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クイーンの楽曲 ウィキペディアから
「愛という名の欲望」(あいというなのよくぼう、原題:Crazy Little Thing Called Love)は、イギリスのロックバンド、クイーンの楽曲である。1979年にシングル盤として発売され、1980年に発売されたオリジナル・アルバム『ザ・ゲーム』や、1981年に発売されたベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ』に収録された。1979年の全英シングルチャートで最高位2位[5]を獲得し、1980年のアメリカのBillboard Hot 100ではクイーン初の第1位を獲得[6]し、4週にわたってランクインした[7]。オーストラリアのARIAチャートでは7週連続で第1位を獲得[8]。
「愛という名の欲望」 | ||||||||||||||||
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クイーン の シングル | ||||||||||||||||
初出アルバム『ザ・ゲーム』 | ||||||||||||||||
B面 |
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リリース | ||||||||||||||||
規格 | 7インチシングル | |||||||||||||||
録音 | 1979年6月 - 7月 | |||||||||||||||
ジャンル | ||||||||||||||||
時間 | ||||||||||||||||
レーベル | ||||||||||||||||
作詞・作曲 | フレディ・マーキュリー | |||||||||||||||
プロデュース |
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ゴールドディスク | ||||||||||||||||
後述を参照 | ||||||||||||||||
チャート最高順位 | ||||||||||||||||
後述を参照 | ||||||||||||||||
クイーン シングル 年表 | ||||||||||||||||
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作詞作曲はフレディ・マーキュリー。マーキュリーは本作をライブで演奏する際にリズムギターを弾いており、クイーンのライブでギターを演奏をした初の例となった。1979年から1986年にかけて行なわれたライブで演奏され[9]、『クイーン・ライヴ!!ウェンブリー1986』、『オン・ファイアー/クイーン1982』、『伝説の証/クイーン1981』、『ハンガリアン・ラプソディ〜クイーン・ライヴ・イン・ブダペスト1986』などのアルバムにライブ音源が収録されている。楽曲の発表以降、多数のアーティストによってカバーされている。1992年4月20日に行なわれた『フレディ・マーキュリー追悼コンサート』では、ロバート・プラントと共演。
「愛という名の欲望」は、マーキュリーがギターでわずか5分から10分ほどで書いた楽曲で、マーキュリーは「5分か10分くらいで出来た。全く弾けないのにギターで作ったんだよ。ギターのコードはちょっとしか知らなくて、そういった制限があった事がある意味良かったのかもね。小さな枠の中で作曲しなきゃいけないっていうのは、いい訓練になったよ。たくさんのコードを使ってうまく書く事はできないから、そういう制限のおかげで僕はいい曲が書けるんだと思ってる」と語っている[10]。
本作は、エルヴィス・プレスリーへのトリビュートとして書いた楽曲[11][12]。ブライアン・メイは「フレディは、風呂であの曲を10分ほどで書いたんだ。彼はエルヴィスとクリフ・リチャードが大好きだったって言っておかなくちゃね。そう、フレディはあの曲を素早く書いて、急いでエンジニアたちと取り組んだ。僕がスタジオに着く頃には、ほとんど曲が仕上がってたよ」と語っている[12]。レコーディングは、1979年6月から7月にかけて[13]ラインホルト・マックをプロデューサーとして迎えて、ミュンヘンにあるミュージックランド・スタジオで行なわれた[14]。レコーディングは、6時間ほどで終わり、ギターソロは後からオーバー・ダビングされた[15]。なお、マックはメイにソロをテレキャスターで弾くことを強いており、そのことでメイから恨まれていることを明かしている[15]。
1984年のサウンズ誌のインタビューで、ロジャー・テイラーは「ロカビリーとまではいかないけど、初期のエルヴィスみたいな雰囲気があるよ。それを利用した最初のレコードの1つさ。実際、この曲がジョン・レノンが再びレコーディングを始めるきっかけになったという記事をどこかで読んだ事があったんだ。たしかローリング・ストーンだったかな・・・。もしそれが本当だったら、素晴らしい事さ」と語っている[16]。
1979年9月22日にトリリオン・スタジオで「愛という名の欲望」のプロモーション・ビデオが撮影された[9]。デニス・デバランスが監督を務めた作品で、4人がレザーを身に纏い演奏する様子や、マーキュリーが金髪の女性を腕に抱えてバイクに飛び乗る様子が収められており、4人のダンサーが登場している[9]。
音源でアコースティック・ギター(リズムギター)を弾いたマーキュリーは、1985年にロンドンのウェンブリー・スタジアムで行なわれた『ライヴエイド』をはじめとしたライブで初めてギターを弾いた[17]。ビルボード誌は、本作におけるメイのギター演奏について「そのシンプルさに驚かされる」と評している[18]。『クイーン・ライヴ!!ウェンブリー1986』、『オン・ファイアー/クイーン1982』、『伝説の証/クイーン1981』、『ハンガリアン・ラプソディ〜クイーン・ライヴ・イン・ブダペスト1986』などのアルバムにライブ音源が収録されている。なお、1979年から1982年までのライブではアコースティック・ギターを演奏していたが、1984年から1986年までのライブではエレクトリック・ギターを演奏している[9]。
1992年4月20日に行なわれた『フレディ・マーキュリー追悼コンサート』では、ロバート・プラントと共演した[19]。
※出典[13]
# | タイトル | 作詞・作曲 | 時間 |
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A. | 「愛という名の欲望」(Crazy Little Thing Called Love) | フレディ・マーキュリー | |
B. | 「ウィ・ウィル・ロック・ユー (ライブ)」(We Will Rock You (Fast―Live Killers Single Edit)[13]) | ブライアン・メイ | |
合計時間: |
チャート (1979年 - 1980年) | 最高位 |
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オーストラリア (Kent Music Report)[8] | 1 |
オーストリア (Ö3 Austria Top 40)[20] | 9 |
ベルギー (Ultratop 50 Flanders)[21] | 3 |
カナダ トップシングルス (RPM)[22] | 1 |
ドイツ (GfK Entertainment charts)[23] | 13 |
アイルランド (IRMA)[24] | 2 |
日本 (オリコン) | 64 |
オランダ (Dutch Top 40)[25] | 1 |
オランダ (Single Top 100)[26] | 1 |
ニュージーランド (Recorded Music NZ)[27] | 2 |
ノルウェー (VG-lista)[28] | 8 |
南アフリカ (Springbok Radio)[29] | 3 |
スイス (Schweizer Hitparade)[30] | 5 |
UK シングルス (OCC)[5] | 2 |
US Billboard Hot 100[31] | 1 |
US Adult Contemporary (Billboard)[32] | 17 |
チャート (2018年) | 最高位 |
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US Hot Rock & Alternative Songs (Billboard)[33] | 18 |
チャート (1980年) | 最高位 |
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US Billboard Hot 100[43] | 156 |
「愛という名の欲望」 | ||||||||||||||||
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ドワイト・ヨアカム の シングル | ||||||||||||||||
初出アルバム『グレイテスト・ヒッツ・フロム・ザ・90'S』 | ||||||||||||||||
B面 |
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リリース | ||||||||||||||||
ジャンル | カントリー[50] | |||||||||||||||
時間 | ||||||||||||||||
レーベル | リプリーズ・レコード | |||||||||||||||
作詞・作曲 | フレディ・マーキュリー | |||||||||||||||
プロデュース | ピート・アンダーソン | |||||||||||||||
チャート最高順位 | ||||||||||||||||
後述を参照 | ||||||||||||||||
ドワイト・ヨアカム シングル 年表 | ||||||||||||||||
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アメリカのカントリー歌手、ドワイト・ヨアカムは、1999年に発売したアルバム『グレイテスト・ヒッツ・フロム・ザ・90'S』で本作をカバー。シングルとしても発売され、1999年5月1日付の『ビルボード』誌のHot Country Songsで最高位12位を獲得[51]し、年間チャートで第64位を獲得。
ヨアカムによるカバー・バージョンは、ギャップのCMソング[50]として使用されたほか、映画『ハニーVS.ダーリン 2年目の駆け引き』で使用された。
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