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日本のラウンドアバウト ウィキペディアから
糸満ロータリー(いとまんロータリー)は沖縄県糸満市糸満の沖縄県道256号豊見城糸満線にあるラウンドアバウト交差点である。この交差点はかつてはロータリー交差点であったが、一時は一般的な交差点との組み合わせ(旧国道331号を南北に通過する場合は直進通過が可能な形状)となっていた。その後2015年10月にラウンドアバウトに改良された。
糸満市では兼城交差点(兼城)や阿波根交差点(潮平)と並ぶ交通量の多い交差点で、交通情報でも紹介される。交差点自体は四方向の十字路だが糸満漁港西側がロータリー完成後の1970年に埋め立てられたため、この交差点は実質国道と県道の八重瀬町方面との三叉路型となっている(県道の糸満漁港方面とは普通のT字路で国道と交わっている)。
那覇市から南部戦跡方面へ、または市北西部からの沖縄県道256号豊見城糸満線と東部の沖縄県道77号糸満与那原線方面への重要な交差点だが、県道77号、県道256号ともそれぞれ片側1車線の計2車線しかなく(県道77号の漁港側は幅員が狭いため右折帯レーンがない)、沖縄西海岸道路糸満道路開通前は国道331号(現県道256号)側の渋滞が激しかった。道路の両側には店舗などの建物があることからこれ以上の拡幅は困難であるため、約500m西側に糸満道路が建設され、2012年に全線開通した。糸満道路全線開通後は国道のみ利用車両は同道路に移り、交通量が減った。また糸満道路開通前は那覇市から南部戦跡方面へはロータリーの渋滞を避けるため、国道を利用せずに市の内陸部を通る沖縄県道7号奥武山米須線を利用することもあった。さらに市北西部(西崎・潮平)から東部へは2006年に市道が開通したことから幾分交通量は緩和されている。
沖縄本島内の「ロータリー」としては、この糸満ロータリーのほかに嘉手納町の嘉手納ロータリーがあり、よくタクシーの運転手が間違えるという(糸満ロータリーのはずが嘉手納ロータリーだったり、またはその逆だったりというように)。なお嘉手納ロータリーは廃止され三叉路の交差点に改良された。
このロータリーは、ラウンドアバウトに改良された。2014年7月に専門家、国、県、市、警察、地元住民代表で構成する「糸満ラウンドアバウト社会実験実施検討協議会」が立ち上げられた[1][2]。2015年8月に社会実験のための工事が着手され、2015年10月3日にラウンドアバウトへの切替えが行われた[3]。2016年3月まで実験が行われ、その分析、検証を経て、2016年度に本格整備を行う予定である[4][5][6]。整備費は約2000万円であり、信号機はラウンドアバウトへの改良後に撤去される[7]。
ラウンドアバウトの導入前には100メートルあった滞留長が、導入後は20メートルに短縮されるなど、糸満ロータリー周辺の渋滞が以前より緩和された[8][9]。
1969年9月18日に糸満ロータリー付近でアメリカ軍軍曹が泥酔運転をして、歩道を歩いていた老女を死亡させる事故を起こした。それに対し地元の青年たちはMPへの事故車引き渡しを拒否、地元政治組織とともに事故対策協議会を発足させ、警察を通じてアメリカ軍に対し司令官の謝罪・軍事裁判の公開・遺族への完全賠償を要求していたが、事件直前の1970年12月7日に軍事裁判は軍曹を「証拠不十分」により無罪とした[10]。これらの事件が、人々の間に米軍人による事故の処理に不満を抱かせて、コザ暴動の引き金となった。
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