上野検車区
東京地下鉄(東京メトロ)銀座線の車両基地 ウィキペディアから
東京地下鉄(東京メトロ)銀座線の車両基地 ウィキペディアから
上野検車区(うえのけんしゃく)は、東京都台東区東上野4丁目にある東京地下鉄(東京メトロ)の車両基地である。銀座線の車両が所属している。
1927年(昭和2年)12月、東京地下鉄道によって上野電車庫として発足した[1]。当時は工場業務と検車区業務を行っていた。本車庫の用地は、関東大震災後の首都復興事業の中、区画整理の一環として容易に取得されている[2]。
操業当初の上野電車庫の敷地は2,439 坪(8062.81 m2)で、車両数は10両、検査担当は22人[1]、敷地内にはピット線が2線、洗浄線、可搬式ジャッキが数基ある規模であった[1]。
当初の計画では、本車庫は一時的なものとし、将来の郊外延伸時には新たな車両基地を建設することを想定していた[3]。このため、最初の開業時にはトラバーサーを使用して1両ずつ留置するというものであった。若干の改良は加えられたが、昭和30年代まではこの状態で使用されていた。
しかし、戦後は銀座線の乗客数が年々増加し、開設当初の状態では度重なる輸送力増強への対応ができなくなっていた。このため、1963年(昭和38年)5月に工場設備を廃止し、さらに従来の車庫設備を撤去して全面的な改築を行った。この設備は1968年(昭和43年)3月29日に完成し[4]、地下に6両編成13本収容の留置線を設け、さらに地上部は6両編成が留置可能な設備に一新した。この状態が、現在のものである。
2000年(平成12年)3月には本検車区と渋谷検車区を統合し、渋谷検車区は上野検車区渋谷分室となった[5]が、2001年(平成13年)6月に上野検車区渋谷分室の組織は廃止された[5](車庫設備は残る)。
地下の上野駅とは入出庫線(地下トンネル部 227.99 m、地上部が78.33 m。延長306.32 m)で繋がっており、途中には地上部と地下部への分岐点がある。地上部への入出庫線には55 ‰の急勾配がある[3]。
現在は銀座線車両の列車検査・月検査を実施しているほか、車両洗浄(洗浄作業台を設置)を行っている。なお、車輪転削と重要部検査(全般検査)は赤坂見附駅の連絡線を介して、丸ノ内線中野車両基地で実施している。
1957年(昭和32年)の銀座線輸送力増強計画において、車両増備に対応するために浅草駅構内に3本の留置線を設置することを決定[8]した。そして、1968年(昭和33年)11月8日には浅草駅構内終端部を延長して、同駅の奥に6両編成3本が留置可能な留置線が完成した。
この留置線を使用し、1961年(昭和36年)12月から1965年(昭和40年)3月にかけて上野検車区浅草支区が設置された[7]。これは上野検車区の車庫拡張工事に伴い、従来の検査設備が使用できなくなることから、拡張工事完成までの一時的な検査場所として使用された[9]。ここでは交番検査(15日以内に実施する検査・現在は廃止)および毎日検査(当時・現在は10日以内に実施する列車検査)を実施していた[9]。
現場は浅草駅ホーム端から入るものであったが、照明は暗く、足場も悪く、埃をかぶったトンネルであった[9]。検車区施設とはいったものの、とても検査場と呼べるほどの設備ではなかった[9]。
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