熱気球によるスカイスポーツ ウィキペディアから
熱気球競技(ねつききゅうきょうぎ)は、熱気球を用いて飛行を行い、その正確さ、飛行距離、飛行時間などを争うスカイスポーツの一つである。
1783年に発明された熱気球はその後の飛行船の登場や、飛行機の発明を迎えて実用面での役割は縮小したが、スポーツとしての気球が19世紀から第1次世界大戦にかけてブームを迎えた。ただこの時期まだ熱気球は発展途上であり、飛行に非常に高価な費用の掛かるガス気球が主であったためごく一部の富裕層のものであった。1900年のパリオリンピックでは公開競技として熱気球競技も行われたがこの時限りで終わっている[1]。第2次世界大戦後に化学繊維の発達やプロパンガス利用による熱気球の研究が進んだことで飛躍的な発展を遂げ、ようやく熱気球競技は世界中に広まった[2]。
競技大会も各地で開催され、1973年には第1回熱気球世界選手権がアメリカ合衆国アルバカーキで開催された。スカイスポーツのオリンピックとも言えるWorld Air Gamesでも1997年の第1回大会から熱気球競技が種目に入っている。また、日本国内で初の競技飛行は1976年の北海道上士幌熱気球フェスティバルで開催された[3]。
熱気球は上下の移動は任意に操作できるが、それ以外は風任せになるため当日の風の状況により競技が決定される。熱気球では競技種目のことを「タスク」と呼び、1回のフライトで複数のタスクが実施される場合もある。タスクの内容は20種類ほどあるが地面にあるターゲットに対しマーカーと呼ばれる小さな砂袋に180センチほどのナイロン布のついたものを投下するのが基本となる[4]。またマーカーの投下方法でも投げ入れてよい場合と重力に任せて真下に落下させる(Gravity Marker Drop)場合に分けられる。
基本的にはチーム戦であり、熱気球に乗り込むパイロットと、気球の立ち上げ・回収の補助だけでなく、チェイスカー(追跡車両)で飛行中の気球を追いかけながら無線で情報提供や誘導などを行うクルーがチームを組み競技に挑むことになる。
1984年から年に一度、日本気球連盟が決めた選手権が開催されている。この選手権により毎年日本チャンピオンが決定される。開催地は2016年の第33回を含め24回が佐賀で開催され、その他、上士幌(北海道)が4回、佐久(長野)が3回、鈴鹿(三重)が2回となっている。開催場所は前年に日本気球連盟によって決められている。
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