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日本のプロ野球選手 (2002-) ウィキペディアから
秋広 優人(あきひろ ゆうと、2002年9月17日 - )は、千葉県船橋市出身[1]のプロ野球選手[3](外野手、内野手)。右投左打[3]。読売ジャイアンツ所属。
獲得メダル | ||
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日本 | ||
アジア プロ野球チャンピオンシップ | ||
金 | 2023 |
幼稚園の年中から「夏見台アタックス」で軟式野球を始める。船橋市立宮本中学校では「江戸川ボーイズ」に所属し、陸上部にも所属していた。二松學舍大学附属高校では2年秋から投手も兼ねる。高校通算23本塁打[3][5]。
2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから5巡目で指名され、11月22日に契約金3500万円、年俸540万円で仮契約した(金額は推定)[3][6]。背番号は68。担当スカウトは野間口貴彦[7]。野手として評価されての指名となり[6][7]、三塁手として育成する方針が示され、内野手として選手登録された[8]。
2021年、春季キャンプや二軍紅白戦で結果を残すと[9]、沖縄キャンプより一軍に昇格し、オープン戦にも出場を続けていたが[10]、開幕直前の3月19日に二軍落ちとなり[11]、開幕一軍入りを逃した。3月20日の二軍開幕戦では「4番・一塁手」として先発出場[12]。開幕直後の4月4日に丸佳浩、中島宏之、若林晃弘が新型コロナウイルス陽性となったために「感染拡大防止特例2021」で登録抹消となり、代替指名選手として初めて一軍登録されたが[13]、2日後の4月6日に代替指名選手が大江竜聖に変更され、登録を抹消された[14][15]。一軍での出場は1試合かつ1打席のみだった。オフに、60万円増の推定年俸600万円で契約を更改し、松井秀喜が着けていた背番号55に変更されることが発表された[16]。オフシーズンには中田翔の自主トレに参加を志願した[17]。
2022年、一軍での試合出場はなかったもののイースタン・リーグの最多安打(98安打)を記録[18][19]。11月22日に、30万円増の推定年俸630万円で契約を更改した[19]。
2023年、開幕こそ二軍スタートだったものの好調をキープし、4月18日に1年半ぶりに一軍に昇格[20]。22日の東京ヤクルトスワローズ戦でプロ入り初のスタメン出場を果たすと、第1打席で小川泰弘からプロ入り初安打、初打点となる適時打を記録[21]。29日の広島東洋カープ戦では松本竜也からプロ初本塁打を放ち、同試合でサヨナラ本塁打を放った自主トレ相手の中田と共にお立ち台に上がった[22]。その後も好調を維持しスタメン出場を続けると、5月25日の横浜DeNAベイスターズ戦に「3番・右翼手」で先発出場を果たし、球団として松井秀喜以来となる20歳以下でのクリーンアップ出場を果たした[23]。その後もチームのクリーンアップとして定着すると、7月23日には一軍初安打シーズンにして2桁本塁打となる10号を記録すると同時に、球団史上初の高卒3年目で4試合連続本塁打も記録した[24]。しかしその試合以降最後まで本塁打が出ることはなく、さらに夏場以降は徐々に数字を落としていったためベンチスタートの試合が増加、特に左投手相手には弱くシーズン終盤には先発投手が左投げの日はほぼ控えに回っていた。最終的に規定打席にはわずか4打席足りない439打席に終わったものの、121試合で打率.273、10本塁打、41打点の成績を残した。二軍では13試合に出場し、打率.341、1本塁打、8打点を記録し、イースタン・リーグの優秀選手賞を受賞した[25][26]。オフには2023 アジア プロ野球チャンピオンシップ 日本代表に選出された[27]。11月29日の契約更改交渉では、推定年俸が前年より2620万円増の3250万円となった。上昇率は416%で、これは球団としては歴代4位の上昇率とされる[28]。
2024年は、オープン戦で打率.125と結果が残せず、開幕を二軍で迎える[29]。5月7日から一軍に合流したが[30]、7試合に出場し19打数4安打とアピールが出来ず5月20日に一軍登録を抹消された[31]。6月2日に一軍再昇格し[32]、10試合の出場で16打数4安打の成績を残したものの、6月23日に再び一軍登録を抹消された[33]。二軍で87試合に出場し打率.268、1本塁打、24打点とし、9月3日に一軍に昇格[34]。同日代打で出場し、12球粘った末に四球を選んで出塁。9月4日にも代打で出場、6月12日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦以来84日ぶりとなる安打を記録した[35]。9月8日のDeNA戦では3ヵ月ぶりにスタメンで出場し、4回の第2打席で内野安打を記録したが9回に失点につながる失策を喫し、その裏の打席で代打を送られた[36]。9月10日の広島戦で初打点を記録した。さらに二盗にも成功し、プロ4年目で初盗塁となった[37]。しかし9月20日に3度目の出場選手登録抹消[38]。リーグ終了後に参加していたみやざきフェニックス・リーグでは2本塁打を記録し、10月17日に一軍に昇格した[39]が、クライマックスシリーズファイナル2戦目で代打出場も三振に終わり[40]、10月19日に登録抹消[41]。26試合の出場で打率.261、1打点に留まり、11月6日に800万円減の年俸2450万円で契約更改した[42]。 翌11月7日には、京本眞、山田龍聖とともにオーストラリアのウィンターリーグに出発。アデレード・ジャイアンツ(本拠地:アデレード)に所属した[43]。23試合に出場し、ウィンターリーグ参加の日本人選手ではトップの打率.321(84打数27安打)を記録した[44]。
投打において高く評価されており、投手として最速144km/hを記録し、打者としても高校通算23本塁打を記録した[3]。
打者としては打撃が柔らかく、長打力とバットコントロールの良さに定評がある[45]。左投手相手に打撃成績が悪く、秋広自身、スライダー系の球への対応力の無さを課題に挙げている[46]。
元々の守備位置は三塁であるが、プロ入り後は出場機会を増やすために一塁(高校時代も経験あり)や外野の守備練習を行っており[47]、2022年より外野に本格挑戦している[28]。2023年シーズンでは外野守備については、打球の追い方[48]や送球の判断力などの面で拙さを見せることがあり、当時の監督の原辰徳から苦言を呈される場面もあった[49][50]。2023年時点では内野手登録ながら外野手としての出場がメインで、内野手としても一塁手としての出場がメインであるが、元々の守備位置であった三塁手の守備練習も継続している[51]。
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