立川談修
ウィキペディアから
ウィキペディアから
立川談修(たてかわ だんしゅう、1973年1月20日 - )は、千葉県船橋市出身の落語家である。落語立川流所属。本名∶占部 直昭。
専修大学松戸高校、専修大学時代は落語研究会に所属していた。大学時代の芸名は前座〜二つ目 松風亭タコ三郎、真打〜初代 松風亭麗枝。立川志らくの弟子の立川志ららの2年先輩にあたる。
大学卒業後の1995年3月、七代目立川談志に弟子入り。出身大学から一文字とり「談修」となる。過去に談志一門には「
2003年5月、談志により一門復帰試験と二ツ目昇進試験が行なわれる。談修のみ復帰と二ツ目昇進が認められ、6月に二ツ目に昇進。2010年2月、四谷区民ホールで行われた『第7回伝統芸能祭 グランドチャンピオン大会』で悲願の初優勝を果たす。 2010年11月6日、「NHK新人演芸大賞・落語部門」本戦に出場。全国放送ではじめて、談修の落語が放映された。演目は「宮戸川」。
2011年11月に、師匠の談志が死去。
2013年春に真打昇進。談志が昇進を認めた最後の真打となった。2018年7月、兄弟子である立川左談次の死去に伴い、左談次の預かり弟子である立川談吉を預かり弟子とした[3]。
2004年1月、立川流一門の新年会席上で、再度復帰試験が行なわれキウイと談大が受験。しかし師匠について稽古した踊りは真打の兄弟子から「ラジオ体操」と評されるレベルであり、窮した談志は判断を真打達に委ねた。このとき談志から「踊ってみせよ」と指名され、踊りを見せたあと談志に「これが余興で金が獲れるレベルなんだ」と言わしめたのが、談修の踊りであった。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.