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『明治開化 安吾捕物帖』(めいじかいか あんごとりものちょう)は坂口安吾の連作時代推理小説。「明治開化」は角書。
新潮社の雑誌『小説新潮』に、1950年(昭和25年)10月号から1952年(昭和27年)8月号まで連載された。全20話。連載時の題名は「帖」のつかない「明治開化 安吾捕物」であったが、単行本化に際して改題された。筑摩書房版『坂口安吾全集』(1998年 - 2012年)では、連載時と同じ「明治開化 安吾捕物」の題名で第10巻に収録されている。
「捕物帖」という題名であるが、舞台となる時代は江戸時代ではなく明治時代中期である(第1話「舞踏会殺人事件」では「明治十八九年」、つまり1885年 - 1886年と明言されている)。紳士探偵の結城新十郎が難事件を次々と解決する、という筋書きであるが、勝海舟が、いつも推理を外してしまう「トンマな探偵」[1]の役割で登場する、という点が大きな特徴となっている。
都筑道夫は、発表当時は捕物帳ものは推理小説ファンから低く見られていたため、初出時には意図的に「捕物帖」という表現を避けて「安吾捕物」としたのではないか、と推測している[2]。
坂口安吾自身が「読者への口上」[1]で整理しているところによれば、各エピソードのプロットは基本的に次のようなパターンからなっている。
安吾は、「捕物帖のことですから決して厳密な推理小説ではありません」と断りつつも、「捕物帖としては特に推理に重点をおき、一応第二段に推理のタネはそろえておきますから、お慰みに、推理しながら読んでいただいたら退屈しのぎになるかも知れません」として、本格推理小説としての謎解きに重点をおいて執筆したことを明らかにしている。エピソードによっては「犯人をお当て下さい」という読者への挑戦が挿入されていることもある。また、勝海舟が名探偵の引き立て役をつとめていることについては、「海舟という明治きっての大頭脳が失敗するのですから、この捕物帖の読者は推理が狂っても、オレもマンザラでないなと一安心していただけるでしょう」と説明している[1]。
ただし、このパターンは連載後半では崩れる。第1パート(虎之介の海舟邸訪問)があるのは第1話から第3話までのみであり、第4話「ああ無情」以後はいきなり第2パート(事件の説明)から始まっている。さらに第14話「ロッテナム美人術」以後は第3パート(海舟の推理)が消え、第15話「赤罠」以後は第5パート(海舟の負け惜しみ)が消える(第16話「家族は六人・目一ツ半」を除く)。また、海舟の出番は連載が進むにしたがって減少し、第17話「狼大明神」以後は全く登場しなくなる。のみならず、主役の結城新十郎も出番が減少する傾向がある[3]。
坂口安吾によれば、「物語としても面白いし、一応謎ときゲームとして探偵小説本来の推理のたのしみ、読者の側から云えばだまされる快味にもかなうような捕物帖を書いてみたい」[5]という狙いで書きだしたものであり、舞台設定を明治20年代としたのは「推理の要素を入れるにはそれぐらいの年代にするのが万事に都合がよかったからで、ほかに意味はありません」[6]という。人気作家として多忙の中での執筆であり、第9話「覆面屋敷」にいたっては15時間で76枚を執筆したが、安吾によれば、この作品が最も評判が良かったという[7]。
大井廣介は、本作は捕物帖というよりも探偵小説に近いことを指摘した上で、『復員殺人事件』(1949年 - 1950年。掲載誌廃刊のため中絶し、そのまま未完に終わった。)を完結させたほうが有意義だった、と主張している[8]。
『小説新潮』の連載作品でありながら新潮社からは刊行されず、連載完結後1年近く経ってから、日本出版協同から第1・2話を取りこぼした形で単行本化された。奥野健男は、この背景には、連載中の1951年に安吾が税務署と『負ケラレマセン勝ツマデハ』で知られる税金闘争を引き起こし、その影響で単行本の刊行に神経質になっていたことがあるのではないか、としている[9]。1969年の冬樹社版『定本 坂口安吾全集』第11巻で、初めて全20話が発表順に収録された[9][10]。
連載当時は人気作であったが、その後は上記のような出版事情もあり、花田清輝が1956年の時点で文明批評として高く評価したほかは、『定本 坂口安吾全集』の刊行までは不当に評価されない状況が続いていた[11]。
花田清輝は本作について、「いまだにわれわれの身辺に生きつづけている前近代的なものにたいして肉迫し、仮借するところなく、その病根をえぐりだしている、かれのあざやかな執刀ぶりに脱帽した。ゆたかな民俗学的な知識を縦横に駆使しながら、かれは日本および日本人のいかなるものであるかを、手にとるように、われわれにむかって示しているのである。つまり、一言にしていえば、『安吾捕物帳』のネライは、日本の伝統との対決にあるのだ」[12]と高く評価している。
花田は第8話「時計館の秘密」の貧民窟のくだりを取り上げ、「世のつねの捕物帳の作者なら、いやったらしい文学的な描写でもってまわるところを、かれは、めんめんと、家賃はいくら、平均賃金はいくら、米代、薪炭代、肴代、石油代、布団損料、残飯代、残汁代はいくら、いくらと、非情な数字を列挙するにすぎない。にもかかわらず――というよりも、それゆえにこそ、なんと転形期のプロレタリアートの生態が、いきいきと、とらえられていることであろう」[12]と評価している。ただし、貧民窟のくだりについては、単に横山源之助の『日本之下層社会』を引き写しただけである、とする指摘もある[13][14]。このほか、安吾が参照した文献としては、石井研堂『明治事物起源』が指摘されている[15]。
また、尾崎秀樹は、勝海舟を登場させた理由について、「海舟の言葉を通して、開化期の世相をとらえ、さらに戦後の混沌とした時代相を二重写しにする配慮ではなかったか」[16]「坂口安吾は維新後の世相と戦後の世情を対比させただけでなく、そこに薩長藩閥政府の専制と、アメリカの戦後占領という政治的(同時に精神的)類似性を見抜き、一人の勝海舟が存在しない戦後社会のあり方に批判の眼をむけている」[17]と述べている。関井光男も、安吾は「人間の暗い裏面に通じた明晰な理性・知識をもった人間・勝海舟をみずからの似姿に選び、坂口安吾の思想・人間洞察を代表させたのである」[18]としている。
ただし、勝海舟を文明批評家、あるいは坂口安吾の代弁者として解釈することについては、連載後期になると海舟の出番が激減し、ついには全く登場しなくなってしまう理由が説明できない、とする指摘もある[3]。
『新十郎捕物帖・快刀乱麻』(しんじゅうろうとりものちょう かいとうらんま)と題してテレビドラマ化され、朝日放送(ABC)制作によりTBS系にて1973年10月4日から1974年3月28日まで毎週木曜の21時から21時55分(JST)に全26回で放映された。
『明治開化 新十郎探偵帖』(めいじかいか しんじゅうろうたんていちょう)と題してテレビドラマ化され、NHK BSプレミアム「BS時代劇」枠にて2020年12月11日[22][注釈 2]から2021年2月5日まで全8回で放送された。主演は福士蒼汰[24]。
『UN-GO』(アンゴ)と題し、本作を「原案」として舞台設定を近未来にするなどの大幅なアレンジを加えてテレビアニメ化され、フジテレビ系「ノイタミナ」枠にて2011年10月13日から12月22日まで全11話で放送された。
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