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胃・十二指腸の壁が爛れついた状態 ウィキペディアから
消化性潰瘍(しょうかせいかいよう、英: peptic ulcer)は、胃の内面、小腸の最初の部分、ときには食道下部における潰瘍を指す[1][2]。胃の損傷は胃潰瘍(gastric ulcer)と呼ばれ、腸の最初の部分の潰瘍は十二指腸潰瘍(duodenal ulcer)と呼ぶ[1]。
十二指腸潰瘍の最も一般的な症状は、夜中に目が覚めることで、上腹部痛と下腹部痛があり、食事をすると改善する[1]。胃潰瘍では、食べると痛みが悪化することがある[3] 。痛みはしばしばburning熱感、または鈍い痛みと説明される[1]。その他の症状には、げっぷ、嘔吐、体重減少、食欲不振などがある[1]。高齢者の約3分の1は無症状である[1]。合併症には、出血、穿孔、胃の閉塞などがある[4]。出血は症例の15%にも及ぶ[4]。胃癌等の悪性腫瘍も潰瘍病変を呈するが本稿では良性の潰瘍について記述する。
原因はヘリコバクター・ピロリ菌への感染と、非ステロイド性抗炎症薬が一般的である[1]。他のあまり一般的ではない原因には、喫煙、重い病気によるストレス、ベーチェット病、ゾリンジャー・エリソン症候群、クローン病、肝硬変などがある[1][5]。高齢者はNSAIDs潰瘍により敏感である[1]。診断は症状の問診と、加えて上部消化管内視鏡検査または消化管造影検査が一般的である[1]。ピロリ菌感染検査は、呼気テスト、血液検査、胃生検などによる[1]。鑑別疾患には、胃がん、冠状動脈性心臓病、胃内壁炎症、胆嚢炎などがある[1]。
食事療法は、潰瘍の原因と予防のいずれにおいても重要な役割を果たさない[6]。治療には、喫煙の中止、NSAIDの使用の中止、アルコールの中止、胃酸を減らすための薬物療法が含まれる[1]。酸を減らすために使用される薬剤は通常、プロトンポンプ阻害薬(PPI)またはH2ブロッカーのいずれかであり、最初に4週間の治療が推奨される[1]。 H. pyloriによる潰瘍は、アモキシシリン、クラリスロマイシン、PPIなどの薬剤の組み合わせで治療される[7]。抗生物質は耐性が増加しているため、治療が常に効果的とは限らない[7]。出血性潰瘍は一般に内視鏡によって治療され、開腹手術はそれが成功しない場合にのみである[4]。
消化性潰瘍は人口の約4%に存在する[1]。 2015年には全世界で約8740万人に新しい潰瘍が見つかっている[8]。約10%の人が、人生のある時点で消化性潰瘍を発症する[9]。2015年には消化性潰瘍によって267,500人が死亡したが、1990年の327,000人から減少している[10][11]。穿孔性消化性潰瘍の最初の記述は1670年にイギリスのヘンリエッタ姫であった[4]。 20世紀後半にはバリー・マーシャルとロビン・ウォレンにより初めて、H. pyloriが消化性潰瘍を引き起こすことを確認され[7]、これにより 2005年にノーベル賞を受賞した[12]。
潰瘍の生じる部位別に旧来通り以下の通りに称される。
消化性潰瘍の徴候および症状は、以下の1つ以上を含みえる
既往歴に胸焼けや胃食道逆流症(GERD)や、特定薬の使用があった場合、消化性潰瘍の疑いが高まる。消化性潰瘍に関連する医薬品にはNSAID(非ステロイド系抗炎症薬)が含まれる。
上記症状が2週間以上を有する45歳以上の人々では、消化性潰瘍のオッズは、食道胃十二指腸内視鏡検査による迅速な調査を保証するのに十分高い。
食事に関連する症状のタイミングは、胃潰瘍と十二指腸潰瘍を区別しうるかもしれない。胃潰瘍は食べ物が胃に入るにつれて胃酸発生量が増加するため、食事中に吐き気や嘔吐に関連する上胃痛を与えるだろう。十二指腸潰瘍の痛みは空腹によって悪化するため、食事によって緩和され、これは夜の痛みに関連する[14]。
また消化性潰瘍の症状は、潰瘍の位置や年齢によって異なる場合がある。さらに典型的な潰瘍は治癒し再発する傾向があり、その結果痛みは数日と数週間に起こり、その後衰えたり消えたりする[15]。小児や高齢者は、合併症が起きなければ通常は症状がない。
30分から3時間程度続く胃の部分の灼熱感、かじり感は、一般的に潰瘍に伴うものである。この痛みは、空腹、消化不良、胸焼けと誤解される可能性がある。痛みは通常は潰瘍によって引き起こされるが、胃酸が潰瘍領域に接触すると、それにより悪化する可能性がある。消化性潰瘍によって引き起こされる痛みは、臍から胸骨までどこでも感じることができ、数分から数時間続く可能性があり、胃が空のときに悪化しうる。また夜間に痛みが燃え上がることもあるし、胃酸を緩衝する食品を食べたり、抗酸薬を服用したりすることで一時的に緩和できることもある[16]。しかし消化性潰瘍疾患の症状は、すべての患者に異なりうる[17]。
リスクファクターは主に胃粘膜保護の減少である防御因子の低下を助長するものであり、以下が知られている。
ヘリコバクター・ピロリ(H. Pylori)保菌者が多く、比較的若年者に多い。H. Pyloriが胃前庭部に潜伏し始め、持続的にガストリン分泌刺激が促され胃酸分泌過多を生じることによって生じるとされている。十二指腸潰瘍は食前・空腹時に痛みが増悪することが知られているが、摂食刺激によってセクレチンが分泌されガストリン分泌が抑制され胃酸分泌が少なくなるためと考えられている。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs、non steroidal anti-inflammatory drugs)は鎮痛薬や抗血小板剤として広く用いられCOX(シクロオキシゲナーゼ)という酵素を阻害する作用を有し、このうちCOX-1が阻害されることで胃粘膜防御因子のPGE2(プロスタグランジン)産生低下が生じ、潰瘍を生じやすい。COX-2のみを選択的に阻害するNSAIDsでは比較的生じにくい。
ストレスはストレス潰瘍として、集中治療室での治療を必要とするなどの深刻な健康問題となりえており、消化性潰瘍の原因として認知されている[5]。
かつては慢性的な生活上のストレスが潰瘍の主な原因であると考えられていたが、これはもはや事実ではない[18]。しかしいまだに、それは原因となっていると信じられている[18]。これはストレスは、胃の生理機能に影響をおよぼし、さらにH. pyloriやNSAIDの使用など、他のリスクファクターを高めることが十分に実証されているためであろう[19]。
スパイスなどの食事要因は、20世紀後半まで潰瘍を引き起こすと仮定されていたが、現在は重要性が比較的低いことが示されている[20]。カフェインとコーヒーは、一般に潰瘍を引き起こすまたは悪化させると考えられているが、ほとんど効果がないと考えられている[21][22]。同様にアルコール摂取は、H. pylori感染者についてはリスクを増加させることが研究により判明しているが、単体でリスクを増加させるとは考えられていない。H. pylori感染と組み合わされた場合でも、その増加は主要な危険因子と比較してわずかであった[23][24]。
出血があれば貧血(Hb・RBC低下)が認められ、持続消耗性出血による小球性低色素性貧血(MCV低下)を呈してくる場合が多い。大量出血である場合には貧血があっても、MCV低下がみられないこともある。また活動期の出血の場合、胃内に蛋白成分が漏出し蛋白異化による尿素窒素(BUN)が高くなることでBUN/Cr比の上昇が認められ臨床的に出血兆候の指標として用いられる。
胃潰瘍・十二指腸潰瘍の診断・治療において上部消化管内視鏡が基本となってくる。他の消化管病変の精査・鑑別も含めて、一般的に広く行われる。同時に治療も行える利点がある。
いわゆる「胃透視(MDL)」は旧来より広く行われている。所見から消化性単純潰瘍が疑わしい場合に、精査として行われることはほとんどなく、上記の内視鏡検査が行われる。悪性腫瘍に付随する潰瘍病変である場合には、病変の位置や大きさが、上部消化管内視鏡検査よりも客観的に描出できるため、内視鏡検査の後であっても行われることが多い。
胃潰瘍・十二指腸潰瘍ともに内視鏡所見から以下の分類を用いて評価することが多い。
潰瘍の治癒状態を分類したもの。1961年に国立がんセンターの﨑田隆夫(後に筑波大学教授)・大森皓次・三輪剛(後に東海大学教授)等が作成したもの。元々は内視鏡観察ではなく当時の主流である「胃透視画像(バリウム造影)」から提唱されたものであるが、内視鏡観察が広く行われるようになってきた現在でも広く用いられている。
潰瘍の出血状態を分類したもの。1974年にJohn Forrestが『ランセット』に発表したもの。現在は、Walter Heldweinによる下記改変版が広く用いられている。
NSAIDsを服用している(かつ心血管リスクが低い人)の消化性潰瘍疾患は、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、H2ブロッカー、ミソプロストールの服用で予防できる[14]。COX-2阻害型のNSAIDにすることは、非選択性NSAIDと比較して潰瘍発生率を下げうる[14]。 PPIは消化性潰瘍予防において最もよく使用されている薬剤である[14]。H2ブロッカーはNSAIDs服用者の胃出血を予防できるという根拠はない[14]。ミソプロストールは消化性潰瘍予防に有効だが、一方で流産を促進し胃腸障害を引き起こすという特性から、その使用は限定されている[14]。心血管リスクが高い人には、ナプロキセンとPPIが有用である[14]。その他、低量のアスピリン、セレコキシブ、PPIも使用可能である[14]。
出血病変・穿孔病変に対しては以下の緊急処置が行われる。
ヘリコバクター・ピロリを保有している場合、再発予防として除菌療法を行うことが推奨されている。
消化性潰瘍の治療としては胃切除術が施行されてきたが、抗潰瘍薬の開発と共に、消化性潰瘍の治療は、以下の経口内服薬での治療が基本となっている。
消化性潰瘍の生涯発症リスクは約5%~10%[9][14]、 年間では0.1%~0.3%である[14] 死亡者数は2013年には301,000人となり、1990年の327,000人から減少している[11]
消化性潰瘍は、20世紀末の疫学進歩によって発生率が著しく低下するまで、罹患率と死亡率に多大な影響を及ぼしていた。消化性潰瘍病の発生率が低下した理由は、有効な新しい薬物療法や制酸剤の開発、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の合理的な使用と考えられている[14]。
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