長野県方言(ながのけんほうげん)、または信州弁(しんしゅうべん)は、長野県で話される日本語の方言の総称である。方言区画上の分類としては、東海東山方言に属す。山梨県の方言(甲州弁)や静岡県の方言(静岡弁・遠州弁・伊豆弁)とあわせて「ナヤシ方言」と総称されることもある(都竹通年雄(1949年)の説)。
概ね東日本方言に属するが、南部では西日本方言的特徴も多く見られるため、畑美義、福沢武一、矢島満美など、南信方言を西日本方言に含む可能性について研究した学者もいる[1][2][3][注釈 1]。
また、長野県は南北に長いため地域差も比較的大きく、またそれぞれの地域で隣接する都道府県などからの影響を受けており、遷移的な地域である。例えば、東条操によれば、長野県方言の中でも佐久地域は関東方言に近く、伊那、木曽地域は岐阜・愛知方言に近いなどといった違いが見られる[4]。また馬瀬良雄によれば、北信は越後方言、諏訪地域は甲州弁からの影響を強く受ける[5]。
語彙に関しても、各盆地における文化の違いや隣接する都道府県からの流入などから、それぞれの地域に特有の方言と、県全域で通じる方言とに二分され、分布に複雑性を帯びる
[6][7][5]。
長野、新潟県境の秋山郷は音韻体系や文法が特異な言語島となっている。越後方言との連続性もある。
長野県方言の位置・系統・分類等に関する研究の詳細は
方言意識
話者(インフォーマント)の方言観として、「信州弁(或いは自分の居住する地域の方言)はごく一部の語彙を除けば、共通語や東京周辺の首都圏方言とほぼ同じだ」と錯覚している者の多いことは、長野県下各地の共通項として挙げられる[5]。実際には語彙が東海東山方言的であり、後述するアクセント体系に決定的な違いがある他、文の抑揚(イントネーション)が共通語に比べてやや大きい。また、いわゆる「気がつきにくい方言」[8]や、共通語と同じ語彙でありながら用法がドメスティックなために県外では伝わらないものなども数多く存在する。
また地域差については、「同じ信州でも木曽の南や伊那谷の飯田へ行くと、ことばが優しくなりどことなく関西弁に似たところが出てくる」、「佐久へ行くとことばが荒っぽく勇ましくなる。ヒとシを間違えるとこなんか、江戸っ子のことばに近い」、「長野市では、イとエは一緒で『胃』も『柄』も区別のない人がいる。越後と繋がっているという感じだ。」などと言った意識が持たれる場合がある[9]。
方言区画
長野県下の方言区画は、馬瀬良雄が青木千代吉の区画をベースとし2003年に(「信州のことば」)で提示した以下の区画が最も一般的である。一般的な地域区画とは多少異なった区分が用いられる[5]。
基盤となった青木千代吉の区画は以下の通りである[10][11]。中区画が5、小区画が14ある。
また、以下のような区画もある(浅川清栄の区画)[12][13]。
比較表
さらに見る 南信方言, 中信方言 ...
長野県下各地の方言比較表[7][5][14][15]
|
南信方言 |
中信方言 |
東信方言 |
北信方言 |
奥信濃方言 |
開田高原 |
木曽福島 |
飯田 |
松本 |
佐久 |
長野 |
秋山郷 |
アクセント型 |
中輪東京式 |
外輪東京式 |
アクセント遅上がり |
○ |
× |
母音の音素数 |
5 |
7 |
連母音融合 |
ai (例.無い→ネー) |
○ |
× |
×[注釈 3] |
○ |
oi (例.凄い→スゲー) |
× |
ui (例.寒い→サミー) |
母音無声化 |
○ |
× |
○ |
シラビーム性 |
○ |
× |
○ |
「イ」と「エ」の混同 |
× |
○ |
「ヒ」と「シ」の混同 |
× |
◯ |
× |
撥音の連声 |
× |
○ |
否定 |
…ん |
…ない(ねえ) |
…ねぁ |
過去否定 |
…なんだ |
…なかった |
…なかった …ねぁっけ |
否定条件 |
…にゃあ |
…にゃあ、 …なきゃ |
…なけりゃ、 …なきゃ、 …なくちゃ |
…なけりゃ、 …ねけりゃ、 …なくちゃ、 …んじゃ |
…ねぁーけりゃ、 …ねぁーけば、 …なけば |
居る |
いた、 いだ |
おる |
いる |
継続態 |
…いた、 …いだ |
…よる |
…とる |
…てる |
結果態 |
…ていた、 …ていだ |
…とる |
…てる(…た) |
命令形 |
…ろ、 …れ |
…ろ |
…よ |
…ろ |
…ろ、 …れ |
サ行イ音便 |
○ |
× |
理由 |
…で、 …に |
…から、 …に |
…から、 …んで |
…すけぁ |
推量 |
動詞 形容詞 |
…だらず、 …ずら |
…ずら |
…んだら、 …んずら、 …ら |
…ずら |
…だらず、 …ずら、 …べえ |
…だらず、 …だろう、 …しない |
…だろぁ、 …べえ |
体言 形容動詞(語幹) |
…だら、 …ずら |
…だらず、 …ずら |
…だらず、 …だろう、 …だしない |
…だろぁ |
勧誘 |
…まいか、 …んか |
…まいか、 …んか(な) |
…ずか、 …ねえか、 …や |
…ざあ、 …ねえか、 …べえ |
…ずか、 …ねえか、 …しない |
…べえ |
方向 |
…エ(イ) |
…セ |
…エ |
敬語表現 |
無敬語 |
単純 |
複雑 |
単純 |
複雑 |
単純 |
閉じる
郡境と言境は必ずしも一致しない。例えば、馬瀬良雄の方言区画では上伊那地域の南部は下伊那方言圏に含まれ、更級地域・埴科地域のそれぞれ南部は上小方言圏に含まれている[9]。また、福沢武一の論文では、旧信州新町の信級地区は北安曇方言圏に含まれている[16]。
上伊那地域では詳しい調査が実施されている。『飯島町誌 下巻 現代 民俗編』によると、上伊那の太田切川以南の地域は上伊那に属しながら伊那方言よりも飯田方言と共通点が多い。
- 東西方言の語法上の対立
- 「だ」と「じゃ(や)」:平叙文におけるコピュラと形容動詞の語尾は県のほぼ全域で東日本方言の特徴である「だ」である[7]が、旧奈川村入山では高年層で「じゃ」を使い、「入山のジャことば」として有名である[15]。
- 「…ない」と「…ん」:動詞の否定は、南信方言で西日本方言の特徴である「未然形+ん」を用い、他地域で東日本方言の特徴である「未然形+ない(ねえ)」を用いる。最も、中信方言の南信方言と接する地域では「…ん」と「…ない」を併用する[5][17][18]。中信方言における「連用形+ます」の否定は「連用形+ません」ではなく「連用形+ましねえ」である[19]。
- 「…なかった」と「…なんだ」:動詞の過去否定は、中信・南信方言全域及びこれに接する北信方言の一部で西日本方言の特徴である「未然形+なんだ」を用い、北信・東信方言の大部分では東日本方言の特徴である「未然形+なかった」を用いる[5][17][18]。南信方言における「連用形+ます」の過去否定は「連用形+ませなんだ」[20]。
- 「…なければ」と「…ねば」:否定条件は中信・南信方言全域及びこれに接する北信・東信方言の一部で西日本方言の特徴である「未然形+にゃあ」を用い、中信・北信・東信方言では東日本方言の特徴である「未然形+なければ(なけりゃ、ねけりゃ、なきゃ)」を用いる。すなわち、中信方言では両方用いられている。また北信方言や中信方言北部などでは「未然形+んじゃ」、中信方言と南信方言の接触地域では「未然形+んけりゃ」なども用いられる[5][17][18]。南信方言では「…なければならない」は「…にゃならん」のほか「…んならん」という言い方も用いられる[21]。
- 「…ろ」と「…よ」:一段活用動詞やサ行変格活用動詞の命令形語尾は伊那谷中南部と木曽谷南端部で西日本方言の特徴である「命令形+よ」となり、そのほかの地域では東日本方言の特徴である「命令形+ろ」となる[14][5]。
- サ行イ音便の有無:サ行五段活用動詞が過去の助動詞「た」や接続助詞「て」などに続く場合は、南信方言及び中信方言の伊那谷北部・諏訪地方で西日本方言の特徴であるイ音便を用い(後者では連母音が融合する)、「連用形+した」「連用形+して」が、それぞれ「連用形+いた」「連用形+いて」になる。そのほかの地域ではサ行イ音便のまとまった分布はなく、東日本方言的である[15]。
- ワ行五段活用動詞のウ音便と促音便:「買った」、「払った」などは県の全域で東日本方言の特徴である促音便形をとり、「こーた」、「はろーた」とはならない[15]。
- 形容詞連用形のウ音便の有無:「白く」、「赤く」などは県の全域で「しろー」、「あこー」と言ったようなウ音便を取らず東日本方言的である。しかし語や用法にとって分布対立に差が見られ、「早く」ではウ音便形「はよー」が木曽谷や伊那谷のあちこちに点在するようになり、「よく(来た)」ではウ音便形「よー」が木曽谷や伊那谷で非ウ音便形「よく」をはるかに上回っている[15][22]。
- 継続態と結果態の区別の有無:動詞の進行形では南信方言で「連用形+とる(ておる)」を用い、他地域で「連用形+てる(ている)」を用いる。「…とる」は西日本方言の特徴でありアスペクト表現として「継続態」と「結果態」を語形で区別するものが多いが、木曽谷の北部を除いた地域で継続態と結果態の区別を持つ。二つのタイプがあり、木曽谷の平野部(中山道沿い)では継続態が「…よる(おる)」・継続態過去形が「…よった(おった)」、結果態が「…とる」・結果態過去形が「…とった」となり、木曽山間部では継続態が「…いた」・継続態過去形が「…いたった」、結果態が「…ていた」・結果態過去形が「…ていたった」となる。伊那谷中南部では継続態・結果態ともに「…とる」・過去形が「…とった」となり、「…とる」、「…とった」を用いる点では西日本方言的だが、継続態と結果態の区別を持たない点では東日本方言的である[5][23][14]。
- 推量表現
- 「…ずら」:中信・南信方言と東信方言の佐久地域で「…ずら」が用いられる。松本地域では「…ずろ」となる場合もある。上伊那中部以南の地域では動詞、形容詞に接続する場合は「…んずら」となる[15][14]。
- 「だら」:伊那谷と木曽谷南部で「…だら」が用いられる。動詞、形容詞に接続する場合は「…んだら」となる。「…ずら」が高年層を中心とした推量表現なのに対し「…だら」は若年層もよく用いる[15][14]。
- 「…ら」:伊那谷と諏訪地域で「…ら」が用いられる。「…ら」は動詞と形容詞のみに接続する。上伊那南部以南では「…ら」は「…ずら」や「…だら」よりも確実性が高いという[15][14]。
- 「…だらず」:北信方言と東信方言の上田地域では「…にてあらむとす」が変化した「…だらず」を用いる。「…だず」となる場合もある。また、多くの場合「…だろう」と併用される。
- 「…べー」:秋山郷と佐久地域では「…べー」も用いる。佐久地域では若年層ほど使用するという[22]。
- 意志表現
- 「…ず」:意志は「…むず」が変化した形を用いる。例えば「行こうと思う」という場合、「いかずと…」や「いかっと…」となる。
- 勧誘表現
- 「…ずか」:北信・東信・中信方言で「…むず(わ/か)」が変化した形を用い、「行こうか」は佐久地域で「いかざあ」、そのほかの地域で「いかずか」などとなる[5]。
- 「…まいか」:南信方言と中信方言南部では「…まいか」を用いる。「行こうか」は諏訪、上伊那北部で「いくまいか」、木曽谷南部で、「いこまいか」、そのほかの地域では「いかまいか」となる[14]。
- 「…ねぇか」:北信・東信・中信方言で用いる。共通語の「…ないか」と同じ。
- 「…んか」:南信方言とそれに接する中信方言で用いる。打ち消しが「…ん」であるためであり、共通語の「…ないか」と意味は同じ。
- 「…じゃねーか」、「…じゃんか」:東信・中信・南信方言で用いる。「行こうか」は「いくじゃねーか」、「いくじゃんか」となる。
- 理由・原因
- 「…に」:用言に接続する「…に」が北信方言の南部からほぼ全県で用いられるが、他県にはほとんど見られず、長野県独自である。ただし多くの場合「…で」などと併用され、「…に」を専ら用いるという地域は少ない[24] [5]。
- 「…で、…もんで」:「…で」は、中信方言・南信方言で盛んに用いられるほか、北信方言西部や東信方言西部にも分布している。「…もんで」は共通語の「…ものだから」に相当し、用法が少し異なる。例えば、「雨が降るから傘を持っていけ」という際には「…で」は使えるが「…もんで」は使えない。分布は「…で」に似ているが、北信地域などでの分布が広くなる[25][24] [5]。
- 「…から」:北信方言と東信方言に分布している。特に佐久地域に色濃い[5]。
- 「…んで」:北信方言には「…んで」も多く分布する。その他の地域にも転々とした分布が見られる[5]。
- 「…んて」:北信方言に転々と分布する[5]。
- 「…さげ」、「…すけ」:奥信濃方言や飯山市、信濃町など新潟県との隣接部には「…さげ、…すけ」も多く分布する。長野地域にも転々とした分布がみられる[24] [5]。
- 「…せー」:長野地域にわずかにみられる[24][5]。
- 「…によって」:南信方言伊那地域の辺境で用いられる[5]。
- 「…けん」:中野地域の方言集に載る。この地域では「…けれども」という意味でも「…けん」を用いることがある[15]。
- 敬語表現
- 長野県方言では一般的に、 「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」を用いた敬語体系と、共通語にはない「敬意終助詞」を用いた敬語体系がある[26]。敬意終助詞は終助詞が持つ語義に敬意を表す待遇的意味が加算されたものであるが、すべての文に接続することは出来ず、文体形成機能は微弱である。その一方で、共通語に見られる「美化語」を用いた敬語表現は見られない地域が多い。ただし地域によってはこれらが当てはまらないこともある[26][15][5]。 参照:日本語における敬語
比較表
さらに見る 共通語, 長野県方言 ...
|
共通語 |
長野県方言 |
尊敬語 |
〇 |
〇 |
謙譲語 |
〇 |
〇 |
丁寧語 |
〇 |
〇 |
美化語 |
〇 |
× |
敬意終助詞 |
× |
〇 |
閉じる
- その他
- 動詞一般に接続して命令を強調する助詞は共通語の「よ」に対して、専ら「や」が用いられる。命令形に接続する助詞「や」には、「どっか行けや」(みんなでどこかへ出かけようぜ)のような共格的用法が存在する。
- 木曽地方の山間部ではナ行・バ行・マ行の五段活用動詞の連用形が促音便化する[23]。
- 諏訪地方では「もの」「の」「こと」等の準体助詞が省略され、用言が準体法をとることがある[27]。例えば「(そんなことを)言うのは誰だ」は「言うは誰だ」となる。共通語においても「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」のように様々な諺や格言に残る。
- 動詞の未然形に可能の助詞「られる」がつく場合、能力可能表現であれば「ら」が脱落するが、状況可能表現であればそのままとなるといった使い分けがある地域が多い。 参照:ら抜き言葉
- 動詞の前に促音・撥音を含む接頭語が挿入される傾向がある。
- 伊那谷中南部(太田切川以南)と木曽谷南部では否定の表現に「…せん」も用いられ、岐阜県、愛知県と接する地域では「…へん」を使うこともある[28][15]。
- 佐久地域では、方向を表すのに「…せ」を用いる。東北地方や関東地方の「…さ」と結びつくものであり、「…え」や「…い」を用いる県内のほかの地域とは明確な一線を画している[22]。
- 上伊那南部から下伊那地方では「お…(動詞の連用形)…る(た)」という形の尊敬表現がある[29][15][5]。例えば「お書きになる(なった)」は「お書きる(お書きた)」となる。
- 下伊那南部では漢字の熟語で構成される形容動詞の末尾が「い」に変化して形容詞化するものがみられる[30]。例えば「大儀な」は「大儀い」、「横着な」は「横着い」となる[5]。これらは三河方言と共通する特徴である。
母音の特徴
- 母音の音素数は一部の地域を除いて[a],[e],[i],[o],[ɯ]の5つである。奥信濃方言では[ɯ]が中舌母音化して[ɯ̈]となり、[i]は少し中舌的である。したがって、「し」と「す」、「ち」と「つ」の区別が明瞭ではなく、いわゆるズーズー弁的母音である。この発音は長野市松代町寺尾や千曲市森にも残存しており、かつては北信地方で相当広く用いられていたと思われる[21]。千曲市森では「し」と「す」、「ち」と「つ」、「じ」と「ず」の音韻的対立がなく、これらにあたるところはそれぞれ、[tsï]、[dzï]〜[zï]があらわれる[15]。また奥信濃方言では越後方言(魚沼地方)に見られるような[ɛ],[ɔ]があり計7つとなる。例:用事→[jo:dʒi]/楊枝[jɔ:dʒi]、姪→[me:]/前[mɛ:]
- 奥信濃方言、北信方言では「子音+ユ」の音声が「子音+ヨ」になる傾向がある。例:巡査→[zjonsa]
また東信方言では同様の音声が「子音+イ」になる傾向がある。例:巡査→[zinsa]
- 奥信濃方言、北信方言、東信方言では「イ」と「エ」の混同があり、特に語頭において顕著である。但し奥信濃方言の[ɛ]は[i]と混同しない。
- 奥信濃方言、北信方言では語頭の「イ」と「エ」は音韻対立を欠き、後者に同調する傾向がある。例:隠居→[enkjo]
- 東信方言では語頭の「イ」と「エ」は音韻対立を保ちながら、両者が混同される傾向がある。例:益虫→[ikitʃɯ:]
- 奥信濃方言では「ウ」と「オ」の混同もあり、単独に発音される「ウ」と「オ」、「ム」と「モ」、「ル」と「ロ」などの区別を持たない[15]。
- 連母音[ai][ae][aja]は長野県下の多くの地域で融合して[e:]になる。南信方言では地域によって[e:]、[ja:]、[æ]になる。但し木曽地域の北部及び山間部を除く地域、下伊那地域の飯田市を中心とする地域と岐阜県・愛知県と接する地域では融合が起きずにそのまま残る。連母音[oi]、[ui]も同様に多くの地域で[e:]になるが、[oi]は木曽地域(山間部除く)や下伊那地域、上伊那地域の南部では融合は起こらず、[ui]は木曽地域(山間部除く)と上下伊那地域では融合は起こらない[5]。また[e]は木曽地方の大半で[je]になる[23]。
- 長野県下の大半がモーラ方言性を帯びるが、奥信濃の秋山郷と木曽開田高原にはシラビーム方言性があるとされる。
子音の特徴
- 助詞「を」を文字通り「ヲ[wo]」と発音し、「オ[o]」とは明確に区別される。
- 秋山郷には上記7母音のみならず、子音にも特異な音韻が存在する。
- 奥信濃方言では「キ」と「チ」の発音の区別を持たない[15]。
- 長野県下の大半では、ガ行」が鼻濁音[ŋ]になる傾向があるが(「が行」が語頭に来た場合のみ破裂音)、奥信濃方言や東信方言の軽井沢町や佐久市馬坂では破裂音の[g]のみとなる。また、南牧村の一部でもガ行鼻音を欠くときがある[22]。
- 奥信濃方言や北信方言の一部(下水内・下高井)、中信方言の一部(安曇)では、語中に来る「カ行」が有声化(濁音化)して「ガ行」になる語が見られる。例:堰→[seŋi]
- 奥信濃方言、北信方言では、末尾が撥音の名詞に助詞「は」「を」及び鼻濁音の「が」が接続すると連声する傾向がある。但し奥信濃方言の破裂音の「が」は連声しない。例:本は→[hoɴna] 本を→[hoɴno] 参照:連声。
- 奥信濃方言、北信方言を中心に、かつては「カ[ka]」と合拗音の「クヮ[kwa]」の区別もあったが、現在では「カ」に統一されつつある。
例:家事→[kadʒi]/火事→[kwadʒi]、河岸→[kaʃi]/菓子→[kwaʃi] 参照:字音仮名遣#日本語で「同音」になっている漢字、熟語の例。
- 東信方言の一部(佐久)においては、「ヒ」と「シ」、「ヒャ」と「シャ」、「ヒュ」と「シュ」、「ヒョ」と「ショ」の音韻対立を欠き、いずれも後者に同調する傾向がある。またさほど顕著ではないが、松本市周辺や長野市周辺でも混同が見られる[22]。例:東→[ʃiŋaʃi]、百→[ʃakɯ]
アクセントの特徴
- アクセント体系は、全県が東京式アクセント(乙種アクセント、第2種アクセント)に属し、その中の大半は中輪東京式に分類されるが、北信地方と南信地方最南端部に於いては外輪東京式となる(金田一春彦、1977年)。
- 自立語単独のアクセントは語彙と共に静岡県・山梨県のものに近似し、共通語ともさほど乖離は大きくないとされる[35]。
- 附属語の中には自立語に接続することで、自立語のアクセントを平板型から起伏型に、或いは平板型から起伏型に変化させるものが多々ある。しかし長野県方言は共通語よりもこの影響を受けにくく、両者のアクセントの結合度が共通語と比べるとかなり弱いため(附属語の式が異なるため[36])、特に東信方言以外では共通語や他県の方言との乖離が大きくなる。
例:助詞「のに」→共通語では下接式/長野県(東信以外)では独立式 助詞「たがる」→共通語では支配式/長野県(東信以外)では声調式
- 若年層では言語形成期におけるテレビ放送の音声の影響が大きく、伝統的なアクセントを喪失しつつある(馬瀬良雄、1981年[37])。一方で若年層の間に、京阪式アクセントへの同調が生まれ、共通語化の流れに逆行する現象もわずかながら散見される[5]。例:「2月」、「4月」、「熊」の尾高型から頭高型への変化。南信方言に限ってはギア方言の影響を受け「服」、「靴」等の語句も尾高型から頭高型へ変化したり、地域によっては両型が併用されている。これも京阪式と同様のアクセントである。
- 長野県下の大半では、1拍目と2拍目はどのアクセント類型でも必ずピッチの高低が違うが、木曽谷では主に3拍以上の名詞の尾高型や平板型のものに、ギア方言に見られるような、1拍目と2拍目以降がともに低ピッチのままで、ピッチの上昇が3拍目以降にずれ込む「遅上がり」現象が見られる。例:友達が(ともだちが, ともだちが)、頭が(あたまが)
- 南信地方最南端部の静岡・愛知県境から静岡県北遠地方・愛知県奥三河地方にかけては、3拍以上の名詞では尾高型アクセントが全般的に欠落しており、頭高型・中高型・平板型の3類型のみとなる。3拍名詞では、共通語で尾高型に発音されるものは中高型に発音されることが多い[38][39]。また、4拍名詞では、共通語でかつて尾高型に発音されていたものは2拍目にアクセント核を置く中高型に発音されることが多い[5]。
ただし、3拍名詞では2拍目が撥音・促音の場合のみ尾高型になる。例:尻尾(しっぽ)、女(おんな)
- 中信方言松本市では、疑問文の文末イントネーションが、語頭に疑問詞を置く場合(Wh疑問文)は下降調に、置かない場合(Yes/No疑問文)は上昇調になる(その他の地域は不明)[40]。共通語ではどちらも上昇調になる。例:何が欲しい?(下降調)、なんか欲しい?(上昇調)
- 北安曇では、動詞の連用形に依頼の終助詞「て」が接続する場合、語尾に若干のゆすり音調が現れる。例:買って来て(かってき[て]ぇ[え])、寄って行って(よってっ[て]ぇ[え])
音韻の特徴がアクセントに及ぼす影響
- 奥信濃、北信、東信の各方言や、中信方言の一部(北安曇北部)においては、無声子音に「[i]母音」や「[ɯ]母音」がつく場合など、特定の条件下で母音が無声化する現象が起こるが、中信方言の大半や南信方言においてはそれがみられない。そのため前者(こちらは共通語に同じ)と後者で名詞や動詞のアクセントの位置が異なることがある。
例:機械(無声化あり→きかい [ki ̥kai]/無声化なし→きかい[kikai])、不必要(無声化あり→ふひつよう [ɸɯçi̥ʦɯyo:]/無声化なし→ふひつよう [ɸɯçiʦɯyo:])
新しさ(無声化あり→あたらしさ [ataraʃi ̥sa])/無声化なし→あたらしさ [ataraʃisa])、来た時(無声化あり→きたとき [ki ̥tatoki]/無声化なし→きたとき [kitatoki])
- 共通語は撥音にアクセント核を置くことを回避するが、長野県方言は回避しない。 例:本屋(ほんや [hoɴja] /ɴ/ 共通語:ほんや)
- 連母音にアクセント核が置かれる場合、共通語においては前部拍に置かれるが、長野県方言においては後部拍に置かれる。そのため、主に以下の場合で共通語アクセントとの間に差がでる。
- 「ウ」で終わる中高型動詞からの転成名詞で連母音を持つもの 例:思い(おもい [omoi] /oi/ 共通語:おもい)
- 平板型の用言を尾高型に変化させる性質のある助詞や助動詞が接続する場合 例:軽いぞ(かるいぞ [karɯidzo] /ui/ 共通語:かるいぞ)
- さらにこの法則により、共通語において頭高型で発音する動詞が中高型になることがあるが、この点は上記と違い長野県下でも地域差が出る。
例:参った(まいった [maitta] /ai/ 共通語:まいった)、帰った(かえった [kaetta] /ae/ 共通語:かえった)
自立語のアクセントの相違
- 長野県下の対比、あるいは共通語との対比において、アクセントのパターンが異なるものは多いが、逐語的な列挙では膨大な数にのぼる上に地域差が大きいので、品詞や類別語彙ごとに特徴のあるものを取り上げる。
- 特筆しない限り、共通語化が進む以前の伝統的なアクセントの傾向を載せる[5]。地域は方言区画のもの。
さらに見る 品詞, 拍 ...
品詞 |
拍 |
類 |
共通語 |
共通語と相違のある長野県のアクセント |
アクセント |
アクセント |
該当する地域 |
用例 |
名詞 |
2 |
2 |
尾高型が優勢 |
平板型が優勢※1 |
奥信濃、北信 南信の一部(最南端部) |
石(いし) |
3 |
3 |
(1)頭高型と(2)平板型が拮抗 |
(1)(2)とも中高型が優勢 |
東信、中信 南信の大半(最南端部を除く) |
(1) 鮑(あわび) |
(2) 小麦(こむぎ) |
4 |
尾高型が優勢 |
尾高型を欠くため 中高型が優勢 |
南信の一部(最南端部) |
男(おとこ) |
5 |
頭高型が優勢 |
中高型が優勢 |
東信、中信 南信の大半(最南端部を除く) |
涙(なみだ) |
6,7 |
平板型が優勢 |
頭高型が優勢 |
奥信濃方言と、以下の山間地 北信の一部(西山) 中信の一部(北安曇北部) 南信の一部(木曽北西部) |
兎(うさぎ,6類) 芥子(からし,7類) |
4 |
A,B |
本来A型(尾高型)だった語は B型(3拍目にアクセント核を置く中高型)に移行している[41][42] |
依然としてA型が優勢[注釈 4] |
以下の地域を除く 奥信濃 北信の一部(新潟県境) 南信の一部(最南端部) |
年寄り (A型:としより) (B型:としより) |
動詞 |
3 |
2(B群) |
中高型 |
頭高型 |
北信の一部(西山) 中信の一部(安曇) |
出来る(できる) |
4 |
2(B群) |
3拍目にアクセント核を置く中高型 |
2拍目にアクセント核を置く中高型 |
北信の一部(下水内) 中信の一部(安曇・筑摩) 南信の一部(静岡県境) |
答える(こたえる) |
複合動詞 |
起伏型+起伏型 起伏型+平板型 |
平板型 |
(1)頭高型 |
中信、南信 |
逃げ出す(にげだす) |
(2)3拍目にアクセント核を置く中高型 |
全県的に若年層に多い |
逃げ出す(にげだす) |
形容詞 |
3,4 |
1 |
平板型 |
起伏型 |
南信の一部 (木曽南部・西部の岐阜県境) |
赤い(あかい) 明るい(あかるい) |
閉じる
※1外輪東京式アクセントの特徴とされる。
2拍名詞第2類の比較表
さらに見る 2拍名詞 第2類, 外輪 ...
2拍名詞 第2類 |
外輪 |
中輪 |
外輪 |
秋山郷 |
飯山 |
長野 |
佐久 |
松本 |
飯田 |
南木曽 |
天龍 |
歌※1 |
うた |
痣※2 |
あざ |
あざ |
下 |
しも |
しも |
しも |
雪 |
ゆき |
ゆき |
鞍 |
くら |
くら |
くら |
川※3 |
かわ |
かわ |
紙※4 |
かみ |
かみ |
かみ |
石 |
いし |
いし |
梨※5 |
なし |
なし |
なし |
北 |
きた |
きた |
きた |
閉じる
※1 「旅」、「冬」、「町」も県下全域で尾高型。
※2 「旗」、「村」も同様の分布を示す。
※3 「胸」、「橋」も同様の分布を示す。
※4 「肘」、「音」、「弦」も同様の分布を示す。
※5 「人」も同様の分布を示す。
疑問詞の比較表
さらに見る 疑問詞, 長野 ...
疑問詞 |
長野 |
佐久 |
松本 |
飯田 |
代名詞 |
幾つ※1 |
いくつ |
いくつ |
どれ |
どれ |
どれ |
幾ら※2 |
いくら |
いくら |
連体詞 |
どの |
どの |
どの |
どんな |
どんな |
どんな |
副詞 |
何時※3 |
いつ |
いつ |
閉じる
※1「何」も同様の分布を示す。
※2「誰」、「何処」も同様の分布を示す。
※3「何故」も同様の分布を示す。
- 比較表より、北信方言の長野では全て平板型や尾高型であったものが、南に下るにつれ頭高型が増え、南信方言の飯田では全て頭高型になっていることが読み取れるが、南信方言においても駒ヶ根市赤穂や根羽村では平板型や尾高型を取る場合が多い。これは、駒ヶ根市赤穂は独自のアクセントと思われ、根羽村では三河方面のアクセントの影響と思われる。
附属語のアクセントの相違
- 概して、共通語の用言のアクセントを平板型から起伏型(主に尾高型、特殊拍回避により中高型も)に変化させ、自らはアクセント核を持たない助詞や助動詞が(下接式アクセント)、長野県方言では用言がそのまま平板型アクセントを保ち、助詞や助動詞にアクセント核が移る(独立式アクセント)というパターンが多い[5]。
- 対照的に、共通語の体言のアクセントを起伏型から平板型に変化させ、自らアクセント核を持つ助詞や助動詞が(支配式アクセント)、長野県方言では体言がそのまま起伏型アクセントを保ち、アクセント核が助詞や助動詞へ移らない(従接式アクセント)というパターンもある[5]。
- 平板型動詞に接続した場合の補助動詞「いる」の活用形は、短縮形になると共通語のアクセントが平板型から起伏型に変化するが、長野県方言においては平板型のまま変化しない。
さらに見る 附属語, 共通語 ...
附属語 |
共通語 |
共通語と相違のある長野県のアクセント |
アクセント |
アクセント |
該当する地域 |
用例 |
起伏型動詞 +助動詞「ない」 |
「な」の直前まで高い (声調式) |
語幹から「な」にアクセント (声調式) |
東信以外の全域 |
帰らない(かえらない) |
起伏型動詞 +助動詞「せる・させる」 |
語幹から「せ」にアクセント (声調式) |
「せ」の直前まで高い (声調式) |
中信の一部 (安曇・筑摩) |
持たせる(もたせる) 見させる(みさせる) |
起伏型動詞 +助動詞「れる・られる」 |
語幹から「れ」にアクセント (声調式) |
「れ」の直前まで高い (声調式) |
中信の一部 (安曇・筑摩) |
持たれる(もたれる) 帰られる(かえられる) |
平板型動詞 +助詞「て」 +補助動詞「た(いたの短縮形)」※1 |
語幹から「て」にアクセント (下接式) |
平板型 (独立式) |
全域 |
買ってた(かってた) |
平板型動詞 +助詞「て」 +補助動詞「て(いての短縮形)」※1 |
語幹から最初の「て」にアクセント (下接式) |
全域 |
買ってて(かってて) |
平板型動詞 +助詞「て」 +補助動詞「ない(いないの短縮形)」※1 |
語幹から「な」にアクセント (独立式) |
全域 |
買ってない(かってない) |
平板型動詞 +助詞「ながら」 |
平板型 (声調式) |
語幹から「な」にアクセント※3 (支配式) |
東信 |
買いながら(かいながら) |
平板型動詞 +助詞「たい」 |
平板型 (声調式) |
語幹から「た」にアクセント※3 (支配式) |
東信 |
買いたい(かいたい) |
平板型動詞 +助詞「に」 |
平板型 (独立式) |
「に」の直前まで高い (下接式) |
全域 |
買いに(かいに) |
平板型動詞 +助詞「て」 +助動詞「おく」 |
平板型 (独立式) |
語幹から「お」にアクセント (独立式) |
全域 |
買っておく(かっておく) |
平板型動詞 +助詞「て」 +助動詞「しまう」「ちゃう(融合形)」 |
平板型 (独立式) |
語幹から「ま」にアクセント (融合形は「ちゃ」にアクセント) (独立式) |
全域 |
買ってしまう(かってしまう)、 買っちゃう(かっちゃう) |
平板型動詞 +助詞「な(禁止)」※2 |
「な」の直前まで高い (下接式) |
平板型 (独立式) |
奥信濃、北信 南信の一部 (上伊那南部・下伊那) |
買うな(かうな) |
平板型動詞 +助動詞「たがる」 |
語幹から「が」にアクセント (支配式) |
平板型※4 (声調式) |
東信以外の全域 |
買いたがる(かいたがる) |
平板型動詞 +助詞「まい(決意)」 |
語幹から「ま」にアクセント (支配式) |
平板型※4 (声調式) |
東信以外の全域 |
買うまい(かうまい) |
平板型動詞 +助詞「から」※2 |
アクセント核は「か」より前※6 (下接式) |
語幹から「か」まで高い (独立式) |
奥信濃、北信 |
赤いから(あかいから) |
動詞 +助動詞「ます」「ました」 |
語幹から「ま」にアクセント (支配式) |
平板型 (支配式) |
中信 |
帰ります(かえります) 買いました(かいました) |
平板型形容詞 +活用語尾「く」 +助詞「ても」※2 |
「く」の直前まで高い (下接式) |
語幹から「く」にアクセント (下接式) |
東信以外の全域 |
赤くても(あかくても) |
平板型形容詞 +活用語尾「かっ」 +助動詞「た」 |
「か」の直前まで高い※7 (下接式) |
(1)語幹から「か」にアクセント (下接式) |
東信、南信 中信の一部 (諏訪・上伊那北部) |
赤かった(あかかった) |
(2)平板型 (独立式) |
奥信濃、北信 |
赤かった(あかかった) |
平板型形容詞 +助詞「ければ」※2 |
「け」の直前まで高い※7 (下接式) |
語幹から「け」にアクセント (独立式) |
東信以外の全域 |
赤ければ(あかければ) |
平板型形容詞 +助詞「です」※2 |
アクセント核は「で」より前※6 (下接式) |
語幹から「で」にアクセント※5 (独立式) |
東信以外の全域 |
赤いです(あかいです) |
平板型形容詞 +助詞「か」「かな」※2 |
アクセント核は「か」より前※6 (下接式) |
平板型※5 (独立式) |
奥信濃、北信 |
赤いかな(あかいかな) |
平板型形容詞 +助詞「さ」※2 |
アクセント核は「さ」より前※6 (下接式) |
平板型※5 (独立式) |
奥信濃、北信 |
赤いさ(あかいさ) |
平板型名詞・動詞 +助詞「まで」 |
語幹から「ま」にアクセント (独立式) |
尾高型[注釈 5] (独立式) |
奥信濃 北信 (更級・埴科を除く) 中信 (安曇・筑摩) |
それまで(それまで) 買うまで(かうまで) |
平板型用言 +助詞「けれど」※2 |
アクセント核は「け」より前※6 (下接式) |
語幹から「け」にアクセント (独立式) |
東信以外の全域 |
買うけれど(かうけれど) 赤いけれど(あかいけれど) |
平板型用言 +助詞「かい」※2 |
「か」の直前まで高い (下接式) |
語幹から「か」にアクセント※5 (独立式) |
奥信濃、北信 |
買うかい(かうかい) 赤いかい(あかいかい) |
平板型用言 +助詞「やら」※2 |
アクセント核は「や」より前※6 (下接式) |
語幹から「や」にアクセント※5 (独立式) |
奥信濃、北信 |
買うやら(かうやら) 赤いやら(あかいやら) |
平板型用言 +助詞「のに」「ので」※2 |
アクセント核は「の」より前※6 (下接式) |
語幹から「の」にアクセント (独立式) |
東信以外の全域 |
買うのに(かうのに) 赤いので(あかいので) |
平板型用言 +助動詞「そうだ(伝聞)」 |
語幹から「そ」にアクセント (独立式) |
平板型 (独立式) |
東信以外の全域 |
買うそうだ(かうそうだ) 赤いそうだ(あかいそうだ) |
平板型体言・用言 +助動詞「らしい」 |
語幹から「し」にアクセント (支配式) |
平板型※4 (声調式) |
奥信濃、北信 |
それらしい(それらしい) 赤いらしい(あかいらしい) 買うらしい(かうらしい) |
起伏型体言 +助詞「だけ」※8 |
語幹から「け」にアクセント (支配式) |
体言のアクセントを準用 (従接式) |
全域 |
ちょっとだけ(ちょっとだけ) |
起伏型体言 +助詞「ばかり」※8 |
語幹から「ば」にアクセント (支配式) |
全域 |
ちょっとだけ(ちょっとばかり) |
起伏型体言 +助詞「どころか」※8 |
語幹から「ど」にアクセント (支配式) |
全域 |
ちょっとどころか(ちょっとどころか) |
閉じる
※1短縮形になると、共通語のアクセントが平板型から起伏型に変化する補助動詞。
※2共通語の用言のアクセントを平板型から起伏型に変化させる性質のある助詞、助動詞。
※3起伏型の場合はこちらが共通語と同じアクセントになる。
※4起伏型に接続すると共通語と同じアクセントに変化する。
※5平板型の体言ではこちらが共通語と同じアクセントになる。
※6共通語は連母音の後部拍にアクセント核を置かない。例:「あかいのに」
※7共通語の母音の無声化によってアクセント核の位置が2拍前にある語彙もある。例:「かなしかった」
※8共通語の体言のアクセントを起伏型から平板型に変化させる性質のある助詞、助動詞。
数詞・助数詞のアクセントの相違
- xには任意の数字が入る。
- 助数詞については月は12まで、それ以外は10までについて言及する。
さらに見る 語彙, 共通語 ...
語彙 | 共通語 | 長野県 | 備考 |
数詞 | 10 とお、13 じゅうさん、15 じゅうご、19 じゅうく、20 にじゅう | 10 とお、13 じゅうさん、15 じゅうご、19 じゅうく、20 にじゅう | 「日」※1「年」※2等がついた場合もこれに準じる |
15秒 じゅうごびょう、20秒 にじゅうびょう、30秒 さんじゅうびょう | 15秒 じゅうごびょう、20秒 にじゅうびょう、30秒 さんじゅうびょう | 「15」「20」「30」に続く数詞は共通語で頭高になるものが多い。 |
億 | x億 xおく(アクセント核は「お」より前) | x億 xおく | |
日 | 二三日 にさんにち、四五日 しごにち、四十九日 しじゅうくにち、二百十日 にひゃくとおか、二百二十日 にひゃくはつか | 二三日 にさんにち、四五日 しごにち、四十九日 しじゅうくにち、二百十日 にひゃくとおか、二百二十日 にひゃくはつか | 「10日(とおか)」「20日(はつか)」は共通語に同じ |
月 | 2月 にがつ、4月 しがつ | 2月 にがつ、4月 しがつ | 主に若年層のみ、中高年層は概ね共通語に同じ。 |
時間 (単位) | x時間 xじかん | x時間 xじかん | |
匹 | 1匹 いっぴき、6匹 ろっぴき 8匹 はっぴき、10匹 じゅっぴき | 1匹 いっぴき、6匹 ろっぴき 8匹 はっぴき、10匹 じゅっぴき | 「曲」、「足(そく)」、「冊」、「拍」、「泊」、「隻」等もこれに準じる※4 |
台 | 5台 ごだい、9台 くだい | 5台 ごだい、 9台 くだい | 「艘(そう)」、「代」、「題」、「杯」、「本」、「枚」、「問」等もこれに準じる※3 |
番 | 3番 さんばん、5番 ごばん | 3番 さんばん、5番 ごばん | 「段」もこれに準じる※3 |
巻 | 4巻 よんかん、7巻 ななかん 9巻 きゅうかん | 4巻 よんかん、7巻 ななかん 9巻 きゅうかん | 「点」もこれに準じる |
円 | 2円 にえん、3円 さんえん 6円 ろくえん、8円 はちえん | 2円 にえん、3円 さんえん 6円 ろくえん、8円 はちえん | |
人 | 3人 さんにん、4人 よにん 5人 ごにん、9人 くにん | 3人 さんにん、4人 よにん 5人 ごにん、9人 くにん | 名詞的用法では共通語と異なる※4 |
男 | 次男 じなん | 次男 じなん | 共通語では「次男」のみ「な」にアクセント核を置いてはならないが 「長男」と「三男以降」は許容される。 |
回 | x回 xかい 但し4回、7回、9回のアクセント核は「か」より前 | x回 xかい | 名詞的用法では共通語と異なる※4 |
通 | x通 xつう 但し4通、7通、9通のアクセント核は「つ」より前 | x通 xつう(アクセント核は「つ」より前) | 「4通」「7通」「9通」のみ共通語に同じ※4 |
班 | x班 xは(ぱ)ん(頭高) 但し7班、8班のアクセント核は「は(ぱ)」の直前 | x班 xは(ぱ)ん | 「犯」、「版」もこれに準じる |
畳 | x畳 xじょう | x畳 xじょう(アクセント核は「じょ」より前) | 「合(ごう)」、「銭(せん)」もこれに準じる※4 |
閉じる
※1「10日(とおか)」は平板。「14(じゅうよん)」は頭高ではないが、「14日(じゅうよっか)」は頭高になる。
※2「13年(じゅうさんねん)」は頭高にならない。
※3「5(ご)」「9(く)」は共通語の伝統的アクセントにおいてはアクセント核を持たない「ご」「く」であったとされる。[43]
※4たいていの場合、副詞的用法では平板になる。(「畳」を除く)
地名のアクセントの相違
- ○○郡、○○市、○○町は固有地名の末尾にアクセント核を置く中高型、○○村は原則として平板型となる(例外あり)。
- 以下の項では「郡」「市」「町」「村」がつかない固有地名について長野県で用いられているアクセントを記す。
「長野」のアクセント
県名ならびに市名の「長野」のアクセントについては、平板型(ながの:0型)、頭高型(ながの:1型)、中高型(ながの:2型)、尾高型(ながの:3型)の4類型がある。共通語アクセントは1型(古くは3型)であり[43]、長野県下でも共通語に合わせる傾向が見られる。
- 長野県下におけるアクセント分布[5]
- 上下水内・上下高井地域 - 1型、0型
- 上小・更級・埴科・北佐久地域 - 2型
- 南佐久地域 - 2型、3型
- 北安曇地域 - 0型、2型
- 南安曇・東筑摩地域 - 2型、3型
- 諏訪地域 - 2型
- 上伊那地域 - 3型
- 下伊那地域 - 2型、3型
- 木曽地域 - 2型
1998年の長野オリンピックの際も「長野」の言い方が一部マスコミで話題になり、あるスポーツ新聞の調査では「地元でも(頭高型と平板型が)半々で使われている」という報道があった。地元民が頭高型の「長野」を使う場合は、近隣市の「中野市」を「中野」と言うときと紛らわくないように使う場面が多い。このように地名に関しては、地元の言葉と共通語との違いが多々見受けられる。
平板型
多くの場合、高齢者層を中心にして尾高型に発音される傾向もある。
- 青木村
- 飯綱町
- 池田町
- 上田市
- 売木村
- 王滝村
- 大桑村
- 大鹿村
- 川上村
- 駒ヶ根市
- 小諸市
- 佐久穂町
- 喬木村
- 筑北村
- 豊丘村
- 南木曽町
- 原村
- 宮田村
- 御代田町
- 泰阜村
- 例外あり
- 小布施町
- 栄村
- 長和町
- 小川村
- 根羽村
- 平谷村
- 上記4町村は頭高型も聞かれる。
- 北佐久郡
- 下條村
- 高山村
- 埴科郡
- 上記4郡町村は2拍目にアクセント核を置く中高型も聞かれる。
- 3拍目にアクセント核を置く中高型も聞かれる。
- 共通語は頭高型のみ[44]。
- 共通語は2拍目または3拍目にアクセント核を置く中高型[44]。古くは「かるいさわ」と発音され、地元住民は現在もそのように呼称する。
- 尾高型や中高型も聞かれる。共通語は頭高型のみ[44]。
尾高型
- 例外あり
- 共通語は頭高型と平板型[44]。
- 共通語は平板型も認めている[44]。
- 共通語は頭高型と平板型[44]。
- 共通語は2拍目にアクセント核を置く中高型も認めている[44]。
- 共通語は頭高型も認めている[44]。
- 共通語は頭高型も認めている[44]。
- 共通語及び北信方言では平板型[5]。
- 平板型
頭高型
- 阿智村
- 生坂村
- 大町市
- 坂城町
- 須坂市
- 天龍村
- 東御市
- 白馬村
- 例外あり
- 上記2市町村は平板型も聞かれる。
- 「町」がつく場合は2拍目にアクセント核を置く中高型になる。
- 共通語は平板型のみ[44]。
- 共通語は平板型も認めいてる[44]。
- 共通語は平板型のみ[45]
- 共通語は平板型と尾高型のみ[44]。
中高型
原則として3 - 4拍語地名は2拍目、5拍語地名は3拍目、6 - 7拍語地名は4拍目にアクセント核を置く。
- 上松町
- 上伊那郡
- 上高井郡
- 上水内郡
- 木島平村
- 北相木村
- 北安曇郡
- 下伊那郡
- 下高井郡
- 下水内郡
- 高森町
- 小県郡
- 中川村
- 野沢温泉村
- 東筑摩郡
- 松川町、村
- 南相木村
- 南佐久郡
- 南牧村
- 南箕輪村
- 山形村
- 山ノ内町
- 例外あり
- 頭高型も聞かれる[14]。
- 一般名詞としての共通語は頭高型のみ[44]。
- 共通語は平板型のみ[44]。
- 共通語は平板型も認めている[44]。
村のアクセントの例外
- 一部の村に於いては「村」がつく場合であっても平板型にはならずに、その直前にアクセント核を置くものも聞かれる。(「○○○○町」と言う時のようなアクセントになる) 例:栄村(さかえむら)、山形村(やまがたむら)等。
注釈
正確には、畑美義は南信方言のうち旧奈川村、旧楢川村を東日本方言に、残りの地域を西日本方言に位置付けている。また矢島満美は木曽地域のみの研究であるが、旧奈川村、旧楢川村、木祖村小木曽を東日本方言に位置付け、木祖村、王滝村、旧開田村、旧新開村、対立地帯とし、残りの地域を西日本方言に位置付けた。福沢武一は矢島の研究を支持しつつ、伊那地域についても調査を行い、宮田村以北を東日本方言、旧伊那村を対立地帯、旧中沢村、旧赤穂町以南を西日本方言とする論文を発表したことがあるが、福沢は後に撤回している)
飯田市街地周辺では融合しないが、市街地から少し離れた地域では融合する場合も多い
『上伊那誌 民俗篇下巻』によれば、1960年生まれ以降では長野や松本の市街地ではB型化が進んでいる。上伊那では調査当時B型化は進んでおらず、そのほかの地域は不明。
「長野県史 方言編」(馬瀬)には平板型とあるが、実際の発音は尾高型。
出典
『長野県史 方言編』 アクセント調査は1974年から1978年
言語編集部「沖裕子「気づかれにくい方言の隆盛と俚言使用の二相化」」『変容する日本の方言 : 全国14地点、2800名の言語意識調査』大修館書店〈言語〉、1995年。 NCID BN13538897。
馬瀬良雄(1971年)『信州の方言』で上伊那南部と更埴南部の扱いを確認
上伊那郡誌編集会(1980年)『上伊那郡誌 民俗編 下』
都竹通年雄「文法概説」(飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編『講座方言学 1 方言概説』国書刊行会、1986年)
国立国語研究所『日本のふるさとことば集成8 長野・山梨・静岡』
大西拓一郎(2016年)「ことばの地理学」132頁
真田信治、友定賢治(2018年)『県別方言感覚表現辞典』
真田信治、友定賢治(2015年)『県別方言感情表現辞典』
金田一春彦(1943年5月)、『音声学協会会報72 - 75号』「静岡・山梨・長野縣下のアクセント」『日本列島方言叢書8』に再録。
三宅武郎(1943年)『国語文化』「標準アクセントの一問題」
北信方言
- 「下水内の方言」1976
- 「上高井郡誌」1914
- 「中野のふるさとことば」1992
- 「鬼無里村史」1976
- 「長野市及び上水内郡の方言集」1935
- 「方言の単語と民話と対話集」1992
- 「川中島平方言集」1952
- 「更級郡方言調査書」1891
東信方言
- 『東信濃方言集』, 1976
- 「上田附近方言調査」1907
- 「上田市誌 民俗編」2003
- 「佐久市志 民俗編」1990
- 「南佐久郡誌 方言編」1996
- 「川上村誌 民俗編」1986
中信方言
- 「松塩筑安曇地方の方言」2003
- 「北安曇郡方言取調」1897
- 「小谷口碑集」1922
- 「南安曇郡誌(旧)」1923
- 「南安曇郡誌(新)」1962
- 「三郷村誌」1980
- 「乗鞍高原の方言」1987
- 「東筑摩郡方言」1898
- 「諏訪の方言」1978
- 「富士見町史」2005
- 「上伊那郡誌 民俗編」1980
南信方言
- 「西筑摩郡誌」1915
- 「木曽の方言」1974
- 「日義村誌 民俗編」1998
- 「開田村誌」1980
- 「上伊那郡誌 民俗編」1980
- 「信州下伊那郡方言集」1936
- 「千代の方言」2005
- 「阿南町誌」1987
- 「遠山のことば」2004
4-14-011040-6) - 共通語のアクセントはこの書籍に依った。