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日本の研究者 ウィキペディアから
有本 卓(ありもと すぐる、1936年(昭和11年)8月3日[1][2] - )は、情報理論、制御理論、ロボティクスを専門とする日本の研究者。工学博士(東京大学・1967年・論文博士)[18]、大阪大学名誉教授[4]。制御理論では有本・ポッターの方法[19][20][21]、ロボット工学では受動性[22][23]やリーマン多様体に基づく安定性解析[24]、学習制御の研究[34]などで業績を上げた。紫綬褒章[30]、瑞宝中綬章[31]受章者。
人物情報 | |
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生誕 |
1936年8月3日(88歳)[1][2] 日本 広島県[2][3] |
出身校 | 京都大学理学部数学科[4] |
学問 | |
研究分野 | 情報工学、制御工学、ロボット工学 |
研究機関 | 沖電気、東京大学、大阪大学、立命館大学[4] |
博士課程指導学生 |
大阪大学 - 清水光[5]、M. Y. Gaafar[6]、竹垣盛一[7]、宮崎文夫[8]、川村貞夫[9] 東京大学 - 浪花智英[10]、古賀弘樹[11]、P. V. Vicente[12] 立命館大学 - 田原健二[13]、橋口宏衛[14]、吉田守夫[15]、関本昌紘[16] |
主な指導学生 | 升谷保博[17] |
学位 | 工学博士(東京大学・1967年)[18] |
主な業績 | 有本・ポッターの方法[19][20][21]、受動性[22][23]やリーマン多様体[24]に基づくロボットの安定性解析 |
影響を受けた人物 | クロード・シャノン[25]、南雲仁一[26]、ルドルフ・カルマン[27]、ニコライ・ベルンシュテイン[28] |
影響を与えた人物 | 大須賀公一[22]、小澤隆太[29] |
学会 | 情報処理学会、計測自動制御学会、日本ロボット学会、電子情報通信学会、日本機械学会、IEEE |
主な受賞歴 | 紫綬褒章[30]、瑞宝中綬章[31]、IEEE RAS Pioneer Award[32]、ASME Rufus Oldenburger Medal[33] |
公式サイト | |
Prof. Suguru Arimoto's Home |
東京大学工学部助手、講師、大阪大学基礎工学部助教授、教授、東京大学工学部教授、日本ロボット学会会長を歴任[4]。東京大学定年退官後は設立間もない立命館大学理工学部ロボティクス学科教授に就任し[2]、同大学ロボティクスFA研究センター長、VLSIセンター長、客員教授を務めた[4]。2006年にはIEEE RAS Pioneer Award[32]、2007年にはASME Rufus Oldenburger Medal[34][33]を受賞した。
2000年に新版も出た有本の著書『ロボットの力学と制御』は推奨されることも多く[35][36]、1996年に出版された『Control Theory of Nonlinear Mechanical Systems: A Passivity-based and Circuit-theoretic Approach』は学会の著述賞を受賞している[37]。
1959年3月、京都大学理学部数学科を卒業。家族への配慮もあり、数学科出身ながらメーカー(沖電気工業)に入社する。同社では電子計算機の業務に従事。パラメトロン計算機の試作機製作などに参加し、回路製作を経験するとともに、情報理論に習熟していく[38]。
この頃、同社で製作されたトランジスタ式のOKITAC5090が東京大学へ納入され、これのプログラムを研究するグループに参加する[39]。当時は磁気コアメモリのビット落ちが問題となっており、誤り検出訂正に取り組んだ。有本はリード・ソロモン符号と同様の1ワード中のエラーを訂正できるアルゴリズムを考案し、1960年秋頃には実装に成功。入社2年目にはグループの主任にも就任する[26]。
その後、東京大学の南雲仁一の元で学ぼうと同大学院を受験するが、南雲から勧められて1962年2月より東京大学工学部応用物理学科[注釈 1]の助手になる[40]。東京大学では制御工学、特にルドルフ・カルマンが開拓した現代制御理論に取り組み、「可制御性」「可観測性」などの訳語も考案した。離散時間システムの最大原理に関する研究へ注力し、1967年3月には同大学で論文博士にて工学博士の学位を取得[18]。同年4月には計数工学科[注釈 1]講師に就任する[26]。
1968年4月には大阪大学基礎工学部機械工学科に助教授として招かれる。ここでは流体力学の研究グループの中で機械制御の研究に取り組むとともに[41]、情報理論についても考察を続けていた[42]。
1973年には、36歳ながらプラント工学講座の教授に就任。学科から境界領域の研究を要請されたことに加え、自身がクロード・シャノンに心酔していたことが影響し、計算機や機械の境界領域の研究としてロボットの研究に取り組むことになる[26][43]。
1988年、再び東京へ戻り、東京大学工学部計数工学科教授に就任する[4]。1994年には情報理論とその応用学会、1995年には日本ロボット学会の会長を務めている[44]。
東京大学を定年退官後、1997年にロボティクス学科が設立された立命館大学理工学部教授に就任[2]。同大学のロボティクスFA研究センター長、VLSIセンター長[4]、ローム記念館館長[44]を務める。立命館大学では二本指のピンチング、冗長アームの自然なリーチング作業や書字作業などについて、受動性や多様体の観点から研究を行った[27]。
2007年には立命館大学も定年となるが、総合理工学研究機客員教授として研究を続けた[34][45]。2008年には『“巧みさ”とロボットの力学』が出版されている[46]
(情報理論)
(制御理論)
(ロボット工学)
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