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ロシアの人権団体 ウィキペディアから
グラグ・ネット(露: Гулагу-нет、Gulagu.net)は、ロシアの汚職撲滅や囚人の人権擁護を目的としたプロジェクトである。
元実業家で人権擁護者のウラジーミル・オセチキンが創設し、スタッフ・ボランティアと運営を行っている[1]。共同責任者はデニス・プシェニチニー[2][3][4][5][6][7][8]。
囚人(囚人家族)や元囚人からの救援要請・情報提供を受けるホットライン、また公開のGmailアドレスを持っており、刑務所・拘置施設内での拷問・人権侵害について当局側の職員からも内部告発を受け取っている。YouTube・Telegramチャンネルなどで発生した人権侵害を広く周知させて、当局が不正行為をした職員の処分に動かざるを得なくなる状況を作っており、頻繁なストリーミング配信では被害者や元職員・人権擁護者などのインタビューを精力的に行っている。
拷問の被害者や内部告発者は証言をしたことが原因で危害を加えられる恐れがあるため、場合によってはロシアから脱出させている。また、拷問の犠牲となった囚人の遺族の援助(遺体搬送・葬儀の手配や弁護士への支払いの援助)もしているという[9]。
2007年、オセチキンは経営していた中古車販売店を調査された際に賄賂を要求され、断わったところ詐欺罪で告発された。7年の懲役刑を宣告されたが、オセチキンは拘置所での人権侵害と不当逮捕を行い有罪判決に導いた法執行機関・監察官たち(後に当局からの解任・有罪判決を受けた)について抗議を続けた[10]。
2011年6月15日に仮釈放後、ロシアでは安全にビジネスを出来ないこと、また刑務所内での虐待の横行を目にしたことから、囚人の権利の擁護のため、オセチキンはグラグ・ネットを立ち上げ人権擁護者となった[11]。
2013年、ロシア議会で「囚人の権利を保護するためのワーキング グループ」を設立し、オセチキンは議長を務めた。2年の間、ほぼ毎週、囚人や家族、連邦刑務所の職員、弁護士が参加しての会議が開催され、議定書と筆記録に基づき、何十人もの人々が拷問の特定の事実について証言。代理人は調査委員会の指導部、ロシア連邦刑執行庁(FSIN)、および検察庁に問い合わせを送った。その結果、連邦刑務所と内務省の元職員数十人が有罪判決を受けている[12]。
ロシア当局は、グラグ・ネットにFSINとの協力、事前モデレーションシスエムの導入をすることや自己検閲、協議と承認なしに調査を公開しないことを求めてきたが、オセキチンは拒否。交渉の最後には「信用を傷つけるキャンペーンを行う」と当局は脅迫をしてきたという。
その後の2015年9月9日、オセチキンとグラグ・ネットのサイト・コーディネーターの家宅捜索が行われ、サイト・コーディネーターが逮捕された。逮捕されたコーディネーターはモスクワのソコルニキ地区にある刑務所で、捜査官にオセキチンについての証言を行ったと伝わっている[13][14][15]。同月13日にオセチキンはフランスに出国、亡命申請を行った[16][17]。
2019年3月13日、コーディネーターのボリス・ウシャコフが不審な男に銃撃を試みられた。警察に通報すると、警察は精神病院に搬送しようとしたため、ウシャコフは拒否。警察は証拠品の収集をしようともせず、再びウシャコフを病院に連行したが、根拠がないとして医師が診察を拒否したという。この9日前に、ウシャコフはブログでウラジーミル地方の刑務所で行われている拷問への地方FSB職員の関与に関する情報と、証人について記していた[18]。2020年、当局は元内務省捜査官をレイプしたとしてウシャコフを逮捕した。
2020年1月16日、FSBとFSIN職員がプログラマーのアパートを襲撃し、プログラマーは逮捕された。全てのコンピュータ、記録、管理システムへのアクセス権を奪われ、グラグ・ネットの破壊を強制された。また、レジストリ管理者はFSBとの取引を強制された。グラグ・ネットを離れて1年後に薬物事件で逮捕された元コーディネーターが、保安処分との交換条件でプログラマーの個人情報を教え、仮釈放されたという[19]。
同年春よりサイトを再開したが、全てのデータの復元は出来なかった。そのためYouTubeチャンネルを継続しつつ作業を続けている。
同年6月、ロシア連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(Roskomnadzor)とFSINは「ロシア連邦の領土で行政違反を犯した疑いがある」とグラグ・ネットを告発。ユーザーの個人データをロシアの法執行機関に転送するよう求めてきたという。しかしこの時点でオセチキンとグラグ・ネットのサイト管理をするコーディネーターやプログラマーはEUに在住し、サイトもヨーロッパのサーバーにあった。このため、同年12月14日、ホロシェフスキー裁判所は当局側の訴えを棄却する判決を下した[20]。
2021年5月24日、ロシアでの活動を一時休止し、グラグ・ネットのスタッフの自由と人命保護のため、スタッフとアーカイブをヨーロッパに移転させることを発表[21]。このとき、全てのスタッフに「グラグ・ネットへの参加を自発的に中止する」か、「ロシアを離れる」ことを提案した。何人かが同意し、EU諸国に亡命して国際保護を受けている[22]。避難せずロシアに留まったスタッフとは、危険にさらさないために協力を停止した[15]。同年、元服役者による大量の情報提供を得て、それを分析・公開しているほか、ロシア当局内部からと見られる告発を受け取るようになった(後述)。
2022年1月、モスクワのコプテフスキー裁判所はボリス・ウシャコフに、無罪判決を下した。被害者を名乗った女性は、詐欺罪で4年の服役をした前科が分かっている[23]。当局は刑事事件についてウシャコフに通知せず、召喚状も送付していなかった。逮捕後は、オセチキンについての虚偽の証拠を提出するよう強要したという。フランスにオセチキンの身柄引き渡しを求めるために証言が使われる可能性があったと報じられている[24][25]。
同年1月28日、欧州評議会の拷問禁止委員会は、グラグ・ネットよりロシア連邦刑執行庁(FSIN)とロシア連邦保安庁(FSB)による拷問の体系的な性質の具体的な証拠となる200GBのビデオアーカイブを含むハードディスクを受領した[26]。
同年9月19日、Telegramチャンネル「反拷問38(АнтиПытки 38)」の管理者[27][28]の緊急避難が始まっていることを公表。Tgチャンネル「反拷問38」は刑務所内のサディストを暴露、チェキストとFSINに管理者は1年半以上追われたという。匿名であったが特定され、逮捕されそうになったため、グラグ・ネットは救出を決定。自由主義国家に亡命し、国際保護を受けられるように援助するという[29]。同年11月11日、避難に成功[30][31]。
2022年ロシアのウクライナ侵攻以降、ロシアの刑務所がウクライナ人捕虜収容所として使われている情報を得たこと[32]を発端に、囚人のウクライナへの動員について得た情報の公開[33]、またロシア国内からの救援要請に対する支援も行っている[34][35](詳細は後述)。
グラグネットはそのホットライン・情報源などから、ウクライナ人捕虜収容所として使われているロシア各地の刑務所[32]や捕虜への非人道的な扱いについて情報を得ている。
いずれも、もともと拘留・服役していた囚人は他の拘留所・刑務所に移送された。捕虜の監視はFSIN、FSB、ロシア連邦警護庁(FSO)の職員と、活動家の囚人(当局への協力と引き換えに『特権的な拘留条件を得ている者』)により行われているという。
国防省やロシア連邦保安庁(FSB)職員[50]、ワグネル・グループ(経営者エフゲニー・プリゴジンや共同創設者ドミトリー・ウトキン[51]が訪れたという報告[52]もあり)がロシア各地の刑務所の囚人[53]からウクライナへの志願兵を募集し、刑務所から連れ出しているという情報を得ていることを明かしている。ロシア軍は懲罰部隊の組織のためであるという。
グラグ・ネットの情報筋によると、プーチン大統領と合意のうえ、ロシア検察庁と共謀し、FSINが文書を大量に改ざんしている。個人ファイルから刑罰の削除、被害者への賠償請求に関する文書の偽造、実際に罹患していない病名がつけられ、法的手続きを回避して軍事目的の「恩赦」を行っており、恩赦された者たちは(10月11日現在で)すでに500人以上が死亡しているという[54]。
志願兵募集が報告されている地域は、サンクトペテルブルク[55]・イワノヴォ州[56][57]・ロストフ地域[58]・タンボフ地方[59]・サラトフ地方[60]・トゥーラ地域[61]・サマラ州[62]・ウリヤノフスク地方[63]・ペルミ地方・タタールスタン[64]・コペイスク・チェリャビンスク地方[65]・スベルドロフスク地方[66]・ニジニ・ノブゴロド地方[50]・カルーガ地方[52]、リャザン地域[37]。
囚人の連れ出しが報告されているのは、クラスノダール地方[67]・ロストフ州[68]・サマラ州[62]、モルドヴィア・ウドムルト共和国・ペルミ地方[69]・トムスク地域・アルハンゲリスク地方・スタヴロポリ準州[70]、沿海地方[71]などである。
8月9日 - 映画監督ニキータ・ミハルコフがロシアのTVチャンネルと自身のYouTubeチャンネルで、囚人コンスタンチン・トゥリノフが7月14日にウクライナで死亡したことを言及した件について、当局による囚人の勧誘を正当化するものであるとして批判した。トゥリノフは、2019年8月に同房者を自白強要のため拷問していたことをグラグ・ネットに告発されていた[89]。同月26日、7月に刑務所からルガンスク・ドネツク人民共和国に送られていた囚人の家族が、8月初旬にエフゲニー・プリゴジンのグループ会社の事務所で、プリゴジンの部下から最初の給与として151,000ルーブルの現金入り封筒を受け取った経緯についてストリーミング配信にて説明[90]。なお、報酬を受け取れなかった家族もある[91]。
以降も、囚人の家族・ホットラインより、囚人の戦死の報を受けている。連れ出された場所はサンクトペテルブルグ[92]・カルーガ地方[91]・イヴァノヴォ地方[93]などで、戦死した場所はウクライナ東部のドネツク地方[94][95]、ソレダル[96]など。プーチン大統領やルガンシク・ドネツク首長から勲章を受けたという[94][95][96]。
ロシア軍の軍人本人や家族・友人による救援要請が増えており、「戦場を離れ、ロシア領に戻りたいが司令官が軍事行動を強制している場合」助力するとしている[102]。
8月14日、ホットラインからウラジオストク第49刑務所などにロシア軍の徴用兵20人と契約軍人4人が服役中であるという情報が入ったことを公表。ウクライナ侵攻の拒否者であるという。ウラジオストクに収監することによって、弁護士との連絡やメディア・ジャーナリストとの接触を断つ意図であるとみられる[103]。
2022年にグラグ・ネットが支援した内部告発者のほぼ全員が、戦争犯罪者・サディスト・殺人者などを暴露するため、市民としての立場を表明して証言している。グラグ・ネットは戦争犯罪・拷問・殺人および人道に対する罪の捜査に協力するため、持っている情報・データをウクライナ大使館を通じて捜査当局に引き渡したことを12月24日に公表した[112][113]。
8月1日、第56独立親衛空中襲撃旅団の兵士パベル・フィラフィエフは、ストリーミング配信でウクライナに派兵された経緯を話し、ロシアが戦争を止めるべきという考えを表明し[122]、回顧録「ZOV 56」(『助けを求める』の意)を発表した[123][124]。この配信中に「回顧録出版の収益を寄付したい」と申し出た[125]善意を信用し、グラグ・ネットはフィラフィエフのロシア脱出を援助した[126]。
フランスに亡命と国際保護を申請[127]後にオセチキンに初めて面会した折にも、フィラフィエフは改めて寄付を申し出た。そのため、回顧録の著作権をグラグ・ネットとNDF(新反体制派財団)に譲渡する契約、エルサレムの出版代理店の支援を受けて13ヵ国の出版社との契約が締結された。そのうえで、ウクライナ人を支援する団体やヴォロディミル・ゾルキンが監修するロシア人捕虜・死亡者の身元確認をするプロジェクトに寄付されるよう準備がなされ[128][129]、出版社から前払い金として20万ユーロが入金予定であった。
フィラフィエフは、ハーグの調査官が来る前日に滞在先を出奔し、グラグ・ネットに対して「詐欺的に脅迫されて、著作権譲渡契約をさせられた」という訴訟を起こした。事実無根の主張に、フィラフィエフのロシア脱出・亡命生活を援助してきた人々はショックを受けているという[130]。また援助をはじめた8月にフィラフィエフがワグネル・グループのモルキノ基地にいたことが判明した[131]ことなどから、回顧録の内容についてファクトチェックが行われるという[132]。
フィラフィエフは、フランスのウクライナ大使館での聴取と捜査官への証拠提出を拒否している[113]。
2023年7月18日、フランスがフィラフィエフに政治亡命を認めたことが報じられた[133][134]。フランス難民・無国籍者保護局(OFPRA)は「OFRAには亡命申請者の守秘義務を尊重する義務があるため、パベル・フィラチェフ氏に関する質問には、たとえ彼が率先して状況を公表したとしても答えることはできない」とコメントしている[135]。同年9月11日、プロエクトはフランスの裁判所がフィラフィエフの訴えを認め、オセチキン側に賠償金の支払いを命じていた経緯を報じた[136]。
内部告発について、その分析・公開を行っている。証拠となる大量のデータを伴うものもあり、以下、その主な例を挙げる。
告発者のベラルーシ国民セルゲイ・サヴェリエフは、2013年にクラスノダール地方で違法な薬物取引をしたとしてFSB職員に逮捕された。治安部隊による暴力を初めて経験し、ほぼ1年半の裁判で9年の禁固刑を宣告され、サラトフ地方の刑務所に移送された。公判前拘置所・刑務所の職員や他の受刑者(刑務所と結びついた『活動家』)に頻繁に殴打されてきた。その後、結核の可能性のある症状により、刑務所病院に移送された。移送先の病院では虐待を体験することはなく、サヴェリエフにコンピュータが扱えることを知った職員が刑務所のセキュリティ部門で監視カメラの映像を記録する仕事を与えた。職員は2年間サヴェリエフを監視し、秘密を守れるかどうか確かめたという。
サヴェリエフは刑務所内での「特別なイベント」である拷問の映像の「管理」を任されていた。刑務所管理者から、特定の受刑者(活動家・エージェント)にビデオカメラの提供をするよう指示され、拷問が終わって返却されたビデオカメラから動画ファイルを確認すること、すべてのファイルをロシア連邦刑執行庁(FSIN)の指導者に提出すること、ファイルをどうするかについての指示を受け取って保存もしくは削除することがその内容であったという。
これらのデータが「被害者に対するその後の脅迫の材料として、FSINのコンピュータに保存されるべきではない」と考えたサヴェリエフは、2年間に渡ってFSINのコンピュータから拷問や性的暴行の動画ファイルをコピーして保存し、FSINの内部ネットワークにアクセスして他の地域の刑務所からもデータをダウンロードした。
2021年に釈放後、サヴェリエフは収集してきたデータをグラグ・ネットに提供。グラグ・ネットは、同年10月の初めから、刑務所での拷問を収録した動画を公開した。40GBの動画・写真・資料の提供によるもの[137]で、これにより被拘禁者の拷問にFSINの職員が関与していたことが証明された。同月にサヴェリエフはロシアを出国し、フランスで亡命を申請した[138][139]。合計で2TBのデータの持ち出しに成功しているという。ロシア当局は複数の刑務所職員を処罰し、サラトフで刑務所のトップが辞任。当局がサヴェリエフの逮捕のための国際令状を発行したことについて、本人は「事実、それは罪の認め、自白だ」と述べ、脅迫を受け続けていることを明かした[140]。ロシア出国後、サヴェリエフはグラグ・ネット(ホットライン)のコーディネーターを務めている[141][142]。
2022年8月10日、BBCはグラグ・ネットとサヴェリエフ、拷問の被害者や弁護士などに取材したドキュメンタリーを公開した[143][144][145]。撮影自体は2021年に行われており、FSBの将軍によって構築されたロシアの刑務所における「拷問システム」の存在、またロシア当局が自白偏重であるため犯罪捜査を担当する者が拷問の主な扇動者であることが報じられることとなった[146][147][148][149]。
2021年10月より「Wind of change(FSB内部のアナリスト)」を名乗るメールが届くようになり、2022年ロシアのウクライナ侵攻直前の同年2月19日に「ウクライナの拘留施設で拷問が行われているという『偽情報』が出回る」との警告を受けたという。その2日後にそれを裏付ける情報を得た、とオセチキンは毎日新聞のオンライン取材に応えている[150]。
2022年2月24日以降もメールを受け取っており、グラグ・ネットのYouTubeチャンネル、オセキチンのFacebookで公開しているほか、ウクライナ系アメリカ人のイゴール・スシュコが英訳をしている[151]。この一連のメールについては、調査報道サイト「ベリングキャット」の事務局長クリスト・グロゼフが、3月に入ってからFSBの複数の情報源に確認したことを明かした。彼らはこの内部告発者について本物のFSB職員だという見方を示しているという[152]。
内部告発者は、ロシア連邦警護庁軍事防諜部門 (FSB DVKR) 所属と見られる。ロシア軍の核弾頭・ミサイルの保管施設や核ミサイルの品質について問題があることの証左として、2022年5月に700MBのデータがグラグ・ネットに提供され、分析中であるという。どこに飛び落下するか不明のミサイルも存在していることから、「責任を持って、ロシアは21世紀における人道主義や戦争の許容性を考えると同時に、自衛のために緊急に戦争を停止する必要があると宣言する」とグラグ・ネットはコメントしている[153]。
2022年6月22日に発生したウラジーミル地域のキルジャチにある武器庫爆発[154]について、兵器庫の技術文書を所持しており、建設におけるデータから多くの違反が分かっているとオセキチンは述べた。この武器庫建設で、陸軍の将軍が不正な利益を得たという[155]。
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