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『ブンとフン』は井上ひさしの中編小説[注釈 1]。井上ひさしの小説家としてのデビュー作であり、最初の単行本でもある[注釈 2]。
1970年(昭和45年)1月10日、朝日ソノラマのジュブナイル小説シリーズ「サンヤングシリーズ」のNo.18として、「1億総ゲバ・ヤング」を謳い刊行された。もとは1969年(昭和44年)1月2日に、NHKラジオ第1放送で「新春こども劇場 グランドマンガミュージカル『ブンとフン』」と題して放送されたラジオドラマであり、小説版はこの台本を朝日ソノラマの依頼で小説化したものである[3][4]。「サンヤングシリーズ」では同時期、小林信彦と山崎忠昭も放送作家から登用されている。
1974年(昭和49年)には井上自身の手によって『それからのブンとフン』として戯曲化され、翌1975年(昭和50年)に初演された。途中までは小説版とほぼ同内容だが、後日談が付け加えられ、結末が大きく変更されている。
売れない小説家のフン先生が生み出した四次元の大泥棒・ブンが現実世界に飛び出し、世界を大混乱に陥れる状況を描いた、風刺性の強いナンセンス・ユーモア小説である。もともとミュージカルとして書かれた作品であるため、歌詞が随所に挿入されている。また、「のりしろ」や「キリトリ線」が挿入されるといった趣向がある。
秋も終わりのある日のこと。売れない小説家フン先生のもとに、アサヒ書店の社長が、手土産と50万円の小切手を持ってやってきた。アサヒ書店から出版されたフンの小説『ブン』[注釈 3]の初刷1万部が売り切れたので、さらに1万部増刷する、というのだ。自分の小説が売れている、ということが信じられないフン先生は、社長が帰った後で『ブン』の生原稿を読み直す。それは、誰にでも何にでも瞬時に変装でき、古今東西のあらゆる学問に詳しく、時間も空間も自由に行き来できる万能の大泥棒、四次元の男、ブンを主人公にした小説であった。
そこへ突然、自分がその小説『ブン』の主人公、大泥棒ブン本人である、と名乗る男が出現する。あまりに万能すぎる設定にしてしまったため、小説の中から抜け出て現実世界に現れる能力すら身につけてしまったのである。ブンはフンに対して、小説の設定通り、瞬時に誰にでも何にでも変身できる、という能力をさんざん見せつけた挙げ句、「自分の力を、世の中に出て、じっさいに試してみたい」と言って、姿を消してしまう。
しばらくして、世界各地で次々と珍妙奇天烈な怪事件が起こりはじめた。自由の女神像がたいまつの代わりに巨大なソフトクリームを掲げたり、奈良の大仏が一瞬にして鎌倉の大仏の隣に移動したり、ベルリン動物園のシマウマのシマが盗まれ、上野動物園のシマウマにつけられて縦横十字模様のシマになったり、といった具合である。そして、アメリカの宇宙船が月面に着陸し、その光景が全世界に生中継されている最中、宇宙飛行士の前にブンが現れ、昨今起こっている怪事件はすべて自分の仕業であると公表する。
そのうち、形あるものを盗むことに飽きたブンは、人間の見栄、虚栄心、記憶など、形のないものを盗みはじめ、最後に、人間が一番大事にしているものは「権威」だと見ぬき、権威を盗むようになる。さらに、12万部まで発行された小説『ブン』の各一冊から、ブンが一人ずつ飛び出したため、事件の数も12万倍にふくれあがる。
クサキサンスケ警察長官は、ブンを逮捕するために、文字通り悪魔との契約を交わし、フン先生を人質にとる、という手段に出る。やむなく12万人のブンたちは警察に自首し、懲役317年の判決を受ける。
クサキ長官は、ブンたちを少しでも長く獄中にとどめておこうと、全国100か所以上に高級ホテル並みの豪華な刑務所を建設する。しかし、じつはそれこそがブンの作戦だった。ブンたちが豪華で快適な刑務所で暮らしていることを知った人々が、自分も投獄してもらおうと、われ先に泥棒を始めてしまったのである。
井上は本作について、1972年の新装版「あとがき」で、自分がこれまで書いてきた小説の中で最も「馬鹿馬鹿しい」ものだと評価し、「馬鹿馬鹿しいものを書きたい、またそれが自分に最も似つかわしいと思っている私にとって、この事実は情けなく、
扇田昭彦は、新潮文庫版「解説」において、本作を「日本のナンセンス文学の傑作」と評価し、自らの分身を次々と作り出すブンを、ギヨーム・アポリネールの『贋救世主アンフィオン』、マルセル・エイメの『サビーヌたち』、フレドリック・ブラウンの『火星人ゴーホーム』等と比較している[7]。
ロジャー・パルバースによる英訳がある[8]。
「グランドマンガミュージカル『ブンとフン』」として、1969年1月2日にNHKラジオ第1放送で放送された。井上自身は、1977年2月執筆の自筆年譜の中で、「おそらくこれはこれまでのところ熊倉=宇野=井上の最良の作品だろう」としている[9]。『ブンとフン』という題名の名づけ親はディレクターの長与孝子である[10]。
NHKアーカイブスの番組発掘プロジェクトで録音テープが発見され、2015年9月23日にNHK-FM放送「今日は一日ラジオドラマ三昧」の枠内で再放送が行われた[11][12]。2021年1月30日にNHKラジオ第1放送「発掘!ラジオアーカイブス」で再放送[13]。
『新劇』1974年11月号に発表、全17場。単行本『雨』(新潮社、1976年)に収録。
初演は劇団テアトル・エコー第46回公演、1975年1月16日 - 2月5日。熊倉一雄演出、宇野誠一郎音楽[15]。2013年9月 - 10月にこまつ座・ホリプロにより再演されている[16]。
井上ひさしの音楽劇のうち、自作の小説を脚色したものは、本作と『たいこどんどん』(原作『江戸の夕立ち』)の2作のみである[17]。
小説『ブンとフン』では、日本国民がみな泥棒を始めてしまう、という結末で終わっている。井上は、1972年に発行された朝日ソノラマ新装版の「あとがき」で、井上は「そのころ、私はありとあらゆる常識や作法をひっくりかえそうと思っており、ほかにいくらでも、いかにも小説小説した終り方があったのだが、もっとも小説作法から外れていると思われるこの終り方を選んだ」としている[1]。
戯曲『それからのブンとフン』では後日談が付け加えられ、結末がひっくり返されている。
世界120か国語に翻訳された1862万5921人のブンたちが、ゴビ砂漠に集い「第一回・世界ブン大会」を開く。ところがその中には、ト連版、丹国版、南ドコニカ共和国版のブンなど、自国の専制政府に都合のいいように設定の改竄されたブンも混じっていた。このため、意見の相違からブンたちは内ゲバを始めてしまい、ついにはオリジナル・ブンとト連版1号、丹国版1号を除いて全滅、世の中もすっかりもとに戻ってしまう。ブンの代わりに見せしめとして地下牢に投獄されたフン先生は、ブンを救うために、新たな小説を書くことを決意する。だが、ペンも紙も与えてもらえないため、自らの指と血を使って壁に小説を書こうとする、というところで幕を閉じる。
結末を変更した理由について、井上は、脚本を初収録した単行本『雨』(1976年)で、「小説版を書いていたころのわたしは、やがてくるべき七〇年安保闘争は六〇年安保闘争など較べものにならぬほどの内爆発を起し、それが引金になってこの国は変るだろう、すくなくとも半永久的に続くと思われている保守独裁は大きな音をたてて崩れ落ることだろうと愚かにも信じていました。なぜ愚かだったのかといえば、自分はなにもせずに改革を夢想していたからです」とし、戯曲の後半は、そのような自分に対する「自己処罰」を意図したものだと述べている[18][注釈 4]。
初演時は連日大入りであった[15]一方、1975年2月1日付『読売新聞』に「読む戯曲であって、肉体を備えた人間が演じる戯曲ではなかった」とする劇評が載るなど、評判はいまひとつであった[19][20]。
演出の栗山民也は、本作と『木の上の軍隊』『マイ・ロマンティック・ヒストリー〜カレの事情とカノジョの都合〜』の演出の成果について、第39回菊田一夫演劇賞・演劇賞を受賞している[21]。
2021年、NHKラジオドラマを原作とする朗読劇「よみステージ」の第一弾として、『ブンとフン』の公演が決定された。脚本・演出をつとめるG2により、ラジオドラマ版をベースとしつつ、小説版・戯曲版を取り入れた「令和版」として、2021年8月25日から9月2日まで東京のよみうり大手町ホール、9月11・12日に大阪のサンケイホールブリーゼでそれぞれ公演される予定であった[22][23]。しかし、8月23日に主演(フン先生役)の橋本良亮(A.B.C-Z)の新型コロナウイルス感染が公表され、全公演が中止となった[24]。
『高二コース』(学習研究社)1971年6月号から9月号まで「フン先生滑稽譚」の表題で連載されたが、未完のまま中断[25]。『井上ひさし短編中編小説集成 第一巻』(岩波書店、2014年)に初めて再録された。『ブンとフン』と同じくフン先生が登場するが、設定に違いが見られる。
四十男のフン先生は、小説家を自認してはいるものの、あまりに理想主義者かつ完全主義者すぎるせいで、小説家を志してから20数年の間、一度も作品を完成させたことがない。そのため収入が全くなく、貧しさと空腹にあえいでいる。ある日、フン先生は、大食い競争に参加して賞品のトランジスタラジオを手に入れる。そのラジオで聞いたディスクジョッキー大原真美子の妙声にほれ込んでしまったフン先生は、猫好きの彼女にプレゼントしようと、美しい白猫を捕まえて放送局に乗り込む。ところが、じつはその白猫はギャングたちがダイヤモンドの密輸に使っていたもので、右目に「ペルシャの青い月」というダイヤモンドがはめられていた。
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