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肺に発生する上皮細胞由来の悪性腫瘍 ウィキペディアから
肺癌(はいがん、英語: Lung cancer)は、肺に発生する上皮細胞由来の悪性腫瘍。90%以上が気管支原性癌 (bronchogenic carcinoma)、つまり気管支、細気管支あるいは末梢肺由来の癌である。
国際肺癌学会によれば、肺癌は世界的に最も致死的な癌であるが、その理由の1つは、多くの場合発見が遅すぎて効果的な治療を行うことができないことであり、早期に発見された場合は手術や放射線治療でその多くを治癒することができる[1]。
一般的な症状は、血痰、慢性的な激しい咳、喘鳴(ぜんめい)、胸痛、体重減少、食欲不振、息切れなどであるが、進行するまでは無症状であることが多い。合併症である肥大性肺性骨関節症に伴いばち指や関節炎を伴う事がある[4]。
肺内の気道粘膜の上皮は、たばこの成分などの、発癌性物質に曝露されると速やかに、小さいながらも変異を生じる。このような曝露が長期間繰り返し起こると、小さな変異が積み重なって大きな傷害となり、遂には組織ががん化するに至る。腫瘍が気管支腔内へ向かって成長すれば気道は閉塞・狭窄(きょうさく)し、場所と程度によってはそれだけで呼吸困難を起こす。気道が完全に閉塞すれば、そこより末梢が無気肺となり、細菌の排出が阻害されることにより肺炎を生じやすくなる(閉塞性肺炎)。また、腫瘍の血管はもろく出血しやすいため、血痰を喀出するようになる。一方、気管支の外側への腫瘍の成長は、他の臓器に転移するまでは、それ自体による身体的症状を起こしにくい。
最大の原因は喫煙である[5]。喫煙を開始する年齢が低ければ罹患する可能性が増し、また自分が喫煙しなくとも周りの人が喫煙すれば肺がんになる可能性が20%から30%高くなると言われている[5]。1日あたりの喫煙するタバコの本数と喫煙している年数をかけ合せた数字(喫煙指数)が600以上の人は肺がんの高危険群である[6]。概して喫煙者の肺がん死亡リスクは非喫煙者の4倍から5倍、それも喫煙量が1日あたり20本以上なら10倍以上であり、喫煙開始年齢が低いとさらに増加することは前述の通りである[6]。
非喫煙者に多い肺腺がんでは、大気汚染物質であるPM2.5濃度との正の相関があることが判明した。PM2.5は、肺の細胞の遺伝子変異を持つ細胞集団を増やして、さらに炎症を引き起こすことで元々あった「がんの芽」からがんに変化させるというシナリオが明らかになったことが『Nature』に報告された[7]。
ラドンは多くの国で喫煙に次ぐ第2位の肺がんの原因であり、全ての肺がんの3%から14%がラドンに起因すると推測されている。ラドンの肺がんリスクは、ラドンの濃度が高いほど大きい。しかし、多数の人々が家庭内で低濃度の屋内ラドンにさらされているため、実際にラドンによって誘発される肺がんは、高濃度のラドンではなく、むしろ低から中濃度のラドンによるものの方が多いとされる[8]。
特殊な職業に携わる人はアスベスト[5][6]、クロム[6]による肺がんに罹患することがある[6]。その他の原因には大気汚染[6][5]、放射線[9]、遺伝的感受性[9]、ウイルス[9]、食事の欧米化が挙げられてはいるが疫学的に確かな証明はない[6]。
岡山大学教授の中村栄三は自身の専門である地球化学的手法を適用し、次のように報告している。アスベスト吸入や喫煙によって、肺内で含鉄タンパク質小体が形成される。この含鉄タンパク質が海水中のラジウム (Ra) の100万倍から1000万倍という濃度のラジウムホットスポットを形成する。226Raが崩壊すると222Rnとなるが、フェリチン中のフェリハイドライト構造中で発生したラドン (Rn) は呼気によって体外に逃げないため、222Rn (3.8日), 218Po (3分), 214Po (0.16ミリ秒)といった崩壊系列による連続的なアルファ線を体内で浴びることになる[10]。
WHOの試算では、肺癌による死亡者数は全がん死のうちで最も多く、世界中で年間180万人ほどがこの疾患で死亡している[2]。日本では2005年の統計で、全がん死の19%を占め、男性では全がん死の中で最も多く、女性では大腸癌(結腸がんおよび直腸がん)・胃癌に次いで3番目を占めている[11]。
西側諸国では、肺癌は癌患者数の第二位に位置し、男性でも女性でもがん死のトップである。西側諸国では男性の肺癌死亡率は低下傾向であるが、女性の喫煙者グループの増大とともに肺癌死も増加している。
肺癌の骨転移の頻度は19〜32%である[13]。
肺癌は治療の方向性から、大きく「小細胞肺癌:SCLC = small cell lung cancer」と「非小細胞肺癌:NSCLC = non-small cell lung cancer」に大別されて扱われる。
小細胞肺癌は肺癌の20%程度を占める。喫煙との関連性が大きいとされ、中枢側の気管支から生ずることが多い。悪性度が高く、急速に増大・進展し、またリンパ行性にも血行性にも早いうちから脳などの他臓器に転移しやすいため、発見時すでに進行がんである事が多い。がん遺伝子としては L-myc が関わっている。免疫染色によるマーカーの同定や電子顕微鏡撮影により、カルチノイドなどと同じく神経内分泌上皮由来であることがつきとめられている。診断時に既に転移が見られることが多いため、化学療法、放射線療法が行われることが多い。放射線療法、化学療法に対して比較的感受性があるものの、多くは再発するため予後はあまり良くない。しばしばランバート・イートン症候群(Lambert-Eaton syndrome; LEMS)などの傍腫瘍症候群を合併する。血液検査では、ProGRPや神経特異的エノラーゼ (NSE) が腫瘍マーカーとなる。時に副腎皮質刺激ホルモンや抗利尿ホルモンなどのホルモンを分泌することがあり、クッシング症候群や抗利尿ホルモン不適合分泌症候群 (SIADH) の原因となる。
以下の3組織亜型があり、治療上の観点から一括して総称される。従来は非小細胞肺癌は一律同じ治療であったが、近年では組織型別で治療方針が分かれるようになってきている。
IASLC/ATS/ERS Classification of Lung Adenocarcinoma in Resection Specimens[16][17]
BAC, bronchioloalveolar carcinoma; IASLC, International Association for the Study of Lung Cancer; ATS, American Thoracic Society; ERS, European Respiratory Society.
カルチノイド (carcinoid tumor)、円柱腫 (cylindroma)、粘表皮癌 (mucoepidermoid carcinoma) など。
肺には全身から右心系に集まってきた血液が送られるため、他臓器由来の悪性腫瘍の血行性転移の好発部位となる。これを転移性肺腫瘍 (英: metastatic lung tumor)[注釈 1]と呼ぶ。肺腫瘤影が多発する場合は転移性肺腫瘍が疑われるが、その他に肺内転移 (英: intrapulmonary metastasis) や重複癌 (英: double cancer) との鑑別が必要である。
肺癌は、検診等で偶然撮影した、あるいは何らかの症状があって撮影した胸部レントゲン写真・CTで異常影が認められた際に、疑われることが多い。肺癌の検査には、胸部異常影が肺癌であるかどうかの確定診断のための検査と、肺癌の病期(広がり)を決定し治療方針を決めるための検査がある。
小生検/細胞診における腺癌診断のアルゴリズム[16]
EGFR mutation testingは、古典的腺癌、NSCLC, favor ADC, NSCLC-NOS, NSCLC-NOS, possible adenosquamous carcinomaに実施すべきである。
IASLC/ATS/ERSコンセンサス会議における病理学的推奨事項[16]
N0 | N1 | N2 | N3 | M1a | M1b | M1c | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
T1mi | IA1 | ||||||
T1a | IA1 | IIB | IIIA | IIIB | IVA | IVA | IVB |
T1b | IA2 | IIB | IIIA | IIIB | IVA | IVA | IVB |
T1c | IA3 | IIB | IIIA | IIIB | IVA | IVA | IVB |
T2a | IB | IIB | IIIA | IIIB | IVA | IVA | IVB |
T2b | IIA | IIB | IIIA | IIIB | IVA | IVA | IVB |
T3 | IIB | IIIA | IIIB | IIIC | IVA | IVA | IVB |
T4 | IIIA | IIIA | IIIB | IIIC | IVA | IVA | IVB |
肺がんの場合、以下の3つの要素によって病期が決められている[18]。
T分類 病期 | 解説 |
---|---|
Tis | 上皮内がん、肺野に腫瘍がある場合は 充実成分※1の大きさが0センチメートル (cm)、かつ病変の大きさ※2が3cm以下 |
T1 | 充実成分の大きさが3cm以下、かつ肺または臓側胸膜におおわれ、 葉気管支より中枢への浸潤が気管支鏡上認められない (すなわち主気管支に及んでいない) |
T1mi | 微少浸潤性腺がんで充実成分の大きさが0.5cm以下、かつ病変の大きさが3cm以下 |
T1a | 充実成分の大きさが1cm以下で、TisやT1miには相当しない |
T1b | 充実成分の大きさが1cmを超え2cm以下 |
T1c | 充実成分の大きさが2cmを超え3cm以下 |
T2 | 充実成分の大きさが3cmを超え5cm以下 または、充実成分の大きさが3cm以下でも以下のいずれかであるもの
|
T2a | 充実成分の大きさが3cmを超え4cm以下 |
T2b | 充実成分の大きさが4cmを超え5cm以下 |
T3 | 充実成分の大きさが5cmを超え7cm以下 または、充実成分の大きさが5cm以下でも以下のいずれかであるもの
|
T4 | 充実成分の大きさが7cmを超える または、大きさを問わず横隔膜、縦隔、心臓、大血管、気管、反回神経、食道、椎体、気管分岐部への浸潤がある または、同側の異なった肺葉内で離れたところに腫瘍がある |
注記 ※1: 充実成分とは、CT検査などによって病変内部の肺血管の形がわからない程度の高い吸収値を示す部分のこと。 これに対し、病変内部の肺血管の形がわかる程度の淡い吸収値を示す部分をすりガラス成分という。 ※2: 病変の大きさとは、充実成分およびすりガラス成分を含めた腫瘍全体の最大径のこと。 |
病期 | 解説 |
---|---|
N0 | 所属リンパ節※3への転移がない |
N1 | 同側の気管支周囲かつ/または同側肺門、肺内リンパ節への転移で原発腫瘍の直接浸潤を含める |
N2 | 同側縦隔かつ/または気管分岐下リンパ節への転移がある |
N3 | 対側縦隔、対側肺門、同側あるいは対側の鎖骨の上あたりにあるリンパ節への転移がある |
M0 | 遠隔転移がない |
M1 | 遠隔転移がある |
M1a | 対側肺内の離れたところに腫瘍がある、胸膜または心膜への転移、悪性胸水※4がある、悪性心嚢水(しんのうすい)※5がある |
M1b | 肺以外の一臓器への単発遠隔転移がある |
M1c | 肺以外の一臓器または多臓器への多発遠隔転移がある |
注記 ※3:肺がんの所属リンパ節は、胸腔内や鎖骨の上あたりにある。 |
肺癌の中でも小細胞肺癌は他の組織型と生物学的な性格が大きく異なるため、小細胞肺癌とそれ以外の組織型を併せた非小細胞肺癌の二つに大別して治療方法が選択される。
肺癌の治療はその癌の増殖状態と患者の状況(年齢など)に依存する。普通実施される治療は、外科手術、化学療法そして放射線療法である。また、極めて早期の肺門中心型早期肺癌に対しては、光線力学療法(PDT)が行われる。
小細胞肺癌は発育が早いため、発見時にはほとんどが進行性である場合が多い。また、CTなどの画像検査上限局しているように見えても検出できない程度の微少転移が既に存在していることがほとんどである。そのため手術や放射線療法などの局所治療の効果は極めて限定的であり、化学療法が治療の中心となる。 治療方針の違いにより病期は2つに分類される。
病期分類 | 所見 | 治療方針 |
---|---|---|
限局型 (Limited disease: LD) |
|
リンパ節、周囲臓器への浸潤及び転移が認められない Stage Ia期のみ手術療法が検討されるが、その時期で発見される場合は少ない。 その他の場合は化学療法+胸部放射線療法を同時併用する。 奏効例に対しては脳転移再発予防のため予防的放射線全脳照射(prophylactic cranial irradiation; PCI)が行われる。 |
進展型 (Extended disease: ED) |
|
根治的放射線治療の適応は無く全身化学療法(以下が主なレジメン)が主な治療となる。 |
LD症例の初回治療の標準は化学療法+胸部放射線療法である。化学療法としてはPE療法が標準である(PI療法と放射線療法の併用は肺障害のリスクが高いため行われない)。胸部放射線療法として加速過分割照射(従来の1日1回ではなく1日2回の照射)が行われる。
ED症例については初回治療においてはPE療法が標準治療とされている。ただし日本で行われた臨床試験ではPI療法の方が良好な成績であったため、PI療法が使われることが増えてきている[19]。しかし、海外で行われたPI療法の追試ではPE療法と比較して優位性は証明されなかった。
従来の化学療法に免疫チェックポイントを上乗せすることも推奨されており、CE+アテゾリズマブ療法、CE(またはPE)+デュルバルマブ療法の有効性も認められている。
LD症例、ED症例いずれの場合も初回治療後に再発してくることがある。初回治療が奏効し、かつ治療完遂後から再発までの期間が長い場合は感受性再発、それ以外は難治性再発と呼ばれる。感受性再発症例ではノギテカン単剤投与が標準治療とされている。ノギテカンの奏効率は10%前後に過ぎず、再発例におけるアムルビシンの有効性が現在検討されつつある[20]。またPEI療法(CDDP+VP-16+CPT-11)も推奨されている治療の一つであるが、毒性が強いため注意が必要である。難治性再発例についてはアムルビシンが推奨されている。
非小細胞肺癌において、Stage IIまでは多くの場合手術療法が選択され、多くの症例で術前あるいは術後(多くの場合は術後)の化学療法が検討される。Stage IIIでは手術が選択されることもあれば、化学療法や放射線療法が選択されることもあり、個々の症例によって治療選択が異なる。Stage IVでは化学療法が治療の主体となり、症状緩和目的の放射線治療も検討される。
肺葉切除+肺門縦郭リンパ節郭清が標準術式であり、個々の症例の肺機能や病気の広がりなどに応じて術式が決定される。
費用対効果の高い肺癌対処法として、予防計画が地域単位さらには地球規模で策定されている。少なからぬ国家において、喫煙が許される場所を制限しているが、それでもなお様々な場所で喫煙が行われている。喫煙の除去は肺癌予防のための闘いの第一目標であり、おそらく受動喫煙防止はこのプロセスにおいて最も重要な予防策である。
検診は重要でありかつ実施も容易なことから、肺癌予防の2番目の目標として検診の種々の試みがなされている。単純胸部X線撮影と喀痰検査は肺癌の早期発見には効果がなく、癌死を減らす結果につながらない。
しかし、2003年9月にLancet誌には期待される検診が掲載された。スパイラルCT(ヘリカルCTの項に詳しい)はヘビースモーカーなど高リスク群の早期肺癌発見に効果がある[29]。またNew England Journal of Medicineにも低線量CTの有用性を示唆する報告があった[30]。
(アイウエオ順)
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