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バンドン (インドネシア)

インドネシアの都市 ウィキペディアから

バンドン (インドネシア)
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バンドンバンドゥンインドネシア語Kota Bandung、 スンダ語 : ᮊᮧᮒ ᮘᮔ᮪ᮓᮥᮀ)は、インドネシアジャワ島西部にある都市(市)である。西ジャワ州の州都であり、また、インドネシアでジャワ人に次いで人口の多い種族であるスンダ人が生活し、スンダ語が話される「スンダ地方」の中心地である。

概要 バンドン Kota Bandung, 位置 ...
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植民地時代に政治・経済・文化の中心地の1つとして発展し、また快適に過ごせる住環境でもあったことから「ジャワのパリ(Parijs van Java)」と呼ばれ、多くの外国人(オランダ人・中国人日本人など)が居住していた。現在は人口集中、過剰開発、そして車の排気ガスや廃棄物などで環境が悪化しつつある。

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地理

首都ジャカルタから東南に約200キロメートル離れた都市であり、南緯6度9分、東経107度6分付近に位置する。中心地の標高は海抜700メートルで、四方を標高2,000メートルクラスの山々に囲まれている。

歴史

  • 15世紀のパジャジャラン王国時代にすでに住民が住んでいたという伝承があるが、本格的に都市開発がはじまるのはオランダ植民地時代になってからである。
  • 1946年3月、対オランダ独立戦争期、イギリス・オランダ連合軍に追い詰められたインドネシア軍が自ら町に火を放ってバンドンから撤退した。「バンドン火の海事件」と呼ばれるこの撤退戦で、インドネシア軍兵士がふたたびこのバンドンを取り戻す決意を歌ったのが「ハロ・ハロ・バンドン」である。この歌は今日でも民族歌の1つとして歌い継がれている。
  • 1955年4月、バンドンのムルデカ会館で第1回アジア・アフリカ会議が開催された。

気候

要約
視点

標高700mの高原にあるため気温はジャカルタより5℃くらい低い。熱帯にありながら涼しく過ごしやすい環境である。ケッペンの気候区分では熱帯モンスーン気候(Am)に属する。

さらに見る バンドン(フセイン・サストラネガラ空港、気温1972-1994年、降水量1957-1994年)の気候, 月 ...

観光

  • ホワイトクレーター (Kawah Putih)
Thumb
Kawah Putih Ciwidey
  • タンクバンプラフ山 (Gunung Tangkuban Perahu)

交通

  • 空港
フセイン・サストラネガラ空港
  • 道路
2005年にチカンペック - バンドンに高速道路が開通。渋滞が発生しなければジャカルタから高速バスで約2時間。
ジャカルタからボゴール-バンドン-ジョクジャカルタ-スラバヤを結ぶ路線の一部として1884年にジャカルタ - バンドン間が開通、1894年にはジャカルタ-スラバヤが全通した。その後1934年にブカシ-チカンベックを経由するルートも開通した。1917年に蘭印国鉄本社がジャカルタから当地に移転、今も国営鉄道会社本社がある。しかしジョクジャカルタ - クロヤ(バンドンから東に284キロメートル) - チレボン経由ジャカルタへのルートが主力になり、幹線からローカル線に格下げされる。ボゴール経由のルートは老朽化によるトンネル崩落や鉄橋の強度不足などで一部区間が不通。ジャカルタとはチカンベック経由で173キロメートルの距離にあり所要時間は約3時間である。これはチカンペック - バンドン間は700メートルの標高差があり、線路が九十九折になっていて最高速度が時速50キロメートルに制限された区間があること、ジャカルタ都市圏通勤路線との線路共用で飽和状態のためである。共用区間のマンガライ駅 - ブカシ駅間で複々線化工事が行われており、完成後は改善される見込み。やや両都市の中心市街地から離れた場所に駅がつくられたもののジャカルタとバンドンを高速鉄道で結ぶインドネシア高速鉄道計画が2023年に完成した。
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教育・研究

  • バンドン工科大学(Institut Teknologi Bandung)--理工系の国立大学。前身はオランダ領東インド時代の1920年に設立された「バンドン工業高等学校(Technische Hoogeschool te Bandung)」で、インドネシアの初代大統領スカルノもこの学校を卒業している。インドネシアで最も人気が高く、最も入りにくい大学である。
  • パジャジャラン大学(Universitas Padjadjaran)--1957年に開学した国立大学。初代学長はインドネシア民族主義運動や独立初期の国政で活躍したイワ・クスマ・スマントリ。
  • インドネシア教育大学(Universitas Pendidikan Indonesia) --旧バンドン教育大学(IKIP-Bandung)。略称は「UPI」。

関連文献

  • 村井吉敬『スンダ生活誌 - 変動のインドネシア社会』、NHKブックス、1978年
  • アイプ・ロシディ『スンダ・過ぎし日の夢』、粕谷俊樹訳、めこん、1987年
  • 古賀俊行 『インドネシア鉄道の旅 魅惑のトレイン・ワールド』、潮書房光人社、2014年7月

姉妹都市

脚注

関連項目

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