フェティシズム(英語: fetishism)とは、リヒャルト・フォン・クラフト=エビングが、1886年に自身の著書『性的精神病理』(Psychopathia Sexualis)において初めて使った言葉である。もともとはフェティシズムは呪物崇拝を指す言葉であるが、現代では通常よりも強く性的興奮を引き起こす特定のものや状態を表す言葉として用いられる事が多い[1]。
本来、フェティシズムとは、生命を持たない呪術的な物(フェティッシュ、英: fetish、仏: féticheという)に対しての崇拝を指し、性欲とは無関係であった[2]。原義のフェティシズムについては呪物崇拝を参照されたい。もともとは人類学、宗教学の用語であったが、19世紀後半にオーギュスト・コントやアルフレッド・ビネーといった心理学者が、崇拝構造を『性欲の対象とするもの』と『対象によって惹起される性欲』との関係として流用し、ある種の性的倒錯の説明として用いた[2]。リヒャルト・フォン・クラフト=エビングは性的な物神崇拝、同性愛、サディズム、マゾヒズムについて著書『性的精神病理』で説いた。その後フロイトも著書『性の理論に関する三つの論文』(1905年)において、フェティシズムという用語を用いて足や髪、衣服などを性の対象とするある種の性の逸脱現象の説明として、それを幼児期の体験に基づくものとした。日本においては心理学的な用法がポルノグラフィーその他で広まった関係で呪物崇拝という原義よりも性的フェティシズムのことを指すことが一般的である。
世界保健機関(WHO)の『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』(ICD)では以前は「性嗜好障害」の下に「フェティシズム」を分類していたが、2019年の「ICD-11」からは「性嗜好障害」という言葉を使わずに「パラフィリア症群」という言葉を用い、「フェティシズム」の用語はカテゴリから消えた[3]。
この「パラフィリア症群」は以下の内容で特徴づけられる[3]。
- 持続的かつ強烈な非典型的性的興奮パターンを有する。
- そのパターンは、同意能力のないあるいは同意を拒む者を対象とする。
- もしくは、そのパターンは、自身に著しい苦痛をあたえる。ただし、それはその興奮パターン自体によるものであり、単にその興奮パターンが他者から拒絶されること、または他者から拒絶されるのを恐れることによる二次的なものではない。
- もしくは、そのパターンは、たとえ相手の同意があったとしても自身か相手に傷害・死亡に至る重大なリスクを生じさせる。
アメリカ精神医学会の『精神障害の診断と統計マニュアル』(2013年のDSM-5)ではフェティシズムを以下のように扱っている。
- 長期(少なくとも6ヶ月以上)にわたる、生命のない対象物に対する強烈な性衝動、妄想、行動が持続、反復する。
- その性衝動、妄想、行動により著しい苦痛、または社会的、職業的な障害を引き起こしている。
- 対象物は衣服や性具に限らない。
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女性の足・脚に対する偏愛
- 作家・谷崎潤一郎が初期の『刺青』から晩年の『瘋癲老人日記』まで、女性の足にこだわりを見せたことは有名。『瘋癲老人日記』(1961年)は、若い嫁の足に踏みつけられることを夢想し、死んでゆく男性を描いている。フェチを描いた先駆的小説である(足に対する偏愛は「谷崎趣味」と呼ばれることもあった)[要出典]。
- 生活の洋風化にともない女性のハイヒールやストッキング姿などに執着するフェティシズムが、日本で一般にも認知されるようになった。欧米では早くからハイヒール・ピンヒールに対するフェティシズムがあったことが1946年から1954年まで発行された『Bizarre』というフェティッシュマガジンに見て取れる[要出典]。
- 女性の身体の局所部分に対する類似の偏愛として、手指やうなじ・鎖骨(デコルテ)などに対する執着を見せる男性も少なくない。他、様々な局所部分に対する偏愛・執着を指す表現が定義できる。但し、上述のような俗語的な意味合いとの混同に注意を要する[要出典]。
服装・外見への偏愛
- 西欧文化圏では拘束具としてロープよりも手枷などが発達し、そうした拘束状態を示す言葉としてボンデージ(Bondage)が定着した。SMでも用いられていたパンクファッションに見られた鋲付きの皮革・エナメルの衣装などが、1990年代初め、シャネル、ヴェルサーチなどがファッションに取り入れボンデージファッションと呼ばれるようになった。アメリカの歌手マドンナもゴルチエのSMボンデージ風の衣装を好んで身に付けていた。これがさらに主に西欧で発展し、皮革・エナメル・ラバー(ゴム)などの素材を用いたフェティッシュファッションと呼ばれる分野で2000年代に入り多くのデザイナーが登場している。
- 上記のSMボンデージとはやや異なり、レザーウェアの素材である皮革の方に執着するフェティシズムが、男女双方に存在する。欧米、特にイギリスやドイツに専門誌、専門サイトが多い[要出典]。
- 礼服の異性若しくは服装そのものに対する偏愛・執着を見せるフェティシズム現象は、古くから男女ともに見られる。女性であれば男性の背広服・タキシード・紋付袴姿に対する執着、男性であれば女性のドレス(特にウェディングドレス)・レディーススーツ・スカート姿・舞台衣装・ダンスウェアをはじめ、和装・巫女装束などの儀式衣装などに偏愛を見せるケースがある。これらのフォーマルウェアには男女を問わず独特の非日常性と社会的性(ジェンダー)を視覚的に際立たせる要素を持っているため、フェティシズムの対象となり易い。着飾った異性よりも、衣裳(更に際立ったケースとして、衣裳を形成している「布生地」)そのものに対する執着を見せるケースが多い。これも俗語的な意味でのフェティシズムとの混同に注意を要するケースである。
- 女性の下着、タイツ、ストッキングに執着し、秘かに持ち去ってゆく者(下着泥棒)もいる。着用している異性自身よりも衣服や布地に対して異常な関心を示す点に、性対象の歪曲が見られる[要出典]。上記項目と類似する点である。
- 男女問わず学生服姿や体操着姿、また医師・看護師の白衣他、職業などを想起させる制服に対する性的嗜好の固着が見られる。アダルトビデオなどの性風俗的なメディアで多用されているために一概に精神医学的な考察はふさわしくない。思春期の折りに性的好奇心が高まることは珍しいことではなく、その象徴としてのセーラー服やブルマー、スクール水着などへの執着は必ずしも性的逸脱とは言い切れない[要出典]。1990年代に生まれたブルセラショップを支えたものはこうした性的逸脱であるという論拠も多いが推測の域を出ない(2004年に法規制の対象になったが、ブルセラでは女子高生の唾液さえも商品になった時期があった)[要出典]。
- 長髪、短い髪、赤髪など髪の毛の長さや色に執着する者も少なくない。また、女性が髪を切る過程に興奮する者も多い[要出典]。
- 「レインコートフェティシズム」とはレインコートを着用した女性・レインコートにとくに欲情をかきたてられる性癖をさす(おもに男性。女性ではまれ)[要出典]。最近では(2009年以降)、レインコートフェティシズムをテーマにしたアダルトDVDも多数製作されている。代表的なものに「エンドレスレインコート」シリーズなどがある。
- ゴシック・アンド・ロリータを着た少女が好きであると公言する大槻ケンヂは著作『大槻ケンヂ短編集 ゴスロリ幻想劇場』の「ゴスロリ専門風俗店の『七曲町子』」という掌編にてゴシック・アンド・ロリータ専門の風俗店を扱っている[4][5]。しかし、この掌編に対しては少女読者から「ゴスロリを汚すな」という抗議が殺到したという[5]。ちなみに「ゴスロリ専門風俗店の『七曲町子』」は、同じく大槻の著作である『ロッキン・ホース・バレリーナ』の前日談で[5]、大槻は小説のヒロインである七曲町子を「マイフェイバリットキャラクター」として挙げている[6]。また『ロッキン・ホース・バレリーナ』は、ヴィジュアル系バンドのボーカル・デュワー君に食われるために博多に向かうゴスロリ少女七曲町子と、全国ツアーを行うパンクバンド「野原」を描いた物語である[7]が、七曲町子のようなバンドファンがフィクション作品で描かれる一方で、現実には「食われたくないから」ライブにゴシック・アンド・ロリータで行くという者もいる[8]。また、大槻は「ゴスロリ服ってボタンいっぱいあってあの脱がせにくさが男の劣情をそそると思うんだけどなあ。」[5]、「バージニティっていう部分、純潔というか理想を守るというか…でもそれが、尼僧を見てむらむらするみたいな現象でね、その禁欲的な部分に男の人はどきどきするんでね、そこをかたくなに拒絶せずに、自分たちが意外にエロい服を着ているんだという自覚を持つと、さらに魅力的になるじゃないかと、えーゴスロリに関して男目線で見ている者としては主張したいですね。」と男性の目線から述べている。こうした男性による先入観に基づいた、調査ともいえない興味本位の現代の若者の取り上げ方の中には、ゴスロリ系の女子は性体験率が高いという記事もある[9]。ただしこの日本溶解論(三浦展が主宰するカルチャースタディーズ研究所)の調査では回答が「一人の相手とだけある」「複数の相手とある」の2回答しかなく、なぜかはわからないが「2007年の時点で中学生を除く15歳から22歳の女性」[10]を対象にしていながら、「未体験」の回答がない。そもそもこの質問の回答者には端から処女がいない可能性がある(「ファッションタイプ別性体験率」や「ファッションタイプ別なりたい職業、してみたい仕事」のアンケートはあるが、「ファッションタイプ別初交経験率」などの調査記録は掲載されていなかった)。
素材・道具への偏愛
- 上記項目にもあるように、タイツ・ストッキングなどの伸縮生地、男性用スーツや女性用ブレザーなどのウール化繊、女性用フォーマルドレスなどの艶に富んだ華美な生地(特にサテン・ジョーゼット・オーガンジーといった化繊や、シルク生地)といった特定の生地素材に対する偏愛・執着。
- ラバーフェティシズムと呼ばれる天然ゴムやPVCの感触に対する性的嗜好の固着は欧米を中心に発達している。欧米では専門誌も多い。また全身タイツフェティシズムは全身タイツを纏う事で性的嗜好を得るもので、日本で生まれ世界に広がったとされる[要出典]。
- 風船に性的興奮を覚える人が膨らましたり、抱いたり、破裂させたり、等色々な行為をして楽しむことがあり、どうやら、破裂する寸前の洋梨形や、割ることに興奮を覚えるという。自分だけで楽しんでいる人が多く、世間には危害を与えない[要出典]。最近では風船フェティシズムをテーマにしたDVDが日本では多数つくられている。
状態への偏愛
- ウェット&メッシーと呼ばれる、対象の濡れた姿、あるいは泥水や汚泥にまみれた姿に対する偏愛が存在する。水着姿の女性が全身を使って車を洗うという「カーウォッシュ(ガール)フェティシズム」は日本ではほぼ皆無だが、アメリカではメジャーなフェティシズムである。類似のものとして異性の衣裳を損壊させたり切り裂いたりした状態(リッピング)に対する偏愛、衣服を焼却する偏愛も存在する。いずれも「対象の状態」に注視しているフェティシズムといえる[要出典]。
- 対象の姿のみならず、自身でそういう遊びをすることを好む者も存在する。
- 煙草を吸う女性、太った異性、妊娠した女性など特殊な状態の対象者に執着する嗜好が存在する[要出典]。
- ギターを弾く男性の手指・ピアノを弾く女性の手指・裁縫をする女性の手指・サッカーをしている男性の脚といった、特定行動下における異性への偏愛など[要出典]。
- バグチェイシングと呼ばれる、HIV陽性の人とのアンセーファーなセックスを望む嗜好が存在する。
出典
メガネフェチ、匂いフェチなど、一般に○○フェチと呼ばれる。
大槻ケンヂ『大槻ケンヂ短編集 ゴスロリ幻想劇場』 インデックス・コミュニケーションズ、12月16日
京都精華大学情報館文化情報課編『木野評論Vol.34“有名する”ひとびと-21世紀のメディアと表現』吉光正絵「ゴスロリ-ロック・カルトの現在形」 京都精華大学情報館、2003年3月15日発行(56-61頁)
三浦展、スタンダード通信社『日本溶解論-この国の若者たち』 プレジデント社、2008年3月17日発行(72頁)
三浦展、スタンダード通信社『日本溶解論-この国の若者たち』 プレジデント社、2008年3月17日発行(10頁)
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