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ベルナール・スティグレール[1](Bernard Stiegler, 1952年4月1日 - 2020年8月6日[2])は、フランスの哲学者。
デリダとシモンドンの強い影響を受けた哲学者で、哲学と技術の関係、社会と技術の関係を中心に著述がある。大著『技術と時間』はハイデガーの技術論と時間論に影響を受け、書かれている。『技術と時間』では、人間の生み出した技術が作り出した時間と、その時間に支配される人間などを扱っている
フランスエソンヌ県ヴィルボン=シュル=イヴェットにてテレビ技術者の父、銀行員の母のもとに生まれ、パリ北部のサルセルで育つ[3]。1968年の5月革命参加のため学校を中退、フランス共産党 (PCF) の党員となり、フランス映画自由学院(fr:Conservatoire libre du cinéma français)に一時通ったが、コンピュータープログラミングのインターンを経て1973年より農家、ウェイターとして働いた[3]。1976年にPCF書記長ジョルジュ・マルシェのスターリン主義路線に抗議して離党[4]。
トゥールーズでジャズ喫茶を開業し、常連客にトゥールーズ第二大学(現・トゥールーズ・ジャン・ジョレス大学)の哲学教授ジェラール・グラネル(fr:Gérard Granel)がいたことから哲学に興味を持ちはじめる[4]。
店の経営に失敗し、当座貸越を返済のために銀行強盗を繰り返し、4度目に逮捕されて懲役8年の判決を受け、1978年から5年間服役した[1]。獄中では、グラネルの支援で第二大学の通信講座に登録し、服役期間のほとんどを哲学書を読むことに費やし、なかでもジャック・デリダの『グラマトロジーについて』に感銘を受け、デリダに手紙を書き、服役中の1982年に初対面[4]。出所後にデリダの指導のもと哲学者としての活動を始めた[1]。
デリダが共同設立した国際哲学コレージュに1984年に職を得、博士号取得のため社会科学高等研究院でデリダの指導を受けた。1994年に学位論文「技術と時間: エピメテウスの過失」を発表して注目を集め、1996年にフランス国立視聴覚研究所の副所長に就任(1999年まで)[4]。
2002年から2005年末までIRCAMの所長を務めるなど、技術と芸術、コミュニケーション、メディアといった方面も研究している。2006年よりポンピドゥーセンター芸術監督。同センター内にリサーチ&イノベーション研究所(IRI fr:Institut de recherche et d'innovation)を設立[4]。
2020年8月6日、自死により逝去[5][2]。ポール・ジョリオン(fr:Paul Jorion)によると、スティグレールは大病を患い、再び症状が出た場合は命にかかわることを知っていたという[6]。3人目の妻(弁護士)と4人の子がおり、一人は哲学者のバーバラ・スティグレール(fr:Barbara Stiegler)。
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