Loading AI tools
日本のシンガーソングライター、ボイストレーナー ウィキペディアから
劉 哲志(りゅう てつし、6月13日[1] - )は、日本のシンガーソングライター、ボイストレーナー・作曲家。ミュージックスクール・ボイスファクトリー主宰。一般社団法人日本音楽著作権協会正会員。広島県廿日市市出身。
ビートルズが日本武道館に来日した年に当たる1966年、修道中学校2年時に盟友の町支寛二と同じクラスになり、2人でアコースティック・ギターを抱えてビートルズをはじめ多くのコーラス付の洋楽をコピーして演奏をする。
1968年、修道高等学校1年時、バンド「グルックス」を町支・高橋信彦(現:ロード&スカイ社長)と結成、吉田拓郎を筆頭とする広島フォーク村に参加。1969年、フォーク村の自主制作アルバム『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』に、グルックスとして、町支によるオリジナル曲「波よ消さないで」で参加した。1970年、グルックス解散。
1972年、東京薬科大学在学中に旧友である浜田省吾、青山徹、町支、高橋らと共にロックバンド「愛奴」を結成。1974年、吉田拓郎の全国ホールツアーのバックバンドとして帯同。1975年5月1日に「愛奴」のボーカルおよびキーボーディストとして、CBS・ソニーからアルバム『愛奴』でレコード・デビュー、翌1976年「愛奴」は解散。
解散後、桜田淳子、早見優、渋谷哲平、太川陽介、香坂みゆき、竹本孝之などサンミュージックプロダクション所属歌手のツアーバンドに参加しつつ、歌手や声優に楽曲提供を行う。
2007年頃から、町支・古村敏比古のユニット「カンフル罪」として、毎年故郷の広島にて「夏のカンフ劉罪」ライブツアー開催が恒例となっている。
2019年現在は、シンガーソングライターとしてライブ活動をしつつ、東京の下北沢でミュージックスクール・ボイスファクトリーを主宰。ボイストレーナーとして、奥華子をはじめ多くのアーティストを輩出。桜田の専属ボイストレーナーを8年余り担当。桜田のデビュー40周年・45周年の博品館劇場でのコンサートで、ピアニストとしてサポート。2018年に発売された桜田のアルバム『マイ・アイドロジー』に、桜田と共作曲した「ありがとうのかわりに~プロローグ~」「ありがとうのかわりに~エピローグ~」が収録された。
自身による歌唱のものを含む。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.