尾張旭市
愛知県の市 ウィキペディアから
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尾張旭市(おわりあさひし)は、愛知県の尾張地方に含まれる市。
おわりあさひし 尾張旭市 | |||||
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国 | 日本 | ||||
地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
都道府県 | 愛知県 | ||||
市町村コード | 23226-2 | ||||
法人番号 | 5000020232262 | ||||
面積 |
21.03km2 | ||||
総人口 |
83,057人 [編集] (推計人口、2024年10月1日) | ||||
人口密度 | 3,949人/km2 | ||||
隣接自治体 | 名古屋市、瀬戸市、長久手市 | ||||
市の木 | くすのき | ||||
市の花 | ヒマワリ | ||||
イメージキャラクター | あさぴー | ||||
尾張旭市役所 | |||||
市長 | 柴田浩 | ||||
所在地 |
〒488-8666 愛知県尾張旭市東大道町原田2600-1 北緯35度13分00秒 東経137度02分07秒 尾張旭市役所 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
1970年(昭和45年)12月1日に東春日井郡旭町が市制を施行し[注 1]、愛知県下27番目の市として尾張旭市が発足した。名古屋市から瀬戸市へ伸びる瀬戸街道の中間に位置し、名古屋市の東部近郊たる尾張丘陵の工業・住宅都市である。市域に愛知県森林公園、城山公園、小幡緑地(東園)などの公園が多い。特に、愛知県森林公園は、市の面積の15%程度を占め、広大な県有林の中に、数々の体育施設・ゴルフ場・池・植物園等が配置されている。乗馬場は、1994年に開催された第49回国民体育大会(わかしゃち国体)の馬術競技会場として使用された。
2004年(平成16年)には世界保健機関西太平洋地域健康都市連合に加盟し健康都市宣言を行った。「寝たきりにさせない街づくり」「外に出かけたくなる街づくり」「住み続けたくなる街づくり」に基づく事業を施策し、「健康都市 尾張旭市」を標榜している[1]。
市域は尾張丘陵の一部にあたる北部の丘陵地帯、南部の沖積台地、矢田川右岸に形成された中央部の沖積平野に分けられる[2]。矢田川沿いと国道363号(瀬港線)沿い(通称本地ヶ原)を除いて全体的に起伏が多い。
北と西は名古屋市守山区、東は瀬戸市、南は長久手市に面している[注 2]。
尾張旭市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 尾張旭市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 尾張旭市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
尾張旭市(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
縄文時代から人が住み着き、弥生時代には集落の存在があったことが遺跡の調査から確認されており、豪族の古墳、条里制の遺構も見られ、古墳時代には東海地方の中で最も早く須恵器の生産が始まったことが判明している。673年には澁川神社が遷座されている。
中世は山田郡に属し、水野氏などの豪族が住み着き1584年(天正12年)には小牧・長久手の戦いの白山林の戦いの地となった。
江戸時代には各地で開田、開畑が進み、農業が発展した。
明治に入ると養蚕業が盛んになるが、隣の瀬戸村にて陶磁器産業が活発になると、瀬戸村に多くの労働者を提供し、昭和にはこの地域でも陶磁器産業が行われるようになった[4]。
行政の面では、町村合併を推し進める愛知県の行政指導を受けて1906年(明治39年)に印場村、新居村、八白村が合併して旭村が成立した[5]。瀬戸との結びつきが強い地域であったことから県から「瀬戸口村」の名称を提案されたが、字数の多さや瀬戸町との錯誤の懸念を理由に却下した[5]。また、旧村名を採ることも避け、日露戦争後という時勢から、「旭村」とした[5]。
矢田川南岸の本地ヶ原地区は明治から第二次世界大戦の終戦まで陸軍の演習場であった[6]。ここには飛行場もあり、パイロットの養成を行ったりしていた。戦後、米軍の接収を経たのち入植がなされ、現在では国道363号線を中心に宅地や商業地としての開発が進んでいる。
1953年(昭和28年)の町村合併促進法公布を受けて守山町・志段味村との合併が持ち上がったが、合併先について町域の東西で瀬戸市・守山町と意見が割れ、結局合併しないことに決めた[7]。
市の要件が人口3万人に緩和されたことを機に1970年(昭和45年)に旭町から尾張旭市となった[8]。
※歴代市長[11]
2019年度(平成31年度)当初予算案[12]
会計名 | 予算額 | 前年度対比 |
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一般会計 | 233億5,000万円 | 6.7%減 |
特別会計 | 143億2,900万円 | 0.7%増 |
企業会計 | 58億2,659万3千円 | 12.6%減 |
全会計 | 435億559万3千円 | 5.3%減 |
市内に警察署はない。名古屋市守山区にある愛知県守山警察署が管轄する。そのため市内の交番にある警察車両には尾張小牧ナンバーではなく名古屋ナンバーが付いている。
2005年に開催された愛知万博では「一市町村一国フレンドシップ事業」が行われた。名古屋市を除く愛知県内の市町村が、120の万博公式参加国をそれぞれフレンドシップ相手国として迎え入れた[17]。
市内の鉄道はほぼ中央を東西に貫通する名鉄瀬戸線のみで、南北に貫通する路線は存在しない。中心駅は尾張旭駅であるが、利用者は三郷駅の方が多い。急行は尾張旭駅と三郷駅に停車し、準急と普通は市内の全ての駅に停車する。
基幹バスが尾張旭向ヶ丘から市内を縦断して国道363号(瀬港線)の晴丘交差点で瀬戸駅方面からの路線と合流し名鉄バスセンターまで運行している。尾張旭駅も経由している。
尾張旭向ヶ丘から市内を縦断して長久手市に入り、愛知医科大学病院・長久手古戦場駅まで運行している。こちらの路線も尾張旭駅を経由する。
印場駅を中心として、藤が丘駅や志段味方面へ運行している。印場駅に入らずに(印場バス停に停車)市域を通過し藤が丘駅と志段味方面を結ぶ系統(藤丘12)も存在する。このほかに基幹2号系統が四軒家停留所のうち市域にあるものを終点としている(始発停留所も市境から近い)。
本地住宅バス停を発着する系統(幹藤丘1、本郷11、小幡11)が市域を通過している。同停留所は市境にも非常に近い。
市境から近い場所にある停留所として、南原などがある。
印場バス停(印場駅には乗り入れない)から高蔵寺駅へ運行している。出入庫系統という位置づけであり、本数は非常に少ない。また途中停留所はない(市内にある東尾張病院南停留所は通過)が、志段味サイエンスパーク経由の系統が東尾張病院 - 長狭間でごく僅かに市域を通過している。どちらの停留所も市境から近い。
尾張旭市役所を中心として、市内を東西2ルートにて循環運行しているコミュニティバス。本地住宅(西ルート、名古屋市守山区にある)から藤が丘駅行きの名古屋市営バス(幹藤丘1)へ連絡する。また2020年10月1日からは、旭労災病院で印場駅・志段味方面行きの名古屋市営バス(志段味巡回)へも連絡している。
※ 高速道路通行には守山SIC、名古屋IC、春日井IC、大森IC、引山ICなどを利用する。
2011年から「おいしい紅茶の店日本一」を目指す町興しを行っている。何らかの分野で日本一を目指そうという動機から「尾張旭を日本一にする会」を興し、紅茶が選ばれた。2011年11月1日に日本紅茶協会から15店舗が「おいしい紅茶の店」に認定された。2013年には17店となり、大阪市と同率で「おいしい紅茶の店 店舗数 日本一(人口一人あたり)」に認定された。2014年には全国最多の19店舗となった[18]。
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