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唯識(ゆいしき、サンスクリット: विज्ञप्तिमात्रता Vijñapti-mātratā)とは、個人、個人にとってのあらゆる諸存在が、唯(ただ)、8種類の識(八識)によって成り立っているという大乗仏教の見解の一つである(瑜伽行唯識学派)。ここで、8種類の識とは、五種の感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)、意識、2層の無意識を指す。よって、これら8種の識は総体として、ある個人の広範な表象、認識行為を内含し、あらゆる意識状態やそれらと相互に影響を与え合うその個人の無意識の領域をも内含する。
あらゆる諸存在が個人的に構想された識でしかないのならば、それら諸存在は主観的な存在であり客観的な存在ではない。それら諸存在は無常であり、時には生滅を繰り返して最終的に過去に消えてしまうであろう。即ち、それら諸存在は「空」であり、実体のないものである(諸法空相)。このように、唯識は大乗仏教の
唯識思想では、各個人にとっての世界はその個人の表象(イメージ)に過ぎないと主張し、八種の「識」を仮定(八識説)する。
あらゆる諸存在が個人的に構想された識でしかないのならば、それら諸存在は主観的な存在であり客観的存在ではない。それら諸存在は無常であり、時には生滅を繰り返して最終的に過去に消えてしまうであろう。即ち、それら諸存在(色)は「空」であり、実体のないものである(色即是空)。
唯識は、4世紀インドに現れた瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがくは 唯識瑜伽行派とも)、という初期大乗仏教の一派によって唱えられた認識論的傾向を持つ思想体系である。瑜伽行唯識学派は、中観派の「
この世の色(しき、物質)は、ただ心的作用のみで成り立っている、とするので西洋の唯心論と同列に見られる場合がある。しかし東洋思想及び仏教の唯識論では、その心の存在も仮のものであり、最終的にその心的作用も否定される(
唯識思想は後の大乗仏教全般に広く影響を与えた。
唯識は語源的に見ると、「ただ認識のみ」という意味である[注釈 1]。
大乗仏教の考え方の基礎は、この世界のすべての物事は縁起、つまり関係性の上でかろうじて現象しているものと考える。唯識説はその説を補完して、その現象を人が認識しているだけであり、心の外に事物的存在はないと考える。これを「唯識無境」(「境」は心の外の世界)または唯識所変の境(外界の物事は識によって変えられる)という。また一人一人の人間は、それぞれの心の奥底の阿頼耶識の生み出した世界を認識している(人人唯識)。他人と共通の客観世界があるかのごとく感じるのは、他人の阿頼耶識の中に自分と共通の種子(
人間がなにかを行ったり、話したり、考えたりすると、その影響は種子(しゅうじ、阿頼耶識の内容)と呼ばれるものに記録され、阿頼耶識のなかにたくわえられると考えられる。これを
また、種子は阿頼耶識を飛び出して、末那識・意識に作用することがある。さらに、前五識(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)に作用すると、外界の現象から縁を受けることもある。この種子は前五識から意識・末那識を通過して、阿頼耶識に飛び込んで、阿頼耶識に種子として薫習される。これが思考であり、外界認識であるとされる(
このような識の転変は無常であり、一瞬のうちに生滅を繰り返す(刹那滅)ものであり、その瞬間が終わると過去に消えてゆく。
このように自己と自己を取り巻く世界を把握するから、すべての「物」と思われているものは「現象」でしかなく、「空」であり、実体のないものである。しかし同時に、種子も識そのものも現象であり、実体は持たないと説く。これは西洋思想でいう唯心論とは微妙に異なる。心の存在もまた幻のごとき、夢のごとき存在(空)であり、究極的にはその実在性も否定される(境識倶泯)。
単に「唯識」と言った場合、唯識宗(法相宗)・唯識学派・唯識論などを指す場合がある。
仏教の中心教義である無常・無我を体得するために、インド古来の修行方法であるヨーガをより洗練した瑜伽行(瞑想)から得られた智を教義の面から支えた思想体系である。
唯識はインドで成立、体系化され、中央アジアを経て、中国・日本と伝えられ、さらにはチベットにも伝播して、広く大乗仏教の根幹をなす体系である。倶舎論とともに仏教の基礎学として学ばれており、現代も依然研究は続けられている。
唯識は、初期大乗経典の『般若経』の「一切皆空」と『華厳経』十地品の「三界作唯心」の流れを汲んで、中期大乗仏教経典である『
論としては弥勒(マイトレーヤ)を発祥として、無著(アサンガ)と世親(ヴァスバンドゥ)の兄弟によって大成された。無著は「
世親のあとには十大弟子が出現したと伝えられる。5世紀はじめごろ建てられたナーランダ大僧院(Nālanda)において、唯識はさかんに研究された。6世紀の始めに、ナーランダ出身の徳慧(グナマティ、Guṇamati)は西インドのヴァラビー(Valabhī)に移り、その弟子安慧(スティラマティ、sthiramati)は、世親の著書『唯識三十頌』の註釈書をつくり、多くの弟子を教えた。この系統は「無相唯識派」(nirākāravādin)と呼ばれている[注釈 2]。
この学派は、真諦(パラマールタ、paramārtha)によって中国に伝えられ、地論宗や摂論宗として一時期、大いに研究された。
一方、5世紀はじめに活躍した陳那(ディグナーガ、Dignāga)は、世親の著書『唯識二十論』の理論をさらに発展させて、『観所縁論』(ālambanaparīkṣā)をあらわして、その系統は「有相唯識派」(sākāravādin)と呼ばれるが、無性(アスヴァバーヴァ、asvabhāva、6C前半頃)・護法(ダルマパーラ、Dharmapāla)に伝えられ、ナーランダ寺院において、さかんに学ばれ、研究された。
中国からインドに渡った留学僧、玄奘三蔵は、このナーランダ寺において、護法の弟子戒賢(シーラバドラ、śīlabhadra)について学んだ。帰朝後、『唯識三十頌』に対する護法の註釈を中心に据えて、他の学者たちの見解の紹介と批判をまじえて翻訳したのが『
そして、この書を中心にして玄奘の弟子の慈恩大師基(もしくは
その後、法相宗は道昭・智通・智鳳・玄昉などによって日本に伝えられ、奈良時代さかんに学ばれ南都六宗のひとつとなった。その伝統は主に奈良の興福寺・法隆寺・薬師寺、京都の清水寺に受けつがれ、江戸時代にはすぐれた学僧が輩出し、
唯識思想は、この世界はただ識、表象もしくは心のもつイメージにすぎないと主張する。外界の存在は実は存在しておらず、存在しているかのごとく現われ出ているにすぎない。これを『華厳経』などでは次のように説いている。
又、是の念を作さく、三界は虚妄にして、但だ是れ心の作なり。十二縁分も是れ皆な心に依る。
又作是念。三界虚妄。但是心作。十二縁分。是皆依心 — 大方廣佛華嚴經十地品第二十二之三
識とは心である。心が集起綵画し主となす根本によるから、経に唯心という。分別了達の根本であるから論に唯識という。あるいは経は、義が因果に通じ、総じて唯心という。論は、ただ因にありと説くから、ただ唯識と呼ぶのである。識は了別の義であり、因位の中にあっては識の働きが強いから識と説き、唯と限定しているのである。意味的には二つのものではない。『二十論』には、心・意・識・了の名はこれ差別なり、と説く。
識者心也。由心集起。綵畫為主之根本故經曰唯心。分別了達之根本故。論稱唯識或經義通因果總言唯心。論說唯在因但稱唯識。識了別義。在因位中識用強故。說識為唯。其義無二。二十論云。心意識了。名之差別。 — 慈恩大師 大乘法苑義林章卷第一[1]
その心の動きを「識 (vijñāna) の転変 (pariṇāma)」と言う。その転変には三種類あり、それは
の3つである。識の転変は構想である。それによって構想されるところのものは実在ではない。したがってこの世界全体はただ識別のみにすぎない。
異熟というのは、阿頼耶識(根源的と呼ばれる識知)のことであり、あらゆる種子 (bīja) を内蔵している。感触・注意・感受・想念・意志をつねに随伴する。感受は不偏であり、かつそれは障害のない中性である。感触その他もまた、同様である。そして、根源的識知は激流のごとく活動している。「暴流の如し」
末那識 (mano nāma vijñāna) は、阿頼耶識にもとづいて活動し、阿頼耶識を対象として、思考作用を本質とする。末那識には、障害のある中性的な四個の煩悩がつねに随伴する。我見(個人我についての妄信)、我痴(個人我についての迷い)、我慢(個人我についての慢心)、我愛(個人我への愛着)と呼ばれる。なかでもとくに、当人が生まれているその同じ世界や地位に属するもののみを随伴する。さらにその他に感触などを随伴する。
この末那識は自我意識と呼んでもよい。つねに煩悩が随伴するので「汚れた意(マナス)」とも呼ばれる。この末那識と意識によって、思量があり、その意業の残滓はやはり種子として阿頼耶識に薫習される。
了別とは、第三の転変であり、6種の対象を知覚することである。
六識は、それぞれ眼識が色(しき、rūpa)を、耳識が声を、鼻識が香を、舌識が味を、身識が触(触れられるもの)を、意識が法(考えられる対象、概念)を識知・識別する。そしてこの六識もまた阿頼耶識から生じる。そして末那識とこの六識とが「現勢的な識」であり、我々が意識の分野としているもので、阿頼耶識は無意識としているものである。
これまでの説明は、阿頼耶識から末那識および六識の生ずる流れ(種子生現行)だが、同時に後二者の活動の余習が阿頼耶識に還元されるという方向(現行薫種子)もある。それがアーラヤ(=蔵)という意味であり、相互に循環している。
識を含むどのような行為(業)も一刹那だけ現在して、過去に過ぎて行く。その際に、阿頼耶識に余習を残す。それが種子として阿頼耶識のなかに蓄積され、それが成熟して、「識の転変」を経て、再び諸識が生じ、再び行為が起ってくる。
このような識の転変によって、存在の様態をどのように見ているかに、3つあるとする。
このような見方は唯識を待つまでもなく大乗仏教の基本であり、その原型が既に般若経に説かれている。
遍計所執性とは、阿頼耶識・末那識・六識によってつくり出された対象に相当して、存在せず、空である。
舎利弗、仏に言 ()を白 ()せり。
「世尊。諸法の実相、云何 ()が有なるや」
仏言わく。
「諸法は有る所無し。是の如く有り、是の如く有る所無し。是の事を知らざるを名づけて無明と為す」 — 摩訶般若波羅蜜経相行品第十
依他起性とは相対的存在であり、構想ではあるが、物事はさまざまな機縁が集合して生起したもの(縁起)であるととらえることである。阿頼耶識をふくむ全ての識の構想ではあるけれども、すでにその識の対象が無であることが明らかとなれば、識が対象と依存関係にあるこの存在もまた空である。
名字は是れ因縁和合の作れる法なり。但だ分別憶想、仮名を説く。
是の故に菩薩摩訶薩、般若波羅蜜を行ずる時、一切の名字を見ず。
見ざるが故に著せず。 — 摩訶般若波羅蜜経奉鉢品第二
円成実性は、仏の構想であり、絶対的存在とも呼べるものである。これは依他起性と別なものでもなく、別なものでもないのでもない。依他起性から、その前の遍計所執性をまったく消去してしまった状態が円成実性である。
復た次に舎利弗。菩薩摩訶薩、諸法の如・法性・実際を知らんと欲さば、当に般若波羅蜜を学すべし。 — 摩訶般若波羅蜜経序品第一
以上の如く、般若経の段階では三性としてまとめて整理記述しているわけではない。時代を下って『解深密経』(玄奘訳)を待って初めて、諸法に三種の相があると説く。これは法が三種類あるということではなく、法は見る人の境地によって三通りの姿かたちが顕れているということである。
謂く、諸法の相に略して三種有り。
何等か三と為すや。
一者は遍計所執相、二者は依他起相、三者は円成実相なり。
云何が諸法の遍計所執相なるや。
謂く、一切法の名、仮安立の自性差別なり、乃至言説を随起せ令むるが為なり。
云何が諸法の依他起相なるや。
謂く、一切法の縁の生ずる自性なり。則ち此れ有るが故に彼れ有り。此れ生ずる故に彼れ生ず。
謂く、無明は行に縁たり、乃至純大の苦蘊を招集す。
云何が諸法の円成実相なるや。
謂く、一切法平等の真如なり。此の真如に於て諸の菩薩衆、勇猛・精進を因縁と為すが故に、如理の作意・無倒の思惟を因縁と為すが故に、乃ち能く通達す。此の通達に於て漸漸に修集し、乃至無上正等菩提を方 ()さに証すること円満なり — 解深密経一切法相品第四
相は性による、という間接的な表現となっているが、唯識の論書では、遍計所執性、依他起性、円成実性の三性という表現になり、精緻な論が展開されるようになる。
三性のなかで、第一の遍計所執性はその性格からみて、すでに無存在である。つぎに依他起性は、自立的存在性を欠くから、やはり空である。また、同じ依他起性は存在要素の絶対性としては、第三の円成実性である。そして、どういう境地においても、真実そのままの姿であるから真如と呼ばれる。その真如は、とりもなおさず「ただ識別のみ」という真理である。これを自覚することが、迷いの世界からさとりの世界への転換にほかならない。
しかし、実践の段階において、「ただ識別のみ」ということにこだわってはならない。認識活動が現象をまったく感知しないようになれば、「ただ識別のみ」という真理のなかに安定する。なぜなら、もし認識対象が存在しなければ、それを認識することも、またないからである。それは心が無となり、感知が無となった。それは、世間を超越した認識であり、煩悩障(自己に対する執着)・所知障(外界のものに対する執着)の二種の障害を根絶することによって、阿頼耶識が変化を起こす(
唯識では成仏に
修行の結果悟りを開き仏になると、8つの「識」は「智」に転ずる。これを
『華厳経』では、「集起の義」について唯心という。『華厳経』は、覚った仏の側から述べているので、すべての存在現象が、そのままみずからの心のうちに取り込まれて、全世界・全宇宙が心の中にあると言う。そこで、すべての縁起を集めているから「集起の義」について唯心と言う。
唯識論では、「了別の義」について唯識という。唯識では凡夫(われわれ普通の人間)の側から述べているので、人間のものの考え方について見ていこうとしている。すべての存在現象は人間が認識することによって、みずからが認識推論することのできる存在現象となりえているから、みずからが了承し分別している。そこで「了別の義」について唯識という。心ではなく、識としているのは、それぞれの了別する働きの体について「識」としているのであって、器官ではない。器官は存在現象しているものである。
しかし、唯心といっても、唯識と言っても、その本質は一つである。詳しく分けて論ずれば、「唯心」の語は、修行する段階(因位)にも悟って仏になった段階(果位)にも通じるが、「唯識」と称するときには、人間がどのように認識推論するかによるので、悟りを開く前の修行中の段階(因位)のみに通用する。「唯」とは簡別の意味で、識以外に法(存在)がないことを簡別して「唯」という。「識」とは了別の意味である。了別の心に略して3種(初能変、第二能変、第三能変)、広義には8種(八識)ある。これをまとめて「識」といっている。
唯識といって、以上のように唯八識のみであるというのは、一切の物事がこの八識を離れないということである。八識のほかに存在(諸法)がないということではない。おおよそ区分して五法(五種類の存在)としている。(1)心、(2)心所、(3)色、(4)不相応、(5)無為である。この前の四つを「事」として、最後を「理」として、五法事理という。
さらに心を8、心所を51、色を11、不相応行を24、無為を6に分けて別々に想定し、全部で百種に分けることから、五位百法と呼ばれる。なお倶舎論では「五位七十五法」を説いており、それを発展させたものと考えられる。
三島由紀夫の最後の作品となった『豊饒の海』四部作は唯識をモチーフの一つに取り入れている。第四部「天人五衰」の最終回入稿日に、三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自決(三島事件)した。
澁澤龍彦は、三島が唯識論に熱中していたことを『三島由紀夫をめぐる断章』で触れ、唯識論とは何かを三島に問われた宗教学者の松山俊太郎が「あれは気違いにならなければわからない、正気の人にわかるわけがない。唯識説のよくできているところは、ちょうど水のなかに下りていく階段があって、知らない間に足まで水がきて、知らない間に溺れているというふうにできている。それは大きな哲学の論理構造であり、思想というものだ」と言った話、それを聞いた梅原猛が「感心している三島も三島だが、こんな馬鹿げた説を得々として開陳している仏教学者もないものだ」と批判した話に触れている。また、澁澤宅を訪ねた三島が、皿を一枚水平にし、もう一枚をその上に垂直に立てて、「要するに阿頼耶識というのはね、時間軸と空間軸とが、こんなふうにぶっちがいに交叉している原点なのではないかね」と言うので、「三島さん、そりゃアラヤシキではなくて、サラヤシキ(皿屋敷)でしょう」とからかった話も紹介している[2]。
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