Remove ads
ロシア出身でドイツの男性テニス選手 (1987 - ) ウィキペディアから
ミハイル・アレクサンドロヴィチ・"ミーシャ"・ズベレフ(Mikhail Alexandrowitsch "Mischa" Zverev, ロシア語: Михаил Александрович «Миша» Зверев, 1987年8月22日 - )は、ドイツの男子プロテニス選手。身長190cm。左利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。ATPツアーでシングルス1勝、ダブルス4勝。自己最高ランキングはシングルス25位、ダブルス44位。
| ||||
---|---|---|---|---|
2016年全米オープンでのミーシャ・ズベレフ | ||||
基本情報 | ||||
フルネーム | Mikhail Alexandrowitsch Zverev | |||
愛称 | ミーシャ(Mischa) | |||
国籍 | ドイツ | |||
出身地 | ソビエト連邦・モスクワ | |||
生年月日 | 1987年8月22日(37歳) | |||
身長 | 191cm | |||
体重 | 81kg | |||
利き手 | 左 | |||
バックハンド | 両手打ち | |||
ツアー経歴 | ||||
デビュー年 | 2005年 | |||
ツアー通算 | 5勝 | |||
シングルス | 1勝 | |||
ダブルス | 4勝 | |||
生涯獲得賞金 | 5,738,351 アメリカ合衆国ドル | |||
4大大会最高成績・シングルス | ||||
全豪 | ベスト8(2017) | |||
全仏 | 3回戦(2018) | |||
全英 | 3回戦(2008・17) | |||
全米 | 4回戦(2017) | |||
4大大会最高成績・ダブルス | ||||
全豪 | 2回戦(2017) | |||
全仏 | 2回戦(2009・17) | |||
全英 | 2回戦(2019) | |||
全米 | 2回戦(2008・09) | |||
国別対抗戦最高成績 | ||||
デビス杯 | ベスト8(2009) | |||
キャリア自己最高ランキング | ||||
シングルス | 25位(2017年7月24日) | |||
ダブルス | 44位(2009年6月8日) | |||
2024年10月2日現在 |
ロシアのモスクワ生まれで、現在はモナコ公国のモンテカルロに拠点を持つ。ロシア出身の元テニス選手アレクサンダー・ズベレフ・シニアの息子である。父は、ミーシャのコーチも務める。また10歳年下の弟のアレクサンダー・ズベレフもプロテニス選手である。弟アレクサンダーとはツアーでダブルスを組んで、優勝がある他、男子国別対抗戦デビスカップのダブルスにも兄弟で出場がある。また、弟アレクサンダーは2016年にツアー優勝を果たしている。
2008年のABNアムロ世界テニス・トーナメントの2回戦で世界ランク5位のダビド・フェレールを破り、準々決勝進出。ゲリー・ウェバー・オープンではダブルスでミハイル・ユージニーと組んで優勝。ユージニーとは同年のジャパン・オープン・テニス選手権でもダブルスで優勝している。ウィンブルドンでも2回戦で元世界ランク1位のフアン・カルロス・フェレーロに勝利し、3回戦に進出。
2009年はBNLイタリア国際で3回戦に進出すると、世界ランク7位のジル・シモンに6-4, 6-1で勝利し、マスターズ準々決勝に進出。準々決勝でロジャー・フェデラーに敗れた。またこの年初めてデビスカップドイツ代表に選出された。
2016年に弟アレクサンダーの活躍に刺激を受けて復活。上海マスターズの2回戦では相手のニック・キリオスが無気力プレーで半ば試合を放棄し勝利(この後、キリオスには出場停止処分が科された)。3回戦でマルセル・グラノリェルスを破り、8年ぶりのマスターズ準々決勝に進出。準々決勝では世界ランク1位のノバク・ジョコビッチから第1セットを奪うも6-3, 6-7(4), 3-6で敗れた。10月17日付のランキングで5年4ヶ月ぶりにトップ100に復帰。スイス・インドアでも準々決勝で世界ランク3位のスタン・ワウリンカに6-2, 5-7, 6-1で勝利し準決勝進出。準決勝でマリン・チリッチに敗れた。2016年最終ランキングは51位。
2017年全豪オープンでは10年ぶりに全豪の2回戦に進出すると、第19シードのジョン・イズナーを6-7(4), 6-7(4)6-4, 7-6(7), 9-7の逆転勝ちで破り、9年ぶりにグランドスラムの3回戦に進出。3回戦でマレク・ジャジリを破ると、4回戦では世界ランク1位のアンディ・マリーと対戦。7-5, 5-7, 6-2, 6-4で勝利し、自身初の準々決勝進出を果たした。準々決勝でロジャー・フェデラーに1-6, 5-7, 2-6で敗れた。大会後の世界ランキングで35位となり8年ぶりに自己最高順位を更新した。
2月のデビスカップ対ベルギー戦では弟アレクサンダーと共にドイツ代表に選出され、ダブルスには兄弟で組んで出場。ルーベン・ベーメルマンス/ヨリス・デ・ローレ組に敗れた。翌週の南フランス・オープンでは、ダブルスで弟アレクサンダーと組んで、決勝でファブリス・マルタン/ダニエル・ネスターに勝利し、兄弟ペアでのダブルス初優勝を果たした。
ジュネーヴ・オープンでは準決勝で第2シードの錦織圭を破りおよそ7年ぶりのATPツアー決勝進出を果たす。その決勝では第1シードの地元ワウリンカから第1セットを先取するも逆転負けし、初のツアー優勝はならなかった。
2018年のネイチャー・バレー国際でATPツアー3回目の決勝進出、決勝でルカシュ・ラツコに6-4, 6-4で勝利し、30歳でシングルスのツアー初優勝を果たす[1]。8月のシティ・オープン3回戦で弟アレクサンダーとツアー初対戦、結果はアレクサンダーが勝利した[2]。
|
|
結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|---|---|
優勝 | 1. | 2008年6月15日 | ハレ | 芝 | ミハイル・ユージニー | ルーカス・ドロウヒー リーンダー・パエス |
3–6, 6–4, [10–3] |
準優勝 | 1. | 2008年7月13日 | ミュンヘン | クレー | ミヒャエル・ベラー | フィリップ・コールシュライバー クリストファー・カス |
3–6, 4–6 |
優勝 | 2. | 2008年10月5日 | 東京 | ハード | ミハイル・ユージニー | ルーカス・ドロウヒー リーンダー・パエス |
6–3, 6–4 |
準優勝 | 2. | 2009年1月10日 | ブリスベン | ハード | フェルナンド・ベルダスコ | マルク・ジケル ジョー=ウィルフリード・ツォンガ |
4–6, 3–6 |
準優勝 | 3. | 2009年10月4日 | バンコク | ハード (室内) | ギリェルモ・ガルシア=ロペス | エリック・ブトラック ラジーブ・ラム |
6–7(4-7), 3–6 |
準優勝 | 4. | 2015年5月3日 | シュトゥットガルト | クレー | アレクサンダー・ズベレフ | アレクサンダー・ペヤ ブルーノ・ソアレス |
6–4, 1–6, [5–10] |
準優勝 | 5. | 2016年2月7日 | モンペリエ | ハード (室内) | アレクサンダー・ズベレフ | マテ・パビッチ マイケル・ビーナス |
5–7, 6–7(4–7) |
優勝 | 3. | 2017年2月12日 | モンペリエ | ハード (室内) | アレクサンダー・ズベレフ | ファブリス・マルタン ダニエル・ネスター |
6–4, 6–7(3–7), [10–7] |
準優勝 | 6. | 2017年6月25日 | ハレ | 芝 | アレクサンダー・ズベレフ | ルカシュ・クボット マルセロ・メロ |
7–5, 3–6, [8–10] |
準優勝 | 7. | 2018年6月24日 | ハレ | 芝 | アレクサンダー・ズベレフ | ルカシュ・クボット マルセロ・メロ |
6–7(1), 4–6 |
W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | Z# | PO | G | S | B | NMS | P | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.