなく、「その時」だけしっかりと避難することで地域の自然に誇りを持つことを教えているという[15]。
建物内では、耐震基準や防火に関する規定などにより災害への耐性を高めると同時に、避難路を確保したり避難を助けたりする方法がとられる。日本では、消防法各条文のほか、建築基準法35条(特殊建築物等の避難及び消火に関する技術的基準)などに規定されている。特に、不特定多数の人が利用する学校、体育館、病院、百貨店、映画館などの施設では基準が厳格である。
避難に関係する設備の主なものを以下に挙げる。これ以外は「消防用設備」の項目を参照のこと。
災害対策基本法上は、日本における避難先は、緊急的に安全を確保するための「避難場所」と、しばらくの間避難生活を送る「避難所」に(ざっくりと)区分されている。これらは市町村が指定する[4][16][17][18]。(ただし、同法内の「避難所」という用語・用法は、一般概念の「避難所」とは、やや異なった面がある用法である。)
上記は2013年の災害対策基本法改正により改められたものである。それ以前は、以下の区分が用いられていた。
避難所に避難する場合の目安として、避難経路を示す標識が交通量の多い場所などに設けられることがある。
世界的には、例えばハリケーンなどの災害時に避難を優先する道路が指定されている例(アメリカ南部のHurricane evacuation route)や、災害時に一方通行路の逆走が認められる例(参考:en:Contraflow lane reversal#For use in emergency evacuation)がある。
総務省監修の『安全・安心の基礎知識』を参考に、要因別に推奨される避難方法を以下に示す。
非常用物資(防災用品)については、水と食料は3日分用意しておくのが理想とされ、他に道具として懐中電灯、ラジオ、ライター、ナイフ、軍手、衣類、ごみ袋などを用意しておくとよいとされる。これらはリュック等に詰めておき、両手が使える状態で避難できるのが望ましい[21]。
避難の目安を示すために社会が行うのは、災害の水準や可能性を示す警報や避難指示などである[14]。
警報や避難指示の効果が高いのは、危険の接近速度が速い台風や大雨、津波のような現象である。特に、ハード対策を超えるような大きな外力の災害ほど有効で必要性も高い。ただし、地震のように突然かつ予知可能性が低いものは、技術的に困難であり警報に依存することができない[14]。
また、警報や避難指示はある程度まとまった空間的・時間的区切りで出さざるを得ないのに対して、危険性の程度や種類は地域によって大きく異なる点に留意する必要がある。そのため、警報を出す行政側としては、空振り経験の繰り返しや回避可能な二次被害を招きかねない一律的な発表ではなく、ある程度細分化した区切りでの発表が求められる。一方、警報を受け取る住民側としては、予め地域の災害の特性を学んでおくことで、警報を参考に危険性を正しく評価できるようにすることが求められる[14]。
日本では、洪水、土砂災害、噴火などの災害で住民の生命に危険が及ぶ恐れがあるとき、災害対策基本法に基づいて市町村長が、避難に関する情報を発表する。以下の3種類があり、下の方ほど重い。
名称 | 性質 |
---|---|
「高齢者等避難」 [注 1] |
対象地域の要配慮者(避難に時間が掛かったり手助けが必要だったりする高齢者、障害者、乳幼児等)に対して、早めの避難を促すもの。 また、要援護者以外のすべての住民などに対しても、今後の危険性増加に対して準備をすることを求める。警戒レベル3。 |
(2021年5月に廃止) | |
「避難指示」 [注 2] |
対象地域のすべての住民[注 3]などに対して、危険な場所から避難することを求めるもの。まだ猶予を持って安全を確保できる段階。警戒レベル4。 |
「緊急安全確保」 [注 4] |
災害が切迫または既に発生しており、避難または屋内安全確保を求めるもの。この段階では、行動を取っても身の安全を確保できるとは限らない。警戒レベル5。 |
なお、居住地域への適用例は極めて少ないが、災害対策基本法には「警戒区域の設定」の規定もある[28][29][30]。市町村長が区域を指定し、災害応急対策に従事する者以外、区域内への立ち入りを制限(禁止)するとともに、退去を命令するものである。こちらは、従わなかった者に対し罰金または拘留の罰則規定がある。
避難準備は災害対策基本法法第56条(市町村長の警報の伝達及び警告)、避難指示および緊急安全確保は同法第60条(市町村長の避難の指示等)、警戒区域の設定は同法第63条(市町村長の警戒区域設定権等)に、それぞれ規定されている[27]。すべて原則として市町村長が行う。ただし、被災により市町村の行政機能が損なわれたときは都道府県知事が行うこととなっており、さらに市町村長が情報を出すことができないときや市町村長から指示があったときは、警察官または海上保安官が代行することが認められている(同法第61条・63条)。
2021年5月、政府は「避難勧告」を廃止して「避難指示」に一本化し、「避難指示」よりも切迫した状況の情報を「緊急安全確保」に変更した[27]。避難準備は2000年代になって創設されたもので、当初は法律に規定されていなかったが、2013年の災害対策基本法改正により明記された。2016年12月には、同年の台風10号の水害で高齢者施設の被害が発生した教訓から、避難準備の呼称を変更した[31]。2021年5月に廃止された「避難勧告」は、より重い「避難指示」と混同されやすい問題があった[28]。なお、「避難命令」という名の情報は日本には存在せず、海外のように罰則を伴う命令という点では警戒区域の設定がこれにあたる[28]。
災害対策基本法以外でも、以下の法律に規定がある。
市町村の避難指示などを受けた避難や、自主避難の最中に被災する事例も存在する(例えば[事例 1])。2000年代頃には、風水害の犠牲者のおよそ1割が避難中の被災だった。2010年代に入ると、危険性の段階や状況に応じて垂直避難など多様な選択肢も周知されるようになった[37][35][34]。避難中の被災を避けるために気を付ける点は以下の通り。
屋内安全確保は具体的には、自宅や滞在している建物の浸水しない上階へ移動し留まることを指す。また、特に避難場所が遠い場合などは、近くにある身の安全を図れるマンションやビルなども選択肢となる[27]。屋内安全確保にあたって気を付ける点は以下の通り。
ある程度遠方へと長期的な避難を行う人々の間では、家族の分断、避難先での偏見や差別、失業や経済的問題、関連死など様々な問題が発生する。こうした問題は法に基づく国・自治体の災害対応責務や、福祉や人権保障などの観点から保護されるべきと考えられる一方、国際条約がなく、各国の法整備や運用も未熟で、対応が不十分であるという問題がある。福島第一原発事故では、自主避難者への保護が薄いという問題や、災害救助法に基づく避難者支援が自治体の裁量に委ねられているためまちまちであるという問題が浮き彫りとなった[38]。2017年10月17日には福島県南相馬市から兵庫県三木市に自主避難し、原発事故を巡る神戸地裁の集団訴訟で原告副代表を務めている三木市役所で働いていた女性が2015年8月~2017年9月まで三木市民らが支払った施設使用料・花火大会の出店料・市役所の親睦会費など公金などの計約270万円の着服していたことが判明しているなど自主避難者が受け入れてくれた先で犯罪を犯して善意を踏みにじることがあるなど自主避難の是非は難しい問題になっている[39][40][41]。
国際的な原則としては、条約ではないが、2つの文書が広く用いられている。国連人権委員会に提出された「国内強制移動に関する指導原則」 (Guiding Principles on Internal Displacement) と、機関間常設委員会(英語: Inter-Agency Standing Committee)で採択された「自然災害時における人々の保護に関するIASC活動ガイドライン」である。両文書では、
などが示されている[38]。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.