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古代の九州北部の要路 ウィキペディアから
唐津街道(からつかいどう)は古代の九州北部の玄界灘沿岸の要路で、江戸時代にも整備された街道の一つ。長崎街道の起点でもある小倉から、博多等を経由し肥前国松浦郡唐津(現佐賀県唐津市)、またさらに肥前国松浦郡の平戸に至り、平戸往還に接続する。
起点については、大里(豊前国企救郡、現福岡県北九州市門司区)、小倉(豊前国企救郡、現北九州市小倉北区)、若松(筑前国遠賀郡、現北九州市若松区)、木屋瀬(筑前国鞍手郡、現北九州市八幡西区)など。
長崎街道の脇街道としての役割のほか、沿線の福岡藩(黒田氏)、唐津藩(小笠原氏ほか)の参勤交代にも使用された。
主な経由地は、大里(内裏)- 小倉 - 若松 - 芦屋 - 糠塚 - 赤間 - 原町 - 畦町 - 青柳 - 箱崎(筥崎)- 博多 - 福岡 - 姪浜 - 今宿 - 前原 - 深江 - 浜崎 - 唐津(名護屋城)。唐津から先の、伊万里 - 松浦 - 平戸口 - 平戸(日の浦)までの街道も、併せて唐津街道とされることが多い。
支線として、赤間 - 新延六反田 - 木屋瀬(長崎街道に接続)。
カッコ内は現在の市区町村。
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