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中華人民共和国の山西省にある地級市 ウィキペディアから
臨汾市(りんふん-し)は、中華人民共和国山西省南部、汾河下流域にある地級市。汾河が貫く臨汾盆地に位置し、市の西側の陝西省との境には黄河が流れる。
臨汾は華夏文化の発祥の地とされ、『帝王世紀』によれば堯が都城を設けた平陽が現在の臨汾に当たるとされる。また禹による九州設置の際には冀州が設置された。
春秋時代は晋が国都を置き統治し、戦国時代に晋が韓・趙・魏に分裂すると、韓が平陽に都城を設け臨汾を統治していた。
秦による中国統一が達成されると、郡県制が施行され、臨汾は河東郡が設置され漢代まで継承された。三国時代には247年(正始8年)に魏により平陽県が設置されている。その後も中原地区の要衝としての地勢的価値が高く前趙を建国した劉淵は309年(河瑞元年)にこの地に遷都している。
北魏による支配下では晋の古称である唐の名称が州名に採用された時期もあったが、隋代になると583年(開皇3年)に臨汾郡が設置されこの名称が現在まで継承されることとなった。
解放後の1948年2月、晋南区として行政改編を受け、その後臨汾専区、晋南専区、臨汾専区と行政の変遷があった。1978年に臨汾行政公署が成立、1983年には臨汾市が成立し、更に2000年11月1日に地級市に昇格し現在に至っている。
1市轄区・2県級市・14県を管轄する。
臨汾には960億トンという豊富な石炭埋蔵量が確認され郷寧を中心に炭鉱開発が進められている。また鉄鉱石や石膏なども産出されているが、これら鉱業の発達に伴い2007年にはブラックスミス研究所による世界の十大汚染地域に指定されるなど深刻な環境問題を引き起こしている。
鉄仏寺、堯廟、堯陵、竜子祠、后土廟
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