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1983年の西武ライオンズ
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1983年の西武ライオンズ(1983ねんのせいぶライオンズ)では、1983年の西武ライオンズにおける動向をまとめる。
この年の西武ライオンズは、広岡達朗監督の2年目のシーズンであり、2年連続7度目のリーグ優勝と2年連続5度目の日本シリーズ制覇[3]を果たしたシーズンである。
概要
西鉄ライオンズ時代の1963年以来19年ぶりのリーグ優勝、そして1958年以来24年ぶりの日本一を成し遂げたチームはこの年も石毛宏典・田淵幸一・スティーブ・テリーなど打線の活躍で開幕ダッシュに成功。5月初めまではロッテが追いかけるが、そのロッテが5月後半から大型連敗で一気に脱落。西武と同じく優勝候補の阪急や日本ハムが後を追いかけるものの、チームはその両球団に6月以降10ゲーム以上をつけて独走状態に突入。この年4番の田淵は開幕から絶好調だったが、夏場に死球で離脱。それでも田淵の穴を大田卓司、片平晋作などのベテランが補い、また若手でも伊東勤や金森栄治が台頭するなどベテランと若手が融合したチームはほとんど首位を譲らず、10月10日には阪急に勝って地元で優勝決定(前年の優勝は日本ハム戦で後楽園球場で決めた)。投手陣は田淵とプロ入り同期の東尾修をはじめ、高橋直樹・杉本正・松沼博久・松沼雅之など先発が盤石で、リリーフでは小林誠二・森繁和・工藤公康などを配置し、投打ともに層が厚かった。同年の日本シリーズは巨人と第7戦までもつれ込んだが、4勝3敗で勝ち広岡監督、そして西武ライオンズの悲願である「打倒巨人」がようやく実現した。
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チーム成績
レギュラーシーズン
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | 西武ライオンズ | 86 | 40 | 4 | .683 | 優勝 |
2位 | 阪急ブレーブス | 67 | 55 | 8 | .549 | 17.0 |
3位 | 日本ハムファイターズ | 64 | 59 | 7 | .520 | 20.5 |
4位 | 近鉄バファローズ | 52 | 65 | 13 | .444 | 29.5 |
5位 | 南海ホークス | 52 | 69 | 9 | .430 | 31.5 |
6位 | ロッテオリオンズ | 43 | 76 | 11 | .361 | 39.5 |
日本シリーズ
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オールスターゲーム1983
→詳細は「1983年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
- 選出選手及びスタッフ
- 太字はファン投票による選出、取消線は出場辞退。
できごと
選手・スタッフ
表彰選手
ドラフト
→詳細は「1983年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
出典
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