金城学院大学(きんじょうがくいんだいがく、英語: Kinjo Gakuin University)は、愛知県名古屋市守山区大森2丁目1723番地に本部を置く日本の私立大学。1889年創立、1949年大学設置。
創立130年の女子大学である。金城学院は、宣教師アニー・プリスキラ・エドガー・ランドルフ(1827年 - 1902年、英: Anne Priscilla Edgar Randolph)が設立し、キリスト教に基づいた教育を行うが、本来の意味でのミッション系大学ではない。金城大学とは無関係である。
1980年(昭和55年)12月時点では「ひと昔前までは良家の子女にしか手が届かなかった」大学とされており、当時も依然として「お金持ちの“お嬢さん学校”」というイメージが根強かった[1]。一方で元学長の柳田知常は『中日新聞』の取材に対し、「多少無理をしても、結婚に有利だからと考えて入学させる親も多く、祖母、母、孫娘と三代続けて金城という家庭もかなりある」と証言しており、実際に当時は一般サラリーマンや公務員などの子女が入学することも増えていたが、そのような中流家庭出身の子女は金持ちの子女の派手な学生生活に追いつこうと、アルバイトに励むことも多かったという[1]。
沿革
- 1889年 - アメリカ南部長老派教会の宣教師アニー・ランドルフによって、私立金城女学校が開校。
- 1927年 - 専門学校令により、金城女子専門学校(国文科・英文科・家政科)を設立。
- 1949年 - 金城学院大学(英文学部英文学科、入学定員40名)を設立。
- 1950年 - 金城学院大学短期大学部(文科:国文・英文・社会各専修、家政科:食物・被服・児童各専修→後にそれぞれ専攻となる)を設立。
- 1954年 - 大学の英文学部を文学部と改め、国文学科を増設。
- 1962年 - 大学に家政学部家政学科を開設。文学部に社会学科を増設。金城学院大学学生歌「金城台の歌」制定。
- 1966年 - 家政学部に児童学科を増設。短期大学部の家政科児童専攻を保育科に名称変更。
- 1967年 - 大学院文学研究科修士課程を開設(英文学専攻)。
- 1968年 - 大学院文学研究科に国文学専攻修士課程を増設。
- 1988年 - 大学院文学研究科に社会学専攻修士課程を増設。
- 1989年 - 設立100周年
- 1992年 - 家政学部に生活経営学科を増設。短期大学部の家政科食物専攻及び家政科被服専攻を、生活学科食物専攻及び生活学科生活造形専攻にそれぞれ名称変更。
- 1993年 - 大学院文学研究科に博士課程開設。
- 1996年 - 大学院に人間生活学研究科(消費者科学専攻及び人間発達学専攻)修士課程を開設。
- 1997年 - 大学に現代文化学部(国際社会学科・情報文化学科・福祉社会学科)を開設。文学部に言語文化学科を増設。文学部社会学科ならびに短期大学部文科国文専攻及び文科社会専攻は学生募集を停止。
- 1998年 - 文学部の国文学科を日本文学科に名称変更。
- 1999年 - 大学院人間生活学研究科に博士課程開設。
- 2000年 - 短期大学部の文科英文専攻を英語科に名称変更。
- 2002年 - 人間科学部(現代子ども学科・心理学科社会心理学専攻・心理学科臨床心理学専攻・芸術表現療法学科)を開設。家政学部を生活環境学部に名称変更。生活環境学部に環境デザイン学科及び食環境栄養学科を増設。また、生活経営学科を生活環境情報学科に名称変更。文学部の日本文学科を日本語日本文化学科に、英文学科を英語英米文化学科に名称変更。家政学部家政学科、児童学科及び短期大学部は学生募集を停止。
- 2005年 - 薬学部薬学科開設。
- 2006年 - 薬学教育6年制移行により、薬学部薬学科を6年制に移行。
- 2009年 - 同志社女子大学と学術協定を結ぶ。文学部の言語文化学科を外国語コミュニケーション学科に名称変更。人間科学部の芸術表現療法学科を芸術・芸術療法学科に名称変更。
- 2010年 - 生活環境情報学科を生活マネジメント学科に、福祉社会学科をコミュニティ福祉学科に名称変更。
- 2011年 - 心理学科を改組し、多元心理学科として開設。
- 2012年 - 現代文化学部を改組し、国際情報学部を開設。また、コミュニティ福祉学科を人間科学部へ移設。
- 2013年 - 人間科学部芸術・芸術療法学科の募集を停止し、文学部音楽芸術学科を設置。
- 2019年 - 人間科学部現代子ども学科を現代子ども教育学科に名称変更。
- 2022年 - 看護学部看護学科を開設。大学院薬学研究科薬学専攻博士課程を開設。
附属機関
- キリスト教文化研究所
- 人文・社会科学研究所
- 消費生活科学研究所
『中日新聞』1980年12月27日朝刊第12版第二社会面18頁「Aさん事件 テレビそっくりの手口 身代金、夜の国道が舞台」「自己顕示欲強い犯人 頭よいが感受性欠く 識者分析」「身代金誘かい 戦後では106件 成人の場合、大半は無事」「金城学院 バイト学生が急増 “お嬢さん学校”のイメージだが…」(中日新聞社) - 『中日新聞』縮刷版 1980年(昭和55年)12月号850頁。同大学に在学していた学生が犠牲となった名古屋女子大生誘拐殺人事件の関連記事。