六供町 (岡崎市)

岡崎市の町 ウィキペディアから

六供町 (岡崎市)

六供町(ろっくちょう)は、愛知県岡崎市町名である。

概要 六供町, 国 ...
六供町
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六供配水場配水塔
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六供町
六供町の位置
北緯34度57分48.91秒 東経137度10分8.84秒
日本
都道府県 愛知県
市町村 岡崎市
地区 本庁地区
面積
  合計 0.414910693 km2
人口
2019年令和元年)5月1日現在)[2]
  合計 1,939人
  密度 4,700人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
444-0072[3]
市外局番 0564(岡崎MA[4]
ナンバープレート 岡崎
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地理

岡崎市のやや西に位置する。主に住宅地を形成している。20個の小字を持つ。六供町1丁目、六供町2丁目、六供町3丁目、六供町4丁目があるが、これらは全て小字であり、正確には六供町字1丁目六供町字4丁目と表記される。よって当町には番地、丁目は置かれていない。

小字

世帯数と人口

2019年(令和元年)5月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

さらに見る 町丁, 世帯数 ...
町丁世帯数人口
六供町 833世帯 1,939人
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人口の変遷

国勢調査による人口の推移

1995年(平成7年) 2,288人[5]
2000年(平成12年) 2,173人[6]
2005年(平成17年) 2,204人[7]
2010年(平成22年) 2,138人[8]
2015年(平成27年) 2,025人[9]

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[10]

さらに見る 字・番地, 小学校 ...
字・番地小学校中学校
字南丸根、字南佐助
字南床屋、字杉本
字1丁目85~96番地
字2丁目1~22番地
字2丁目30~32番地・42番地1
字3丁目、字4丁目
岡崎市立梅園小学校岡崎市立甲山中学校
字甲西、字甲越
字出崎、字三ツ岩
字西茶臼、字西二本木
字清水、字三本松
字東二本木、字一本松
字八貫
字1丁目1~84番地
字2丁目23~29番地
字2丁目32番地1~41番地
字2丁目42番地2~7
岡崎市立愛宕小学校岡崎市立葵中学校
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歴史

概要 ろっくまち → ろっくむら 六供町 → 六供村, 廃止日 ...
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額田郡六供村を前身とする。当初は額田郡六供町(岡崎六供町)であったが、一度六供村になっている。江戸時代は甲山寺領であった。

甲山にある甲山第1号墳は、直径100メートル以上で4世紀後半に作られた三河地方最大の古墳であると考えられる[11]

沿革

  • 1876年明治9年) - 岡崎六供町と岡崎上肴町の一部が合併し、六供村となる[12]
  • 1994年(明治17年) - 一部を岡崎能見町へ編入[12]
  • 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行に伴い、岡崎横町・岡崎亀井町・岡崎久右衛門町・岡崎魚町・岡崎康生町・岡崎材木町・岡崎十王町・岡崎松本町・岡崎上肴町・岡崎伝馬町・岡崎田町・岡崎唐沢町・岡崎島町・岡崎投町・岡崎能見町・岡崎八幡町・岡崎板屋町・岡崎福寿町・岡崎門前町・岡崎祐金町・岡崎裏町・岡崎両町・岡崎連尺町・岡崎六地蔵町・岡崎籠田町・菅生村・中村・梅園村・八帖村・六供村が合併し、岡崎町大字六供となる。
  • 1916年大正5年)7月1日 - 市制施行に伴い、岡崎市大字六供となる[13]
  • 1917年(大正6年)7月1日 - 六供町に改称[13]
  • 1945年(昭和20年)7月20日 - 岡崎空襲を受け六供町の一部が焼失。
  • 1957年(昭和32年)11月15日 - 一部が六供本町1~2丁目・八幡町1~3丁目・亀井町2丁目・東能見町となる[13]

史跡

施設

教育

ギャラリー

交通

道路
バス

その他

日本郵便

脚注

参考資料

関連項目

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