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経口駆虫剤のひとつ ウィキペディアから
イベルメクチン(INN: ivermectin)は、マクロライドに分類される抗寄生虫薬である[1]。放線菌が生成するアベルメクチンの化学誘導体[1]。米メルク製造の商品名はストロメクトール、日本の販売はマルホが行う[2][3]。静岡県伊東市内のゴルフ場近くで採取した土壌から、大村智により発見された放線菌ストレプトマイセス・アベルミティリスが産生する物質を元に、米製薬メルク(MSD)が開発した[4][5]。最初の用途は、フィラリアとアカリア症を予防および治療するための動物用医薬品だった[6]。1987年にヒトへの使用が承認され[7]、現在ではアタマジラミ、疥癬、河川盲明症(オンコセルカ症)、腸管糞線虫症、鞭虫症、回虫症、リンパ系フィラリア症などの寄生虫の治療に使用されている[8][9][6][10]。標的とする寄生虫を殺すために多くのメカニズムで作用し[8]、経口投与、または外部寄生虫のために皮膚に適用できる[8][11]。
臨床データ | |
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Drugs.com |
monograph (antiparasitic) 専門家向け情報(英語) FDA Professional Drug Information (rosacea) |
MedlinePlus | a607069 |
胎児危険度分類 | |
法的規制 |
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薬物動態データ | |
血漿タンパク結合 | 93% |
代謝 | Liver (CYP450) |
半減期 | 18 時間 |
排泄 | 糞中 ; <1% 尿中 |
データベースID | |
ATCコード | P02CF01 (WHO) QP54AA01 (WHO) QS02QA03 (WHO) |
KEGG | D00804 |
化学的データ | |
化学式 | C48H74O14(22,23-dihydroavermectin B1a) C47H72O14(22,23-dihydroavermectin B1b) |
分子量 | [計算不可] |
ウィリアム・キャンベルと大村智は、その発見と応用で2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞した[12]。世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストに、腸管用駆虫薬、抗フィラリア薬、外部寄生虫感染症の治療薬として掲載されており[13]、日本では2002年に腸管糞線虫症、2006年に疥癬の内服薬として承認された[14][15]。後発医薬品が入手可能である[16][17]。
2020年4月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行初期に、in vitro(試験管内で)の研究により、高濃度のイベルメクチンが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の増殖を抑制することが報告され、COVID-19の治療に応用できる可能性が示唆された[18][19][20][21]。人での有効性が未確認なため科学者や医師のほとんどは懐疑的であったが、ネット上で予防や治療に有効であるとの誤った情報が広く流布され、一般市民の間でこの薬の認知度が高まった[22][23][24][25][26][27]。そのため、イベルメクチンを処方箋なしに入手するために個人輸入する者や、抗寄生虫薬として承認された用量より多く服用(適応外使用)する者が出現し、政府や専門家による注意喚起が行われた[28][29][30][31]。
その後の人を対象にした研究では、COVID-19に対するイベルメクチンの有効性を確認することはできず、2021年には、有効性を示した研究の多くに不正行為や欠陥があることが明らかになった[32][33][34][35][36]。そのため、厚生労働省、世界保健機関(WHO)、アメリカ国立衛生研究所(NIH)や欧州医薬品庁(EMA)など世界の主要な保健機関は、臨床試験以外でCOVID-19の予防・治療としてイベルメクチンを使用しないよう勧告した[37][38][39][40]。それにもかかわらず、イベルメクチンに関する誤った情報はソーシャルメディア上で広がり続け、反ワクチン主義者や陰謀論者等に支持され続けている[41][20][42][43][44][45]。
1974年、微生物学者の大村智が率いる研究チームは、静岡県伊東市川奈の土壌サンプルを採取し、新しい生理活性物質の供給源として微生物の特性を評価した[12][5]。大村らは当時未知であった放線菌、ストレプトマイセス・アベルミティリスを土壌から分離・培養し、外観や培養特性が珍しいと思われる他の約50株と一緒にメルク社のウィリアム・キャンベルに送った[5][46]。北里研究所の研究者である大村は、留学先で知り合ったメルク社との間で、研究資金の提供を受ける一方、有望な微生物を見つけて提供し、メルクが薬を開発し特許を保持する権利を認め、薬が実用化された場合は売上に対する特許使用料の支払いを受ける契約を結んでいた[47][48]。
寄生虫学を専門とするキャンベルは、メルク社のチームを率いて大村の放線菌を種々の培養液で培養し、1975年、その放線菌が産生する物質がマウスに寄生した寄生性線虫Nematospiroides dubiusに対して非常に有効であることを発見した[4]。1979年、彼らは培養物から活性化合物を単離し、化合物がマウスから虫を取り除く能力(ラテン語でa「なく」、vermis「虫」)を持つことから、それらを「アベルメクチン(Avermectin)」および放線菌をStreptomyces avermitilisと名づけ、1979年に報告した[5][49]。キャンベルのグループは、さまざまなアベルメクチンのうち、「アベルメクチンB1」という化合物が経口摂取した場合に最も強力であることを発見した[5]。彼らはアベルメクチンB1の薬物特性を改善するために改良型を合成し、最終的に少なくとも80%の22,23-ジヒドロアベルメクチンB1aと最大20%の22,23-ジヒドロアベルメクチンB1bの混合物を選び、その組み合わせを「イベルメクチン」と名付けた[5][50]。1981年、メルク社はイベルメクチンを動物用抗寄生虫薬として販売開始し[5]、1986年までに46カ国で使用登録され、1980年代後半にはイベルメクチンは世界で最も売れた動物用医薬品のひとつとなった[51]。
ヒトのオンコセルカ症(河川盲目症)に対するイベルメクチンの安全性と有効性をテストするため、1981年、メルク社の科学者であるモハメド・アジズは、セネガルとフランスで臨床試験を実施した[7][46][52]。1982年以降、メルク社は世界保健機関(WHO)と協力し、ガーナやリベリアなど4カ国の1200人に追加試験を行い、年に1回、1錠の薬で寄生虫がほとんど駆除できることを証明した[53]。1987年、ヒトへの使用が承認され、翌年にはオンコセルカ症の撲滅に必要なイベルメクチン(薬剤名:メクチザン)の無償提供が始まった[7]。1998年にはリンパ系フィラリア症の治療に使用されるイベルメクチンにも無償提供が拡大された[7][54]。この寄付プログラムには、メルク社、世界銀行、世界保健機関(WHO)、カーターセンター、その他にも多くの機関が参加している[46]。2015年、ノーベル生理学・医学賞の半分が、アベルメクチンの発見を含む寄生虫感染症治療法の開発を評してウイリアム・キャンベルと大村智に共同で授与され、残る半分はアルテミシニン発見を含むマラリアの治療法に関する発見をした屠呦呦に贈られた[12]。
イベルメクチンは、無脊椎動物の神経・筋細胞に存在するグルタミン酸作動性塩化物イオンチャネル(GluCl)に特異的かつ高い親和性を持ち結合し、塩化物イオン(Cl−)に対する細胞膜の透過性を上昇させる。これにより、Cl−が細胞内に流入するため神経細胞や筋細胞の過分極が生じ、寄生虫が麻痺を起こし死滅する[55][56][57]。
ウシ・ヒツジの捻転胃虫(Haemonchus)、オステルターグ胃虫(Ostertagia)、 毛様線虫(Trichostrongylus)、クーペリア(Cooperia)、腸結節虫(Oesphagos-tomum)に対し駆虫性を有するほか、糞線虫属(Strongyloides)に感染したイヌ、ウマに対して駆虫性を有する。さらに、ウマにおける頸部糸状虫(Onchocerca cervicalis)のミクロフェラリアに対しても有効である。一方、牛用駆虫剤イベルメクチンを投与された後は、排出糞中に3週間程度検出され、ハエ(ノサシバエ、キタミドリイエバエ)の幼虫の死亡と蛹化率低下が報告されている。あわせて、畜舎周辺で捕獲されるハエ類の減少も報告されているが、ハエ類が減少しているため、糞分解活動も抑制される[58]。
イヌでは、犬糸状虫症の予防のために使用される。犬糸状虫のミクロフィラリアが血中に存在しているイヌにイベルメクチンを投与すると、ミクロフィラリアが一度に死滅し、発熱やショックを引き起こす場合がある。したがって、イベルメクチンを予防薬として使用する際は、犬糸状虫の感染の有無を検査する必要がある。同効薬として、ミルベマイシン、ミルベマイシンオキシム、マデュラマイシンがある。また、スピノサドと共用したり、コリー系に使用したりすることは、ミクロフィラリアが存在しなくても、上記のことを引き起こすことがあるため、イベルメクチンは使用禁止となっている。
ウシの寄生虫駆除のため、イベルメクチンの投与が行われているが、牛肉に成分が残留するため、アメリカ合衆国や日本などの輸入国では、許容値が設けられている。2010年5月14日には、アメリカ合衆国農務省食品安全検査部は、ブラジル産牛肉から、許容量以上のイベルメクチンが検出されたとして輸入を停止、リコールを行った。その後、輸入は再開されたが、再び同年9月に許容量以上のイベルメクチンが検出されたとして2度目の輸入停止措置を行っている。
イヌ、ネコに寄生するヒゼンダニの一部に、イベルメクチンに対し薬剤抵抗性を有した事例の報告がある[60]。
ウマやヒツジの生産現場では、イベルメクチンに対し薬剤耐性を持つ寄生虫が問題になっている[61][62][63]。耐性寄生虫を増やさないために、従来の全ての個体に定期的に投与してきた方法を改め、糞便中の虫卵の数から必要な個体だけに投与する方法が提唱されている[64][65]。
日本では、腸管糞線虫症[66]、および疥癬[67][68]の治療薬として医療保険が適用され病院で処方されている[69]。腸管糞線虫症では体重1kg当たり0.2mgを2週間間隔で2回服用し[69]、疥癬では体重1kg当たり0.2mgを1回服用する(ヒゼンダニの卵は 3-5 日で孵化するが、イベルメクチンは卵に対しては効果がないため、2回投与が好ましい[70][71]。2回投与する場合は1週間空ける[69][72])。
アフリカなどの熱帯地域で発生しているフィラリアの一種で、回旋糸状虫が原因であるオンコセルカ症の治療薬として、年に1 - 2回イベルメクチン150μg/kgの単回経口投与が行われている[73][74]。ミクロフィラリアは成虫になるまでに12 - 18カ月かかるため、1回の投与でミクロフィラリアを死滅させることで大幅な減少が1年以上続く[75][76]。この薬は、成虫を殺すことはできないが、メス成虫の不妊化を進め、6ヶ月ごとの投与では不妊化がより早く進む[76][77]。そのため年1 - 2回の投与で効果があり、推奨用量以上の投与は副作用の発生率が高く有害である可能性がある[76]。イベルメクチンは、冷蔵を必要とせず、服用量が少なく安全性が高いため、最小限の訓練を受けた地域の保健員によって広く投与されている[78][79]。この投与プログラムのイベルメクチンは、米製薬メルクが保健省や世界保健機関(WHO)などの非政府開発組織(NGDO)と協力し、「メクチザン寄付プログラム(MDP)」を通じて無償で提供している[79]。
経口吸収は比較的速やかで、4-5時間で最高血中濃度に達する。皮膚への移行は内服後4-8時間後に最高に達し、その後約18時間の半減期を経て12日間以上かけて消失する[69][14]。消化管から吸収されたイベルメクチンは皮脂腺から分泌され、頭部など皮脂腺の多い部位にはより高濃度に移行する。代謝のほとんどは肝臓のCYP3A4によるものであり[14]、肝臓で代謝を受けたイベルメクチンは、ほぼすべてが糞中に排泄され尿中への排泄は投与量の1%未満である[80][69]。
脳血管内皮に存在し薬剤を細胞外へ排出するトランスポーターP糖タンパク質(MDR1)の働きにより、イベルメクチンは血液脳関門をほとんど通過しない。しかし、これらのトランスポーターを阻害または誘導する薬剤との併用時、または血液脳関門が不完全な患者などでは注意が必要である[14]。
医薬品には必ず副作用のリスクがあり、有益性が副作用のリスクを上回る場合のみ承認される[81][82][83]。イベルメクチンは、適応症である「腸管糞線虫症」「疥癬」の治療に服用量が少なくてすむため(0.2mg/kgを単回または1-2週間隔で2回)、肝臓などの負担が少ない[14]。しかし、適量投与時でも副作用が各頻度で起こりうる[69][84][85]。発疹や、むくみ、頭痛、めまい、昏睡、意識レベルの低下、意識変容状態等の意識障害が認められた場合には、投薬を中止し直ちに医師の診察を受ける[86][87]。
副作用には、消化器症状(下痢、食欲不振、便秘、腹痛、吐き気)や 皮膚症状(痒み、発疹)などがある[69]。重大な副作用に、中毒性表皮壊死融解症(Toxic Epidermal Necrolysis: TEN)、皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)、肝機能障害(AST、ALT、総ビリルビン値、γ-GTP上昇)[85]、血小板減少、意識障害(いずれも頻度不明)がある[69][84]。また重要な基本的注意として意識障害があらわれることがあるので、自動車の運転等、危険を伴う機械の操作に従事する際には注意をする[88][89]。
高齢者(65歳以上)、小児(体重15㎏未満)の安全性は確立されていない[69][90]。妊婦には動物実験で催奇性(胎児に障害が生じる)が報告されている。また母乳中に移行することが報告されているため、内服後は2週間ほど授乳は中止する[69][70]。
脂溶性であり、脂肪の多い食事を摂取した直後に内服すると血中濃度が空腹時投与の約2.6倍に上がり、その場合の安全性は確かめられていない。添付文書どおり空腹時に水で内服することが望ましい[80][91]。
抑制系神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)の作用を増強する可能性があり、バルビツール酸系やベンゾジアゼピン系、バルプロ酸ナトリウムなど神経活動を抑制する薬剤との併用は、その作用が増強する可能性がある[92][93]。
標準用量における重篤な有害事象は、血液中のロア糸状虫の負荷が非常に大きい人に多くみられる[94]。 血液1ミリリットル当たり3万個以上のミクロフィラリアを有する人は、イベルメクチン投与後のミクロフィラリアの急速な死により炎症および毛細管閉塞を起こす危険性がある[94]。
過剰摂取(オーバードース)後の神経毒性により、抑制性塩化物チャネルの増強から哺乳類のほとんどにおいて中枢神経系抑制[95]、運動失調、昏睡、さらには死亡[96][97]する可能性がある[98]。過量投与時は、胃洗浄や解毒処置をすることにより吸収を阻止できる[99]。
CYP3A4という肝臓の代謝酵素を阻害する薬物は、P糖タンパク質の輸送も阻害することが多いため、イベルメクチンをCYP3A4阻害剤と一緒に投与すると、吸収が増加し血液脳関門を通過するリスクが増加する[100]。通過した場合、神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)によって活性化される他のリガンド作動性Cl-チャネルと弱いながらも相互作用すると思われる[80]。CYP3A4阻害剤には、スタチン、HIVプロテアーゼ阻害剤、多くのカルシウム拮抗薬、リドカイン、ベンゾジアゼピン系、およびデキサメタゾンなどのグルココルチコイドがある[101]。
投与量と毒性の範囲については、マウスにおけるLD50(半数致死量)は25mg/kg(経口)、イヌにおけるLD50は80mg/kgであり、近似のヒト等価用量LD50範囲は2.02 - 43.24mg/kgである[102]。これはFDA承認用途(特定の寄生虫感染に使用するための0.150 - 0.200mg/kgの単回投与)を大きく上回っている[103]。
イベルメクチンは、COVID-19での使用も研究されており、in vitro(試験管内で)でSARS-CoV-2を阻害する能力があるが、in vitroで50%の阻害を達成するには、イベルメクチン中毒とされるほど高い7.0 mg/kg (最大FDA承認用量の35倍)の推定経口用量を必要とする[102]。COVID-19におけるイベルメクチンの安全かつ効果的な投与量を示すデータは不十分であるにもかかわらず、FDAが承認した投与量をはるかに超える量が服用されているため、CDCは吐き気、嘔吐、下痢、低血圧、意識レベルの低下、錯乱、目のかすみ、幻視、バランスの喪失、発作、昏睡、および死亡を含む過量投与症状について警告を発している[93]。CDCは、家畜用または外用の用量を摂取しないように勧告し、イベルメクチン含有製品の誤用の増加により有害な過剰摂取の割合が増加していると警告している[93]。
規制区分は、劇薬・処方せん医薬品である[69]。処方せん医薬品とは、薬機法の規定により医師、歯科医師、または獣医師から処方箋の交付もしくは指示を受けた者以外の者に対して販売、授与することを禁止した医薬品である[104]。劇薬とは、「原則として、動物に薬用量の10倍以下の長期連続投与で、機能又は組織に障害を認める」などに該当する薬が指定され、慎重な取り扱いが必要とされる[105]。
疥癬を引き起こすヒゼンダニは、イベルメクチンの長期使用で耐性化する可能性があり[106][107]、イベルメクチンに耐性をもったヒゼンダニの存在が報告されている[108][109][110]。現在、疥癬治療薬の種類は少なく[111]、治療抵抗性のヒゼンダニを出現させないため、長期連用を避けることが必要とされる[92][112]。
ガーナではオンコセルカ症の治療薬として年に1 - 2回の投与が行われているが、薬剤耐性寄生虫の存在が示唆され、撲滅プログラムの持続可能性への懸念になっている[113][114]。
2023年3月、コロナ禍に世界で疥癬の皮膚感染が増え、イベルメクチンの誤用により薬剤耐性疥癬が増加している可能性が報じられた[115]。特にオランダでは乳児、幼児を中心に疥癬が数年前の4倍に増え、過去最高を更新している[116]。トルコでも、この2年間で患者数が急激に増加し、多くのケースで既存の治療が有効でないことが報告されている[117]。最近の研究では、イベルメクチンの誤用が免疫システムに影響を与えるdysbiosisに繋がる可能性が示唆されている[118][119][120]。
イベルメクチンは、寄生虫薬としては効果があるものの、COVID-19の予防薬および治療薬としてのイベルメクチンの服用はリスクを伴うとして認められていない(臨床試験の登録の上での服用を除く)[121]。以下で述べるように、2023年2月現在もイベルメクチンのCOVID-19の治療薬としての有効性が認められたケースはなく、治療薬として承認した国もない[122]。以下は、その流布にあたるまでの経緯や、研究結果を述べる。
COVID-19の流行初期、既存薬を転用するドラッグリポジショニングが試され[123][124]、in vitro(試験管内での)研究でSARS-CoV-2を含む複数の一本鎖プラス鎖RNAウイルスに対して抗ウィルス効果を持つことが示された[125][126]。その後のin vitro研究では、サル腎臓細胞培養におけるSARS-CoV-2の複製をIC502.2 - 2.8 μMで阻害することが分かった[18][127]。
しかし、この情報に基づいて、COVID-19の治療中に抗ウィルス効果を得るためには、ヒトでの使用について承認された、または安全に達成できる最大量をはるかに上回る用量が必要となる[128][129]。実用的な難しさは別として、このような高用量は現在のヒトへの使用承認の対象外であり、また抗ウィルス作用のメカニズムは、宿主細胞プロセスの抑制、特にインポーチンα/β1による核輸送の阻害を介していると考えられているので、有害となる可能性がある[130][131][132]。インポーチンα/β1を治療用量で阻害する他のいくつかの薬剤は、全身毒性と狭い治療域のために臨床試験に失敗している[133]。
その後のヒトを対象にした研究では、COVID-19に対するイベルメクチンの有用性を確認することはできず[32][134]、2021年には、有用性を示した研究の多くに科学的不正行為や欠陥があることが明らかになっている[34][41]。しかし、有効性に関する誤った情報がソーシャルメディア上で広く拡散され、イベルメクチンは陰謀論者や反ワクチン主義者など一部の人々による熱狂的な支持の対象となっている[33][35][42][27][135]。また、イベルメクチンに関する問題のある研究は、公共の政策立案や個人の意思決定をミスリードする一因となっている[33][35][21][136][137]。
いくつかの組織は、イベルメクチンはCOVID-19の治療には認可または承認されていないと述べ、研究環境下の臨床試験に限定して使用するように勧告している[138]。
COVID-19に対してイベルメクチンを正式に承認した国はないが、いくつかの国では有効性のエビデンスが不確実にもかかわらず、誤った情報、死亡数の増加に対する絶望感、初期のワクチン不足[41][156]、すでに闇市場や動物用医薬品の不適切な剤形で薬が使用されていたこと等により、医師の管理下における適応外の使用を公式に許可していた[157][158]。一時的に公式の許可を与えた国には、チェコ共和国(後に撤回)[157][159]、スロバキア[160][158]、フィリピン(後に撤回)[161][162][163]、インド(後に撤回)[164][165][166]などがある。
2020年、COVID-19に対する有効性と安全性に関する質の高いエビデンスがないにもかかわらず、ラテンアメリカの少なくとも8カ国(ボリビア[167]、ブラジル[136][168]、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコ(後に撤回)[169][170]、パナマ(後に撤回)[171]、ペルー(後に撤回)[172][173])は、査読前論文と事例証拠に基づいて、イベルメクチンの配布を決定した[171][21][137]。根拠とされた研究は元データの捏造のため撤回されており[174][175][176]、これらの推奨事項は後に汎米保健機構(PAHO)により非難された[177][176]。これらの国は、乏しい公的資金を使用してイベルメクチンを含む「COVID-19の早期治療キット」を購入し、連邦政府や州政府の保健サービスを通じて国民に大量配布した[171]。キットを家庭や地域社会に配布した国もあれば、陽性反応が出た人や、医師の処方箋がある人にのみ配布した国もある[171]。メキシコの連邦政府のガイドラインは、イベルメクチンの使用に反対する汎米保健機構(PAHO)の勧告と一致していたが、メキシコシティ政府は国のガイドラインに反してCOVID-19キットを配布した[171]。この時点で有効性が示されている介入をせずに、COVID-19キットを大規模に配布したことは、限られた医療資源の無駄遣いを意味する[171]。メキシコシティはCOVID-19キットに143万1000ドル(約2億円)、グアテマラは10万キットに65万ドル(約9000万円)、ジャイール・ボルソナーロ大統領率いるブラジル政府は1600万ドル(約22億万円)以上を費やした[171]。ブラジルの専門家は、COVID-19キットの安全性に関する一連の嘘や誤解を招く記述によって、国民は政府への信頼を失ったと指摘している[171]。この信頼の欠如は、今後、他の保健介入策の受け入れに長期的な影響を与える可能性がある[171]。BMJは、「緊急事態に際して、『何かしなければ』という衝動は理解できるが、医学的な専門知識を持たない政治家が、証明されていない治療法を促進したことは非常に問題」「十分なエビデンスがなく、社会的な圧力が大きい場合の政府の意思決定に対するアプローチについて、多くの重要な問題を提示している」と述べている[171]。
2021年3月にペルーが8カ国の中で最初にCOVID-19キットの配布中止を公式に発表した[171]。2021年12月には、パナマが「イベルメクチンの使用を推奨しない」と述べ、2022年初頭にはメキシコシティがこれに続いた[171]。
2022年3月時点でラテンアメリカにおけるCOVID-19による死亡者は165万人と極めて多く、世界人口の8%の総人口で、世界の死亡者の約28%を占める[178][137]。その要因には、不確かな情報の大量拡散、イベルメクチン等の有効性が証明されていない薬剤の使用により、誤った安心感を抱き、必要な感染対策をおろそかにしたことがあげられている[179][178]。
2023年5月、ブラジル連邦法務省(MPF)は、リオグランデ・ド・スル州連邦裁判所がイベルメクチンの製造業者Vitamedic社と、「COVID-19キット」でイベルメクチンなど効果のない薬を推奨した医師グループに対し、集団的損害と健康被害に対して5500万レアル(約15億円)の罰金を科したと発表した[180]。Vitamedic社の2020年のイベルメクチンによる売上高は約4億6940万レアル(約134億円)で、1550万レアル(4.4億)だった2019年の売上高と比較して約30倍に増加した[180]。
南アフリカでは、「South Africa Has A Right To Ivermectin」と呼ばれる反ワクチングループが南アフリカ健康製品規制当局(SAHPRA)に対して訴訟を起こし、その結果、2021年1月にCOVID-19における例外的使用(コンパッショネート使用)が認められた[161]。使用には医師らの厳重な管理と報告を条件としている[161]。SAHPRAはイベルメクチンを治療薬として使うには「科学的根拠が乏しい」との認識を示し、フェイクニュースや誤報に対する警告を繰り返している[181][182]。2022年5月、SAHPRAは「イベルメクチンのCOVID-19への治療的役割を裏付ける信頼できる証拠がないこと」を理由に、COVID-19への例外的使用を終了した[183][184]。
その他の国でも、個人的な自費診療で適応外処方が可能だが[185][186]、2021年9月、オーストラリア医療製品管理局(TGA)は、一般開業医のイベルメクチンの処方を、TGAが承認した適応症である疥癬とオンコセルカ症、腸糸状虫にのみに制限した[187]。その理由は「COVID-19ワクチン接種ではなく、イベルメクチンを服用することは、公衆衛生上の重大なリスクがある。イベルメクチンを服用することでCOVID-19から守られると考える人は、検査を受けない、あるいは症状が出ても医療機関を受診しない可能性があり、地域全体に感染が広がる恐れがある」「ソーシャルメディアで推奨されているイベルメクチンの用量は、適応症で承認された安全な範囲を超えており、深刻な副作用を引き起こす可能性がある」「ここ数カ月で未承認の用途による処方箋の調剤が3 - 4倍に増加し、本来の用途で薬が必要な患者に不足が発生している」の3つである[187]。2023年6月、TGAは「現在のオーストラリアは、COVID-19に対するワクチン接種率とハイブリッド免疫率が高いことから、一部の人によるイベルメクチン使用が公衆衛生を損なう可能性は低い」「承認された用途のイベルメクチンが不足する可能性が低い」ことから、適応外処方の制限を解除した[188]。しかしTGAは、「多くの臨床試験により、イベルメクチンはCOVID-19に有効ではないことが証明されている」「世界中の保健機関は、COVID-19に対してイベルメクチンを使用しないことを強く勧めている」として、COVID-19に対するイベルメクチンの適応外処方を推奨していないことを強調している[188]。
イベルメクチンは寄生虫薬として、数十年にわたり比較的安全に使われてきたが、病態が異なるCOVID-19への使用が安全であるかは分かっていない[21][189]。COVID-19に対する安全性や有効性は確認されておらず、用量・用法も定まっていないため、適応外で処方する医師は、薬の潜在的なリスクと有効性の証拠がないことについて患者からインフォームドコンセントを得ることが求められる[189][138]。臨床試験や適応外処方では寄生虫薬として承認された用量よりも多く使用される事が多いため、神経系の障害[190]、視覚異常、精神障害[191]などの有害事象も出現している[192][193][194][195]。Campilloらの報告では、イベルメクチンを投与されたCOVID-19患者1777例のうち、重篤な有害事象は53例が報告され(このうち過量投与は4例のみ)、最も多かったのは神経症状だった[196][197]。FDAに報告された15施設におけるCOVID-19患者へのイベルメクチンの治療・予防目的使用による有害事象報告では、40例の報告(うち動物用は18例)があり、33例が救急受診し、19例が入院、軽症は15例、重症は25例で、最も多かったのは神経毒性だった[196][198]。アメリカで行われた130万例のコホート研究では、COVID-19患者へのイベルメクチン投与は、外来患者(7.7%vs2.2%)および入院患者(15.6%vs7.2%)いずれにおいても非投与例に比して死亡リスクが有意に高かった[196][199]。イベルメクチンを適応外使用をした場合や個人輸入で服用した場合、重篤な副作用を起こしても医薬品副作用被害救済制度は適用されない[28][200]。
イベルメクチンは、in vitro(試験管内で)でSARS-CoV-2を阻害する能力があるが、in vitroで50%の阻害を達成するには推定7.0 mg/kgの経口投与が必要である[201]。これは疥癬の治療等で安全性が確認されている量(1kg当たり0.2mgを単回投与)の35倍であり[103]、イベルメクチン中毒とされるほど高い[102]。なお、イベルメクチンのLD50(半数致死量)はマウス25mg/kg(経口)、イヌ80mg/kgであり、ヒト等価用量LD50範囲2.02 - 43.24mg/kgに相当する[102]。
アメリカ食品医薬品局(FDA) | Xの短文投稿より | |
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@US_FDA |
You are not a horse. You are not a cow. Seriously, y'all. Stop it.(あなたは馬でもなければ、牛でもありません。マジで。やめてください)
21 August 2021[202]
アメリカでは家畜用のイベルメクチンを服用し、過剰摂取により入院する人や、救急や外来で治療を受ける人、米国中毒相談センター(AAPCC)への電話相談が増加している[93][203][195][204]。2021年3月、アメリカ食品医薬品局(FDA)は家畜用のイベルメクチンについて「痙攣や昏睡など深刻な被害を引き起こす可能性があるだけでなく、死に至ることもある」と注意を呼びかけたほか[97]、同年8月ツイッターに「あなたは馬でもなければ、牛でもありません。マジで。やめてください」と投稿した[205][30][24]。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、家畜を対象とした用量または外用薬の摂取を禁止し、吐き気、嘔吐、下痢、低血圧、意識レベルの低下、混乱、目のかすみ、幻覚、バランスの喪失、発作、昏睡、死亡などの過剰摂取症状に関する警告を発した[206]。
イベルメクチンの有効性に関する誤った情報は、ソーシャルメディア上で広く拡散され、捏造が認められ撤回された論文や[176][175]、標準的でない方法を用いた誤解を招くメタ分析サイト[131][207] 、「政府や科学者がイベルメクチンが有効である証拠を隠蔽している」といった陰謀論により助長された[208][209]。
日本人のノーベル賞受賞者が開発に貢献した「日本発の薬」として[463][464][465][466][329][214][467]、一部の政治家[213][468][469][470][314][471][472][473][474]や、医療者等による前のめりな姿勢が見られた[23][309][475][476][477]。
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