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『激動の1750日』(げきどうの1750にち)は、1990年9月15日に公開された日本のヤクザ映画。監督:中島貞夫、主演:中井貴一。製作・配給:東映。
原作は志茂田景樹による山口組四代目跡目問題および山一抗争をモチーフにした小説『首領(ドン)を継ぐのは俺だ』だが、脚本は大幅に変更されている。巨大ヤクザ組織が後継組長争いに端を発して分裂し、大抗争事件となるさまがオールスターキャストで描かれる。
日本最大の勢力を持つヤクザ組織・三代目神岡組は、組長・神田と、次期組長の最有力候補だった若頭・山地を相次いで病気で失う。組織は本部直参・時津(萩原健一)を推す派閥と、川勝組組長・川井(夏八木勲)を推す派閥に二分する。時津と川井はそれぞれ、ひろ子(岡田茉莉子)に「相手が四代目組長に就任すれば組を割る」と強硬に主張する。
兵庫県警が混乱に乗じて時津を脱税の罪で逮捕・拘置したため、時津の釈放まで後継問題は棚上げになる。その間、神田の妻・ひろ子を「三代目姐」、川井を「組長代行」とする暫定体制が組まれる。しかし、定例組長会の場で、ひろ子は時津を四代目組長に指名する。それを受け入れない川井派は新組織「八矢会」を発足させる。時津・川井いずれにも近く、中間派となった岩間組組長・岩間(中尾彬)は、神岡組・八矢会双方から突き上げられ、引退に追い込まれる。四代目襲名式ののち、時津は「暑中見舞い」の名目で事実上の絶縁状を八矢会に送付する。メンツをつぶされた八矢会幹部たちは激怒する。
大分・別府にある八矢会傘下組織の脇田組組員・次郎(加藤昌也)は、ある夜更け、市内の病院に入院中の四代目神岡組傘下・滝川組幹部の岩城らを暗殺する。別府から逃亡した次郎は、兵庫・尼崎の伊達組へ身を寄せるが、神岡組が結成した元岩間組組員らのヒットマンチームによる襲撃に巻き込まれ、怪我を負う。一方、八矢会も元自衛官の川勝組組員・松永(火野正平)らからなるチームを組織する。これをきっかけに、全国で双方がヒットマンや拷問者をけしかける大抗争が勃発する。
八矢会理事長補佐の塩崎(志賀勝)は、傘下の荒巻組幹部・力石(陣内孝則)に、ヒットマンに加わって時津を暗殺するよう命じる。時津はある夜、側近とともに帰宅したところを松永・力石らに襲われ、射殺される。松永は反撃を受けて死亡するが、力石は身を隠し、兵庫・淡路島の本堂組にかくまわれる。神岡組は急遽、舎弟頭の兵頭(品川隆二)を組長代行、二代目山辰組組長の若竹(中井貴一)を若頭とする新体制を発足させる。若竹と力石は、かつて兄弟のように育った仲だったが、組織の掟のために殺し合いをしなければならなくなる。新体制の神岡組は、報復のため川井の自宅を急襲するが、未遂に終わる。抗争のさなか、ひろ子が病死する。
やがて神岡組は力石の居場所を突き止め、傘下の南原組組長・南原(趙方豪)に本堂組襲撃を命じる。南原と、本堂組組長・本堂(石立鉄男)は婿と舅の間柄だった。南原は葛藤のすえ本堂に銃弾を浴びせ、徳島へ逃亡しようとしていた力石も果てる。この報復のため、八矢会は次郎を使って、山辰組がひろ子の法要を行っていた墓地を襲撃させるが、次郎は返り討ちに遭う。次郎の襲撃の際に若い直系の組員を失った若竹は、その組員の母親に葬儀を追い出されたことをきっかけに、抗争に嫌気が差し始めるが、立場上抗争を続行しなければならず、苦悩する。八矢会副理事長・荒巻(渡瀬恒彦)は、若竹に電話して若竹暗殺を予告し、猟銃で自殺する。
抗争は激化の一途をたどり、四代目襲名式に立ち会った関東仁王会総裁・仁王(丹波哲郎)が若竹らを呼びつけ、休戦を勧告する。若竹はそれに応じる。その後、若竹らは神田・ひろ子夫妻の墓前に出向き、抗争の終結を報告する。
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