漆紙文書(うるしがみもんじょ)とは、廃棄文書を漆の入った容器の蓋紙にし、それに漆が浸潤したことによって、腐らずに残った古代の文書。1973年(昭和48年)に多賀城跡(宮城県多賀城市)で初めて発見された[1]。
概要
高温多湿の気候下では、植物繊維から作られた紙が良好な状態で伝来することは稀であり、正倉院文書など幾ばくかの例外があるのみだった[2]。しかし、多賀城跡から発見された文書には漆がしみ込んで固まったため、地中で腐敗することなく発見された[2]。
漆塗りに使う漆液は、長時間空気にさらすと硬化する性質があるので、保存するときには漆液が空気に触れないよう、表面に密着させた紙で蓋をする。古代、紙は貴重であったため、廃棄文書の紙が漆液の蓋として再利用された。その結果、紙に漆が浸潤し、土中での腐食を免れることになった。そのため、液面のかたちだけが残っており、だいたいは円形を呈する。
肉眼では解読が不可能な場合が多く、赤外線カメラを用いて解読作業をおこなう。
漆紙文書は廃棄文書の断片ではあるが、残存している一次史料の少ない古代にあっては、木簡や墨書土器、正倉院文書などとともに貴重な文字資料となっている。
主な漆紙文書出土遺跡
- 平城京跡(奈良県奈良市)
- 長岡京跡(京都府向日市・長岡京市・京都市)
- 平安京(京都府京都市)
- 大宰府跡(福岡県福岡市)
- 多賀城跡(宮城県多賀城市)
- 山王遺跡(宮城県多賀城市)
- 市川橋遺跡(宮城県多賀城市)
- 檀の越遺跡(宮城県加美町)
- 胆沢城跡(岩手県奥州市)
- 秋田城跡(秋田県秋田市)
- 払田柵跡(秋田県大仙市)
- 城輪柵跡(山形県酒田市)
- 大浦遺跡(山形県鶴岡市)
- 門新遺跡(新潟県長岡市)
- 西部遺跡(新潟県村上市)
- 鹿の子遺跡(茨城県石岡市)
- 下野国庁跡(栃木県栃木市)
- 矢部遺跡(群馬県太田市)
- 武蔵台遺跡(東京都府中市)
- 社宮司遺跡(長野県千曲市)
- 吉田南遺跡(兵庫県神戸市)
- 豆腐町遺跡(兵庫県姫路市)
- 弥布ヶ森遺跡(兵庫県豊岡市)
- 出雲国府跡(島根県松江市)
- 観世音寺(福岡県太宰府市)
など
この節の加筆が望まれています。 |
脚注
参考文献
関連項目
Wikiwand in your browser!
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.