外国国章損壊罪

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外国国章損壊罪(がいこくこくしょうそんかいざい)とは、外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊、除去、汚損することによって成立する犯罪(刑法92条)をいう。

概要 外国国章損壊罪, 法律・条文 ...
外国国章損壊罪
法律・条文 刑法92条
保護法益 国家の対外的地位(争いあり)
主体
客体 外国の国旗その他の国章
実行行為 損壊・除去・汚損
主観 故意犯、目的犯
結果 危険犯
実行の着手 -
既遂時期 -
法定刑 2年以下の懲役または20万円以下の罰金
未遂・予備 なし
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概説

外国国章損壊罪は、国家的法益に対する罪のうちの国交に関する罪に分類される犯罪である。外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊・除去・汚損する犯罪であり、法定刑は2年以下の懲役または20万円以下の罰金となる(刑法92条1項)。なお、本罪は外国政府請求がなければ公訴を提起することができない親告罪である(刑法92条2項)。

客体

本罪の客体は、外国の国旗その他の国章である[1]

外国

「外国」とは、国際法において承認されている日本以外の独立国をいう[1]。日本の承認や日本との国交がない国(未承認国・国交未回復国など)については、その訴訟条件などとの整合性を考慮して含まないとする学説もあるが、それらの国の国家的名誉を尊重すべきであることや、将来的に国交を結ぶ可能性もあることなどから、「外国」に含まれるとされる学説が通説となっている[1][2]。ただし、国際連合などの国際機構は含まれない[2][3]

国旗その他の国章

「国旗」とは一国の権威を表徴する国章をいい、「その他の国章」とは軍旗・元首旗・大使館徽章などのその国家の権威を象徴する物件をいう[1][2][4]

本罪でいう国旗その他の国章は、私人が掲揚しているものや、公共の場所において私的に掲揚されているものを含むとする学説もあるが、処罰に値するものは外国の国家機関が公的に掲揚しているものに限ると解釈されている[3][5][6]

行為

本罪の行為は、外国の国旗その他の国章の損壊除去汚損である[7]

損壊

判例によれば「損壊」とは、「国章自体を破壊又は毀損する方法によつて、外国の威信尊厳表徴の効用を滅失または減少せしめること[8]」をいう[7]。具体的には、(外国の威信や尊厳を侵害する程度に)物理的に破壊する行為などが該当する[2][3]

除去

判例によれば「除去」とは、「国章自体に損壊を生ぜしめることなく、場所的移転、遮蔽等の方法によつて、国章が現に所在する場所において果している右〔=外国の〕威信尊厳表徴の効用を滅失または減少せしめること[8]」をいう[7]。具体的には、掲揚されている国章を降ろす行為や、などで国章を見えなくする行為が該当する[2][9]

ただし、「遮蔽」については、損壊にあたるとみる学説や[10]類推解釈であり処罰は許されないとみる学説もある[11]

汚損

判例によれば「汚損[注釈 1]」とは、「人に嫌汚の感を懐かしめる物を付着または付置して国章自体に対して嫌汚の感を懐かしめる方法によつて、右〔=外国の威信尊厳表徴の〕効用を滅失または減少させること[8]」をいう[12]。具体的には、国章にペンキ汚物を浴びせかける行為や、(泥などで汚れた)で国章を踏みにじる行為が該当する[2][9]

法定刑

本罪は、2年以下の懲役または20万円以下の罰金とされる(刑法92条1項)。器物損壊罪(3年以下の懲役または30万円以下の罰金)よりも軽いのは、国旗その他の国章の財産的価値が器物損壊罪で想定されている財物の価値よりも上限が低いと考えられるためである[13]

目的犯

本罪は、外国に対して侮辱を加える目的で損壊・除去・汚損が行われることを要するため、この目的で行わなければ本罪は成立しない[12][13]。この目的でなく行われた場合には、窃盗罪や器物損壊罪などが成立することとなる[12]

なお、「侮辱を加える」とは、その国に対する侮蔑の感情的価値判断や否定的評価を表示することをいう[12][13]

請求

本罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができず、請求を訴訟条件とする(刑法92条2項、刑事訴訟法338条4号[14][15]。これは、文化・風習の異なる外国の価値観に関わる問題を、日本の検察官の裁量に委ねるのが不適当であるとする考えに基づくものである[14]。また、「告訴」ではなく「請求」としているのは、告訴と同等の厳格な方式を要求しないことで外国政府に手続上の負担を生じさせないためである[9][14]

罪数関係

本罪は、器物損壊罪や建造物等以外放火罪との罪数関係が問題となる[11][14][15]。これには、観念的競合を認める学説と、法条競合を認める学説があるが、法益が異なるため、前者が通説とされる[11][14][15]

判例

要約
視点

昭和40年4月16日第三小法廷決定

1961年昭和36年)9月30日台湾独立運動を行う2人が、大阪市内にある中華民国駐大阪総領事館邸の1階正面出入口の鉄扉の中央に、塗料を用いて台湾共和国の国旗と称した模様を描いたほか、「台湾独立万歳」「台湾は台湾人のもの」などの言葉や蔣介石を侮辱する文章などを大書し、さらに館邸に侵入して1階正面出入口の上部にある中華民国の国章などを刻した横額の前に「台湾共和国大阪総領事館」と大書した看板を掲げて遮蔽した[16][17]

1962年(昭和37年)6月23日、第一審の大阪地方裁判所は、住居侵入罪刑法130条)、侮辱罪刑法231条)、建造物等損壊罪刑法260条)については懲役刑を科したが、外国国章損壊罪については下記のように「損壊」にあたらないと判示し無罪とした[16][18]

刑法第九十二条にいわゆる損壊とは同条所定の国章を物質的に破壊する行為を指称すると解すべきところ、被告人両名のなした処は、国章そのものには何ら物質的破壊を加えることなく、単に国章の前面に本件看板を垂下して国章を外部から見えないように遮蔽したに止つたのであるから、右は刑法第九十二条の外国国章損壊罪を構成しないといわなければならない。大阪地方裁判所判決、昭和37年6月23日、昭和36年(わ)第5748号・昭和36年(わ)第4319号、『外国国章損壊等被告事件』、最高裁判所刑事判例集19巻3号147頁。

1963年(昭和38年)11月27日、控訴審の大阪高等裁判所では、国章の前に看板を掲げた行為について刑法92条の「除去」にあたるとして第一審の判決を破棄し、外国国章損壊罪を含めて有罪とした[8][19][20]

第九二条は、わが国と外国との間における円滑な国交に資するため、国章が表徴している当該外国の威信尊厳を傷つける行為を禁止しようとするにあることをうかがうことができ、同条にいわゆる損壊とは、国章自体を破壊又は毀損する方法によつて、外国の威信尊厳表徴の効用を滅失または減少せしめることをいい、除去とは、国章自体に損壊を生ぜしめることなく、場所的移転、遮蔽等の方法によつて、国章が現に所在する場所において果している右威信尊厳表徴の効用を滅失または減少せしめることをいい、汚穢とは、人に嫌汚の感を懐かしめる物を付着または付置して国章自体に対して嫌汚の感を懐かしめる方法によつて、右効用を滅失または減少させることをいう、と解するを相当とする。大阪高等裁判所判決、昭和38年11月27日、昭和37年(う)第1425号、『建造物損壊建造侵入侮辱外国国章損壊被告事件』、最高裁判所刑事判例集19巻3号150頁。
原審がその有罪部分の認定について挙示した証拠ならびに当審の検証調書および証人……(略)……の尋問調書を総合すれば、被告人両名は共謀の上、昭和三六年九月三〇日午前三時頃中華民国に対し侮辱を加える目的を以て、大阪市……(略)……所在の同国駐大阪総領事館邸一階正面出入口上部の中央に、中華民国の青天白日の国章を刻し、その右側に「中華」左側に「大厦」と刻した横額の上に白地に黒く「台湾共和国大阪総領事館」と大書したベニヤ板製の看板を掲げて、右中華民国の国章のある横額を外部から全く遮蔽したものであるとの起訴状記載の事実、ならびに、前記中央に国章のある中華大厦の横額は建物正面の長方形の凹所に塗り込んで刻みつけられたもので、これに対する遮蔽の仕方は右横額の前面にこれとほぼ同形のベニヤ板製の看板を、右横額の上部に打ちつけられていた釘或いは上部にあつたコンクリートのいぼに看板に取りつけた針金を巻きつけて垂下せしめ、この横額に看板が恰度重なり合うように合致せしめ且つ密接させていたものであつて、横額は看板により全く遮蔽されかえつて本件建造物が台湾共和国大阪総領事館となつたかの感を懐かしめること、および、この看板を掲げた場所は屋内からの出入りが遮断された地上約四米の高所であつて一階からは勿論二階からも容易に近付き難く、右看板の取りはずしは容易でないばかりか、取りはずさない以上は、そのまま固定したもので、この遮蔽は単に一時的のものでないこと等が認められる。かかる国章の遮蔽の方法は国章の場所的移転こそないが、右国章がその場所において果しつつある中華民国の威信尊厳表徴の効用を滅却するものというべく刑法第九二条の除去に該当するものと解するを相当とする。大阪高等裁判所判決、昭和38年11月27日、昭和37年(う)第1425号、『建造物損壊建造侵入侮辱外国国章損壊被告事件』、最高裁判所刑事判例集19巻3号150頁。

1965年(昭和40年)4月16日最高裁判所第三小法廷は、裁判官全員一致の意見によって上告を棄却した[21][22][23]。これにより、1人は懲役8ヶ月、もう1人は懲役4ヶ月が確定した[24]

(原審の認定した事実関係の下において、被告人らのなした中華民国国章の遮蔽の方法は、右国章の効用を滅却させるものであり、刑法九二条にいう除去に当るとした原判示は正当である。)最高裁判所第三小法廷決定、昭和40年4月16日、昭和39年(あ)第200号、『建造物損壊建造物侵入侮辱外国国章除去被告事件』、最高裁判所刑事判例集19巻3号143頁。

国旗損壊の罪(法律案)

2012年平成24年)5月29日、第180回国会で日本国に対して侮辱を加える目的で、日本国旗を損壊・除去・汚損する行為について、刑法に第4章の2を創設し、第94条の2として「国旗損壊の罪」の規定を整備する「刑法の一部を改正する法律案」(衆法第14号)が自由民主党から提出されたが、閉会中審査となり[25]、次の第181国会において審議未了で廃案になった[26]

事案

  • 同年5月11日、横浜開港百年祭の国際仮装行列において、中共系の華僑と国府系の華僑がお互いの国旗を出すことを見合わせると話し合いをしていたにもかかわらず、国府系の山車に飾った万国旗の中に青天白日旗があるのを見つけた中共系の青年がそれをむしり取る事件が起こった[30][31]。法務省は、一般的な解釈として国家の権威を示すために掲げたものではないから、器物損壊罪には該当するとしても外国国章損壊罪には該当しないと考えられるという旨の見解を出した[30]。国府側の外務省は日本に当該事件について調査するように要請したが、加賀町警察署が話し合いの仲介をした結果、万国旗は玩具であり、青天白日旗を特別に掲げたのではなく、万国旗の中の1つとして飾られていたものであるという国府側の見解で問題は落着した[31][32]
  • 1960年(昭和35年)、香港において日本人の漁船員が写真撮影のためにイギリス国旗を動かし、それが一部で報道された[27]。大きな問題にはならなかったが、在香港日本国総領事館は、長崎に帰港すると長崎国旗事件に絡ませて報道され問題が深刻化する可能性を憂慮して、関係者に注意を促した[27]
  • 1973年(昭和48年)6月27日駐日中華人民共和国大使館から外務省に連絡があり、「暴徒が大使館前で毛沢東を誹謗し、五星紅旗を踏みつけている」と抗議があり、外務省は警視庁警察庁に連絡して中止させる措置を取った[33]。その団体は、東京都議会議員選挙に3人を立候補させ、政治活動が認められる確認団体であり、大使館前に街宣車2台で乗り付け、選挙演説にまぎれて毛沢東の誹謗中傷をしたり、持参した手製の五星紅旗を踏みつけたりしていた[33]。1台の車体に書かれた団体名が届出名と異なっていたため、私服の警察官が写真撮影したところ、これを見咎めた2人が警察官に詰め寄り乱暴したため、公務執行妨害の現行犯で逮捕した[33]。五星紅旗を踏みつけた件については、手製の旗だったため事情を聞くに止めた[33][注釈 2]
  • 1974年(昭和49年)11月22日福岡県福岡市にある在福岡米国領事館に3人が乱入し、星条旗を引きずり降ろして火炎瓶を投げつけて燃やした後、カール・スペンス・リチャードソン首席領事を襲い領事室に立て籠もる事件が起きた[34][35]。3人は福岡県警察機動隊によって住居侵入罪、外国国章損壊罪などの現行犯で逮捕された[34]。カール・スペンス・リチャードソン首席領事はその日に開いた記者会見で、星条旗を焼かれたことは大きな事件のうちの1つの出来事であり侮辱と感じていないという旨を語った[34]1976年(昭和51年)2月25日福岡地方裁判所は、現住建造物等放火罪などを理由に、3人のうち2人に対してそれぞれ懲役6年、懲役3年を科した[36]
  • 1993年平成5年)10月29日ドーハの悲劇の翌日)、東京都港区にある駐日イラク大使館のポールに掲げていたイラク国旗が何者かに盗まれる事件が起こった[37][38][注釈 3]。盗まれた国旗がその後どうなったかは不明。
  • 2011年(平成23年)2月7日(日本では「北方領土の日」)、日本の右翼団体が在日ロシア連邦大使館前でロシア国旗をひきずるなどしたとして、ロシア外務省は井出敬二在ロシア日本国大使館筆頭公使を呼び、事実関係の解明と犯人の処罰、大使館周辺の安全保障を要求した[39][注釈 4]。これについて外務省は、使われたのはロシア国旗を模した手製の物体であり外国国章損壊罪に該当しないとした[41][42][注釈 5]
  • 2012年(平成24年)7月22日、日本の右派系団体が、日韓国交断絶を謳うデモ行進の際に「ペプシゴキブリマット」と称する太極旗を模したマットを踏みつける行為などを撮影した動画を公開した[44][45]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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