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2006年制作の日本の映画作品 ウィキペディアから
『パプリカ』(PAPRIKA)は、今敏監督による日本の劇場用アニメ映画。原作は筒井康隆が1993年に発表した長編SF小説『パプリカ』[2][3]。
2006年11月25日からテアトル新宿、池袋テアトルダイヤ、川崎チネチッタの関東圏3館で限定公開されたのを皮きりに、12月から翌2007年3月にかけて全国でロードショーされた。2007年5月24日より北米でも劇場公開された。また今の一周忌にあたる2011年8月25日には、ドリパスによる追悼企画として本作と『東京ゴッドファーザーズ』を連続上映するレイトショーが新宿バルト9にて開催された[4]。
キャッチコピーは「私の夢が、犯されている―」「夢が犯されていく―」。
第63回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門出品作品、第19回東京国際映画祭のanimecs TIFF 2006共同オープニング上映作品[5]。
同名の筒井康隆によるベストセラー小説を今敏がアニメーション化した作品[6]。2010年に逝去した今の最後の劇場作品であり、それまでに培った今の演出テクニックがまとめて投入された総決算とも言うべき作品で、主人公パプリカの造形をはじめ、今作品の中では最もキャラクター性が前面に出たエンターテインメント性の高い"アニメらしい"作品でもある[3]。
他人と夢を共有できる画期的な装置の発明を巡って、悪夢を見させる夢のテロリストと、夢探偵「パプリカ」の戦いを描いている[2]。夢の中に入って事件を追うという原作の設定を踏襲しつつ、ストーリーは大胆に脚色されている[3]。製作では、『千年女優』より平沢進とタッグを組んでいた今敏が、平沢に先に音楽を作成して貰い、そこから更に映像に描きだす手法が使用された[7]。
ヴェネツィア国際映画祭ではオフィシャルコンペティションに選出される快挙を果たした。世界3大映画祭と呼ばれるベルリン、カンヌ、ヴェネツィアで一般映画に混じったオフィシャルコンペティションへの出品は、当時、日本アニメの監督では宮崎駿、押井守と今の3人しかいなかった[8]。
精神医療総合研究所で働く千葉敦子は、天才科学者である時田浩作が発明した夢を共有する装置・DCミニを使用し、別人格パプリカの姿で悪夢に悩まされている患者の治療を行う優秀なサイコセラピスト。ある日、DCミニが研究所から盗まれてしまい、装置を悪用して他人の夢に強制介入し、悪夢を見せて精神崩壊を起こさせる事件が発生してしまう。敦子達は犯人の正体と目的、そして終わり無き悪夢から抜け出す方法を探る。
小規模公開だったこともあり、『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』は、共に当初はリクープ(製作投資資金の回収)が出来ずに苦労した。しかし、『パプリカ』の企画の頃には今の名前は映画関係者にも知られるようになっており、評価もすでに確立していたことから、この映画の制作が実現した[8][9]。
実は最初の劇場作品『パーフェクトブルー』を撮り終えた後、今は次の作品としてその出資者だった会社のプロデューサーと一緒に『パプリカ』作ることを想定していたが、その会社レックス・エンタテインメントが倒産してしまったため、話は流れてしまった[10]。しかし、今の頭の中には1998年の時点で『パプリカ』の構想があり、監督デビュー作である『パーフェクトブルー』や第2作のオリジナル作品『千年女優』で「幻想と現実」「記憶と現実」の曖昧さや境界の揺らぎを描こうとしたのも、実は小説『パプリカ』のようなことを映像的に実践してみたかったからであった[1][10][11]。その後、原作者の筒井康隆に会って映画化の許可をもらった時には、ずっと思い描いていたことが実現したような気がしたという[10]。
同じ原作のある作品でも『パーフェクトブルー』のように作品の根幹となる部分を変更したわけではないが、『パプリカ』も映画に合わせて原作の内容を一部変更している。『パプリカ』の場合は、原作のボリュームが大きくて映画一本に収まるものではないことと、映画化時点で原作の出版からすでに十数年が経過しており、その間に多くのクリエイターたちが『パプリカ』に触発されたアイディアを映像など色々な媒体で具現化していたため、原作をそのまま踏襲する形での映画化はできないと考えたからである[1][12][注 1]。そこで今は、原作の文章表現や内容、個々のエピソードにではなく、原作の持つ態度に忠実であることにした[12]。
原作のエピソードを忠実に映像化しようとするとTVシリーズ26本は必要になってしまう。しかし、今は原作の魅力は夢のシーンにあり、その夢の世界を映像ならではの表現でディテール豊かに描いてこそ成立すると思っていたので、TVシリーズレベルの画面のクオリティであるならば作る必要性を感じなかったことと、今に許されていたのは予算的にも時間的にも「90分以内の作品制作」だったことで、初めから映画以外に選択肢はなかった[12]。そこで、まず原作を一旦単純な形に戻し、その枠の中に原作の『パプリカ』だけでなく筒井の他の作品からも取り込めそうなアイディアを収めて行くことにした。今にとって映画『パプリカ』は単なる原作の映画化ではなく、筒井作品全てへのオマージュでもあったからである[1]。また、夢の描写は、原作を忠実に踏襲するのではなく、新たに映像に合ったイメージを考えるようにした[1][12]。小説の夢の描写は素晴らしいものの、それはやはり説明によって随時イメージを補足することができる文章表現だから成立するもので、夢が次から次へと流れて行くイメージを表す映像において、説明というのはその流れを止めることに他ならないからである[1][12]。
今は『パプリカ』では映画全体を華やかなイメージにしたいと考えていたので、他のアニメ作品のイメージも取り込めばよりイメージが厚くなるのではないかと考え、主役など中心的キャラクターには前作『東京ゴッドファーザーズ』とは対照的に声優として有名な人物を積極的に起用することにした[12]。また、夢のシーンをたっぷりと描く時間を確保するためになるべく人物の説明や描写を省こうと考えた今は、キャラクターデザインでは外見と内面の一致を心掛け、キャスティングもそのキャラクターのイメージに素直に従っている[12]。
脚本は、今のテレビシリーズ『妄想代理人』でも組んだ水上清資が共同脚本として名を連ね[13]、キャラクターデザインおよび作画監督は『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』の安藤雅司[14]、音楽は『千年女優』と『妄想代理人』を担当した平沢進[14]、美術監督は、今の全作品に参加している池信孝が担当した[15]。
予算は約3億円で、制作期間は企画から完成までに約2年半かかった。その内訳は、脚本などのプリプロダクションに半年、絵コンテから実際の作画や撮影、音響作業、完成までが約2年である[1]。
『パプリカ』の国内での配給は、前作『東京ゴッドファーザーズ』から引き続き日本のソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが担当し、2006年11月25日から公開された[8][9]。関東圏3館でまず限定公開され、初日2日間で合計動員2,210人、興収3,460,500円を記録、公開8週間目に累計で71,236人を動員、興行収入1億円を突破した[16][17]。
本作は2007年5月24日より北米でも公開を始め、配給会社も『東京ゴッドファーザーズ』の時より大きなソニー・ピクチャーズ・クラシックスに移った[8]。公開当初はニューヨークとロサンゼルスの2館上映だけだったが、その後公開劇場を次第に拡大して行き、最大で37スクリーン同時上映となった[18]。しかし、トータルの公開劇場数はこれを大きく上回り、最終的に上映館数は80館以上となった[18][19]。これは限定公開と言われる方法で、都市部などの熱心な映画ファンに向けた小規模公開になる[19]。米国で日本アニメが劇場公開されること自体が珍しく、2000館から4000館の劇場数を必要とする全米公開が行なわれることは滅多にないため、日本の劇場アニメの米国での公開は、この限定公開が一般的となっている[19]。しかし、限定公開とは言え、80館を超える上映規模は、かなり大きなものとなる。今監督の前作『東京ゴッドファーザーズ』は10館、『千年女優』は6館であった。また同じ日本アニメでは、比較的劇場数が多かった2004年の『イノセンス』で55館、2005年の『スチームボーイ』で39館であった[19]。興行収入は、公開19週目には87万ドル(当時の円換算115.5円で1億円)を突破し、最終的には88万2267ドル(約1億2,000万円)となった[18]。当時、アメリカで日本の劇場アニメが興収1億円を突破したのは2005年の『ハウルの動く城』以来2年ぶり(通算12作目)であり、なおかつ成人向けを示すR指定の劇場アニメに限れば、本作と2003年に公開された『カウボーイビバップ 天国の扉』の2作品しかなかった[18]。『パプリカ』は大人向けの劇場アニメが受け入れられないとされる米国で、着実な実績を築き大きな成果を残したと言える[18]。
2021年現在、Amazon Prime VideoとDMM動画にて高画質(HD)レンタル配信が行われている[20][21]。
それまでの今敏作品と同様に「虚構と現実」というモチーフが使われ、シームレスにつながった夢と現実が激しく切り替わり、現実と虚構の境目が分からなくなる世界を独自のリアリズム表現で描いている[8][13]。夢と現実の境界が曖昧になるというのは、現実が妄想に浸食されるという恐怖に震えた『パーフェクトブルー』や騙し絵のような世界が繰り広げられた『千年女優』とも重なる表現であり、加えて、事件の真相に絡むスペクタクルかつエロティックなシーンとも相まって、観客に感激と官能の昂揚感をわき上がらせる[13]。
今にとって「虚構と現実」というのは、対になる対照的な概念ではなく、どちらも「描かれたもの」という点では同質であり、両者を分けるのは「そこに描かれているもの」だけである[22]。また今が画面を作るときに実景を引き写す(トレースする)ことはほとんどなく、画面にはリアリティより「それらしさ=抽象性」の方を強く求めていた[22]。つまり、観客が「本物みたいだ」と感じるリアリティに溢れた画面が、それを描かせた今自身にとっては「単なる絵」であり、アニメだからこそ現実と虚構の2つを区別するものは、表現の水準では本質的に存在しないのである[22]。このギャップこそが今敏作品を支えている"仕掛け"を生んでいる[22]。『パプリカ』の場合も「夢」と「現実」がともに「描かれた現実」であることには変わりがない[22]。しかし本作が他の今作品と異なるのは、「夢」と「現実」が地続きではなく、それぞれが相手の存在に変容していくというより混淆の度合いが深い関係性にあるという点である[22]。「描かれた現実」の根底の部分にある「物質性」に手を加えることで、「夢」は「現実」に、「現実」は「夢」へと変容する[22]。作中では「夢」は「夢を見ている人間の無意識な欲望を反映し歪んだ現実」として表現されており、その絵のレベルで歪みを加えてやると「現実」は「夢」に、歪みを補正してやると「夢」は「現実」に変容するという仕掛けになっている[22]。卓越した画力によって「絵であることを忘れさせるようなリアリスティックな絵」をまず一旦「現実だ」と思わせておいてから、「実はこれは絵でした(虚構)」という形で現実と虚構と同じ位置に並べるというのが今敏作品における「虚構と現実」の関係であり、アニメならではのイリュージョンなのである[22]。
この映画において、今がテーマの中核として位置づけていたのが物事の「二面性」や「多面性」、「対照性」、そしてそれらの「バランス」であり、当初から意図して映画に組み込んでいる[12]。たとえば、顕著な二面性が見られるのはヒロイン千葉敦子とパプリカで、この二人は同一人物内の異なる人格を具体化した登場人物だが、監督としては二人を異なる人物と見なして演出していた。その方が、ある人間の内面における葛藤や対立をより明快に描けると考えたからである[12]。敦子・パプリカの関係は同一人物内の対照性と二面性だが、他のキャラクターたちの性格設定や人物配置も同様の考え方に従っている[12]。このように、今は『パプリカ』では基本的なコンセプトとして「対」という考え方をとても大事にしていた[12]。
今は、『パプリカ』で制作の結果として創造面の自由を感じたわけではなく、むしろまったく逆で、創造面での自由を獲得するために『パプリカ』を映画化しようとした[12]。それ以前に監督した映画は、すべてが「現実的な枠組み」の中であっても、見方を少しシフトすることで現実とは異なる大きなファンタジーが生まれてくる、という考え方で制作していた[12]。しかし、現実的な枠組みで映画の世界観を構築し続けていると、どうしても自分の描けるものが限定されてくる。技術的にはもっと色々なことを描写することは可能であるにもかかわらず、アイディアそのものが限定されれば技術の使いようもない。こうしたディレンマもあり、自分の想像力を拡張するために選んだ企画が『パプリカ』だった[12]。
映画で描かれた精神病患者が見る特殊な"悪夢"のパレードは原作にはなく、すべて今が考えたものである[10]。時間的な制限も大きい映画において、原作のように色々な夢をさまざまな形で描くということは難しく、映画全編を通じて柱となるような夢、特にそれが出てくると一目で悪夢と伝わるような夢のイメージを中心に据えることにした[1]。それが無生物たちによるパレードだった[10][1]。パレードのシーンは、音楽を担当している平沢進と2人3脚で作り上げた[23]。今曰く、「平沢さんの音楽から、映像が生まれてくる感じですね。私にとって音はすごく大切。音半分、映像半分。それが合わさって100ではなく、150にも200にもなっていくと思っています」[23]。
映画批評サイトRotten Tomatoesでは批評家から84%、観客から87%の肯定的評価を得ている[24]。
2008年の米国ニューズウィーク誌日本版が選んだ歴代映画ベスト100には『パプリカ』(2006)が、日本アニメから唯一選ばれた[25]。
世界最古の映画機関の一つである英国映画協会(BFI)が選択した、「1925年から2020年までの年代別傑作日本映画」にて選ばれた数少ないアニメ作品の中で、1988年度の『AKIRA』や2001年度の『千と千尋の神隠し』などと共に、2006年度の傑作日本映画として選ばれている[26]。
ハリウッド・リポーター選出の大人向けアニメ映画のベスト10において8位にランクインした[27]。
クリストファー・ノーラン監督・脚本・製作による2010年のアメリカ映画『インセプション』にインスピレーションを与えたと言われる[2][26]。本作は他人と夢を共有できる装置の発明をめぐり、悪夢を見させる夢のテロリストと夢探偵パプリカの戦いを描くが、『インセプション』も他人の夢に侵入して潜在意識の中からアイデアや情報を抜き出す産業スパイが登場し、ホテルの部屋から飛び出した男が廊下を進むうちに通路がねじれてゆくシーンや、空間の一部がガラスのように崩れ落ちるシーンなどのビジュアルにその影響が色濃く見て取れる[2][26]。
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