核戦争 (かくせんそう、英語 : nuclear warfare)とは、核兵器 が使用される戦争 のことである(出典:広辞苑 )。
原子爆弾の投下によって発生したキノコ雲 。左が広島で右が長崎。日本への原子爆弾投下 (1945年8月6日・8月9日)
火球サイズの比較、中心からファットマン ピースキーパー (W88 核弾頭)ミニットマンⅠ (W59 核弾頭)キャッスルブラボー ツァーリ・ボンバ
核戦争とは原子爆弾 、水素爆弾 、中性子爆弾 などの核兵器 、またそれらを運搬する各種のミサイル 、爆撃機 、潜水艦 などの兵器 として用いられる戦争 を指す。その規模については限定的なものから全面的なものまでさまざまな形態が考えられているが、いずれにしても甚大な被害が生じると考えられている。
核兵器 が開発されてからの実戦使用は、第二次世界大戦 におけるアメリカ合衆国 の日本 への2発の原爆投下 のみであり、敵対国同士が核攻撃の応酬を行う戦争は発生していないが、キューバ危機 や北朝鮮核問題 や2022年ロシアのウクライナ侵攻 、2023年パレスチナ・イスラエル戦争 など、核戦争を引き起こしかねない危機は常時発生している。
ミサイルサイロ 。サイロ内のタイタンII ICBM。周囲のすのこ 状のものは整備用プラットフォームで、使用されない時には折り畳まれている。
B-36 (Consolidated Vultee B-36 "Peacemaker")1950年代
アメリカ 、ソビエト連邦 とロシア の核兵器備蓄
バスター・ジャングル作戦 、デザートロック演習のため、ドッグ実験の核爆発を見守る兵士達(1951年11月1日)
対潜兵器 。核搭載アスロック の爆発シーン。手前の艦は駆逐艦アガーホルム(1962年)
核戦略の研究者の間では核戦争の発生や進行に関していくつかの派が存在する。
核戦争を引き起こす要因
冷戦時代、核兵器の使用に関する重要な考え方は、古い軍事的知恵からではなく、戦略的意思決定を理解するための新しい方法であるゲーム理論から生まれた。この分析的アプローチは、アメリカ合衆国とソビエト連邦 のにらみ合いがナッシュ均衡 を表していることを示唆した。なぜなら、核攻撃は必ず壊滅的な反撃を引き起こすため、アメリカとソ連のどちらの超大国も、核攻撃を先制的に開始する理由はないと説明された。説得力のある大義名分がないと、例えばどんな独裁政権でも核戦争を開始するのは難しい[1] 。
核戦争の勃発には基本的に二つの要因があると考えられている。危険性のエスカレートと、奇襲攻撃によるものである。ここでは主な要因について述べる。
先制攻撃
核保有国 が存在する限り常に存在する可能性である。戦争当事国の一方が核兵器で攻撃される危険性を感じれば、核戦争における初戦の優位を獲得するために先制攻撃を行う可能性がある。
危険度のエスカレーション
それぞれの国家 の軍隊 が危機的状況において相互に自らの優位性を争奪する過程で軍事 的な威嚇のレベルを上げる際に発生する。ゆえに冷戦 末期の国際政治 において超大国の重要な権益にかかわる地域の紛争にかかわってはいけないという不文律があった。
優位性の喪失
相手国が軍事 的優位性を確保した場合に、自国にとって不利な軍事力 バランスの打破を期待して発生するものであり、優位性を完全に喪失する前に先制攻撃を実行しようという考え得る。
冷戦期のアメリカ の戦略防衛構想 はこの問題を取り扱っていた。
技術的偶発
意思決定の考えとは無関係に核戦力が行使されて核戦争が勃発するものである。
偶発事件には非常にさまざまな種類がある。大陸間弾道ミサイル に搭載される核兵器 は作動解除リンクシステムで管理されているが、潜水艦発射弾道ミサイル の核弾頭は技術的制約上システムの管理下にない。ただ責任者全員の同意がなければ発射できない仕組みになっているが、収拾不可能な緊急事態において核兵器 が使用される危険性がわずかに残っている。
不合理な要素
情緒不安定・精神疾患 ・イデオロギー ・過度な民族主義 [2] ・過激な宗教などの要素を持った非合理的な政策決定者によってもたらされる。彼らにとっては、多大な人命や財産の損失よりも、妄想 によって産まれた敵の打倒や、信奉する神 の勝利の方が優先される可能性がある。すなわち国際社会に上記のような人物が統治する核保有国が存在する限り、不合理な要素によって核戦争が勃発する危険性は存在する。
核攻撃の形態
核戦争が始まる核戦力を用いた攻撃にはいくつかの形態が考えられる。
対都市攻撃
第二次世界大戦中の都市爆撃と同様、相手国の都市を破壊することで、国民戦意や継戦能力、インフラストラクチャー を破壊することを狙った核攻撃である。広島 ・長崎への核攻撃 はこれに分類される。特に冷戦期間中、核保有国・非核国の区別なく各国でシミュレートされ、他の形態の核攻撃と比べて被害が際立って膨大なことから最も恐れられた攻撃である。
主に民間人やその住居など、非軍事目標を狙うため非人道性は高いが、一旦大規模な核戦争が起きると、後述する対核戦力核攻撃によって、数時間から数日のうちに彼我の核戦力が沈黙し、以後選択の自由は失われてしまう為、保険的な目的で核戦争勃発時にこうした攻撃が発生する可能性は、今でも高いと考えられている。
冷戦期間中は米ソ両国で検討されプラン化されていた。
対核戦力先制攻撃
相手国の核戦力の基盤であるミサイルサイロ 、潜水艦 基地 などに対する核戦力を用いた先制攻撃である。
ただし、外洋をパトロールする潜水艦 には核兵器 が搭載されており、その破壊は難しいため、不完全なものとなる可能性が非常に高い。
対通常戦力先制攻撃
相手国の通常戦力、陸軍 ・海軍 ・空軍 の駐屯地 ・基地 に対する核戦力を用いた先制攻撃である。
この攻撃が行われる場合は、その後に相手国の戦力を完全に無力化するために通常戦力を用いた攻撃が計画されている可能性が高い。
対産業攻撃
発電所 、エネルギー施設、産業施設などの経済 拠点に対する核戦力を用いた攻撃である。
ただし、この攻撃を実施する場合は、目標地域に民間人 がいるため、多大な死傷者が出る。
対司令部攻撃
首都 、統治機関、軍隊 の参謀本部 などの司令部に対する核戦力を用いた攻撃である。
この攻撃は理論上、相手国の報復攻撃を阻止することを目的としたものであるが、軍指導部は核兵器発射権限を各部隊に委譲できるため、実際に指揮系統を機能停止にし、反撃を封じ込めることは非常に難しい。
報復攻撃
先制攻撃を受けた場合、相手国の核戦力(場合によっては産業・司令部に対して)を無力化するために核戦力を用いて報復のために攻撃を実施する。
報復攻撃には主に二つの方法がある。
警報時の発射(LOW)
核兵器 が爆発する前に報復攻撃を実行することである。基本的にこの攻撃は人工衛星 やレーダー を用いたミサイル 警報システムが整備されている必要性がある。
被爆下の発射(LUA)
核兵器 が爆発したことを確認してから報復攻撃を実施する。さまざまなセンサー や人工衛星 などで情報を確認し、攻撃を実行する。
核テロ攻撃
スーツケース程度の小型の核兵器 を用いた攻撃を指す。軍事 的な分類ではないが、都市 で実施すれば高層ビルを崩壊させ、周囲の建築物に多大な被害を与えるという非常に大規模な攻撃が可能であり、非常に危険性が高い(テロリズム を参照)。
他、ハッキングによる核発射や、テロリストが核ミサイルを搭載した潜水艦や人工衛星をのっとることで発射させることもフィクション でよく使われる。
核攻撃の影響
核戦争は予想されうる事態に過ぎず、歴史的な事例は存在しない。また戦争 には多数の不確実性が生じ、その影響も攻撃方法、使用兵器 、攻撃対象の位置、環境、人口などさまざまな要素が関連するため科学的な予測は難しいが、2019年にプリンストン大学 のアレックス・グラーザーが、アメリカとロシアの間で核戦争が起こった場合、9150万人の死傷者が出るというシミュレーション結果を公開している[3] 。ラトガース大学などのチームによる研究結果の発表では、アメリカとロシアの間で核戦争が起こった場合、発生した煤で引き起こされた日照不足などにより農作物の生産量が減ることで、50億人以上の餓死者が出る可能性があるとしている[4] [5] 。
心理的な影響
ハーバード大学メディカルスクール の1995年の調査によると[6] 、頻繁に核戦争の恐怖 を感じた青少年は、一般的な精神障害のリスクが高くなることがわかったという。特に1週間に1度、もしくはそれ以上の頻度で核戦争の恐怖を感じると精神的な影響が顕著になるという[7] [8] 。「核戦争の恐怖を頻繁に感じている」という指標(アンケートに対する回答)は、精神障害の一種の兆候となる[7] 。
トライデント (ミサイル) I ミサイルとその再突入体
RT-2PM トーポリのTEL車両 (2008年 モスクワ で行われた軍事パレード での撮影)
アメリカの戦術核に対する懸念
アメリカのブッシュ 政権は抑止力としての役割を果たす戦略核兵器 の縮小に代わり、戦術核兵器 の使用を公言していた。これはより限定的な範囲を核兵器で攻撃するための兵器を指す。
核戦争を描いたアメリカの漫画(1952年)
2023年現在、現実には全面核戦争は起きていないが、フィクション の世界では「終末もの 」など、全面核戦争やその後の世界を舞台にした作品がある。以下はそのような世界を描いた代表的な作品である。
なお、リストは時代背景 や核戦略 等の変化を考慮し、発表年代順とする。
アニメ・漫画
『とべ!人類 』
核戦争直前に世界中から集められた子供が、宇宙船「ホモ・サピエンス号」に乗せられ、何世代もかけて「第二の地球」を目指す。
『攻殻機動隊 』
1996年に第3次核大戦が勃発、1999年に勃発した第4次非核大戦では日本が核攻撃され、首都圏 が壊滅。
『風の谷のナウシカ 』
「火の7日間」と呼ばれる全面核戦争から1000年後の世界が舞台。
『カンビュセスの籤 』
藤子・F・不二雄 の短編。終末戦争後に生き残った人々は地球外文明へ救助を求め冬眠を繰り返す。
『FUTURE WAR 198X年 』
冷戦下、アメリカ・ソ連間での核攻撃をきっかけに全面核戦争に。
『火の鳥 未来編』
数度の核戦争を経た西暦3404年の地球が舞台。メガロポリス(地下都市)ヤマトとレングードの対立が発端となって超水爆 を利用した核戦争が起きる。
『北斗の拳 』
世界的な最終戦争の核戦争後の地球が舞台。この世界は文明が崩壊し力(主に暴力)が支配している。
『地球0年』
田辺節雄 /矢野徹 矢野徹の同タイトルの小説のコミカライズ。狂信的陰謀論者によって引き起こされた核戦争と、戦争で荒廃したアメリカに「平和維持軍」として赴く自衛隊を描く。
『飛ぶ教室 』(漫画)
埼玉 の小学校 を舞台に、校庭 に設置されていた核シェルター のおかげで核戦争を生き延びた小学生達が、学校での共同生活によって核の冬 に襲われつつある過酷な世界を生き抜こうとする姿を描いた作品。
『望郷戦士 』
1988年に核戦争が勃発。長野県 に旅行に来ていた主人公たちが戦争の13年後にタイムスリップ 。
『遙かなる星 』
佐藤大輔 の架空戦記 。キューバ危機 の際、ケネディ政権がキューバ直接侵攻という強硬策を採用した結果、米ソ間で反応兵器戦争[16] が勃発。ソ連側の先制核攻撃となったことでアメリカは壊滅的な被害を被り崩壊、一方のソ連も報復攻撃により大きな被害を被った。
この戦争を資本主義陣営で大きな被害を受けることなく切り抜けた日本が、アメリカに代わり兵器を含むあらゆるものを売り捌き続ける傍ら、来たる次の核戦争の時に日本人だけでも逃げ出すべく宇宙開発に狂奔する様を描く。
民族主義は多かれ少なかれどの国にもあるが、過度な民族主義は暴走する傾向がある。そもそも、実際に使うつもりで世界で最初に核兵器を秘密裏に開発し始めたのはドイツの民族主義者アドルフ・ヒトラー であった。「自民族だけが優れる。自民族だけを守る。」という思想は、たいてい「他民族はどうでもいい、他民族は滅んでいい。他民族を絶滅させる」という発想にたどり着き、過度な民族主義者が独裁者になり国の全権を独りで握ると、実際に他民族の絶滅させようとしたり(ホロコースト )、他民族を絶滅させるための兵器(大量殺戮兵器)を開発しはじめる。第二次世界大戦時には、極端な民族主義状態であった日本政府も原爆開発に着手していた(日本の原子爆弾開発 )。ドイツと日本が秘密裏に原爆開発を行っていることを諜報活動で察知したイギリスやアメリカ側は、対抗措置で急いで原爆開発に秘密裏に着手、最初はイギリスが先行したが途中からイギリスは開発はアメリカでするべきだと判断し、アメリカが先に開発・製造にたどり着き、アメリカ政府はそれを先手で使用し、戦争の決着がつき、民族主義者によって原爆が使用される事態は防いだ。 現在ではロシア民族主義をかかげるウラジーミル・プーチンが核兵器の使用にしばしば言及しており、ウクライナ侵攻以降、その発射装置をボディーガードに持たせ自分の手元に常に置いている状態だと、報道陣や世界各国にあえて意図的に見せつけている。
1990年末(1991年1月の湾岸戦争 勃発の2ヶ月ほど前)、ハーバード大学メディカルスクール が、1518名の若者(平均16.8歳)を対象に自己記入方式のアンケート調査を行い、1493 名の回答者を得て、その中の47%の追跡調査を許可した若者を対象に(およそ5年後の)1995年に「General Health Questionnaire」と呼ばれる一般的な健康に関する(定形の)質問文を使って行った。
ソ連発表の地図に異変 西部の町、鉄道位置が大移動 核攻撃を想定し偽装?『朝日新聞』1970年(昭和45年)2月4日朝刊 12版 14面
WOPR:War Operation Plan Response、戦争作戦計画対応
核戦争のこと。著者の佐藤大輔は自身の架空戦記群内で、核兵器を「反応兵器 」と言い換えている(同じように原子爆弾は「反応弾」、水素爆弾は「融合弾」と言い換えられている)。
瀬川高央『核軍縮の現代史: 北朝鮮・ウクライナ・イラン』(吉川弘文館、2019/10/24)が1980年代以降の歴史を的確にまとめている。
米国技術評価局 西沢信正・高木仁三朗訳『米ソ核戦争が起こったら』岩波現代選書(1981年7月30日)
ジェイムズ・ダニガン、ウィリアム・マーテル 北詰洋一訳『戦争回避のテクノロジー』河出書房新社(1990年)
杉田弘毅 『検証 非核の選択』岩波書店(2005年12月)ISBN 4000019376