柿生村
日本の神奈川県都筑郡にあった村 ウィキペディアから
柿生村(かきおむら)は、神奈川県都筑郡西部に1889年(明治22年)4月1日から1939年(昭和14年)4月1日まで存在した日本の村。現在の神奈川県川崎市麻生区(あさおく)の大部分にあたる。
地理
現行町名
すべて川崎市麻生区に所在する。
歴史

村名は、鎌倉時代に王禅寺で発見されたと伝えられる柿の品種「禅寺丸柿(ぜんじまるがき)」の原産地であることに由来する[1]。王禅寺の境内には「禅寺丸柿」の原木が残されており、国の登録記念物に登録されている[2]。また「禅寺丸柿」が発見された真言宗の寺院・王禅寺は、王禅寺村の地名の由来となっている[3]。この「禅寺丸柿」は日本最古の甘柿の品種と言われる。
沿革
- 戦国時代 - 万福寺の地名が見られる。
- 江戸時代 - 以下の10村が成立。
- 1868年(明治元年)
- 1874年(明治7年) - 大区小区制の施行により、王禅寺村、早野村、下麻生村が第6大区第7小区に、栗木村、五力田村、片平村、黒川村、上麻生村、万福寺村、古沢村が第6大区第8小区になる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、上麻生村、下麻生村、早野村、王禅寺村、古沢村、万福寺村、片平村、五力田村、栗木村、黒川村が合併して柿生村が成立。岡上村と町村組合を結成し、柿生村外一ヶ村組合が発足。大字上麻生に組合役場を設置。
- 1939年(昭和14年)4月1日 - 柿生村外一ヶ村組合が川崎市へ編入。同日柿生村を廃止。
- 1972年(昭和47年)4月1日 - 川崎市が政令指定都市に指定され行政区を設置。旧村域が多摩区となる。
- 1982年(昭和57年)7月1日 - 川崎市多摩区から麻生区を分区[1]。旧村域が麻生区となる。
交通
鉄道
道路
イメージ・ソング
- 「かきくけかきお」- 歌唱:bless4
脚注
関連項目
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