寿限無
落語の演目の一つ ウィキペディアから
『寿限無』(じゅげむ)は、落語の代表的な前座噺。長い名前を言い立てる早口言葉で知られる。上方落語では古くは別題を『
概要
生まれた子供がいつまでも元気で長生きできるようにと考えて、とにかく「長い」物がいいということでとんでもない名前をつけた、という笑い話[2]。縁起のいい言葉を幾つか紹介され、どれにするか迷った末に全部つけてしまった、という筋の場合もある[2]。
名前を付けられた子供はすくすく育って腕白小僧になる。近所の子供と喧嘩をし、殴られてこぶを作った子供が父親のところに言いつけに来る。やり取りの中で長い名前が繰り返されるうちに、時間がたってこぶが引っ込んでしまった、というのが一般的なサゲ[F 1]。
長い名前の言い立ては早口言葉の一種とされることもあり[3]、これを繰り返すことに滑稽さがある[4]。落語家の口慣らしの稽古用として、前座が最初に習う噺(前座噺)のひとつである[5]。
名前の代表的な例
要約
視点
演者によって語句、読み方、意味説明は異なる[6]。
— NHK教育テレビ おはなしのくにクラシック[F 1]
寿限無 、寿限無 、五劫 のすりきれ、海砂利 水魚 の、水行末 ・雲来末 ・風来末 、
食う寝るところに住むところ、
やぶらこうじのぶらこうじ、
パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、
シューリンガンのグーリンダイ、
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの、長久命 の長助
意味
話の中での架空の意味説明:
- 寿限無
- 寿命が限り無いの意[F 1]。
- 五劫の擦り切れ
- 天女が時折泉で水浴びをする際、その泉の岩の表面が微かに擦り減り、それを繰り返して岩がなくなってしまうまでが一劫。それが5回擦り切れる、つまり永久に近いほど長い時間のこと[F 1]。劫(kalpa)はヒンズー哲学で、宇宙の誕生から消滅までの時間を意味する[7]。三遊亭金馬 (3代目)は、正しくは「すりきれず」だが「すりきれ」と発音するという[8]。いっぽう、『増補 落語事典』は「すりきれ」のほうが正しいと断言する[9]。広辞苑は両説を併記している[4]。古い1910年代の記録でも両例ある[F 2][10]。
- 海砂利水魚
- 海の砂利や水中の魚のように数限りないたとえ[F 1]。「かいじゃり」・「かいざり」両方の発音例がある[11]。
- 水行末雲来末風来末
- 水・雲・風の来し方・行く末には果てがないことのたとえ[F 1]。
- 食う寝る処に住む処
- 衣食住の食・住。これらに困らずに生きて行ける事を祈ったもの[F 1]。また、『滑稽百面相』に記載の版だと、「食う寝る」とは実際には「くねる」であり、海中でくねる海藻の数のように果てしないこと、「住む処」のトコロとは正月の縁起物である「トコロ」のことで、「代々この場所に住みたい」という意味を持つという[F 2]。トコロは長芋に似た根菜である[12]。またトコロには野老(ヤロウ)という別名もあり、三代目三遊亭金馬は、ヤロウとかけて「くめるヤロウに住むトコロ」と言う古い例を紹介している[8]:86。
- やぶらこうじのぶらこうじ
- 藪柑子(やぶこうじ)は生命力豊かな縁起物の木の名称[F 1]。葉が落ちても実が生り続けることから縁起物とされる[F 2]。「(や)ぶらこうじ」は藪柑子がぶらぶらなり下がる様とも[F 2]。後半の語が「ぶらこうじ」か「やぶこうじ」かは、論争の種となっている[F 3]。
- 綴りに関しては、広辞苑は「やぶら小路ぶら小路」と「藪柑子」を併記し[4]、NHKはひらがなで表記している[F 1]。
- パイポ、 シューリンガン、グーリンダイ、ポンポコピー、ポンポコナ
- もろこし(唐土)のパイポ王国のシューリンガンは王、グーリンダイはシューリンガンの妃で、その娘たちポンポコピー、ポンポコナは長生きした[F 1]。あるいは、シューリンガンのグーリンダイに住むパイポパイポ王は長生きで、ポンポコピー・ポンポコナも天竺の長生き夫婦の名前[F 2]。
- 長久命
- 長く久しい命[F 1]。
- 長助
- 長く助けるの意味合いを持つ[F 1]。
類似するモチーフの歴史
要約
視点
→詳細は「長い名の子 § 歴史」を参照
長い名前や縁起のいい名前をモチーフにした話は他にもある。
長い名の子が困ったことになる話
江戸時代の噺家である初代 米沢彦八が著した噺本『軽口御前男』(元禄16年(1703年)刊行[13]:33)に、「
- ある人が、憎い継子を短い名前「によぜがも」に改名させ、かわいい実子を長い名前「あのくたら
三 ()びやく三 ()ぼだい」に改名させた。ある日継子が川に落ちるが、周りに助けを求めて速やかに救助される。後日、今度は実子が川に落ちるが、助けを求める際に長い名前を呼んでいる間に時間がかかるので、どんどん流されていってしまった。母親は「三百を捨てたら助かろものを」と嘆いた[13][14]。
「三百[文]を捨てる」(わずかの出費のこと)[13]とかけた、この名前特有の駄洒落である。この噺は米沢彦八自身による創作と推定されている[13]。
噺の中で名前の由来は説明されていないが、仏教用語「
長い名をいちいち繰り返すギャグ
寛政4年(1792年)に刊行された滑稽物の絵本『鼻下長物語』[18]は
- あるとき殿様「
法性寺入道前関白太政大臣 ()」は、家老「三なめかけたが三かけたひっちくでっちくほうねんぼうのつうだ左衛門」(略称「つうだ」)の言葉遣いが気に障った。そこで殿様は家老「親も嘉兵衛子も嘉兵衛親嘉兵衛子嘉兵衛子かへ親かへ」親子二人(略称「嘉兵衛」)に、「つうだ」へ徹底指導するよう指示した。指導初日は物別れ。以下二日目のようす:
嘉兵衛:「さて、昨日の申しかけを申そうと存じて、今日も貴宅へ参上致しました。長く申しては事が分りませぬ。つまんで申しましょう。こうでござる: そこもと様が主人法性寺入道前関白太政大臣様のことを、法性寺入道前関白太政大臣殿と仰せらましたから、そこで以てからに何か法性寺入道前関白太政大臣様が大きにお腹をお立ちなされ、俺が事を法性寺入道前関白太政大臣様という筈を、なぜ俺が事を法性寺入道前関白太政大臣殿と言うたとて、そこでもってからに法性寺入道、」
つうだ:「まずお急きなさるな。しかれば拙者が法性寺入道前関白太政大臣殿の事を、法性寺入道前関白太政大臣殿と申したがお気に障り、法性寺入道めが腹を立って、」
嘉兵衛:「いえさ、そう仰せられては済みませぬ。法性寺入道前関白太政大臣様と言う所を、」
(紛糾。以後毎日議論が続き、つうだは翌年になってやっと状況を理解する)—『黄表紙十種』(1935年)[20]:202(常用漢字化、現代仮名遣い化。一部漢字化。表記揺れ統一。句読点調整)
話中の殿様の名「法性寺入道前関白太政大臣」は、小倉百人一首のうちの一首の詠み人藤原忠通の俗称。実在した人物である[21]。小倉百人一首の中で一番長い名で、官名とはいえ、フィクションの名「あのくたら三びゃく三ぼだい」よりも長い。なお、20世紀中旬以降は通常「ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだじょうだいじん」と発音する[21]。
『鼻下長物語』は好評で[20]:10、さまざまな派生作品が登場した[3]:52。初代林屋正蔵も『御加増』という小咄を1833年に刊行した[22][23][24]。全会話が早口言葉で『鼻下長物語』と似たストーリーだが、「法性寺入道前関白太政大臣」の名はない。
長命な名前を次々と提案させる笑話
落語本『無事志有意』(寛政10年(1798年)刊行[25])中の一話「雅名」(または「稚名」)は、めでたい名前を次々に要求するという笑話である。あらすじ:
- 主人公は、子供の幼名を非人に名づけしてもらうとよいと聞き、自分の子の名づけを非人に頼む。非人はいくつかの名を提案するが、依頼者は納得せず、「寿命の長い名がよい」とつけ加えた。非人はさらに「三浦の大助」、「浦島太郎は八千歳」、「東方朔は九千歳」と次々に提案してみるが依頼者はもっと長いのを要求してくる。しまいには「西の海へさらり」と提案した、というサゲ[26]。
「三浦の大助百六つ」「浦島太郎が八千歳」「東方朔が九千歳」「西の海へさらり」は、いずれも年末の厄払い祈祷の決まり文句[27][28]。ここでの「非人」とは、厄払いをして回る(門付)物乞い芸人のことである[29]。厄払いの最後に唱える「西の海へさらり」とは「災いは西の海へ捨て去れ」という意味で[30]、長寿とは無関係である。
怪談本『聞書雨夜友』
文化2年(1805年)刊行[31]:696の怪談・奇談本『聞書雨夜友』(編集: 講釈師・作家である東随舎)の中に「
- ある者が自分の息子に珍しい長い名前をつけたいと考えた。知り合いの儒学者に相談したところ、儒学者はまず「百人一首にも『法性寺入道前関白太政大臣』などという長い名前がある」と教えた上で、「『大学朱熹章句子程子曰大学孔子之遺書而初学入徳之門兵衛(だいがくしゅきしょうくしていしのいわくだいがくはこうしのいしょにしてしょがくとくいるのもんひょうえ)様』がよかろう」と薦めた。ところが同席していた和歌の先生がこれを嘲笑し、「日本人なのだから漢文ではなく和歌にすべきだ」として「『ながきよのとをのねふりのみなめざめなみなみのりふねのをとのよしべい』がいい、これは年越しの枕に敷く宝船の絵に書いてある歌だからめでたい」と薦めた。こんどは儒学者がこれを嘲笑したため、和歌先生と儒学者が口論となった。依頼者は呆れて「めでたい名をつけてもらいたいのにお二人が喧嘩されては困る、名づけは自分でやる」と言い出して
敵々 仁 敵 須留 御坊 蒼臨坊 惣 高入道 播磨 之 別当 茶碗 茶臼 之 挽木 之 飛与小助 —『聞書雨夜友』[32](常用漢字、現代仮名遣いに書き換え)
- と決めた。やがて子供は成長するが、ある日うっかり井戸に落ちた。家の人たちは助けようとしたが、いちいち長い名前を伝言したため時間がかかり、子供は「青ぶくれにふくれあがり」あえなくこの世を去った[32][31]。
儒学者の提案した名は、四書五経について朱熹が書いた注釈書『四書集注』の一章『大学章句』の、表題「大学 朱熹章句」と導入部「子程子曰大学孔子之遺書而初学入徳之門也」[33]。「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」は、回文になっている和歌[34]。本書に「てきてきに…」の由来や意味の説明はない。
落語『長名』
野口復堂[35](1864年頃生[36])という講演家が1927年に回想録の中で、書生時代に京都の寄席で落語家「梅香」の長名噺を聞いた、と述べている[37][38]。
- ある夫婦に息子が生まれ、神主に名前をつけてもらったが子供は早死にした。そこで、次の子供の名前は寺の和尚に頼んでつけてもらうことにして、『
陀羅尼品 ()』という仏経から取った「あにまにまにままね、しれしゃりて[…]」と名づけられた。夫婦は一生懸命この名前を覚え、隣の婆さんも練習する。やがてこの子供は学校に通い、先生や同級生がこの長い名前で迷惑する。ある時この子供が井戸に落ちて、長い名前が原因で救助が間に合わず「アダブダブダブ」と溺れてしまう、というサゲ[37]。
復堂自身も後年1888年にインドへ出張した際に余興として、聞き覚えたこの長名噺を英語で披露した[37]。つまりこの落語は1888年以前から存在したことになる。なお、この回想録はずっと後の1927年に出されたものである[37]。
1966年刊の『上方落語の歴史 改訂増補版』(著者 前田勇)は『長名の伜』・『長名』という演題を、狭義には「あにまにままに しゅりしゃびて[…]」の噺、広義には『寿限無』も含める、という二つの意味で使っている[43]。「アダブダブダブと溺れる」というサゲは言及されていない。
桂米朝 (3代目)によれば、『上方落語の歴史』に掲載された長い名前は米朝が提供したとのこと。また、同書は誤植が多いとして自著に訂正版を掲載した[44]。そこでの子供の名前は
あにまにままに
しゅりしゃびて
たいへんれ
もくれもくたび
あいしゃび
しょみしゃび
しゃみだらに
あるきゃはしゃばしゃ
びしゃねびて
あななねびて
あたんだ
あれしゅれ
ふくれふくれ
はられはられ
そがさあさまさ
ぶったい びりき ちゅうて
だるまはれしゅて
しょきゃ ねぐしゃ
ねばしゃ ばしゃ
しゅうたい
万太郎
前田勇(1908年生[45])[43]:241および桂米朝(1925年生[46])は「あにまにままに…」が陀羅尼品であることを当初は知らなかった[47]。一方三代目三遊亭金馬(1894年生[48])は、大阪の噺は名前の出典が『陀羅尼品』という設定で、子供が「だだぶ だぶだぶ」と溺れ死ぬサゲがあることは知っていたが、子供の名前は「寿限無寿限無」と書いている[8]。
『長名』という演題の古い出現例は1917年の桂萬光公演の新聞記事[49]だが、話の内容は不記載。
二代目立花家花橘が1910-1920年代[50]:90に出したレコードは題名が『長名』だが、子供の名は「寿限無寿限無…」、サゲは「瘤がひっこんでしまいよった」である[F 7]。
『寿限無』が「あにまにままに[…]」の噺と違う点は、『寿限無』では名前の個々の言葉の意味を丁寧に説明する場面が設けられていることである[44]:187。「あにまにままに[…]」の上演は20世紀後半に廃れた[44]:187。
『寿限無』の歴史
要約
視点
寿限無寿限無


『寿限無』の噺は1884年以前に成立しており、さらに昔の19世紀中旬まで
1884年に雑誌『東京経済雑誌』の記事でフルネーム「ジゲムジゲム」が引用されている[51]。記事自体は、経済学者田口卯吉による学術論説である[52]。
1901年に再び東京経済雑誌にフルネームと意味が掲載された[53]。筆者伴直之助は、『寿限無』の作者は風来山人すなわち平賀源内だと推測しているが[53]具体的な証拠は挙げていない。
1912年の新聞に、当時89歳だった林家正童(五代目林家正蔵、1824年生[54])の伝記が掲載された[55]。正童が18歳で二代目林家正蔵(通称「托善正蔵」、一説に1858年没[55]:(第4回))に入門して芸名「正橋」だった時代に、「
興行の古い記録としては、1901年の新聞の興行予定欄に「落語
『寿限無』全文記録
全文の古い記録としては、1910年代の録音および本が数点ある。
蝶花楼馬楽 (3代目)(1914年没[57])は『寿限無』のSPレコードを2種類出しているが、サゲが別々である。1911年頃発売のアメリカ・ビクター版[58]は、サゲが「あんまり名前が長いもんだからこぶが治っちまったよ」で終わる[F 8]。他方、1912年以前に発売されたアメリカン(日米蓄音器商会)版[59][57][50]は、「こぶが治っちまった」の後に寿限無が井戸へ落ちるエピソードが続く[F 9]。
馬楽は噺の中で、名前の出典は『神仏穴探し』という本だと説明していたという[60](レコードにはそのような文言はない)。三代目三遊亭金馬(1894年生[48])も、先輩落語家が『寿限無』で『神仏穴探し』という本を取り出したと記している[8]:94。「穴探し」とは粗探しのことである[61]。この本の実在を疑う者もあるが[60][8]:94、少なくとも同題名の講釈は存在した形跡がある。ひとつは1824年頃の、講釈師 為永正助(為永春水の別名[62])と初代林屋正藏の連名による『神仏俗書穴さがし』の広告である[62][63]。もうひとつは、1850年代の石川齋萬丸という噺家の滑稽談議『神仏穴さがし』[64]が人気を博したという記録である[65]。
書面での『寿限無』の全文記録としては、1912年発行の三遊亭福圓遊の口演筆記『滑稽百面相』[F 2]、1916年の五代目[F 10]麗々亭柳橋の口演筆記[F 11]など[F 9][F 12]がある。
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じゅげむじゅげむ |
—三遊亭福円遊(1912年)[F 2](現代仮名遣い・新字体化) |
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じげむじげむ |
—麗々亭柳橋(1916年)[F 11](現代仮名遣い・新字体化) |
「めでたい話」
『寿限無』は「めでたい話」である[F 8][F 2]:57[8]:85。また内容が無難なので正月のめでたい席や子供向けにも適した[66]。たとえば1906年に保育所への正月慰問の演題に選ばれた[67]。のちにラジオ放送でもめでたい演目として演じられた[68]。
井戸で溺れるバージョン
古い類話の子供たち「あのくたら…」や「てきてきに…」は川や井戸で溺れてしまうが、対照的に『寿限無』では溺れる場面はない。1914年時点でも「(寿限無に殴られた子供の)こぶが引っ込んでしまった」というサゲが主流だった[69]:215。しかし1914年刊『落語の落』によれば、子供が井戸に転落するバージョンもあった。子供が救出されて、父親が「おお、寿限無寿限無…」と呼びかけると医者が「コレコレまだお経には早うござる」と諫める、というサゲだったという[10]。
いっぽう三代目三遊亭金馬は1959年の著書に、大阪では「寿限無寿限無」が「だだぶ だぶだぶ」と溺れ死ぬというサゲだと記している。「先日亡くなった三語楼」もこのサゲで演じていたという。[8]:85。こちらのサゲは、「あにまにまにままね…」の野口復堂による描写と一致する。
寿限無が溺れるバージョンの全文記録としては、三代目蝶花楼馬楽の2種の録音のうちの一つがある。ただ、これは「長助さんが井戸へ落こった。大変だなどうもそいつは」だけで、結末もサゲもなく終わってしまう[F 9]。
「めでたい話」である『寿限無』で人が溺れ死ぬことには、抵抗を感じる落語家もいる[8]:85。越原富雄(作家 長尾豊(1889年生))は、ストーリーによって名前の使い分けがあると推測した。例として、「三遊の圓六」は井戸落ち噺の主人公の名を『自我偈』から採用したという[69]。『自我偈』(じがげ)は法華経の中の如来寿量品第十六の中の一節である[70]。「あにまにまにままね…」と同じく、法華経から引用している。
無量寿経説
寿限無の名は無量寿経が起源だとする説がある[71]。無量寿経から文字を取るという設定は、例えば1929年の柳家つばめ版にある[F 4]。しかし無量寿経に言及しないバージョンも、1910年代当時からあった[F 2]。なお、実際の無量寿経に「寿限無」という語は無い[72]。
民話起源説
『長い名の子』タイプの民話と落語『寿限無』は類話である[1]。
日本の昔話(民話)の学術的な収集が始まったのは1910年代からで[73]、これは書物の『欲からしづむ淵』や『一子に異名を付けて後悔せし話』よりも後である。
寿限無の出典は昔話集『聴耳草紙』かも知れないという説があった[74]。『聴耳草紙』は岩手県の昔話集で1931年刊行。『長い名の子』話は三種掲載されている[75]。そのうちの一話は著者佐々木喜善(1886年生[76])自身が幼少期の回想から復元したものだが[75]、遡れるのはそこまでである。『聴耳草紙』掲載のバージョンが『長い名の子』話の起源だといえる理由は示されていない。
マスメディアと子供向け
公共放送では内容に関する制約が厳しく、放送可能な落語の演目は限られていたが、『寿限無』は公共放送でも放送可能であった。[77]。
1925年に日本の公共ラジオ放送が始まると[78]:110、さっそく翌年1926年正月の放送番組に「落語 寿限無」が組まれた。演者は春風亭華柳である。同日付の新聞には解説とフルネーム「じげむじげむ[…]」・あらすじ・落ち「こぶがひっこんでしまった」が掲載されている[68]。したがってラジオを持たない者でも概要を知ることができた。
ラジオ放送と同じ1926年に、雑誌『少年倶楽部』も「落語 寿限無」を掲載した[F 14]。
1932年にラジオ放送受信契約の加入総数が百万件を超えた[78]。同1932年に『子供の時間』枠で柳家権太楼による「寿限無」が放送され[78]、同日新聞の番組紹介欄には寿限無のフルネームが掲載された[79]。柳家権太楼は後に同番組名を冠した子供向け落語集も出版した[F 15]。
『寿限無』は、寄席以外で出番が多い落語である。八代目林家正蔵(林家彦六、1895年 - 1982年)はホール落語でも演じた[80]。子供向けの本も複数出ている。2006年時点の調査によれば『寿限無』は、当時の寄席での興行頻度と比べて、子供向けの落語の本での採用頻度が高かった[81]。広辞苑(初版1955年)は、1991年刊の第4版から寿限無のフルネーム部分を掲載している[4][82]。
教材化
早口言葉や『長い名の子』(『寿限無』含む)といった言葉遊びを言語教育の教材として活用しようという案は、20世紀初頭から提唱されてきた[83]。
テレビ放送は、教育番組でも『寿限無』を採り上げている[84]。なかでも2003年から、『にほんごであそぼ』で寿限無のフルネーム部分[85]を放映して好評を得ている[86]。この頃、全生徒に寿限無の名を暗唱させる小学校もあった[87][88]。
2005年度(平成17年度)から小学校国語教科書2種が『寿限無』を掲載した[89]。一部の教科書で紹介されている図書[90]『落語絵本 じゅげむ』(1998年刊)では、一般的なストーリーとは逆に、寿限無の方が友達に殴られてこぶができる内容だった[F 3]。
「夏休みになっちゃった」
「こぶが引っ込んでしまった」とは違う落ちとして、新入学の朝から寿限無の名前を呼んで起こしているうちに「夏休みになっちゃった」、というバージョンが1996年までに現れた[F 5]。六代目三遊亭圓窓は、自分がこのサゲを考案したとしている。人の死や喧嘩の描写を避けたかったからだという[91]。
2005年度版小学校国語教科書の一つ[F 6]や、NHKが2006年に放映した趣味講座[92][F 16]で「夏休みになっちゃった」が採用されている。
派生
『寿限無』を元にした新作落語がいくつか存在する。三笑亭夢之助の『寿限無』『たらちね』を混ぜた『
似た要素のある落語
『寿限無』に由来する事物
- 寿限無は安政江戸地震で死んだ[96]、そして113文字の巨大な墓石が建てられた、というバージョンがある。これは1956年頃に落語評論家安藤鶴夫が書いた派生作品である[97]。
- 1999年頃ジョークサイトに『寿限無の墓』と題して、主人公「鈴木寿限無」とその高さ33 mの墓の小話が掲示された[98]。
- お笑いコンビの「海砂利水魚」(現:くりぃむしちゅー)。
- 任天堂のテレビゲーム『スーパーマリオシリーズ』に登場する、ジュゲムやパイポ、シューリンガン(フーフーパックンやガボンが使うトゲつきの鉄球)、グーリンダイ(ジュゲムが投げ、パックンフラワーに変化する球)、ポコピーとポコナ(マリオストーリーに登場するジュゲム)。
- 藤子・F・不二雄の漫画『21エモン』の「久しぶりだね5エモンくん」というエピソードにジュゲム星のチョーキューメーという名前の宇宙人が登場する。ジュゲム星人は地球人と比較して長生きの種族で、チョーキューメーは江戸時代(劇中の時代から地球時間で約300年前)の地球(江戸)に来ていて、21エモンの先祖に世話になったことがある。
- 藤子・F・不二雄の漫画『モジャ公』の「自殺集団」というエピソードにジュゲム三番星フェニックスという星が登場する。2つの月がぶつかってくっつき一つになった時、シューリン効果が発生し、グーリンダイ線を放射し始めた。これによってカイジャリスイギョ現象が起き、フェニックス人は不老不死となった。一番若いフェニックス人は一万歳のパイポである。
- 空知英秋の漫画『銀魂』に登場するキャラクター・ビチグソ丸の本名(フルネーム)が「寿限無寿限無」で始まる192字の名前である[99]。
- メディアファクトリー刊行のゲーム雑誌『じゅげむ』(創刊時は「寿限夢」と漢字表記)。
- 平和のパチンコ機(羽根モノ)『寿限無』。
- 詰将棋の変種「フェアリー詰将棋」の一種「ばか詰め」中の1万手を超える作品『寿限無[100]』。
- 壽限無 - 酒米の品種[101]。
- マルマンH&Bが発売する禁煙グッズ「禁煙パイポ」[102]。
- 日本テレビの演芸番組『笑点』の大喜利で、この寿限無を題材にした問題が出されたことがある。内容は「寿限無が何をやってその結果どうなったか」を挙げる物だが、「寿限無の名前は必ずフルネームで言わなければならない」という決まりがあり、出演者の桂歌丸は最後に「圓楽さん、圓楽さん、こんな問題出さないでよ」とぼやいていた[103]。
- 島根県の印鑑店・永江印祥堂が、寿限無のフルネームを彫った印鑑「寿限無さん専用印鑑」を製作・販売している[104]。一文字あたりのサイズは1mm以下という緻密な設計で、完成までの所要時間は通常の印鑑の10倍とのことである。
『寿限無』に由来する楽曲
- 寿限無の嘆き[105](1960年、東芝レコード JP-1217)
- 作詞:池田豊和、作曲:和田昭治、歌:デューク・エイセスなど
- じゅげむ(1974年、CBS・ソニー ELCB-11)
- 作詞:ガンバ一座、作曲:佐藤輝夫、歌:ガンバ一座
- 寿限無[106](1975年)
- 作詞・作曲:山田隆夫、歌:ずうとるび
- アルバム『ずうとるびサード 恋があぶない』に収録。
- あゝ寿限無(1980年、ビクター SV-7052)
- 作詞:まき克己、作曲:利根一郎、歌:神楽坂かおる
- 寿限無(1981年)
- 作曲:山下洋輔
- 楽曲ジャンルはジャズ[107]
- 寿限無No.1!(1982年、日本コロムビア AH-286)
- 作詞:森雪之丞、作曲:芹澤廣明、歌:嘉門達夫
- JUGEM[108](2004年)
- 作詞:古典落語・川崎敏郎、作曲・編曲:関川秀行、歌:大江戸台風族
- ジュゲム〜こち亀バージョン[109](2004年)
- 作詞:古典落語・川崎敏郎 、作曲・編曲:関川秀行、歌:ラサール石井(名義:両津勘吉) and 大江戸台風族
- テレビアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』エンディングテーマ
- じゅげむじゅげむ[110](2006年)
- 作詞:古典落語・清水玲子(ピアニスト・十文字学園女子大学教授)、作曲:アントニン・ドヴォルザーク
- 「ユーモレスク」第7曲に歌詞を付けたもの[111]。
- アルバム『世界の名作 かえうた おぺれった〜かわいく・コミカル編〜』(2006年)をはじめ、『素読み&歌 流し聞きで覚えられる!九九&英語 ほか』(2022年)などに収録。
- 寿限無(2008年)
- 作詞・作曲:リピート山中、歌:桂雀三郎withまんぷくブラザーズ
- シングル「反逆者のうた」に収録。
- じゅげむじゅげむ
- 作詞:古典落語、作曲:おおたか静流
- 『にほんごであそぼ』より
- アルバム『NHKにほんごであそぼ「百」〜たっぷりうたづくし』(2010年)に収録。
- 寿限無
- 作詞:古典落語、作曲:鶴澤清介
- 『にほんごであそぼ』より
- アルバム『NHKにほんごであそぼ「百」〜たっぷりうたづくし』に収録。
- ジュゲムシーケンサー(2010年)
- 作詞・作曲:ぼーかりおどP、歌:初音ミク
- ゲーム『初音ミク Project DIVA Arcade』採用曲。
- じゅげむ(2011年)
- 作詞:古典落語、作曲:中田佳彦、編曲:遠藤雅章、歌:渡辺かおり、たいらいさお、ひまわりキッズ
- アルバム『うたって覚えよう! 九九のうた、県庁所在地』収録。
- 寿限夢[112](2011年)
- 作詞・作曲:野田洋次郎、歌:RADWIMPS
- シングル「狭心症」に収録。『寿限無』そのものは歌詞に登場しない。
- 吹奏楽のための綺想曲『じゅげむ』[113](2012年)
- 作曲:足立正
- 2012年度全日本吹奏楽コンクール課題曲III
- ニッポン笑顔百景[114](2012年)
- 作詞・作曲・編曲:前山田健一、歌:ももいろクローバーZ(名義:桃黒亭一門)
- 落語をテーマにしたテレビアニメ『じょしらく』エンディングテーマ。前奏に合わせて、メンバーが『寿限無』を披露している。
- JUGEMU[115](2014年)
- 作詞・作曲:一聖、歌:BugLug
- たのしい日本語[116](2015年)
- 作詞・作曲:マジョリカ・マジョルカ・マジカル☆ひもり、歌:Jin-Machine
- 歌詞に寿限無のフルネームが登場する。
- じゅげむげーむ[117](2017年)
- 作詞:奥村健一、作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、編曲:塩川満己、歌:ももなお姉さん
- 「交響曲第5番(運命)」に歌詞を付けたもの。アルバム『天才おばかクラシック その1』収録。
- 寿限無[118](2017年)
- 作詞:古典落語・奇妙礼太郎、作曲:奇妙礼太郎、歌:天才バンド
- アルバム『ロミオとジュリエット』収録。
日本以外
- 韓国・文化放送(MBC)で1969年から1985年に渡って放映されたTVコメディ番組『ウスミョン・ボギワヨ』(ko:웃으면 복이와요)では、オープニングでコメディアンのク・ボンソが「김수한무 거북이와 두루미 삼천갑자 동방삭…」(キム・スハンム[…][119](金 壽限無[…]))で始まる72文字[120]の長い名前を唱えて人気を博した[121]。この名はク・ボンソが『寿限無』など日本の文献から組み合わせて作ったものである[121]。「キム・スハンム[…]」は2010年の韓流ドラマ『シークレット・ガーデン』でも呪文として使われた[122]。
出典
関連項目
外部リンク
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