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日本の官僚、実業家、政治家 (1955-) ウィキペディアから
枝廣 直幹(えだひろ なおき、1955年(昭和30年)9月29日[1] - )は、日本の政治家、財務官僚。第13代福山市長。
広島県福山市北吉津町出身。母方の祖父に渡邊伝七商店(現株式会社ナベショー)創業者の渡邊伝七がいる。渡邊家は宝永7年(1710年)から明治の廃藩置県まで代々吉津の番所の役人を務めた家系で、北吉津町の番所跡には現在渡邊神社が鎮座する[2][3][4][5]。
福山市立東中学校、広島県立福山誠之館高等学校を経て、1980年、一橋大学経済学部経済学科を卒業。大学では荒憲治郎ゼミに所属。部活動は一橋大学管弦楽団で、コンサートマスターも務めた。
大学在学中、国家公務員試験(経済職)に合格し、卒業後は、旧大蔵省(現財務省)に入省し、主計局総務課に配属された。1983年在フィリピン日本国大使館書記官、1989年内閣官房副長官秘書官[6]、1996年から1999年まで石川県に出向し、企画開発部長、能登空港建設室長、商工労働部長、総務部長を歴任した。1998年には石川県ファッションタウン推進協議会会長として、繊維産地再生を目指す通商産業省のファッションタウン構想事業において、全国初の広域連携を目指し、金沢市、小松市、鹿西町、鳥屋町、鹿島町を連携させた事業計画構想の策定にあたった[7][4]。
内閣府参事官時代、村上龍のメールマガジン『JMM』に寄稿したことで、鈴木宗男衆議院議員から批判を受けるなどし、その後出世ルートから外れる[8]。
2003年から財務省主計官として整備新幹線等を担当したのち、地方分権推進委員会事務局次長等を経て、2009年に地元広島の中国財務局長に着任。財務省大臣官房審議官を経て、2011年6月、内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官兼内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)兼内閣官房地域活性化統合事務局長代理兼内閣府地域活性化推進室室長代理兼内閣府地域自主戦略交付金業務室長代理に就任。地方創生に取り組んだ。
2013年6月、近畿財務局長に就任。2014年、退官。同年8月、祖父が創業した株式会社ナベショーに入社。9月より社長を務めた(2015年4月まで)[4]。
2016年8月28日に行われた福山市長選挙に、自由民主党、民進党、公明党や連合広島から推薦を受けて立候補[9]。羽田皓前市長の市政運営の継承を訴え、大阪維新の会所属の元大阪市議の村上栄二を破り初当選した[10][11]。9月5日、市長に就任[12]。 ※当日有権者数:386,404人 最終投票率:36.06%(前回比:+13.47pts)
2020年8月2日に告示された同選挙に、自由民主党・立憲民主党・国民民主党・公明党から推薦を受け立候補したが対立候補が現れず無投票で再選。福山市長選が無投票になったのは公選になってから初めてであった[13][14]。
2024年8月11日に行われた同選挙に会社員の宇田貴美を破り3選[15]。※ 当日有権者数373,671人 最終投票率 23.43%(前々回比:-12.63pts)
開票結果は、当選 枝廣直幹 (68歳) 無所属 現 55,705票 (64.26%) (推薦) 自由民主党・立憲民主党・公明党・国民民主党、宇田貴美 (39歳) 無所属 新 30,984票 (35.74%) だった[16]。
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