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先天盲(せんてんもう、Congenital Blindness)とは、先天的(生来盲)または乳幼児期(早期失明)に視力を失い[註 1]、視覚経験の記憶がない状態をいう。早期失明に関しては概ね2-6歳くらいまでに視力を失うと視覚体験の記憶がないとされているが上限をもっと上にとる者もいる。一定以上の晴眼期間をもった後に失明した場合は中途失明という。[註 2]
先天盲の原因としては、小眼球症[2]、未熟児網膜症[3]、網膜芽細胞腫、先天性白内障および発達白内障[4]、先天性緑内障[5]および続発先天性緑内障[6]、先天性角膜混濁[7]、などの疾患やその結果としての眼球癆[8]、種々の感染を起因とする合併症、アクシデントによる損傷、皮質盲などがある。時に見られる白色瞳孔は病名ではなく症候である。定義上は白内障を含まず、原因疾病としては網膜芽細胞腫が最も多く、次に第1次硝子体過形成遺残、そのほかコーツ病(滲出性網膜炎)[9]、未熟児網膜症、トキソカラ症[10]、網膜剥離などがある[11]。
各病因は、たとえ同じ病名であっても遺伝性とされるもの、別の病因が考え得るもの、不明なものなど多岐に渡る。
TORCH症候群[54]、トラコーマ、風疹、水痘、猩紅熱、麻疹(はしか)[55]、淋病[56]、オンコセルカ症(河川盲目症)[57]、有鉤嚢虫、目の帯状疱疹[58]など。角膜白斑は、感染症角膜炎のほか外傷でも角膜の傷がもとで角膜混濁を起こす場合があり、角膜移植の対象疾患として上位に位置する[59]。
アルコール、ワーファリン、サリドマイド、殺菌剤ベルミルなどが小眼球の原因になる場合がある[60]。
スティーブンス・ジョンソン症候群は種々の抗てんかん薬、一部薬剤(アロプリノール等)の副作用のほかいくつかの被疑薬(抗生物質)など、薬剤投与が発症の80%とされる重症薬疹である。角膜移植が予後不良なため、培養粘膜上皮シート移植の適応として治験・研究されている[61]。
外傷(事故・過失、まれに自傷)による失明は、小児の片眼失明の上位を占めている。転倒・落下などで鋭利なもの(ハサミ・箸など)が眼球に刺さる穿孔性眼外傷、強度の打撲によって強膜が破裂する眼球破裂、眼球になにかが飛び込んだり入ったりする眼内異物、スポーツ外傷などがある。とくに幼児の場合、訴えが少なかったりわからなかったりするため注意を要する。[62]
角膜軟化症(Keratomalacia)は主としてビタミンA欠乏症の症状のひとつであるが、蛋白・カロリーの欠乏・麻疹(はしか)・肺炎などの全身状態悪化によっても発症あるいは重症化する[63]。
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ビタミン欠乏による角膜軟化症の少年 EyeRounds.org, The University of Iowa[64] | |
角膜潰瘍を起こした角膜軟化症 The New Zealand Digital Library[65] |
別名の乾性角膜炎(Xerotic Keratitis)・眼球乾燥症(Xerophthalmia)[66]からも判るように角膜の乾燥が特徴であり進行すると混濁を起こし、乳幼児の場合は二次感染から角膜穿孔が起きて失明に至ることもあって、開発途上国では今でも乳幼児の失明因として一般的である[67]。現在、日本での失明ケースはほとんどないとされるが、かつては脾疳(ひかん)と呼ばれて死亡率も失明率も高い病いであり[68]、1987年にも角膜軟化症によって失明した12歳の少女への開眼手術(虹彩切除)が報告されている[69]。
1932年にM・フォン・ゼンデンが過去の先天盲開眼者の手術報告を66例集めて分析した本を出版した[70]。ゼンデンは、患者の手術前の視覚状態が手術直後の視覚体験と関わると分析し、開眼前の保有視覚(残存視覚、Restsehen)を3群に分類した[71]。
第1群 | 明暗だけを知覚(明暗弁または光覚弁)光源の方向を正しく指示し得る場合を含む |
第2群 | 明暗と色彩を知覚(色覚弁) |
第3群 | 明暗と色彩と形(Gestalt)を知覚 |
この分類は、ほかにも目の前で動く手の動きがようやく分かる'眼前手動弁'や指を近づけてその本数の変化を認知する'○cm指数弁(○は目と指の距離:例えば30cm指数弁'などいくつかの弁別種も加え、先天盲の状態を表す指標として用いられるようになった。また、視覚回復の過程で開眼前と開眼後を当事者が比較して違いを言語報告することで先天盲の視覚世界の様相を晴眼者が推測する手がかりも与えた。この方面では日本の知覚・認知心理学者の鳥居修晃や望月登志子らが研究を深めている[72]。また、工学系の若手研究者による先天盲を対象とした近年の色彩語空間の研究では、先天盲の色空間は晴眼者が作った知覚的色空間とかなり異なった色空間構成であり、色相環のようなものは存在しないことが改めて確認されたうえで、鳥居・望月(2000年, p. 83-87)の研究に触れて「白」「赤」「黒」の3色彩語は概念が成立しやすいのではないかと述べている[73]。
対人交信行動において晴眼児と先天盲児との間にどのような差異があるのか(またはないのか)について鳥居・望月たちは主に、母子間の結びつき、および盲児自身の表情表出のふたつを検討した[74]。初産の母親(乳児が晴眼児)への聞き取り調査によると、母親の視線を乳児が受け止めて、見つめ返し(視線の交差)たり微笑したりすることで母親は保育の苦労への「報いられ」感情が湧き、自分が見ているだけではなくこどもからも見られていることに気づくと‘見知らぬ他者,という隔たり感が消えて、子との結びつき感による‘強い愛情,へ変わる[75]。これに対し、まだわが子が盲であることに気づかない時期の母親が乳児からの視覚的応答を得られないと‘拒絶感,や‘母子交信の喪失感,に襲われることも少なくないことが報告されている[74]。また、我が子のこういう行動(非行動)から母親が我が子の視覚障害を最初に発見することになる場合も多いのである[76]。
一般に、乳・幼児期の表情発信行動において晴眼児と先天盲児の間に大差があるとは考えられていない。
「先天盲の生後3ヵ月児は母親に話しかけられると眼振がとまり, 微笑みながら声のする方向に顔を向けた」(Freedman,1964) |
「10歳の盲児はとてもうれしいときには笑顔を見せ, 怒りがこみ上げてくると額にしわを寄せたり, 口をとがらせて頭を後ろにのけぞらせた」(Goodenough,1932) |
「泣き叫ぶときには床を踏み鳴らしたり, 首を振り, 手で相手を押しのけるなどの拒否動作をするし」人見知り期(7-9ヵ月頃から)には知らない人間から「顔をそむけるなど恐れの表情を示し」、「視覚の欠損は必ずしも基本的で自発的な表情の表出様式を制限してはいないように見受けられる」(鳥居・望月,2000) [77] |
ただし個人差はあるにせよ、晴眼児との差も報告されている。
笑みの表情が加齢にともなって減衰する傾向を示した(教師や看護者の働きかけで甦る). (Tompson,1941) |
顔の筋肉制御が不十分なためか, 時々しかめ顔のような過剰な表情運動が発現.(Mackenson,1965) |
表情に限らず、全身的な表情放出の模倣が不完全。拒否ジェスチャーは色々見受けるが「受諾・肯定」を表すうなづき動作が見られない.(鳥居・望月,2000) [78] |
こうした表出様式の微妙なニュアンスの違いは、視覚や聴覚(盲聾者の場合)の障害に伴う社会的経験の不足や学習機会の欠如から(晴眼者からみれば)大げさな動作を洗練させることが生育過程で充足できなかったことによるとも見られている(Eibi-Eibesfeldt,1967;Morris,1977)[78]。
アメリカで1940年台にコーネル大学・心理学研究室のカール・M・ダレンバック(Karl M. Dallenbach)たちは、盲人による物体との距離認知について一連の実験心理学的研究を行った。 この研究テーマは18世紀の哲学者ディドロが『盲人書簡』(1749年)で盲者の特性のひとつとして障害物察知能力の高さに触れた事に端を発する。
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ダレンバックたちの実際の実験映像 "FACIAL VISION" The Perception of Obstacles by The Blind Psychological Laboratory, Cornell University (1941年) |
ダレンバックたちはこれが事実なのか、それはどうメカニズムによってなのかといった問題について、先天盲者および対照群の視覚健常者を被験者として一連の研究を行った。耳を覆った時と何もしない時など一連の実験を行ったダレンバックたちは、盲人たちの障害物(壁)に対する鋭敏な認知は、皮膚の鋭敏な触覚神経による感知ではなく、音に対する耳の鋭い感知力(反響音や周波数の変化への鋭い感知力・一種の反響定位)に起因すると推定した。 [80]
原因 | 幼児期 3~5歳 | ~学童期 3~12歳 | 全年齢 3~70歳 |
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緑内障・水(牛)眼 | 7 | 35 | 174 |
小眼球・虹彩欠損 | 52 | 149 | 267 |
視神経欠損 | 12 | 44 | 81 |
屈折異常 | 2 | 9 | 21 |
眼球ろう | 0 | 3 | 11 |
白子 | 3 | 10 | 30 |
眼振 | 3 | 16 | 36 |
全色盲 | 1 | 3 | 10 |
その他の眼球全体 | 0 | 0 | 2 |
角膜軟化症 | 1 | 1 | 0 |
角膜白斑 | 11 | 47 | 69 |
その他の角膜疾患 | 1 | 6 | 23 |
白内障(含む摘出後) | 7 | 30 | 85 |
その他の水晶体疾患 | 0 | 0 | 6 |
硝子体混濁 | 0 | 0 | 0 |
その他の硝子体疾患 | 7 | 41 | 82 |
ぶどう膜炎 | 0 | 0 | 12 |
ベーチェット病 | 0 | 0 | 12 |
その他のぶどう膜疾患 | 0 | 0 | 1 |
網膜色素変性 | 3 | 50 | 438 |
黄斑変性 (錐体杆体ジストロフィを含む) |
0 | 1 | 78 |
網脈絡膜萎縮 | 1 | 5 | 31 |
未熟児網膜症 | 25 | 244 | 514 |
網膜芽細胞腫 | 6 | 33 | 79 |
網膜剥離 | 4 | 20 | 56 |
糖尿病網膜症 | 0 | 0 | 85 |
その他の網脈絡膜疾患 | 7 | 33 | 77 |
視神経萎縮 | 7 | 83 | 314 |
視神経炎 | 0 | 1 | 9 |
視中枢障害 | 18 | 68 | 102 |
その他の視神経視路疾患 | 1 | 4 | 7 |
弱視 | 3 | 17 | 34 |
その他 | 1 | 1 | 5 |
合計 | 183 | 954 | 2751 |
(en:Category:Blind academics、en:Category:Blind musicians、en:Blind musicians、など参照)
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